どうしようもない時間を過ごせる場所の大切さ。老舗スナックを継いで新卒でママになった理由(スナック水中・坂根千里さん)
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東京都国立市、JR南武線沿いにある谷保駅から徒歩4分の場所に「スナック水中」があります。ここに来ると、大学卒業とともに新卒でスナックのママになった20代半ばの坂根千里さんが明るく出迎えてくれます。
地元で25年間愛されてきた「すなっく・せつこ」を2022年に事業継承し、「スナック水中」としてリニューアルオープン。
どうして坂根さんは大学卒業後、就職を選ばずスナックのママになったのでしょうか。「老若男女が楽しめる社交場を作りたい」と話す坂根さんに、スナックの魅力や男性だけではなく、若者や女性が楽しめる場づくりの工夫について伺いました。
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坂根千里(さかね・ちさと)
1998年東京都生まれ。一橋大学社会学部卒。学生時代からスナックを愛し、卒業と同時に東京・国立市の半地下にある9坪のスナック「すなっく・せつこ」を事業承継。クラウドファンディングで387万円の支援を受け、2022年3月に「スナック水中」として同店舗をリニューアルオープン。
若者や女性も楽しめる仕掛けづくり
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今日は実際に「スナック水中」にお邪魔しています。
スナックといえば「昭和」のイメージがあったのですが、スナック水中は内装がとてもかわいらしく、まるでカフェにいるかのような雰囲気ですね。
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坂根
そう言っていただけて嬉しいです。
スナック水中は「女性ひとりでも入りやすいスナック」をコンセプトにお店の内装やロゴ、メニューなどを工夫しています。
机には本やレコードを置いてあるので、「今日はひとり静かに過ごしたいな……」という方も気兼ねなく利用できますよ。
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本が置いてあると、料理やドリンクを待っている間も手持ち無沙汰になりませんね。
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坂根
そうなんです。
あと、スナックって中が見えないがことが多くて、「店内はどんな様子なんだろう……」と入りづらく感じることがありませんか?
そうならないように、お店の扉はあえてガラス張りにして、オープン時は外から店内の様子が見えるようにしています。
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坂根
あと、自分がもしスナックを訪れたら、焼酎かハイボール以外のときめく選択肢があったらいいなと思って、毎月期間限定のオリジナルカクテルや国産クラフトビールなどを揃えています。
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ちなみに、私はお酒があまり飲めないのですが、そんな人でもスナック水中を訪れてもいいのでしょうか……?
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坂根
もちろんです。お店ではお酒が苦手な人でも大丈夫なように、軽めのアルコールやノンアルコールメニューを用意しています。
あと、女性のお客さんにはスタッフが近くにいる席を優先的に案内したり、女性のキャリアを考えるイベントを企画したりと、女性にとって居心地の良い空間づくりを目指しています。
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確かに、ここまで配慮してくれていたら、女性ひとりでも安心してふらっと立ち寄れそうです!
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坂根
スナックって男性向けの社交場のイメージを持たれがちですよね。でも、ここでは老若男女問わず、さまざまな人が一緒に漂う時間を作りたいと思い、そんな場所を思わせる「水中」とお店に名付けたんです。
その名の通りになるよう、オリジナルグッズづくりや日々のSNS投稿など若者や女性が楽しめる仕掛けづくりは欠かさないようにしています。
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新卒でスナックのママになった理由
そもそも、どうして坂根さんはスナックのママになったのでしょうか?
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坂根
元々、まちづくりに興味があって、大学では都市計画や社会学を勉強していました。在学中から友人と国立市内でゲストハウスの運営をしたり、カンボジアのホテルでインターンしたりと授業以外の活動にも力を注いでいたんです。
そんな大学3年生の時に、知り合いがスナック水中の前身である「すなっく・せつこ」に連れていってくれて。そのとき初めてスナックを訪れたんですけど、知らない人とお喋りしながらお酒を飲む空間に衝撃を受けて。
そして突然、ママから「あなた、来週から働いてみない?」と声をかけられたんです。
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スナックに来て、その日にいきなり声がかかったんですね!
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坂根
後から聞いたんですけど、若い女の子がお店に来るのがよっぽど珍しかったそうで。私も興味があったので、大学の放課後の週1〜2回はスナックでバイトを始めることにしたんです。
最初はお客さんと何を話せばいいのか分からなくて、「スナックに向いていないのかも……?」と思いましたね。
だけど、回数を重ねるごとにお客さんそれぞれに合ったおもてなしが出来るようになると、スナックで働くのが楽しくなってきて。そして気が付くと、すっかりスナックの沼にハマっていました(笑)。
アルバイトとして働いていた中で、スナックを開業することになったきっかけは何だったのでしょう?
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坂根
ちょうど就職活動を始めた頃、ママから「うちの店を継いでくれない?」と相談を持ちかけられたのがきっかけです。
元々、私は昔から「丸の内を闊歩するような仕事に就きたい!」とバリキャリの道を思い描いていて。だから、最初はお断りしていました。
明確な夢があったんですね。
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坂根
実際に就職活動も内定寸前までいったんですけど、「本当にこの道でいいのかな?」と迷い始めて……。
そんな中、スナックってコンビニよりも店舗数が多いと言われているんです。でも、ママの高齢化や物価上昇もあって毎年約10%ずつお店の数が減り続けていると知って。
改めて自分がスナックという場所に救われたことに気づいて、「大好きなスナック文化をひとつでも守りたい」と思うようになったんです。
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救われた?
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坂根
私は外では強がっているものの、家にいるときは誰にも悩みを打ち明けられず、ひとりで鬱々としていることがあって。でも、スナックに来ると、知らない者同士で話すからこそ、かえって弱音を吐けることがありました。
そんな私と同じような「強がり女性」を少しでも解放できる場所を作りたい。そう思い、最終的にスナックを譲り受けることを決意したんです。
なるほど。スナックをやろうと決めてから、具体的にどういった準備を始めたのでしょうか?
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坂根
約1年かけてお店のコンセプトを決め、準備資金を貯めました。資金は銀行の融資や行政の補助金のほか、クラウドファンディングなどで募り、なんと目標金額の約2倍以上が集まって、本当にうれしかったです。
そのおかげもあり、大学卒業直後の2022年4月に無事「スナック水中」をオープンすることができました。
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スナックを例えるならば「高校生の放課後」
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現在、スナック水中ではどのような方が働いているのでしょうか?
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坂根
現在スタッフは全員で10名いて、そのうち2名が男性です。
毎日3〜4人のスタッフが立っていて、会社員をしながら働いている人や、子育て後の仕事復帰の場として選んでくれた人など、みんな年齢も状況もバラバラですね。
お店に来ていたお客様の中から「この人、スナックに向いているな〜」と思って私からスカウトした人もいるんですよ。
ちなみに、どんな人がスナックで働くのに向いているのかが気になります。
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坂根
よく、スナックって聞き上手な人が向いていると言われるんですけど、個人的には「自分で話題を振っていける人」の方が大切だと思っていて。お客さんも、一方的に話すより、互いに会話を続けられるほうが話す側も楽しいんですよね。
ほかにも、スナックはさまざまな背景を持った人が集まる場所でもあるので、どんな人にでも平等に接する姿勢も大切です。
スナックって絶対的なママやスタッフがいてくれるからこそ、お客さん同士は年齢、性別などを超えて、リラックスして話せる雰囲気がありますよね。
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坂根
それこそ私は誰でも自然にいられるのがスナックの良さだと思っています。
そんな雰囲気を大切にしたいので、スナック水中ではスタッフ間のコミュニケーションも重要視しています。やっぱりスタッフ間の関係が良好だと、それがお客さんにも伝わり、スナック全体の雰囲気が良くなるんですよね。
なので、定期的にスタッフと飲み会をしたり、個人面談をしたりしてスタッフの悩みをいち早く発見し、解決するようにしています。
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坂根さんが、スナックで「一番楽しい」と感じるのはどんなところですか?
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坂根
行くたびに知り合いが増えるところです。これは自分がママとして働いているときに限りませんね。
実は私、初めてスナックを訪れたときに「スナックってコスパやタイパが悪い場所だな」と思っていたんです(笑)。相手との関係性を深めるには、あまりにお金や時間がとてもかかるじゃないですか。
だけど、働き始めると「人はこうやって多くの時間を重ねることで、濃厚な人間関係を築いていくんだ!」と気づきました。
ほかにも、スナックってしょうもない自分を相手に見せることで、勇者みたいに感じられるときがありませんか? 私はそんな人の姿を眺めていると、どうしようもなく愛おしくなるんですよ(笑)。
その感覚、分かります(笑)。
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坂根
スナックは「高校生の放課後」みたいなものだと思っていて。何の意味もない時間を多く過ごした友人とは、長い付き合いになりやすいし、それを積み重ねるほど信頼関係を築ける。
やっぱりそういう人間関係が多ければ多いほど、人生が生きやすくなると思うんです。スナック水中をそんな仲間に出会えるきっかけにしてほしいですね。
夢は全国で100店舗のスナックを営業すること
読者の中には、坂根さんのように、大きな会社に勤めようとしていたもののスナックのママになるという大きな決断に背中を押される人も多いかと思います。
何か新しいことをしたいけど、なかなか決断できない。そんな人に、どんなアドバイスをしますか?
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坂根
現実的なのとエモいアドバイスが2つありまして……。どちらがいいですか?
どちらも知りたいです!
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坂根
まずは現実的な方から。私はスナック事業を始めた半年間、スナックがうまくいかなかった場合の安全策として副業を行っていたんです。
副業を持つことで精神的にも経済的にも安定し、最終的にスナックの方に大きく舵を切ることができました。なので、どうしてもやりたいことあるならば、それをいきなり一本に絞らず、まずは副業や自分の空いている時間からやってみることをオススメします。
なるほど……。ぜひ、エモい方のアドバイスもお聞きしたいです!
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坂根
やっぱり人生ってやるか、やらないのかの二択じゃないですか。やらない理由を探し出すと1000個以上あるわけで。それでもやっぱり挑戦することで、色んな出会いや経験につながっていくはず。なので、どんどん突き進んでいってほしいですね。
ありがとうございます。最後に、坂根さんのこれからの目標を教えてください。
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坂根
もっと同世代の人にもスナックに足を踏み入れてほしいですね。だから、そんな人に向けての出張スナックイベントをやっていきたいです。
私の夢は全国で100店舗のスナックを営業することなので、いずれはスナック水中の2店舗目を目指しています。
また2023年、プライベートで子どもが産まれたこともあって、子育てや働くことへの意識が変わりました。
子育て後のお母さんの仕事復帰のひとつとしてスナックを選んでもらえるよう、夜の託児所もつくっていきたいです。
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2024年8月取材
取材・執筆=吉野舞
撮影=塩谷哲平
編集=桒田萌 /ノオト