世の中の「トレンド」と「潮流」の読み方・乗り方とは?(戦略デザイナー・佐宗邦威)
世の中には2種類の「時代の流れ」がある
この度、「戦略デザイナーの公開手帖」というコンセプトで、ビジネスエッセーを始めることになりました。戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、戦略デザイナーとして働いている僕が、普段の仕事について、考えていることをカジュアルにメモしたような内容を公開していく、ライトで気分転換に読めるような文章を書いていきたいと思います。
デザインファームという業態も知られるようになってきていますが、「デザインファームで働いている人ってどういう人なの?」と疑問をもたれる方もいらっしゃると思いますので、「あ、こんな仕事なのか」と思ってもらえると嬉しいです。
初回のテーマは、時代の流れの読み方、です。
僕が経営するBIOTOPEが普段やっている案件は、企業の中長期ビジョンや、長期の時代の流れを見据えた上で、「自分たちは何をしていくべきなんだろう?」という、時間軸を未来に向けてグッと長くしていくようなプロジェクトが多いのです。
こういう中長期のプロジェクトだと、グローバルにある程度テンプレートで見えている未来予測で得られる知見だけを元にプラニングすると、金太郎飴のように差別化ができない未来が出来上がってしまいます。そこで、自社ならではの独自の未来を自ら作っていきたいという場面で、大手外資系戦略コンサルではなくBIOTOPEのようなデザインファームが選択肢に入ってくることが多いのです。
デザインというのは未来に向けてより良い社会を作っていくために存在しているし、戦略デザイナーとして働く以上は、今後起こっていく未来についての知見や勘所というのは、生命線と言ってもいいテーマです。
皆さんは、未来の変化についてどのように情報を得ているでしょうか? 日経新聞やビジネス雑誌の特集で組まれた未来予測を読む方もいれば、シンクタンクや大手コンサルが出している『20X0年XXの未来』というような本を読むケースもあるかもしれませんね。
どれも正解だと思うのですが、戦略デザイナーである僕だったらこう考えるという発想の一部をご紹介してみたいと思います。
まず時代の流れといっても、2種類の時代の流れがあると思っています。
・「メディアに注目されてタピオカが人気!」というような比較的短期間で注目されては移り変わっていく「トレンド」タイプのもの
・人々の嗜好の変化として長期的に続いていく「潮流」と呼ばれる流れ
今、自分が見ている時代の変化が、トレンドなのか、潮流なのかという点です。
例えば、コロナ禍で大きな時代の流れになったテーマを挙げると、テレワーク、ワーケーション、二拠点居住、キャンプ、サウナ、家庭での料理、など。まさに「トレンド」になりました。
この中で、コロナという外的な変化が終わった時に、長期的に「潮流」となっていくテーマはあるでしょうか? どのテーマも、コロナ禍の一旦の終了(ということになっているだけなのですが)と共に、大きな波の後の揺り戻しが来ています。
東京都の地価がさらなる上昇やスノーピークのMBOなど、「コロナ禍の時に言っていたトレンドって移り変わるじゃないか」と思われた方も多いのではないでしょうか。一方で、コロナを経て、東京から地方に移住が起こり地方を面白くしていくことにクリエイティブな層が取り組むようになっている流れやインバウンド観光の地方への広がりとともに地方が面白くなっていく流れは、変わらない潮流になっているのではないかと思います。
「ブームが去った後」こそトレンドに向き合う
デザインファームへお声がかかるのは、テクノロジーや社会トレンドが大きく伸び始め、これをちゃんと生活者に届けるデザインにしていきたいという場面が多いのです。典型的なパターンは、このテクノロジーを使って「どんな新しい未来の商品やサービス作れるのか」というワクワクするテーマを発想し、デザインに落とし込んで提案すること。だから、常に社会でこれから起こりうるトレンドを追いかけることはデザイナーの大事な素養の一つです。
しかし、最近思うのは、この技術のトレンドが進むスピードが劇的に速くなっていること。全ての情報をキャッチアップしようとすると、「キャッチアップするため」だけでエネルギーを使いすぎてしまう印象があります。
こういう時代、トレンドにどう対処すればいいのでしょうか? 最近は、案外メディアの持ち上げによるブームが終わった後こそが、トレンドに注目するタイミングなのしれないなと思っています。
世の中には、「テクノロジーのハイプサイクル」という考え方があります。新しいテクノロジーは一旦その可能性をもてはやされた後、期待が高くなりすぎると反動で幻滅され一気に注目が落ちます。幻滅期と呼ばれるその時期が、実は非常に大事。世の中のトレンドが終わった後も現場で実装を続けられるかが、長期的な潮流を作っていけるかどうかの勝負になったりするのです。
トレンドの中には、長期的な目線で見て人気になるのに合理性があるものもあります。そういうトレンドは、たとえ幻滅期を一時的に迎えたとしても長期的な潮流になるかもしれない。むしろ幻滅期を迎えた時にそれを長期的な潮流に載せていくために手を動かしていくことが未来を作る上で重要なのではないかと思います。
デザインの世界でも、新しいものを発想し考えることだけではなく、むしろユーザーの手に届けたり、組織の変化につなげたり社会に実装するためにデザイナーが働くことが必要になってきていると思います。
「デザインファーム」は潮流になるのか?
こういう思考を、世の中のいろいろなキーワードをどのフェーズにいるのかを考えながら、どこで波が来て、どこでその波が崩れるのかを見続けるのが戦略デザイナーに必要な視点の一つと言えるかもしれません。
そして、この話は、実は自分が働いているデザインファームという業界についても同じレンズで見られるのではないでしょうか。思えば、日本でもIDEOの日本法人撤退などのニュースが話題になり、「デザイン思考はもう終わったのではないか?」というメディアの論調を見かけるようになりました。これも、ある意味、デザイン思考という一つのテクノロジーがハイプを超えて幻滅期に入ったという証拠かもしれないなと思います。
一方、時代の大きな変化を考えると、インターネットに変わり、生成AIが新たな創造の道具となり始める中、人々が自分にとって意味があって楽しいものを創ることは、これからの時代において価値のある体験となっていくのではないでしょうか。
だからこそ、デザイン思考というテクノロジーが幻滅期に入った中で、より創造性の民主化に向けて、デザイン思考を進化させて、次の時代に必要とされるデザインファームとしての本質的なサービスを考えて、地道に提供していくことが必要なんじゃないかと思っている今日この頃です。
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト