伝統的な組織が変わるには? 築地本願寺の仕掛け人・安永雄玄さんに聞く、変化を起こすための心構え
「自分のいる会社は昔から同じやり方をしているから、変われないのが当たり前……」 そんなふうに、何かを変えるのをあきらめてしまったことはありませんか?
東京の代表的な寺院の一つのである中央区の築地本願寺。京都・西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派の寺院で長い歴史がありながら、現在は「開かれたお寺」をコンセプトに掲げて、次々とチャレンジングな取り組みを行ってきました。
境内にカフェをオープンする、YouTubeで法要や法話を配信する、など。こうした企画を継続することで、参拝者は倍増。時代に合わせた変化をしていくためには、どういうマインドでいればいいのでしょうか? 仕掛け人である安永雄玄さんに伺いました。
ビジネス畑出身の僧侶が直面した築地本願寺の問題
安永さんが、築地本願寺の改革に関わることになったいきさつを教えてください。
WORK MILL
安永
本当はお坊さんになるつもりはなかったんです(笑)。僧侶の資格を取った後、たまたま実家がお寺の先輩から「うちの寺を手伝ってほしい」と声かけられて、そのお寺の副住職になりました。
いきなりの展開ですね!
WORK MILL
安永
はい(笑)。それがきっかけで、仏教界との繋がりが生まれました。いろんな会に招かれて講演したり、発言したりしているうちに、ビジネスパーソンとしての経歴を買われて、2012年に浄土真宗本願寺派の議決機関である常務委員になりました。さらに、築地本願寺の社外取締役にあたる評議員に任命されたんですよ。
引き受けたからには、自分の責務を果たすべく、「こんなことやっていると潰れますよ!」みたいに意見をガンガン言っていったんです。そうしたら、「そんなに言うんだったら、中に入ってやってくれ!」と言われて。
安永
最初はお引き受けするか非常に悩みましたが、築地本願寺の経営改革に取り組むことになりました。
それが約10年前なんですね。当時、築地本願寺はどんな問題を抱えていたのでしょうか?
WORK MILL
安永
一番の問題は、“経営に関する数字がない”ことでした。貸借対照表(バランスシート)はない、一般的に言うところの顧客のデータもない。
ないない尽くしで、「これは無理だろうな」と思いました。
一般的な会社では、当たり前にあるものが、なかったということですか?
WORK MILL
安永
そうです。仏教の教えやお経について、お寺の皆さんはとても高い関心を持っているんです。けれど、この寺院全体の収益の元になるデータに対しては関心が薄かったようですね。
そもそもビジネスに対する興味が薄いお寺が多かったんですよ。でも、人口が減るこの時代、それでは立ち行かなくなりますよね。
当時、お寺の状況が悪いということは皆さん気づいていたのですか?
WORK MILL
安永
恐らく、「なんとかなる」と思っていたんじゃないでしょうか。でも、外部から見たら、なんともならないのは自明なんですよ。
新商品は出さない、値段も下げない、従業員も高齢化している。普通の会社が何もしていなかったら、良くなる理由がないじゃないですか。
お寺も全く同じ。既存のご門徒さんの要望に応えていれば、なんとかなる時代なんて、とっくに終わっているわけですよ。もちろん古くからご縁のある方々を大切にすることも重要ですが、時代に合わせた変化をすることも必要だったのです。
閉じたお寺から一転、見た目も中身もリブランディング
築地本願寺では、さまざまな新しいことにチャレンジしていますね。まず、何から始めたのでしょうか?
WORK MILL
安永
改革プロジェクト始動以前の築地本願寺は「閉じたお寺」でした。
本堂の前の境内地には、ケヤキや杉、桜など大きな木が多く植わっており、外側から本堂が見えない状態が続いていました。入りたくても入りづらい雰囲気があったのです。そのため、心苦しかったですが、大改装として木を全部切りました。
安永
さらに、カフェやショップの入ったインフォメーションセンターや合同墓、参拝車用の無料駐車場を新設することで「開かれたお寺」を目指したんです。
入ってみたいと思える場所にしたかったんですね。
WORK MILL
安永
はい。統一感を演出するため、専門のデザイナーに来てもらい、お寺のロゴマークやコーポレートカラーなどもそろえました。
仏事に関する質問などを気軽に受けられるコンタクトセンターや、サテライトテンプルとして「築地本願寺GINZAサロン」というカルチャーセンターもつくりましたね。
DX化として、オンライン法要の実施や「築地本願寺アプリ」のリリース、毎月発行している広報誌「築地本願寺新報」のサイズを小さくして、手に取りやすくなど。さまざまな部分で、リブランディングをしていきました。
大きな改革だからこそ、反対意見もあったのではないでしょうか?
WORK MILL
安永
もちろん反対意見もありました。中には直接僕のところに来て、「あんたのやっていることは間違っている。寺は商売じゃないんだ」と言われたこともあります。
確かにお寺の仕事は、伝道や布教、お経を説くことです。ただ、伝え方にはいろんなやり方があるはずなんです。
だから、「ありがとうございます。お寺を想う気持ち、本当に頭が下がります。これからもよろしくお願いいたします。温かく見守ってください」とお返事をして、改革を進めてきました。
確かに……。お寺を思う気持ちがあるからこそ、反対しているんですね。
WORK MILL
安永
そうです。だから、相手との共通の方向性を見つけて、その根底にある思いは尊重する。決して衝突しない。気持ちは尊重しつつ、やり方を変える。そういう考え方ですね。
他の組織でも使えそうですね。
改革を始めてから、お寺で働いている方々に変化はありましたか?
WORK MILL
安永
寺に訪れる人が増えれば、必ず収入も増えてきます。そうやって成果が出てくると、「どうも安永さんが言っていることは嘘じゃないらしい」と、周りもわかってくれるんですね。
そうしたらその収入を再投資して、DXの設備を整えたり、ボロボロになった内装を新しくしたりできるわけですよ。目に見えるところが変わってくると、なんとなく「改革もいいね」となります。
時代に合わせて組織を変えるために根幹を見直す
古い体質の組織を変えていく時に大切にしておいた方がいい、心構えはありますか?
WORK MILL
安永
「価値の根幹になる部分」を大切にすることです。会社でいえば、経営理念ですね。
お寺の根幹は仏教の教えで、これは変わりません。こういった根っこの部分と自分に与えられた仕事がどのように繋がっているのか、日々の仕事に価値を付け加えられているのか。
一人ひとりの働く意味をちゃんと問い直してあげることが、変えていこうという動機づけになります。
組織が目指すビジョンを共有する、ということですね。
WORK MILL
安永
はい。私も様々な方からよく相談を受けるのですが、「仕事にやりがいを感じない」や「仕事を辞めたい」といった相談を受けた時には決まって「社長が年度はじめに出している経営方針書を見てごらん」と言っていますよ。
会社全体の経営方針が分かれば、自分がやっている仕事が全体のどの部分に当たるのか、イメージしやすくなりますから。
もし、それでも仕事がつまらなかったら、転職など居場所を変えたほうがいいのでしょうか?
WORK MILL
安永
もちろん、それも選択肢の1つです。
ただ辞める前に、自分が本当にその組織の理念や方針、戦略を理解して「仕事に没頭してきたのか?」を、問い直してみたらどうでしょうか。
もし今の仕事をやりきってないと感じたら、もう少し続けてみる価値はありますよね。
会社・上司と「うまく」戦うには?
組織の方針には納得したけれど、直属の上司の考え方が全体方針と違う……と感じた場合はどうしたらいいのでしょうか?
