社員の想いから生まれたコリビング賃貸「TOMORE」が見つけた“ほどよい距離感”の職住一体(野村不動産・黒田翔太さん・中北良佑さん)
かつて、都市で働く単身者にとっての住まいは「寝るための場所」だったのかもしれません。しかし、在宅勤務という選択肢も登場した今、その前提は大きく揺らいでいます。
一日の大半を過ごす部屋で、誰とも言葉を交わさずにパソコンに向き合い続ける。自由であるはずのひとりの時間が、ふとした瞬間に閉塞感へと変わることも……。
こうした単身生活の変化に着目し、これからの時代の「住まい」と「働く」を再定義しようとしているのが、野村不動産の新規事業・職住一体の大型賃貸レジデンス「TOMORE(トモア)」です。
このプロジェクトをリードしたのは、黒田翔太さんと中北良佑さん。「不動産を売る」という既存のデベロッパーの仕組みを超え、目に見えない「コミュニティ」という領域に価値を見出しています。
オープンからまもなく1年。お二人がどのような視点で課題を捉え、それをどう事業として形にしていったのか、そのプロセスを伺いました。
「仕事以外のつながり」が生む不安から始まった構想

「TOMORE 品川中延」にお邪魔しています。ここは一体、どんなマンションなのでしょうか?


黒田
在宅勤務も増えた中で、「ライフ」と「ワーク」の両方を充実させたい20〜30代に向けの職住一体シェア型住宅です。
建物の中には専属の運営スタッフが介在する広いコワーキングスペースやリビングを設けて他者の気配を感じられるようにしつつも、すべての居室にはシャワー、トイレ、洗面台の水まわりを完備し、プライバシーも確保できる設計になっています。
コンセプトは「ひとり暮らしを、ひらく暮らしに。」です。

すごく素敵ですね。ありそうでなかったというか……。
こんなところで一人暮らしができたら、とてもいいですよね。


黒田
ありがとうございます。
考え始めてから形になるまで、5年かかったんです。実際に建物ができた時は、本当にグッとくるものがありました。
このプロジェクトは、黒田さんの発案で動いていったと聞きましたが、そもそもどのような経緯でスタートしたのでしょうか?


黒田
構想自体は2019年から温めてきました。当時、私は31歳。入社以来ずっと不動産ファンドなどの投資ビジネスに携わってきましたが、自分自身の「仕事以外のネットワーク」が極端に狭いことに危機感も抱いていたんです。
仕事以外のつながり、ですか?


黒田
はい。新しいことに挑戦しようとしたとき、すぐに相談できたり応援し合えたりする仲間が身近にいない。
その一歩目の重さを実感したときに、これからの世代や働き盛りの人たちのために、もっと自然につながりが育まれる「ライフスタイル」を作りたいと考えたのが原点でした。それで、中北を誘って一緒に企画を作っていったんです。

中北
正直に言うと、私は最初からそんな壮大な想いを持ってこの事業を始めたわけではないんです。
当時は賃貸マンションの開発などを担当していましたが、ある日、黒田から「こういう世界を実現したいんだ」という話を熱っぽく聞かされて……。


中北
カフェでご飯を食べながら話を聞いたのですが、正直、最初は「本気なのか、単なるアイデアなのか、どっちなんだろうな」と思っていました(笑)。
でも、「なんだかすごく考えているんだ」というのは伝わってきて。それで「いいよ」と気軽に返事をしたら、いつの間にかそのまま事業化まで一緒に走っていました。

黒田
僕としては、「中北のような開発のプロの力を借りないと絶対に形にならない」と思っていたので、必死で話しました(笑)。
社内の新規事業制度を活用されたとのことですが、大きい会社ですから承認を得るまでのプロセスもかなりタフだったのでは……?


黒田
事業化が決まるまでには3年かかりました。特に大変だったのは、事業の「評価軸」が組織のどこにも存在しなかったことです。
既存の賃貸住宅ビジネスであれば空室率や賃料がすべてですが、僕らが提案したのは目に見えない「コミュニティ」の価値化でしたから。

中北
初めて経営会議で提案したときは、会社としてもこの事業をどう判断していいかわからない、という空気だったのを覚えています。

黒田
熱量をなんとか伝えるために、経営会議で少しでもフォローの声をくれた役員には、終わったあとにすぐ直接会いに行き、一人ひとりと対話を重ねたんです。
直接、口説きに行ったわけですね。


黒田
どこに納得感がないのかを一つずつ紐解きながら、応援してくれる人を増やしていったんです。最後は当時の経営陣が深夜まで議論に付き合ってくれるほどになり……、ようやく決裁を得ることができました。
ちょうどコロナ禍の時期と重なってしまいましたが、オンラインで100人近くのターゲット世代へインタビューを繰り返したことも大きかったです。その後、実証実験を経て「この価値は絶対に求められている」という確信を得て、最終的な合意形成につながりました。
“交流しない自由”を先に担保。動線と水まわりの設計思想
改めて、ハードウェアとしての「TOMORE」についてもっと詳しく伺わせてください。
135戸という大規模な新築レジデンスをゼロから作るにあたって、どのような設計思想を込めたのでしょうか。



中北
とにかく「従来のシェアハウスにあった入居ネックを徹底的に解消すること」でした。誰かと住みたくても、共用の水まわりや隣人の生活音がどうしても気になるという方もいらっしゃいますから。
そこでTOMOREでは、全室にシャワー、トイレ、独立洗面台を完備し、遮音性もデベロッパーとしての知見を活かして、プライベートをしっかり確保できる水準まで高めています。


黒田
この家の思想は、動線の設計にも現れています。エントランスから共用部を通れば、誰かと顔を合わせることができる一方、共用部を通らず、誰にも会わずに自分の部屋へ戻れる動線も、あえて設計しています。これは「交流が義務にならない」ようにするためです。
ただ実際に運用してみると、多くの住民がわざわざ1階のコワーキングスペースを経由して帰宅し、「ただいま」と挨拶を交わしているんですよ。


「つながらなくてもいい」という自由があるからこそ、自発的な挨拶が生まれるのですね。


黒田
その安心感が担保されているからこそ、逆に共用部に出たときの交流がポジティブなものになるという、逆説的な現象が起きています。


黒田
コミュニティが醸成されるスピードが想定以上に速かったのが印象的でした。
あと、住民全員が最初から積極的な交流を求めているわけではないということです。自らイベントを企画するようなアクティブな方は全体の2割ほどで、残りの8割の方は「コミュニティがある環境」に身を置くこと、あるいはいつでもそこに参加できるという選択肢があることに安心感を得ている。
無理に全員をつなげようとしない設計が、結果として多くの人にとっての居心地の良さを生み出しています。

中北
コンパクトな空間であっても、プライベートが完全に守られているという確信があるからこそ、一歩部屋を出たときの他者の気配を「心地よい刺激」として受け入れられる。
ハードの質を突き詰めることが、結果的にソフトであるコミュニティの豊かさを支えるセーフティネットになっているのだと感じます。


【住民の実感】プライバシーと「人の目」が、仕事のスイッチになる
取材でTOMOREを訪ねた日、ちょうどコワーキングで働いていた住民の女性にお話を聞くことができました。国内の広告会社に勤務し、現在は在宅勤務が中心だといいます。
以前住んでいたシェアハウスはリビングを通らないと自室に行けない構造で、疲れているときなどはそれが心理的な負担になることもありました。TOMOREは自分の部屋で生活が完結できるプライバシーがあるし、1階に行けば適度な『人の目』があります。集中したいときと気分を変えたいときで場所を使い分けられることが、仕事のモチベーション維持につながっています。
また、週末に有志で川沿いを走ったり、キッチンで一緒に料理を作ったりすることもあります。大人になってから、これほど利害関係のない、新しい友人ができるとは思っていませんでした。また、エンジニアとデザイナーがリビングで制作活動のヒントを出し合うなど、自分一人では到達できなかったアイデアに触れる機会がたくさんあります。
場を温める触媒「コミュニティオーガナイザー」の設計
建物が優れていても、それだけでコミュニティが自走するわけではないと思います。運営面ではどのような工夫をされているのでしょうか。



黒田
もっとも重視しているのは、運営スタッフが「管理者」ではなく、場を温める「触媒=コミュニティオーガナイザー」として存在することです。
広い空間に放り出されると、つい壁際に行って周りの様子を伺ってしまうことってありますよね。そこに運営側がどう入り込み、会話のきっかけを作るかが重要になります。
そこでコワーキングでは、毎日17時に「乾杯ブレイク」という時間を設けています。
なぜ17時なのですか?


黒田
仕事のちょっとした隙間時間にあたりやすいからです。がっつりとした飲み会ではなく、コーヒーやお酒を片手に15分だけ立ち話をする。
そんな「隙間」のコミュニケーションによって、住民同士が話しかける心理的ハードルを下げられるといいなと思うんです。
あえて「隙間」を設計するわけですね。



黒田
私たちは「2割のアクティブ層」が自発的に動ける土台を作ることに注力しています。
2割の人が楽しそうに活動していれば、残りの8割の人もその熱量を心地よく享受できるはず。運営が全員を無理に引っ張るのではなく、自然と熱が伝播するような仕組みを目指しているのです。

中北
「管理」をしようとすると、どうしてもルールで縛ることになりますが、それでは自律的なコミュニティは育ちません。
私たちは、あくまで住民が主役になれるような「余白」をどう作るか、という視点で日々場を整えています。
住まいが“ベースキャンプ”になる瞬間
「つながらなくてもいい自由」と「コミュニティオーガナイザー」の存在。
そのバランスの上で、実際に住民の方々の間ではどのような変化が起きているのでしょうか。


黒田
単なる「同じ屋根の下に住む人」を超えて、お互いの専門性や趣味が混ざり合う、大人の友人関係が生まれています。
実は、当初は「ビジネスのつながり」を強調しすぎてしまったという反省もあって……。実際にはもっと手前の、ライフスタイルを共有する中から自然とワークへの刺激が生まれている印象です。

中北
「仲良くなりすぎてビジネスの話がしにくくなる」という現象も一部でありましたが、最近ではそれも一周して、お互いの得意領域をリスペクトし合う関係性ができています。
たとえば、あるプロジェクトで壁に当たっている住民が、共用部で別の職種の住人にふと相談したところから、新しい視点を得て前に進む……なんてことも起きているようです。


黒田
入居当初は「特にやりたいことはない」と言っていた方が、他の住民の活動に触発されて、自らコミュニティ内のイベントを企画し始めるような変化もありましたね。
あと、人生の大きな節目に立ち会うことも増えましたね。TOMOREでの出会いをきっかけに入籍されたカップルもいれば、ここでの人間関係を糧に新しいキャリアへ踏み出す人もいるんです。
それは素敵ですね!


黒田
それぞれが自分の人生を自分でハンドリングする「自律」のベースキャンプとして、この場所が機能し始めている実感があります。
今後は、人生のターニングポイントを共有し合える場としてもっと育っていってほしいと考えています。
住まいがインフラになる。拠点横断コミュニティの構想
これからのTOMOREは、どのような進化を目指しているのでしょうか?


中北
TOMOREの2拠点目が田端にオープンしますが、実は中延とは内装も違うんです。
160戸規模となる田端では、「大人」を意識したモダンクラシックな空間を目指しています。


黒田
デザインを変えたのは、中延の住民の皆さんのリアルな暮らし方や「ここでこう過ごしたい」という熱量を目の当たりにし、まだまだできることがあると感じたからですね。
中延での成功体験に安住するのではなく、現場で得た知見をもとに地域に合わせた拠点を作っていきたいです。

中北
拠点が増えたことで、中延の住民が田端のワークスペースを使うなど、コミュニティが多層化していくことも期待しています。
それが都市で働く人たちにとっての新しい「インフラ」になります。「住まい」から日本の「働く」をアップデートできる可能性はまだまだあると感じますね。

黒田
最初の数年は、社内でも「そんな事業は成立しない」と言われ続けたんです。それでも、「楽観的に考えて、ベストを尽くせば何とかなる」と信じて走り続けてきました。
蓋を開けてみれば、確かな熱量を持った住民が集まってくれました。これから、住民の皆さんが拠点を超えてつながり、会社という組織の枠さえも使いこなしながら、自分の名前で勝負していく。
TOMOREが、そんなふうに「したたかな自律」を支えるベースキャンプになれば、これほど嬉しいことはありません。

【編集後記】
ちょうど見学させていただいた時間、コワーキングスペースで入居者のみなさんが自然と集まって仕事をされていました。てっきり同じ会社のメンバーなのかと思いきや、そうではないとのこと。同じ仕事をしているわけではないけれど、なんとなく同じ場所に集まり、それぞれが作業をしている。TOMOREの価値そのものが表れた光景のように感じ、とても印象に残っています。
また、お話を伺った黒田さんと中北さんが、お互いを心から信頼しながら熱い想いをもってTOMOREをつくり上げてきたことも、取材を通して強く伝わってきました。都心で働く若い世代の孤独化が課題とされている中で、働き方を考える際に、仕事だけを切り取って議論することはもはやできず、そこには必ず「暮らし」の課題が含まれているはずです。TOMOREのような職住一体の生活環境を、企業が従業員に提供できる時代になってほしいな、と思いを強くしました。(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / Sea コミュニティマネージャー 宮野 玖瑠実)
2026年1月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト


