freeeの社員が棚卸しからレジまで経験。蔵前にある透明書店が公開する「スモールビジネス」のリアル
2023年4月下旬、売上を全部公開するという珍しい本屋が東京・蔵前にオープンしました。運営しているのは、中小企業向けの会計ソフトサービスを運営するfreee株式会社。
企業規模が大きくなると、仕事の関係者が多くなり、お客様とサービス開発者の距離が遠くなってしまうことがあります。freeeもそのような状況を経験し、よりユーザー目線でプロダクト開発をするために、自らスモールビジネスを展開することにしたそう。
なぜ本屋なのか、なぜ「透明」というコンセプトなのか。透明書店を立ち上げた岩見俊介さんにお話を伺いました。
岩見俊介(いわみ・しゅんすけ)
freee株式会社ブランドプロデューサー、透明書店株式会社共同創業者。東京学芸大学教育学部卒業後、広告会社iPLANETでイベントを中心にしたコミュニケーションデザイン業務を経て、アパレル事業を展開するストライプインターナショナルへ。2022年freee入社。freee brand studioにて新規ブランドアクションを担当。freee出版責任者。
「スモールビジネスに本気」とお店作りのワクワクを伝える場
今回、初めて来ましたが店内も素敵ですね。
岩見
ありがとうございます。今、店頭には蔵前を街歩きしている人が足を止めて、手に取ってくれそうな本を並べています。
岩見
あとSNS上のアンケートで透明書店の中に何があるといいと尋ねたところ、ZINEやリトルプレスへの要望が多く寄せられました。
入り口付近には、そういった書籍を並べている棚もあります。
体験を通してブランドを発信したい。異業種からfreeeへ
もう少し詳しく、透明書店について教えてください。どういった経緯で立ち上げが決まったのでしょうか。
岩見
私が所属しているfreeeのブランドチームでは、「いかにfreeeらしさを届けていくか」というテーマで活動しています。それで過去には、確定申告フェスやスモールビジネスをテーマにした映画祭などを行ってきました。
ただ、これまでのアクションは短期の企画ものばかり。次のブランドアクションとして、持続的に行う活動、もっと本質的に価値あるものを求めていたんです。
今回の「小さな規模のお店を運営する」というプロジェクトには、どのような意図が込められているのでしょうか?
岩見
当時、freeeのプロダクトのターゲットである「スモールビジネスを営むユーザー」を理解できる環境づくりが社内の課題となっていました。
以前はプロダクト開発をする社員が経理の仕事を体験し、感じたことをプロダクトに還元するという取り組みもあったのですが、今は会社の規模が大きくなり、担当者全員が経理を体験するのは難しくなってしまった。
もちろんユーザーインタビューなども行っていますが、限界がある。そこで、自分たちでユーザー理解ができる場所を作ろうと考え、透明書店が生まれたのです。
本屋以外は検討されなかったのでしょうか。
岩見
飲食店やセレクトショップも考えました。ですが、飲食は設備投資が、モノを作って売るには専門スキルが必要ですし、セレクトショップは広くバイイングするためのネットワークづくりや値づけが課題となりました。
その点、本はあらかじめ価格が決まっており、仕入れもしやすい。そして、一番大きな決め手は関わるメンバーが本や本屋が好きというところでした。
「透明」というコンセプトも、面白いですよね。
岩見
この本屋の目的は、freeeがどれだけスモールビジネスに対して本気かを伝え、ワクワクする仕事を世の中に増やしていくことです。
我々は、「スモールビジネスが増えた方が面白い世界になる」と考えています。しかし、いざはじめるとなると、ハードルの高さを感じてしまうもの。
そこで、何からはじめたらいいか悩んでいる人に対して、成功も失敗も全部見せていくことで、スモールビジネスの面白さや大変さを伝えられないかと考えました。
岩見さんは、プロジェクトがスタートしたタイミングで全くの異業種からfreeeへ入社されたそうですね。
岩見
はい。それまで展示会などの仕事をしていた自分の経歴からみると、確かに業種は違います。
でも、「体験を通して何か発信する」という意味では「ど真ん中」な仕事だったのです。
また、freeeのミッションである「スモールビジネスを、世界の主役に。」への共感もあって。スモールビジネスに光が当たる未来っていいなと思ったんです。
社内を巻き込み続けるために心がけていることは?
