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仕事以外の軸で、自分と向き合う。趣味や余暇でセルフケアを行うサービスを立ち上げる株式会社リヴァの菅野智佐さん

仕事や働き方の悩みを、仕事だけで解決するのは意外と難しい。でも、それ以外にアプローチできる方法はあるのだろうか――。そんなふうに感じる人は少なくないのではないでしょうか。

今回は、「自分らしく生きるためのインフラをつくる」をビジョンに掲げ、心の悩みを抱えた人の就労支援などを行っている株式会社リヴァの菅野智佐さんにインタビュー。

菅野さんは、余暇を充実させるサービス「あそびの大学」、趣味で自分の心を整えるアプリ「じぶんメンテ」といった事業を立ち上げ、趣味やプライベートなど余暇の時間で「自分と向き合う」ためのきっかけづくりを行っています。

菅野さん自身も、社会人になったばかりのころ、さまざまなストレスを抱えて悩んでいたそう。そんなとき、趣味の生け花を通じて自分の心と向き合うことで、仕事から人生までだんだんと楽しくなっていったといいます。

今では100個以上の趣味があり、充実した日々を送る菅野さん。一人ひとりに合った趣味を探すコツもうかがいました。

菅野 智佐(すげの・ちさ)
1996年、福島県生まれ。山形大学を卒業後、株式会社リヴァへ入社。新卒採用やIT事業の責任者を担いながら、「働き方」だけではなく、「休み方」とも向き合える仕組みを創りたいという想いから、新規事業「あそびの大学」「じぶんメンテ」の立ち上げに至る。

働き方を変えるのは、そんなに簡単なことではない

じぶんメンテ(※)」という、自分に合ったセルフケアができるアプリを開発中と伺いました。なぜ、こういったサービスをつくろうと思ったのですか?

※現在はLINEの友達登録でサービスの利用が可能。LINEアプリをインストールしているスマートフォンでURLをクリックしてください。

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菅野

いま、「セルフケア」という言葉を耳にする機会が多いですよね。

ただ、どちらかというとしんどいと感じているときに行ったり、心の不調を感じてはじめて意識するもの、というイメージが強いと思っていて。

セルフケアはどんな状態の人でも必要なことなのに、当事者意識を持ちにくい人も多いのではと感じていました。そのハードルを下げ、日常を楽しむために、よりよく働くためにセルフケアをする。

そんなふうに、もっとポジティブで手軽に自分のメンテナンスをできたら、と考えたんです。

現在の気分を登録したり、それに応じたセルフケアの提案を受けたり、取り組みを記録できたりする(提供画像)

「じぶんメンテ」の前身として、「あそびの大学」という余暇に特化したコミュニティサービスも企画運営されていたそうですね。そこに至るまではどんな過程があったのですか?

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菅野

私が働く株式会社リヴァは、メンタルに不調がある方に向けて、社会復帰のサポートをしている会社です。そのため、私自身も、心の不調を抱える知人から「仕事を辞めたい」「泣きながら会社に行っている」と相談を受けることが多かったんです。

自社のサービス利用を勧めるほどの状態でないときに、提案できる解決策がないことが本当に悔しくて……。

辛い思いをしているときに、「それなら仕事辞めたら?」なんてアドバイスはなかなかできないと感じていました。環境を変えるってそんなに簡単なことじゃないですから。

スキルアップするにもそれなりに時間がかかるし、転職するにも行動が必要ですもんね……。

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菅野

「自分らしく働く」「好きなことを仕事にする」というキーワードは世の中に溢れていますが、本当に実現していくのは思っているより難しい

私も社会人になったばかりのとき、自分が何をしたいのかわからなくて悩んでいた時期がありました。でも、プライベートで生け花を習い始めたことをきっかけに、仕事以外の場面で「自分らしさ」を見つけ、自分を肯定できるようになったんです。

もしかしたら、余暇に大事なヒントがあるのかもしれない。その思いが「あそびの大学」を立ち上げにつながっています。

「あそびの大学」では約100類以上ある「趣味」の中から、参加者に合うものを提案。専属トレーナーが伴走し、趣味の始め方や体験を通じた内省をサポートしていた。(2022年12月にサービス終了)(提供写真)

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菅野

「あそびの大学」では、「余暇を何とかしたい!」と考えている人にヒアリングをし、一人ひとりに合う趣味を提案しながら、自分らしい余暇を過ごすためのアドバイスを提供していました。

それまでのリヴァでは、メンタル不調者に対してサービスを提供していたので、「あそびの大学」「じぶんメンテ」は新しいマーケットでもあったんです。

今まで積み重ねてきた会社のノウハウを利用して、先輩にアドバイスをもらいつつ、逆にメンタル不調者の人にも還元できる知見も得ながら、手探り状態で運営していましたね。

リヴァのビジョンは「自分らしく生きるためのインフラをつくる」。そのためには既存層だけでなく、新しいマーケットの開拓も必要だと会社も長年感じていたのだとか。

生け花をきっかけに、完璧主義な自分も受け入れられた

辛い時期を生け花やうつわとのかかわりに救われたそうですが、そのときのことも教えてください。

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菅野

うつわが好きになったのは、大学生のときでした。アルバイト先のカフェに置いてあった白くてぽってりとした益子焼を見た瞬間、「何だ、この可愛い物体は!」とビビッときて。

ちょうど同じ時期に、「金継ぎ」という割れた器を修繕するイベントに行ったんです。そこで、参加者みんなが思い入れのある器を持ち寄り、大事そうに直す姿に感銘を受けたんです。

当時は仕事の忙しさに翻弄されながら、上京したばかりで人との繋がりがない孤独感に苛まれていたそう。
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菅野

そのときは特に生活に取り入れることはなかったのですが、社会人になり一人暮らしを始めて、益子焼や金継ぎのことを思い出して。

当時は、特にこだわりなく、安いという理由だけで量産された器ばかりを揃えてしまっていたのですが、そのときに焼き物を買いにお店に行きました。

そうしたら、気に入った器を家で使うだけで、そこだけ温度を感じるといいますか……。お店の人や作った人の顔が浮かんできて、孤独が癒されるし、うつわにこだわりを持つことができている自分のことが好きだなと感じられたんです。

こんな風に温かな気持ちになれる時間は自分にとって大事な気がすると思って。

仕事以外でも大切な時間が見つかった、と。

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菅野

はい。自分がなぜうつわ、ひいては日本の伝統文化に惹かれるのかどんどん興味が湧いてきて、「日本の美意識といえば、生け花なのでは?」と思い、レッスンに行ってみたんです。

フットワークが軽い!

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菅野

でも、私もともと完璧主義なところがあって、仕事でもその点についてフィードバックを受けていた時期でした。

その完璧主義が生け花でも発動してしまった。それで、1ミリ単位の花の向きにこだわって、周囲の人の2倍以上も制作時間がかかってしまっていたんです。

ですが、「1ミリの差にこだわれるのは、それだけ真剣にお花と向き合えていることの表れだから、素敵なこと。そこにこだわれる人は上手になっていくはず。だから、好きなだけやればいいよ」と先生に言ってもらえて。それが泣きそうになるくらい衝撃的でした。

生け花の話になると、より一層生き生きとした表情になる菅野さん。

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菅野

変えなければいけないと思っていた完璧主義という自分のコンプレックスが、お花という分野では活かせる。それを知ったとき、自分はあるがままでいていいんだと思えました。

たしかに生け花はこだわるほど上達していって。初めて仕事ではない分野で自信をつけられました。

完璧主義を直そうとしなくていい、と。

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菅野

お花を生ける時間は、本当の自分と対面する時間でもあるんですよ。普段、私は周りから「行動力がある」と言ってもらうことが多いのですが、茎を少し切るのには「この長さでいいのかな?」とビビりながら切っていて。

それも「今日は思いっきり切ってみよう」と挑戦したら、「意外とうまくいった!」「短く切りすぎても、全体のバランスを整えれば、結果なんとかなる」と分かると、次からは躊躇せず切れるようになる。

仕事では誰かから評価されますが、余暇の時間は誰も自分をジャッジしない。だから、自分を変える小さな実験をしていける。そんな感覚なんです。

白黒はっきりせずに、自分と対話していくイメージなんですね。

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菅野

この時間があるからこそ、俯瞰して自分と向き合えるようになりました。

たとえば「これ、嫌だな」と思ったら、「なんでだろう」と一旦間を置いて考えられる。自分がどうありたいのかを常に考えながら、日々を過ごせるようになったのも大きな変化だと思います。

菅野さんが生けたお花(提供写真)

新しいことに挑戦しやすく、常に自分軸でいられるのが「趣味」

仕事ではない趣味やプライベートの時間で自分と向き合うことが大切なのだと、菅野さんのご経験からわかります。

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菅野

仕事と趣味の違いをいくつか挙げるとするならば、一つは新しいことに挑戦するハードルの違いです。仕事ですぐに新しいことを広げるのが難しいときもありますが、趣味ならどんどん挑戦していいじゃないですか。

次に、自分軸でいられること。仕事はどうしても人間関係があって、他人軸を外せないときがありますが、趣味は自分のためだけの時間だから、誰にも迷惑をかけない。すぐに辞めてもいいし、続けなくてもいい。自分に正直でいられるんです。

確かにそうですね。

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菅野

あと、「こんな才能があったんだ」「これが好きなんだ」という新しい側面も発見できるので、自分を知っていくという意味でさまざまな可能性のある手段かなと思います。

「仕事を通じて自分らしさを見つけよう」という風潮もありますが、趣味を通じて自分らしさを確立してもいいんですね。

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菅野

それでいうと、「自分らしくいないといけないと思ってしまうことにも違和感があるんですよ。

そもそも、「自分らしくいたい」「自分らしくいなきゃ」と思っている自分をキャッチするほうが、大事ではないかと感じていて。

なるほど。「自分らしくしなきゃ」の裏に、何かが隠れているということですよね?

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菅野

そんな気がします。「自分らしくいたい」と思っているのは、現状に何か違和感があるから

私もずっと「自分らしくいなきゃ」という呪縛があったのですが、今は流されることも大事にしています。「こうなりたい」と思ったらその方向に進むこともある一方で、そうではない時期もありますよね。そんなときは流されていいのかな、と。

「自分らしく」にこだわらず、誰かに誘われたり頼まれたりしたからやる、でもいい。それが結果的に「自分らしさ」につながっていることもありますよ。

「好きなことや興味のあることがない」人はいない

ちなみに、ご自身の中で「趣味」をどう定義していますか?

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菅野

自分が興味を持っているものなら、全部趣味だと思います。

先日、相撲を一度だけ観戦しに行ったのですが、昨日も今日も結果が気になっていたので「一度しか行ってないけど、もうこれ趣味だなと思いました。自分が好きなら、それはもう趣味ではないでしょうか。

みんなもう少し気軽に「これが趣味です」と言っていい気がしますね。

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菅野

それか、言葉を置き換えて自分がしっくりくるように、「好きなこと」「最近ハマっていること」でいいと思うんです。最近は、あまり「趣味」という言葉に囚われすぎなくてもいいかなって。

生け花をはじめ100以上もの趣味を見つけたそうですが、菅野さん流の好きなことや趣味を探すコツはありますか?

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菅野

昔好きだったことを思い出して、過去の自分からヒントを得ます。「楽しかった」という事実はあるので、一度やってみる。そこで好きだと思えば、もう趣味になります。

以前、「あそびの大学」を運営していたときに「好きなことなんてありません」「興味あることがありません」という人がたくさんいらっしゃいました。

でも、さらにヒアリングしていくと「何にも興味がない」という人はいなかったんですよ。

みんな、なんだかんだ「好きなこと」はあるんですよね。

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菅野

昔ハマったことから「それはなぜ楽しいと思えたのか」「その要素を別の形で含んだ趣味はないか」などと、一緒に分析することもありました。

あまり深く考えないことも大事です。たとえば、「これ面白そう!」と思った瞬間に、体験イベントを予約する。あと、必ずしも100%の方法で始めようとせず、ハードルを下げて考えてみる。

もしもつまらなかったら、後で理由を考えればいいだけで、やる前に「これをやるべきなのか?」「続けられるのか?」と考えなくていいんです。

ピンと来ているだけで何かはあるはずだし、やって損になることはないと思うので。

まずはその心のアンテナを張れる状態に持っていくのも大切ですね。

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菅野

そうですね。「これいいかも」「楽しそう」と思うためには、そう思えるベースの心が必要です。しんどいときに「楽しい」を探すのはきついですから。

もし自分がマイナスな状態なら、それを自覚したうえでゼロに戻していくアクションを取る。そのためにも、自分がゼロに戻れる術は、元気なときにたくさんストックしておくといいと思います。

でも一人で用意するのは大変なので、「じぶんメンテ」はまさにそこをサポートしたいんですよ。

いろんな人の余暇を楽しませるサポートを

では今後、菅野さんが「じぶんメンテ」のサービスなどで実現したいことを教えてください。

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菅野

週休3日制やAIの活用による業務効率化で休みが増え、今後は「働き方」ならぬ「休み方」について考える人がますます多くなると思うんです。

だからこそ、「じぶんメンテ」を通して余暇の時間を大切にしてほしい。

今の「じぶんメンテ」は、セルフケアを通じて、仕事や余暇を楽しむための心の土台を作るようなイメージでしょうか。

休みの日に「何もできなかった」と後悔する人は多い。菅野さんは「今日はダラダラする!」と事前に決めることで、罪悪感が減ったと語る。

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菅野

自分に正直にいられる余暇の時間だからこそ、自分のことだけを考えて、心身を癒し、少しでも前向きに明日を迎えるためのエネルギーを蓄える。そんな日常に寄り添うサービスに育てていけたらと考えています。

日々の悩みやストレスをうまく向き合えるようになった先に、その人の興味のタネを蒔き、育てられるサポートもしたい。あらゆる人の余暇を楽しませられるサービスをどんどん作っていきたいです。

余暇の時間を充実させている菅野さんが、利用者のロールモデルになりそうですね。

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菅野

ありがとうございます。

いま、学生時代を過ごした山形でお花のイベントに取り組んでいて。地方は都会と比べて娯楽が少ないので、体験型のイベントをやって楽しみを作っていきたいな、と思っているんです。

山形で体験できる楽しみを増やせたら、暮らす人はもちろん、県外から来る人の楽しみも増えるのかなと。そこをうまく繋げていけたらうれしいです。

2023年9月取材

取材・執筆:矢内あや
撮影:品田裕美
編集:桒田萌(ノオト)