WORK MILL
安永
時には、上司と戦う必要があるかもしれませんね。
「会社を良くするためにこうしたい」と思うならば、ちゃんと分析して考えをまとめて、上司に出せば良いんですよ。日本の会社は平社員でも提案権がありますから。
1回提案しただけでは無視されることもあるかもしれません。だったら、1カ月おきに2回、3回もしつこく出す。
それでも直属の上司は聞いてくれないなら、メールのCCに担当役員や副社長、社長などを入れて送るんですよ。CCなんだから、役職を飛び越えて送っても別に構わないはずです。
若手の社員が社長に対して、提案を出したら大騒ぎになりますよ。でも、それが絶対に変化を起こしますし、そういう提案を社長は待ち望んでいるんですよ。
私も築地本願寺では極力だれでも意見の出しやすい、風通しの良い職場づくりを目指しています。若い人の突拍子もない意見が実はとても良いアイデアであることもありますよ。
なるほど。ですが、行動に移すのは勇気が必要ですね。
WORK MILL
安永
そうですね。でも、そんなやる気のある社員は全社探しても何人もいませんよ。やりすぎて左遷されたとしても、必ず戻されることになるので、全く心配いりません。
私自身も銀行員3年目のころ、「支店長! どう考えてもこの考え方、おかしいですよ!」なんて言っていたこともあって。当時の上司からは「生意気だな」と言われましたが、大丈夫でした(笑)。
残念ながら、今の会社で芽が出なかったとしても、そこまでやる気のある人は、他社でも十分やっていけます。だから、そのぐらいやってもいいと思いますよ。
そういうやり取りを続けて、相手にされず諦めそうになった時はどうすればいいですか?
WORK MILL
安永
諦めないことです(笑)。やれるところまでやると決めて、しつこくやるんですよ。だって、会社をよくするためですから。信じてやれば、必ずどこかで報われますよ。
否定されているうちに、「自分が間違っているのかも……」と思ってしまうこともあると思うんですよね。
WORK MILL
安永
あるかもしれないですね。ですが、それは他人の評価ですよ。
「自分は正しいことやっている、たまたま受け入れられてないだけ」と信じられれば、続けられるはず。それが、誇りを持って生きることにも繋がるんじゃないでしょうか。
不満を感じている自分のことを、大事にしてもいいんですね。
WORK MILL
安永
不満やストレスはエネルギーの元にも、次の変化を生むきっかけにもなります。
よく「あの人のようになりたい!」と言って、なんでも真似をする話を聞きますけど、「あいつにできて、なんで俺にできないんだ!」と思って、奮起してやっていく方がよっぽどエネルギーになるんじゃないでしょうか。
仏教者としては、「あいつに負けてなるものか!」というのは、よくない発想なんですけど(笑)。
ビジネスパーソンとしては、そういう思いをエネルギー源として前向きな挑戦心に変えてくる方が、プラスになると思います。
自分と対話して、組織をこう変えたいと思ったら、行動することが大切なんですね。
WORK MILL
安永
はい。だから、問題点や改善点に気がついたら、若手でもどんどん提案していったらいいんですよ。良い提案ならば、トップは絶対に「それアリだな」って考えています。
ミスなく、要領よく仕事をするだけで、歳を重ねれば出世する時代はもう終わりました。可もなく不可もなく、だけでは全然ダメですよ。
だから、上司も「こいつにかけたら、事業が発展するかな」って思う部下にやらせないと、自分のクビが危ない。そういう時代になっちゃったんですよ。
チャレンジに終わりはない
今後、築地本願寺はどんな姿を目指していくのでしょうか?
WORK MILL
安永
私が築地本願寺に来た時から変わらないことですが、「開かれたお寺」にしていきたいですね。
多くの人とご縁を繋ぎ、その人たちに寄り添うことで、浄土真宗の教えをじわ~っと伝えていく。そして、結果的に浄土真宗にご縁を持ってもらう方の数が増えていくお寺にすることが、築地本願寺改革プロジェクトの目指すところです。
この改革に終わりはないんですよ。変化をしながら、進み続けていくだけです。
チャレンジする姿勢があれば、どんな会社でも必ず花開きますよ。それが今すぐなのか、10年後なのかはわかりません。そうやってチャレンジして試していけば、技は磨かれていくじゃないでしょうか。
ありがとうございました!
WORK MILL
2022年8月更新
2022年7月取材
取材・執筆=西村重樹
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト