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日本中でたった7人しかいない「切手デザイナー」の仕事 新卒で切手デザイナーになった楠田祐士さんがデザインに込める想い

SNSで簡単に相手にメッセージを伝えられる時代。それでも、手書きで書かれた手紙をもらったときにしか味わえない、温かさを感じることがあります。

手紙を出すときに必ず使うもの、それは切手。最近では、かわいいものからユニークなものまで、さまざまな切手が発行されています。それらはすべて、日本郵便の切手・葉書室に所属する、切手デザイナー7名によって生み出されているそう。

その中で、久しぶりに「切手デザイナー」として新卒採用された楠田祐士さん。担い手が少ない仕事、同世代の他人と比べられない仕事を、一体どのように学び、今までデザインを手がけてきたのでしょうか。

切手デザインをつくる流れとともに、入社のきっかけや仕事にかける想いを伺ってきました。

楠田 祐士(くすだ・ゆうじ)
兵庫県生まれ。2014年に美術大学のデザイン科を卒業。学生時代には広告デザインに加え、絵本やアニメーションなども制作した。新卒で日本郵便株式会社に入社し、切手デザイナーとなる。代表作に「灯台150周年」、「My旅切手シリーズ」、「美術の世界シリーズ」、「ふみの日(2019年、2020年、2021年)」など。

デザインするだけじゃない! 切手デザイナーの仕事とは?

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楠田

こんにちは。今日は自分が担当した切手をいろいろ持ってきました!

ありがとうございます。わぁ、かわいい……! 現在、新しいデザインの切手は、年間で約30件発行されているんですよね?

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楠田

はい。そもそも、切手には「普通切手」「特殊切手」「グリーティング切手」など、さまざまな種類があって、年間発行する切手のスケジュールがあらかじめ決まっています。

年間発行計画の中から、一人のデザイナーは年間で5〜6件の企画を担当するそう。

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楠田

その中で、私たち切手デザイナーは主に「特殊切手」を作っています。

その一つが、行事を記念して発行する記念切手。たとえば、『日・ペルー外交関係樹立150周年』『灯台150周年』などを記念した切手ですね。これらは発売の2年前くらいから、各省庁より推薦を募り、制作を行っています。

推薦があるんですね。

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楠田

はい。いろいろな記念があるので、まず関係省庁から推薦をいただいたあと、外部有識者からご意見をお伺いしたり、切手としてふさわしいかどうかなどを独自で調査して制作に入っていきます。

それ以外にも「シリーズで発行する特殊切手」もあります。たとえば、地域の素敵なものを紹介する『My旅切手シリーズ』は、日本郵便が独自にコンセプトを立てて発行しています。

楠田さんが初めて担当したシリーズものの切手である『My旅切手シリーズ』。

シリーズの企画は、どのように行われるんですか?

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楠田

日本郵便の切手デザイナーと切手プランナーが発案しています。基本的には、プランナーと実際にデザインをおこすデザイナーが二人三脚で、どういうコンセプトがいいかを話し合っていきます。ときには、お客さまの声を聞いたり、アンケート調査したり。

それこそ、『My旅切手シリーズ』は、お客さまから「旅に関する切手や地域の題材を取り上げる切手がほしい」という要望から始まりましたね。

デザイナーとは別に、切手のプランナーもいらっしゃるんですね。コンセプトの立ち上げから発行まで、実際どれくらいの時間がかかるのでしょうか?

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楠田

大体の目安ではありますが、企画から発行まで8〜9カ月くらいです。

コンセプトを決めて、役員が出席する会議で承認をもらい、それからデザインを作成します。専門家の考証を受けて修正しながら、1〜2カ月でデザインを完成させて、その後、印刷会社に入稿、印刷校正して校了を出すところまでがデザイナーの仕事です。

本当にすべてのプロセスに関わっているんですね……!

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楠田

はい。シリーズ切手を新たに立ち上げるときは、外部の有識者の先生にも、企画段階から確認してもらわなければいけないので、特に大変ですね。お寺や鉄道会社に許諾をもらいに行くこともありました。

新人研修がない中、先輩も手探り状態で指導してくれた

一つの切手を発行する工程で、デザイナーさんが担当されている範囲がとても広いんですね。

ちなみに、楠田さんは美術大学デザイン科を卒業後、どういった流れで日本郵便に就職されたのですか?

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楠田

自分は「グラフィック領域」を専攻していて、周りは広告系のアートディレクターを目指す人が多い環境でした。

自分も最初はそっちの道にいくのかな……と思っていたのですが、就職活動をしているうちに、どちらかというと「メッセージ性があるデザインより、余暇や休みの日に楽しんでもらえるようなデザインを作りたい」と思い始めるようになっていて。

教授からは、「自分を大きく見せずに、等身大で面接を受けたほうがいいよ」と言ってもらったので、ありのままの自分で臨んでいくことにしたんです。そしたら、日本郵便とのご縁に繋がったというのが経緯ですね。

切手デザイナーはかなり珍しい仕事ですが、周りの反応はどうでしたか?

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楠田

切手デザイナーという肩書きは、「何を作っているかすぐ分かるから、良い響きだよね!」と言われることが多かったです(笑)。

なるほど。久しぶりに採用された新卒デザイナーということで、新卒同期の方などもいない状態での入社ですよね。

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楠田

あ。そういえば、思い出しました! 入社するとき「4月1日、8時50分に会社に来てください」と時間だけ伝えられて……。

入社式とかですか?

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楠田

いえ。日本郵便のほかの職種の新卒社員の方々は、入社式があったと思うのですが、実はデザイナーは専門職で不定期採用なので、入社式がなかったんです。

それで、会社に着いたら「みんなの前で自己紹介して」と言われ、所属する切手・葉書室にて、みんなの前で、「4月1日より着任しました」と挨拶をして、初日は電話の取り次ぎから始まるという……(笑)。

それは衝撃です(笑)。同期のような存在は?

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楠田

それが、難しいですよね。切手・葉書室に私と同じタイミングで入社した方はたくさんいましたが、デザイナーとしての同期はいませんでしたね。

そのとき、実は僕以外にもう一人デザイナーとして入った方がいて、でもその方は郵便局にもともと勤務していて社内採用で異動してきたという方だったので、当時新卒だった僕とまったく同じ立場というわけではありませんでした。

入社以降、切手デザイナーの仕事をどう学んでいったんですか?

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楠田

新人研修があるわけではなく、先輩方が手取り足取り教えてくださいましたが、手探り状態だったと思います。

最初のころは、先輩が作った記念切手のデザインをもとに、特殊通信日付印(通称「特印」、切手発行にともなって郵便局が押す絵入りの消印)をデザインさせてもらいました。

通常は切手をデザインしたデザイナーが特印も合わせて作るという。

なるほど。消印も、切手デザイナーさんが作っているんですね……!

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楠田

そうなんですよ。あとは、郵便局に貼るポスターも、先輩がデザインした切手の文字を配置したりしていましたね。

すぐ切手を作る、というわけではないんですね。

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楠田

初めて切手を任されたのは、入社2年目でした。新人はまず「年賀切手」から始めるという慣習が続いていて。

あ、お正月の干支の切手ですね。

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楠田

そうです。年賀の干支の郷土玩具を切手にするのですが、その郷土玩具を作っている人に許諾を取るなど、総合的に新人の訓練になる仕事がたくさんあるので、とても勉強になりました。

そのあと、当時の室長が「若い人にシリーズものの切手をやってもらおう」とお声かけいただいて、『My旅切手』シリーズの担当になりましたね。

意見を取り入れながらも、自分の個性をなくさないバランス感覚

良いデザインを作るために、楠田さんが実践していることはありますか?

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楠田

切手は手紙と合わせてもらうものなので、封筒や便箋、グリーティングカードを売っている場所は季節ごとにリサーチしています。

また、実際にデザインする前に、ショッピングモールをぐるっと回ってみたり、雑貨やインテリア、お菓子売り場、本屋などを見に行ったりすることも。

それが直接デザインに繋がらずとも、創作意欲が湧いてくる場所に行くというのは気持ちを高めるうえでも大事にしています。

同じデザイナーと呼ばれる仕事でも、企画からアポ取り、デザインまでをすべて担当する難しさがありますよね。

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楠田

独自のシリーズものや、単発で出しているグリーティングは、一から考えて作る案件ですね。

仕事を始めたばかりのころは、白紙の画面を前に怖さを感じたこともありました。でも、入社7年目くらいには少しずつ慣れてきて。

それでも良いものが浮かんでこないときは、どうされているんですか?

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楠田

週に一度の切手・葉書室でのミーティングで、考えてきたものを見せてディスカッションしながら、アドバイスをもらうことがあります。それを経て、月に一度の決定会議でしっかりと出せる状態に持っていくような流れです。

なるほど。みんなで議論しながら、作っていくんですね。ディスカッションを通して、先輩の持っているノウハウも学ぶ感覚でしょうか?

