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文化の横断が価値を生み出す。「日本文化をブランディングする」ゼミをやって見えたこと

戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、戦略とデザインを掛け合わせて価値を作り出す「戦略デザイナー」として、企業のビジョン策定やイノベーション支援の仕事をしている佐宗邦威さん。戦略デザイナーの目には、世界がどのように映っているのでしょうか。佐宗さんが仕事や普段の暮らしの中で見えたこと・考えていることを、手帖を見せてもらうようにカジュアルに公開していくビジネスエッセー連載です。

「日本文化をブランディングする」ゼミに集まる多様な人々

2024年の冬は、「NewsPicks NewSchool」というスクール事業の一環で「日本文化をブランディングする」というゼミを開催した。全4回の講義+ゲストトークののちに、ゼミ生自身が興味を持つ日本文化にいかにストーリーをつけて海外に発信するかを発表するという内容だ。僕はこれまで講演や大学での講義は数知れずやってきたのだが、今回は初めて、ゼミ形式を採用した。

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テックジャーナリストのNobiさんの言葉を借りると、「Japonisme3」の文脈の中で、海外から日本文化の価値が再評価されている。つまり、「日本文化をブランディングしてビジネス化する」というのはこれからくるテーマであり、まだ明確なノウハウや答えが存在していないように思えたからだ。

元々は「理念策定のようなお題でどうですか?」とNews Picksさんから依頼をいただいたのだが、「せっかくだから今まだどこでもやられていないテーマでやりましょう」と僕からこのテーマを提案した。

しかし、このテーマで人が集まるかはドキドキだった。正直、10人くらい集まればそれでいいかな、と心の予防線を自分の中で張っていたくらいだ(それも、Newspicksさんには失礼な話だ)。

蓋を開けてみると、実際には定員の30名を大きくオーバーする35名近くの受講生が参加してくれた。さらに、そのゼミに集まった受講生は、過去にさまざまな講座を開いてきたNewsPicksのスタッフさんから見ても 、圧倒的にユニークで熱量の高い人が集まっていたということだった。たとえば、以下のような人たちが参加していた。

・寿司のメディア化をしようとしている人
・和のカリグラフィーをモダンにしようとしている人
・合気道を一般化しようとしている人
・長野にある森の中のピアノ空間をプロデュースしようとしている人
・スポーツを海外に出そうとしている人
・美容院と着物の着付けの事業を継いだ人
・文化財のデジタルアーカイブをやっている人
・日本橋や八重洲のエリアの文化をブランディングしようとしている人
・応援という文化を世界中で伝えようとしている人
・日本の絶景を集めてプロデュースしようとしている人
などなど。

これだけでも、日本文化とはいかに幅が広いかを実感する。そして、ここに集まった人たちはそれぞれ日本の文化を海外に発信していることに可能性を感じながらも、自分の周りではそれをやっている人がいない、いわゆる孤独を感じながら世界と向き合っている人たちだった。

日本中に点在するカルチャープレナーたちの悩み

2024年から、Forbes JAPANで定期的に「カルチャープレナー30」という特集が組まれるようになった。日本の文化を掘り起こし、事業化をしながら海外に向けて発信していく起業家を「文化起業家」、通称カルチャープレナーと呼び、その聖地として名乗りをあげた京都市で集まり表彰する企画だ。

これは、元々、京都市が主催した「Kyoto Innovation Salon」というイベントの中で、「京都は、カルチャープレナーの聖地になったらいいのではないか?」と何気なく発言した僕の提言が、あれよあれよという間に京都の人に共感を呼び、Forbes JAPANさんを繋いだところ、雑誌とイベントが連動した企画になったのだ。

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僕はその時、インバウンドの聖地でもある京都は、日本の文化をブランド化して発信する拠点として非常にポテンシャルがあると感じていた。それで、京都でカルチャープレナーというキーワードを出したのだが、実際にForbes JAPANで企画化して探してみると、文化起業家は日本全国に散らばって存在している。

