目標を他人に立ててもらうからこそ、まだ見ぬ「自分の活かし方」が見えてくる。「タニモク」で知る新たな選択肢(パーソルキャリア・三石原士さん)
目標は自分で立てるものだと思っていませんか? でも、実は他人に目標を立ててもらうと、自分では思いつかなかった新たな切り口や視点を得て、選択肢を広げることができるかもしれません。
人材サービスのパーソルキャリアが提供する「タニモク」は、利害関係のない他人に目標を立ててもらうというユニークなワークショップ。
開発者で、「タニモク」プロジェクトリーダーであるパーソルキャリアの三石原士さんに、「タニモク」が生まれた経緯や企業での活用事例、そして組織の中にいながら目標を持ち続け、自分らしく生きる方法を教えていただきました。

三石原士(みついし・もとし)
大学卒業後、渡独。設計事務所にてキャリアをスタート。帰国後、大手情報サービス会社を経て転職サービス「DODA」(現「doda」)の立ち上げメンバーとして、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。入社後はハイクラス転職サービス「doda X」やオウンドメディアの立ち上げなど、多くの新規事業、サービス開発のマーケティングをリードする。2017年「タニモク」を開発。
自分の目標を、他人に提案してもらうワークショップ
「タニモク」は、どのようなワークショップなのでしょうか?


三石
他人に目標を立ててもらうワークショップです。利害関係のない3~4人が1組になり、参加者同士が自分のことを話して、質問してもらい、他人が目標を提案します。
他人が目標を考えてくれることで、本人は思いつかなかった切り口や視点が得られ、選択肢が広がっていくんです。

三石さんが、「タニモク」を始めた理由を教えてください。


三石
きっかけは、2015年に知人が主催した「振り返り会」に参加したことでした。そこでそれぞれその年に考えたことや学びをシェアしたのが、とても楽しかったんです。
でも、振り返りの機会はあるけど、未来について話す機会は意外とありません。だったら、今の状況を共有して目標を立てるのはどうだろうかと考え、簡単に実施できるワークショップを作ってみようと思ったんです。

そこから、どのように「タニモク」が広がっていったのでしょうか?


三石
社内で「タニモク」を実施した様子を、2017年の元旦に、当時私が編集長を務めていたオウンドメディアの記事としてアップしました。すると、1年の目標を考えるお正月のタイミングだったこともあり、多くの反響があったんです。
その後、プロトタイプのイベントをクローズドで行ったところ大きな反響があり、2つの企業とコミュニティ、そして学校などにも展開するようになりました。
その後、本格的に「タニモク」を社外に発信することになり、メディアに取り上げられる機会も増えて、個人の間で広まっていきました。
最初から大きな反響があったんですね!


三石
コロナ禍も「タニモク」が広がるきっかけになりました。2020年の春に緊急事態宣言が出て、企業が新入社員の研修を対面で実施できない状況になりましたよね。
ちょうど2020年にオンライン版の「タニモク」を作ろうと企画していました。そのよう中で新型コロナが広がりつつあったため、新人研修の4月に向けて急ピッチでプログラム開発を進め、オンライン版のマニュアルをリリースしました。
すると、企業の方から多くの問い合わせがあったんです。「『タニモク』は、オンラインでお互いの状況を知って、理解し合えるのがいいね」と口コミで広がっていきました。
他人の立てる目標は、新たな選択肢になる
「タニモク」は、どのように進行するのでしょうか?


三石
まずは3~4人の参加者で1グループになります。目標の切り口を得ることを考えると、2人だと視点が広がりにくいので、3~4人が望ましいです。この時、会社の上司・部下などではなく、利害関係がない人同士であることも大切です。
進行方法は、まずは参加者がそれぞれ自分の状況を絵に描きます。そして、1人目が自分の描いた絵について解説します。説明する人が「主人公」、他の参加者は「サポーター」となります。
サポーターは、主人公の説明を聞いた上でもっと知りたいことを質問します。その質疑応答の後、サポーターがそれぞれ主人公の目標を代わりに考えて発表する、という流れです。

自分の状況を言葉ではなく、「絵」で表現するのはなぜですか?


三石
2つ理由があって、1つ目は主人公の置かれた状況の全体感をパッと捉えやすいから。そして、2つ目は参加者の言語化の得意・不得意の差が出にくいからです。
主人公が理路整然と隙がないプレゼンしてしまうと、サポーターは質問をしづらくなってしまいます。それで、あえて絵にすることで「これは、何ですか?」と質問しやすくしました。
サポーターの人が質問をするときのコツはありますか?


三石
「仕事内容などの表面的なことを聞くのではなく、内面的な部分を深堀りしてください」と伝えています。
今の仕事の働きがいや悩みなど、主人公自身への理解を深めるための質問であることがポイントです。「最近、いちばん仕事で印象に残っていることは何ですか?」「いちばん、うれしかったことは?」「悩んだことは?」など。利害関係がない者同士なので、逆にストレートな質問がしやすいんです。
目標の発表はどのような形でしますか?


三石
主人公が1年後にこんな状態になっていたら素敵だなという「状態目標」を、サポーターそれぞれが立てて「私が〇〇さんなら、1年後の目標はこうで、その実現のためにこんな行動をします」と提案します。
最終的に主人公は、その場で自分の目標を立てるんですか?


三石
いえ、「タニモク」の場ではサポーターたちの立てた目標を聞いて終わりです。
時間があれば、最後に主人公はどう感じたかを話してもらう機会を作ることもありますが、その場で目標は立てなくて大丈夫です。
「タニモク」は他人に目標を決めてもらう場ではなく、参加者が自分の選択肢を知るためのワークショップなんです。
他人の視点が、自分の固定観念を外す
お話を聞いていると、「勝手に他人の目標を立ててもいいのかな……」と思ってしまうかもしれないな、と思いました。それでも遠慮せずに言った方がよいのでしょうか。


三石
「タニモク」は正解・不正解をアドバイスする場ではなく、あくまで切り口を提供するワークショップです。そのため、サポーターには、主人公になりきって「私ならこう考えます」と伝えていただきたいと思っています。
最終的に目標を決めるのは、主人公本人です。サポーターの皆さんには、「無責任に目標を立ててください」と伝えてよく笑われるのですが……(笑)。みなさん、真剣に主人公の目標に向き合ってくれます。
いい意味で無責任でいいんですね。


三石
そうですね。心理的安全性も保たれるので、「自分のことをこれだけ話したのは久しぶりでした」という感想が多いです。
最近では、企業で1on1が浸透していますが、どうしても仕事の話に偏りがちだと思うんです。
一方で「タニモク」では、自分の悩みやモヤモヤをオープンに話して、それをみんなが受け止めて質問してくれます。そのため、短い時間ですが、「自分のことを久しぶりに話した」と感じる方が多いようです。
なぜですか?


三石
みんなが真剣に話を聞いてくれるから。そして、他人に話すことで、自分の中で整理しきれないことも整理できていくんだと思います。
そして、シンプルでストレートな質問をされたときの主人公の反応を、サポーターたちはよく見ています。
そのリアクションから「この話をしているとき、いきいきとしていますね」「本当はこんなことがやりたいんじゃないですか?」とフィードバックします。そんな会話から、主人公が自分の意外な一面を知ることもあります。
実は僕自身も、「タニモク」に参加したときにサポーターに言われたことが、その後の選択に影響したことがありました。
どんな言葉だったんですか?


三石
当初、私はマーケティング担当として「タニモク」に関わっていました。その頃、「三石さんは事業の話より、『タニモク』で参加者が変わったという話をしている時の方が、いきいきしていますね」と言われたんです。
そこで、改めて「自分は人がポテンシャルや能力を発揮することにダイレクトに関われることが好きだ」と実感しました。それから「タニモク」も含めてワークショップのファシリテーションを学ぶようになり、今はシステムコーチングも学び始めたんです。
こういった特性は、意外に自分では気づけないものなんです。自分にとって、とてもインパクトのあるフィードバックでした。
三石さん自身も「タニモク」によって、選択肢の幅が広がったお一人なんですね。参加者の中で、特に印象に残っている方はいますか?


三石
自身の選択肢になかったキャリアに踏み出した人は印象に残っています。たとえば、ずっと企業の広報をしてきた参加者さんがいて。
企業の良さを引き出す力があって、メディアとのリレーションも強い人だったので、「フリーランスになったら、もっと力を発揮できるんじゃないか」という意見が、サポーターから出ました。
ご本人は「フリーランスなんて考えたこともなかった」という反応でしたが、その後は独立して活躍されています。
自分に対する固定観念が外れたんですね。

立場や性別が違う組み合わせほど、気づきが多い
「タニモク」は、あらゆるシーンで活用できそうですね。


三石
入社した社員が仕事に早くなじめるように受けるオンボーディング研修、部門間の交流、キャリアに関する悩みの共有など、社内の交流を深める目的で活用されることが多いです。
当社では、女性活躍推進のプロジェクトで、女性社員同士の交流を深める目的で活用しています。部署の異なる管理職手前の女性社員3人で、「タニモク」を2回実施するんです。
1回目は悩みや課題をシェアしながら目標を立て、2回目は半年後に。同じメンバーなので会話も深まるんです。
その後の交流も続いていきそうですね。他にはどんな事例がありますか?


三石
印象に残っているのは、保育園を運営している会社です。人事は「年齢があがるほど、キャリアについて考える機会を提供できていない」という課題を持っていました。
そこで、希望する職員に向けて「タニモク」を実施しました。その結果、「率直に悩みを話して聞いてもらえると、今後のキャリアの展望が開ける」という感想が寄せられ、仕事の悩みや課題について職員同士で話しやすい雰囲気になったと聞きました。
企業で「タニモク」を行う場合の条件や注意点はありますか?


三石
大前提として、心理的安全性がない組織には「タニモク」を推奨していません。たとえば、縦割りや縄張りの意識が強くある組織の場合、部署を超えて率直に意見が言いにくいこともありますから。
お互いの興味や関心、悩みなどをしっかり共有できている会社であれば、仕事内容への理解があるのでより具体的な目標が出てきやすいというメリットがあります。しかし一方で、共通認識が強いために、「うちの会社ではこれは実現できないだろう」というバイアスがかかってしまいやすいデメリットもあります。
うちの会社では難しいね、と諦めてしまうんですね。


三石
そんなときに大切にしてほしいのは、あくまでも主人公が1年後に充実している状態を思い描くこと。「1年後の目標がほどほどのものだと、ワクワクできないですよね」と伝えています。
企業で行う場合、直接利害関係はなくても、年次や役職の差があることもありますよね。そういったときの注意点はありますか?


三石
年齢層が近いと目標の切り口が似てしまうこともあるので、立場や性別はあえてバラバラにして、違う視座の人と「タニモク」をする方がいいと思います。
実際に、私がファシリテーションを行う「タニモク」でも、そうしたグループ配置にするよう意識しています。
極端ですが、新人と管理職の組み合わせの場合、管理職が新人の悩みを聞いたり、「管理職のやりがいって何ですか?」と質問の答えを考えたりすること自体も自身の気づきにつながるからです。
もちろん新人にとっても、直接の上司ではない管理職の視点や考えを知るいい機会になります。管理職の方には「ティーチングにならないように気を付けてくださいね」と伝えています。
働くことは生きること。ビジョンを仕事に落とし込む

三石さんは企業の一員として「タニモク」を開発したり、本を執筆したりしています。
組織の中で自分のやりたいことを続けるために、心がけてきたことはありますか?


三石
年上の知人から「30歳以降は、自分の強みでしか生きていけないよ」と言われたことがきっかけに、まず自分の強みを整理しました。
ストレングスファインダー(※)を受けたところ、私は未来志向、学習欲、最上志向、個別化、着想などが強い資質で、慎重さや協調性は弱い資質でした。
傾向としては新規事業に向いているタイプです。だから、まずはそのポジションで結果を出すことにコミットしました。
※ストレングスファインダー:自分の強みや資質を発見するための診断ツールのこと。アメリカのギャラップ社が「才能発見ツール」として開発した。

三石
そうして結果を積み上げていったら、「課題を提供すれば勝手に動く人だ」と社内で認知されました。
その時に大事にしていたのは、上司や会社の経営の意向をキャッチアップすること。自由に動いているだけでは、わがままな人になってしまうので、自分のやりたいことと会社の方向性をつなげることを意識していました。
パーソルキャリアのミッションは、「人々に『はたらく』を自分のものにする力を」。はたらく人々が自らの意思で、自分らしいキャリアや人生を選択することができる社会の実現を目指しています。「タニモク」は、ミッション推進のための重要な施策の一つにもなっています。
会社に残るのではなく、独立する選択肢もあったのかなと思ったのですが、いかがですか?


三石
自分のやりたいことと会社のミッションに共通項があるので、今も組織にいます。
パーソルグループで活動する利点は多いんです。現に、企業とのつながりも広がっていますし、自治体や学校などで活動する機会もうまれています。
会社で働きながら、自分らしい生き方がしたい方には、どんなアドバイスをしますか?


三石
強みは「資質×資源×活かし方」のかけ合わせで認識されると考えています。
資質はその人がもつ特性で、資源はスキルや経験です。でも、一番大事なのは、この2つの「活かし方」なんです。


三石
2025年10月取材
取材・執筆=久保佳那
写真=小野奈那子
編集=桒田萌(ノオト)