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楠田

そうですね。デザインにおける考え方は、対話を通してだんだん分かってきますね。

ただ、一人ひとりのデザイナーが一つの案件を最初から最後まで担当するのが基本なので、先輩に何か言われても、ときには「これが私の軸なんだ!」と貫くことも大事なのかな、と今は思います。

全員の意見を取り入れると、デザインがマイルドになりすぎることもあるので、個性がなくならないようにバランスには気を付けています。

意見を取り入れつつ、個性を守る。その塩梅、難しそうです……。

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楠田

新人の頃は右も左も分からないので、先輩のアドバイスはほぼすべて取り入れていました。そうしたら逆に、先輩のほうから「もっと自発的にアイデアを出してほしい」と言ってくださったり。

自分らしさ、難しいですよね。

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楠田

絵は自分から出てくるものからしか描けません。理想はあっても、実際に描けるものは自分の引き出しから出てくるもの。僕の場合は、「もっとかっこよく描きたい」と思っても、やっぱりかわいいテイストになってしまいますね(笑)。

楠田さんらしさを、周りの方も大切にしてくださっているんですね。

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楠田

そうですね、受け入れてくださいます。それぞれ個性や得意ジャンルがある中で、先輩とは少し違う、自分なりの雰囲気や好きなスタイルを持つという感覚でしょうか。

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楠田

実は、大学時代からかわいい絵を描いていたわけではないんです。ただ、切手は購入者と受け取り手が違うもの。だから、利用シーンを広く想定しないといけなくて。

切手は買って使う人と受け取る人の両方が見ますもんね。

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楠田

そうなんです。いろんな人に受け入れられるものを作ろうと思うと、私の中ではかわいい雰囲気に自然と近づくのかなと思います。

通信手段から特別なものへ。切手に新しい価値を編み出していくために

切手デザイナーとしてお仕事する中で、楠田さんが大事にしていることは何ですか?

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楠田

コンセプトを考えるときも、デザインを描くときも、自分が伝えたいことだけではなく、その切手を見た人がそのときどんな気持ちになるか、受け取った側の人の気持ちを常に考えるようにしています。

作家性がありながら、使う人・受け取る人の想いまでを考えなければいけないのは、切手の特徴かもしれません。

大切な人に手紙を送るからこそ、「この切手をプレゼントしたいな」という思いがありますよね。

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楠田

はい。なので、やっぱり良いレスポンスがあると嬉しいです。SNSでも「こんな切手が届いた」「こんな切手を送った」という投稿をしてくださる方もいらして。

コミュニケーションは、SNS上でもできるのに、切手の話をしてくださるのはなんだか素敵ですね。

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楠田

そうなんです。ほかにも、2021年の「ふみの日」に発行した63円切手。大きいヘルメットをかぶって、田舎町を自転車で走っている絵を描いたんですが、「田舎の風情がよく出ている」というお客さまからの声をいただいて。

日本郵便では、文月(ふみづき)のふみの日である7月23日に合わせ、「ふみの日にちなむ郵便切手」を発行している。

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楠田

僕は兵庫県の内陸エリア出身で、この景色自体が自分の田舎風景そのものなんですね。そういう実体験に基づいたデザインを、褒めてもらえたのは嬉しかったです。

あとは、専門家の方に監修をお願いするとき、ディスカッションしながら新しい知識を知れるのも楽しいなと思います。

普段はなかなかお話できない方もきっといらっしゃいますよね。

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楠田

『美術の世界シリーズ』だと、東京大学の美術史の先生からいろんなお話を聞けました。

2023年に発行した『国土緑化(岩手県)』という切手も、植物学の先生に「この葉っぱの付き方は互生(ごせい)と言って、順番につくんだよ」とか、「このミチノクナシは、実の先に葉は付かないから、実よりも奥から出してほしい」とか、そういった話を伺って、いろんな発見ができるのも楽しいです。

『国土緑化(岩手県)』の切手

今後、楠田さんは切手デザイナーとしてどうありたいですか?

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楠田

日本にはまだいいものがたくさんあるので、自分が見つけたものを紹介できる機会があったら嬉しいなと思います。チャンスが巡ってくるかは、タイミング次第ではありますが。

それと、今後、切手を取り巻く環境がどうなっていくか。デザインも今はAIが登場してきて、変わっていく部分もあると思います。

そういった社会との関わりの中で、新しい価値を切手に編み出していかないといけないのかな、と。

手紙や切手だからこその価値ですね。

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楠田

もともと手紙は通信手段だったので、メッセージを送るという意味で、手紙を出す機会が減っていくのは仕方のないことだと思います。でも、手書きの手紙だからこそ得られる特別感、温かみはありますよね?

通信手段から特別なものへと変わる。その過程で、手紙が減少するのをじっと見ているわけにはいかないので、そういったところに切手の良さも伝えていけたらいいなと思っています。

2023年11月取材

取材・執筆=矢内あや
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代(ノオト)