そして、今の時代に文化を商材として扱っている彼らに共通しているのが、
・自分と似たようなビジネスをやっている友人をそんなに知らないこと
・海外のお客さんから文化という商材が非常に強い興味と引きがあると実感していること
だった。

でも、それを自分ひとりで対応しようと思ってもなかなかしきれない。さらに、それをビジネス化して持続可能な形で伝えていくためにはどうしたらいいのか? そんな悩みを持っているのが、カルチャープレナーという人たちだ。

それぞれの文化を超えたコラボレーションを生み出すために

「NewsPicks NewSchool」のゼミでは、日本文化をブランド化するためにさまざまなゲストを呼んだ。

たとえば、海外に向けて高付加価値化した事業作りに成功している「カルチャープレナー30特集号」の1回目の表紙を飾ったTeaRoomの岩本涼さん。そして、資生堂のクレ・ド・ポー ボーテなどを担当し、LVMHのグループのイタリアの高級カシミヤ・ウールブランド「Loro Piana(ロロ・ピアーナ)」を担当していた清水明子さん。

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今回のプログラムは、文化起業家としての必要なピースは「文化実践✕事業デザイン✕ラグジュアリーブランド」ではないかという仮説を元に実施した。それぞれのゲストには、日本文化を高い価値のブランドにしていくためのヒントを得るために、講義をしてもらった。この内容自体も非常に好評で、これだけでそれぞれ1回のエッセイで書きたいくらいの内容だった。

しかし、何よりも僕が印象的だったのは、「文化を事業にする仲間ができたことがこのゼミでの価値でした」というゼミ生の言葉だ。

実際、日本文化はそれぞれの分野の中に閉じていて、横断して他の文化の担い手と出会う機会などない。しかし、外国人からしたら「日本に来るならいろいろな文化を横断して体験してみたい」と思うものである。彼らから求められているのは、日本文化を横断的に伝え、体験してもらうこと。

しかし実際には、歴史によって作られた強い排他的な縦割りされた文化の世界があるのだ。現代のカルチャープレナーは、この文化の枠を超えて外国人に日本をプレゼンテーションしていく必要性に気づいている。だから、自分の文化の枠を超えた仲間が必要だと思うし、実際にゼミのような場を作ると受講生同時でコラボレーションもすぐに生まれるのだ。

外国人に対して、どのように日本の特異性をプレゼンテーションするか、という視点でお互い悩んでいるためそれぞれのストーリーの紡ぎ方が参考になる上に、実は日本文化の本質を考える上でも文化を横断した方が見えてきやすい。

ゼミ生の一番話したかったトピックを聞いた時に、「日本文化の本質とは何か?」という哲学的なテーマだったことに象徴されている。

TeaRoomの岩本涼さんも、第二回「カルチャープレナー30特集号」の表紙に選ばれた株式会社ヘラルボニーと一緒にコラボし、ヘラルボニー所属のアーティストが描いた茶器を使って茶会を実施する協業の取り組みをするなど、すでにカルチャープレナー同士のコラボは実務の世界で始まっている。

このゼミでも、実際にゼミ生が主催する茶会や、寿司パーティーにお互いが訪れて学び合ったり、転職を決断し副業でビジネスを手伝ったりするような動きがわずか2カ月余りで起こっている。

このような、文化横断によるコラボレーションの取り組みは、今後とても重要になるのではないかと思っている。というのも、この協業は過去の日本の伝統文化を消費するだけではなく、新しい組み合わせによって新たな日本文化を生み出す営みとなるからだ。

幸いにも日本文化が注目される時代に我々が必要なのは、日本を文化大国としてしっかりブランディングしていくだけではなく、日本が現代に必要な文化を常に生み出し続け、世界に発信し続けることではないかと思っている。

分野を超えた文化のコミュニティと、コラボレーションの場を作ること、こそが、今注目を集めている日本文化のポテンシャルを開放する上で鍵になる。そう感じた日本文化ブランディングのゼミだった。

アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト