属性ではなく、相手の背景をみる。社会心理学者の村山綾先生に聞く、「心のクセ」をほぐしてコミュニケーションをとる方法
仕事をしていると、チーム内のメンバーや上司・後輩、取引先など、さまざまな人間関係が生じます。そこで考え方や意見が合わないとき、「どうしてこの人はこういうことを言うのだろう?」と思う人はたくさんいるでしょう。
なかには、「きっとこの人は〇〇だから、こんなことを言うのだ」と相手の属性や人格に原因を求め、相手を否定的にみてしまう人もいるのではないでしょうか。しかし、相手の置かれた環境や状況に想像を巡らせることができれば、より良いコミュニケーションができるかもしれません。
今回は、さまざまな状況における人間の行動や心理を研究する社会心理学者の村山綾さんにインタビュー。仕事での人間関係におけるコミュニケーションを通して、私たちの中に生じがちな認知の歪みや「心のクセ」を見つめ直すためのヒントを伺いました。
―村山綾(むらやま・あや)
近畿大学国際学部准教授。専門は社会心理学。集団や社会で生じるコミュニケーションの齟齬について研究している。州立モンタナ大学心理学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科 博士前・後期課程修了。博士(人間科学)。
悪い面も良い面もあるステレオタイプ
職場で考え方の合わない人に出会うと、つい「この人はまだ新人だから」「この人は女性だから」と安易にレッテルを貼ってしまい、思わず相手の人格を決めつけてしまうケースはよくみられます。この行動の正体は、何でしょうか。
WORK MILL
村山
属性に基づいて判断してしまう、ステレオタイプの影響が考えられますね。社会心理学では、女性や男性、新卒、高齢者など、あるカテゴリーを共有している人の集まりを「社会集団」と呼びます。
ステレオタイプとは、同じ社会集団に属する人たちの性格や見た目などをひとくくりに理解することです。ステレオタイプに好き嫌いの感情が伴うことで偏見につながり、場合によってはその偏見が差別を招くこともあります。
ステレオタイプをもとに、相手をネガティブに判断してしまうパターンが多そうですね。
WORK MILL
村山
ステレオタイプに基づく判断は、相手にポジティブな感情を持っている場合でも起きます。
例えば、「女性は気が利いて優しいから、お茶の準備を任せよう」などは「女性」という社会集団に対するポジティブな感情を伴う偏見であり、明確な差別です。男性にも気の利く人や優しい人はたくさんいますから。
ステレオタイプを持たないよう、注意が必要ですね。
WORK MILL
村山
ただ、ステレオタイプを持つことは一種の判断軸を持つことでもあり、人間が日々の生活を効率的に進める上で必要不可欠でもあるんです。なので持たないようにすることは難しく、だからこそ多くの人が、ステレオタイプが関わる問題に直面するのだと思います。
こうした判断は、私たちの「心のクセ」が引き起こしているとも言えるのです。
心のクセは誰にでもある
心のクセとは何ですか?
WORK MILL
村山
私たち人間には、置かれた状況に応じて、知らずしらずのうちに持っている好みや考え方、ついやってしまう判断や行動があります。それを心のクセ、と呼んでいます。
社会心理学では、こうした状況の力に注目し、身近な場面での私たち人間の好みや判断、行動に、全体としてどのような特徴があるのかを実証データの収集・分析を通して明らかにしようとします。
例えば、仕事のチームで意見が合わない人がいると、どのような心のクセが生じやすいですか?
WORK MILL
村山
日本人の場合、意見が合わないというよりは、性格的に合わないと感じる人がチームにいると、無視したり避けたりするなど、相手に対して回避的に振る舞う傾向があります。
このクセは、社会心理学でいう「課題葛藤」と「関係葛藤」の混同として説明できます。
「課題葛藤」と「関係葛藤」?
WORK MILL
村山
「課題葛藤」は意見の相違による葛藤(いざこざ)であり、「関係葛藤」は性格や価値観の違いによる葛藤のことを指します。
この2つを混同すると、「意見が合わないから、あの人は嫌い、信用ならない」という状況が生じてしまう。「意見は合わないけど、信頼できる」という状態があってもいいはずなのに、私たちはなかなかそう考えられません。
興味深いことに、アメリカでは、性格が合うかどうかはあまり関係なく、意見が合わない場合には自分から積極的に葛藤を解消しようと動く傾向にあります。
葛藤に対する向き合い方は、国によって違うのですか?
WORK MILL
村山
国によって違うというよりは、人々が置かれた環境や状況によって、周囲から期待される行動や、自分が好む行動が変わってくる、と考えるほうがいいかもしれません。
例えば、アメリカと日本でいえば、人間関係の固定化の程度が違います。アメリカでは、住む場所を変えたり、転職をしたりと、日本と比べて人間関係の流動性が全体として高いです。なので、ある集団に所属して、そこでうまく行かなかったとしても次の集団に移るハードルが低いとも言えます。
一方、日本では、アメリカに比べると人間関係が固定化しがちです。引っ越しの回数などにも、日米で差があります。
日本人が回避的な行動を取りがちなのは、人間関係の固定化と関係があるのでしょうか。
WORK MILL
村山
ある集団に所属し、そこからなかなか次の集団に移れないとしたら、意見の相違があったとしても波風を立てず、とにかく穏やかに過ごそうという思いが強くなるかもしれません。
そうすると結果として、今の環境を少しでも悪化させないようにと回避的なコミュニケーションが選択されやすくなると考えられます。
なるほど。新卒入社した会社に定年までいることが多かった日本の職場の状況にも当てはまりそうですね。
WORK MILL
コミュニケーションによって形を変える心のクセ
「心のクセ」について、ビジネスの現場にフィーチャーして伺いたいです。 社内や取引先などさまざまな人間関係がありますが、そのなかでどのような心のクセが生じますか?
WORK MILL
村山
社内と社外で、問題を生む「心のクセ」は異なるかもしれませんね。
まず、社内では仲間たちとともに、共通の目的に向かい、共同で何かを進めることから、私たちは「集団内コミュニケーション」を行っていると言えます。
一方社外の人たちは、目標や利益追求に対する考えの違いから自社とは別の集団と捉えることができるため、両社の間では「集団間コミュニケーション」が行われていると言えます。
社会心理学では、この2つのコミュニケーションは別のものとして扱います。
集団内コミュニケーションで生じやすい心のクセを教えてください。
WORK MILL
村山
集団内の場合、そこにいる人々は共通の目的を持つ仲間同士です。また、情報のやり取りも密なため、ステレオタイプに基づいて相手を理解したり、強い敵対意識や不信感を持ったりすることは少ないと考えられます。
ただ、情報のやり取りが密なぶん、性格や価値観の不一致には気が付きやすいかもしれません。となると、「関係葛藤」と「課題葛藤」の問題が発生しやすいでしょう。
「あの人はあまり好きじゃないから、一緒に仕事をしたくない」「あの人の言うことにはとにかく何もかも反対」という考え方は、場合によっては、社内全体のパフォーマンス低下を引き起こすかもしれません。
一方、集団間コミュニケーションではどのような心のクセが生じますか?
WORK MILL
村山
コミュニケーションが密でないことから、相手を一個人として認識していないケースなどが考えられます。
例えば、少しの事例に基づいて「あの会社の人はみんな、ああいうふうに話すよね」とステレオタイプ的なイメージを持ってしまうかもしれません。
なかには毎週顔を合わせているのに、相手を「あの会社の人」と認識して接しているから、名前が覚えられない……というパターンもあるかもしれませんね。
また、自社と取引先の利益が相反する場面があると、相手に対する協力や信頼の姿勢を取りにくくなるケースも出てきます。
情報が少ない状態で、すぐに結論を出さない
レッテルを貼ってしまうことは、ビジネスの取引でもネガティブな影響が出てしまいそうですね。
それを防ぐためにも、自身の考えや認知の歪みを俯瞰し、ステレオタイプ的な考えを自覚するにはどうすればよいのでしょう。
WORK MILL
村山
まずは、人の心の特徴を知ることです。「人は置かれた状況によって言動が変わる」という社会心理学の考え方を知るだけで、ご自身にも当てはまることなど、気づきがあると思います。
どんな行動を取るにしても、情報が少ない中で判断をしないことが大事です。「〇〇と言っていたから、△△に違いない」とすぐに原因と結果の関係を決めつけてしまいがちですが、「〇〇と言っていたな」で思考を止め、判断を保留できるようにしましょう。
保留を習慣化するための一歩は、判断を急ぐと失敗する恐れがあると自覚することです。すると、相手の背景や事情にも思いを巡らせやすくなります。
確かに少ない情報から何らかの因果関係を見つけだそうと、つい頑張ってしまうことがあります。
WORK MILL
村山
私も偉そうなことを言っていますが、いまだに原因探しを誤ってしまうことがあって。その度に「あー、やっちゃった」と反省しています。
例えば、遅刻をした人に対して、「あんまりやる気がないのかな」と相手のせいにしてしまったり。でも、遅刻をする背景には、なにか心配事があって夜寝られないなど、別の重大な理由があるかもしれない。すぐに原因を探そうとしないことが大事なのだと思います。
間違った原因探しをしてしまって罪悪感をもった苦い経験があると、次に同じ状況に直面したとき、「もしかしたら今回も違うかも」と気付きやすくなるでしょう。
規範づくりに反論係、手の届くところから変えていこう
とはいえ、いくら自分だけが頑張っても、会社やチームの雰囲気をいきなり変えるのは難しいですよね。
WORK MILL
村山
周囲の人を変えるのは難しいですが、まずは「レッテルを貼らない」から始めるのはどうでしょう。
ご自身が所属するチーム内など、手の届く範囲からこの目標を共有し、実行してみるのがおすすめです。ゆっくりだと思いますが、抑止力になると思います。
他にも会社全体でできる取り組みは何かありますか?
WORK MILL
村山
会社は、同じ価値観の人が集まりがちです。そこで、あえて違う価値観を持った人たちや、異なる属性の人と触れ合う機会を設けることも大切ではないでしょうか。
新たな考え方に触れることで、「この人は〇〇だから△△だ」と偏った原因探しが減るかもしれません。
多様な人々に触れることが大切なのですね。
WORK MILL
村山
そうですね。同一意見ではなく、さまざまな意見を自分に取り入れることが大切です。
しかし、すでに同じ価値観の人が集まっている場合は難しいと思います。そこで多様性を取り入れるという視点から、あえて「意見に反論する人」をチーム内で決めておくという方法が役立つかもしれません。
同じ考えの人が集まりがちな会社内でも、画一的な考えに陥らないようにできる方法があるのですね。
WORK MILL
村山
はい。集団での話し合いにおいて、反対意見が出ることでより議論が精緻化すると言われており、これをデビルズ・アドボケイト法と言います。
「デビルズ・アドボケイト (devil’s advocate)」は「わざと反対する人」という意味ですね。
WORK MILL
村山
はい。ある人が反論役になり、出てきた意見にわざとすべて反対します。これはあくまで業務上与えられた役割に徹しているだけですから、意見の対立があっても、反論役の人も周囲も役割だから仕方がないと割り切れます。
日常をデータ化しておくと、振り返りの材料になる
自分の認知の歪みや心のクセに向き合うだけでなく、自分自身が周囲からレッテルを貼られていると感じ、モヤモヤした気持ちになることもあります。
この気持ちは一体、何なのでしょう。
WORK MILL
村山
自分は目の前の相手と1対1でコミュニケーションをとっているはずなのに、相手からは個人としてではなく、属性で認識され、それに基づいてレッテルを貼られているとなると、モヤモヤした気持ちになるでしょうね。
属性に基づいて何か言われると、自身の個別の状況や悩みを理解してもらえていないのでは、という思いも生じます。「男性だから泣き言をいうな」とか、「母親なんだから我慢しろ」というのはその典型です。
周囲から貼られたレッテルを正面から受け止めてしまい、時には「自分が〇〇だから」と自らを責めてしまう人も少なくありません。
WORK MILL
村山
多くの場合、人は自尊心を守るためにうまくいかなかったことの原因を外に作るものです。
しかし、実際は相手ではなく自分に原因があると考え、自分はダメだと感じる人は多いですよね。
この考えが行き過ぎてしまうと、メンタル面に不調が出てくる可能性もあるでしょう。そんな人にこそ、外に目を向けてほしいと思います。
「次も失敗したらどうしよう」ではなく、「どうしたら次は成功できるか」を考えたり、共通の趣味を持った人たちが集まっている別の集団に所属して共に過ごしたりすることで、心のバランスが取れるかもしれません。
自己防衛の一環として、何かできることはありますか?
WORK MILL
村山
日々の自分の考えや行動の記録を取るのはどうでしょうか。記憶は歪むこともあるので、あえて記録を残して、後で確認できるようにするのです。
例えば、始業時と就業時の気分を5段階評価で記録してみましょう。調子が良かった日は大仕事が終わった直後、調子が悪い日は残業やプレゼンの日だな、など、振り返ってみて分かることもあるでしょう。
村山
慣れてきたらいろいろなことを記録しておくと、いい振り返り資料になりますよ。私は子どもが小さい頃は、病気になって保育園を休んだ日数を月ごとにまとめて1年間のグラフにしたりしていました。
記録を取って過去を振り返ってみると、今まで自分が考えていたことが間違っていたり、思い込みだったりすることに気づけることがあります。
最後に、社会心理学の考え方から、相手と自分の両方を大事にしながら、心のクセと向き合うためのヒントを教えてください。
WORK MILL
村山
まず、自分や他人の振る舞いは、シチュエーションや場所、タイミング、社会背景など外的な要因によって簡単に変わるということです。だからこそ、その人が属するカテゴリや1つのケースだけで色々な判断をしない方がいいでしょう。
また、属性にとらわれないさまざまな多様性を担保するためにも、他者の意見の変化を受け入れる土壌を作ることも大切です。
ビジネスの現場ならば、「後々こういう変化も起こり得る」というシミュレーションを予め示し合うなど、互いに将来を見えるようにしておくだけで、その現場に安心感が生まれるのではないでしょうか。
2023年5月取材
取材・執筆:スギモトアイ
イラスト:サンノ
編集:桒田萌(ノオト)