お店はどのような体制で運営しているのでしょうか。
岩見
最初は、ブランドチームの2人で始めました。一緒に立ち上げた岡田悠さんは現在育休中なので、今は私の他に店舗の店長と、バックオフィスとしてfreeeのメンバーが支えてくれています。
実はfreeeのなかに、透明書店を支える「くらげ会」というチームがあるんです。
くらげ会! かわいいネーミングですが、どのようなチームなのですか?
岩見
freeeの社員・10〜20名で構成されたバックオフィスをサポートするチームです。四半期ごとにメンバーを入れ替えながら、透明書店に関わる会計処理を体験しつつ、運営を支えてくれています。
今は2期目なのですが、メンバーの本業はエンジニアやデザイナー、プロダクトマネージャーなど様々。仕事のうち、およそ10〜20%のリソースを透明書店の業務に当てています。
それだけ本業のリソースを割けるのはすごいですね!
岩見
実は、くらげ会1期は立候補制で、やりたい人が集まるボランティアだったんです。
1期の活動がうまくいき、そのおかげで「透明書店に関わることは価値がある体験だ」と認められたんです。それで、2期目からは正式に業務の一部として、いろんな組織のメンバーが体験できるようになりました。
いきなりポジティブな評価!
岩見
はい。今後はオンラインショップを盛り上げたいので、フロント側のマーケティング担当者も巻き込んでいきたいなと考えています。
バックオフィス以外では、freeeの社員さんは関わっていないのでしょうか?
岩見
社員がお店に出ることもありますよ。開発中のプロダクトのために、棚卸しからレジでの販売まで、全ての流れを体験してもらったり。
こういった新しいプロジェクトに、社内の人たちを巻き込む上で心がけていることはありますか?
岩見
社外への発信ですね。透明書店は、freeeのスモールビジネスへの本気度を外部へ伝える役割を担っていますから。外部からの反応は、社内のテンションを上げることにも繋がります。
noteなどでの細やかな発信は社外だけでなく、社内へのアピールも含んでいたのですね。
岩見
そうです。なので、記事を公開したときは、社内チャットツールへ真っ先に報告をしています。その後に社外ですね。
徹底していますね。
岩見
社内のファンを増やしていくことが、ブランディング活動の持続に欠かせないという考えがあって。
透明書店の評価指標はさまざまですが、「参加したい」という社員の声をもらうことも意識しています。
いつかfreeeへ入社してくれた方に「書店をやっているからfreeeを選びました」と言ってもらえたら、最高ですよね。
資金ショート寸前も経験……! 会社員とスモールビジネスオーナーのお金の価値の違い
運営してみて、スモールビジネスに対しての印象は変わりましたか?
岩見
はい。実際オープンしたら、まず資金繰りに悩まされましたね。売上が心配で……。
今は毎月数十万円の赤字なので、まず単月黒字化が目標です。お店を続けていくためにも、必要な仕入れを行って赤字にならないようにしたいのですが、6月に資金がショートしそうになったことがあり……。
それはつらい……!
岩見
無事、借り入れて落ち着いたのですが……。キャッシュの有無がどれだけ自分のマインドに影響するのか、身にしみてわかりました。
会社員の頃と比べて、お金に対する感覚はどうですか?
岩見
全然違いましたね。ブランドチームの業務でイベントを行うときは、もっと大きな桁のお金が動きます。でも、自分のスモールビジネスとなると、金額の重みが違うのです。
freee会計や、freee人事労務のアカウント月額費用数百円を使うために、いくらの粗利が必要かなんて、これまで考えたこともありませんでしたから。
岩見
大企業の中で大きな予算の仕事だけをしていたら、このような視点はもてなかったでしょう。あと、意外とfreee会計を触っている時間がないことにも気づきました(笑)。
なるほど(笑)。
岩見
会計チームにこの話をすると、「やっぱりそうだよね」と言われました(笑)。
最近は税理士さんに相談するかどうかを悩んでいます。freeeとしては、自分で会計処理から確定申告まで行えるところが売りなんです。でも、実際は自分ですぐに判断できないことも少なくありません。
たとえば、「これって勘定科目なんだっけ?」「どう整理すればいいのか?」「一括で処理する? それとも按分する?」など、一つひとつ調べながら進めています。
でも、「こういう調べ物や作業が本来やりたいことだっけ?」とふと我に返るんです。
もっとやるべきことがある……、と?
岩見
はい。いろいろ発信して、イベント集客もしていますが、本屋として通常営業でのお客様の入り方や季節の変化の予測が難しいと感じています。
だから、経理のようなバックオフィスの作業はサクッと終わらせて、本をどう売るかを考えたい。新たな事業で収益を出せるようにしたい。
でも、そういうことに時間を割きたくても、調べものをすることに時間に取られてしまう。将来的には楽になる予定なのですが、今はまだ大変ですね。
地域や書店の方々との交流しながらスモールビジネスにフューチャー
店内でイベントはされていますか?
岩見
はい、独立系書店さんをゲストに招いてのトークイベントなどをやっています。街に本屋があるといいけど、実際運営すると難しい。自分たちもこれを痛感しています。
透明書店でのイベントや発信を通して、他の本屋さんや本屋をやりたい人との繋がりが生まれました。あと意外だったのですが、他のチェーン系書店や中規模書店さんとも積極的に情報共有するようになって。
定期的に行っているイベントに対しても「参考になりました」というお声をいただきました。
それはうれしいですね! どんな点が書店さんに注目されたポイントだと感じていますか?
岩見
やはり、
・事業会社が運営すること
・1つの独立系書店として閉じてしまわず、働き方や効率化など、さまざまな発信をしたこと
でしょうか。そこから、交流の糸口がつかめたのだと思います。
透明書店は、スモールビジネスに注目して、何か一歩、新しいことへ踏み出すことができる空間です。今後は、コンセプトに合った書籍の新刊記念イベントなども行いたいと考えています。
素敵ですね!
岩見
蔵前は、アートギャラリーやチョコレート専門店、フレグランスの会社など、この街に根付いてお仕事をされている方がたくさんいらっしゃる街です。この地域のスモールビジネス同士がつながれる場所を作っていきたいんです。
たとえば、本とおいしいチョコレートを組み合わせて販売したり、本をきっかけにしたアーティスト作品をキュレーションしたりするなど、いろいろ考えています。
あと、店内で飲食営業しようと思っていて。
飲食?
岩見
ここで本を買った人が、立ち読みしながら立ち飲みできるようにしたいな、と。「イベントの交流タイムにドリンクがあるといい」という意見をいただいたことがきっかけなんです。
岩見
店舗の外の軒下やレジ横にある「不透明な部屋」で飲めるようにしたいなとも考えています。
スモールビジネスがキーワードに、クラフト系のドリンクなどを中心に考えています。飲食を通して、面白いことをしている人を紹介していきたいですね。
ありがとうございます。最後に今後の目標などあればお聞かせください。
岩見
取り組みたいアイデアはいろいろありますが、まずは手を広げすぎず売上の柱を何本か立てて維持していきたいです。
そして、失敗も資産となるので、これからもできる限り発信していきたいです。そして、新しいことに挑戦したい人のヒントになればいいですね。
そのためにも、まずは書店として売上をつくり続けること。しっかり取り組んでいこうと思います。
2023年9月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト