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柔軟な進化を見せる、ルワンダの草の根金融 ー EXUUS

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。

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人口の大半が銀行口座を持たずに暮らすアフリカ内陸部の小国。制約の多そうな環境において、スマートフォンをベースとする金融プラットフォームサービス「SAVE」を拡大させているスタートアップ企業がある。ルワンダのEXUUS(エクシュウス)だ。日本のVCからも出資を受けた創業者兼CEOのシェマ・スティーブにとって、制約はむしろ成長の原動力でさえある。

2018年、アフリカ東部ルワンダの首都キガリで新たな金融サービスが生まれた。銀行口座を持たない多くの国民が貯蓄や融資といった少額の金融サービスをスマートフォンで手軽に、安全に利用できるモバイルサービス「SAVE」だ。

ルワンダの大衆の間には元来、「セービング・グループ」や「イキミナ」などと呼ばれる小口の共済貯蓄・金融スキームがあり、現在でも盛んに利用されている。地域や業種などで同じコミュニティに属している個人がお金を定期的に持ち寄って積み立て、集まった資金からメンバーに融資も行う、金融の世界では回転型貯蓄信用講(Rotating Savings and Credit Association:ROSCA)に分類されるものだ。

ルワンダには現在、ROSCAが4万以上あり、年間の貯蓄総額は2016年が160億ルワンダ・フラン(RF)、17年が230億RF、18年が300億RFと伸び続けている。融資総額も18年時点で240億RFに達する(約2,450万ドル:現在の為替レートは1ドル=約980RF)。このROSCAは、預け入れや貸し出し、保管をすべてキャッシュで行い、出納などの記録はすべて紙の台帳を頼りとする。この現金と紙をデジタルに置き換えるのがSAVEだ。

ルワンダの個人や小規模な事業体の間では、銀行口座間での送金・引き落としより先に、携帯電話を使ったモバイルマネーでの資金移動が広く普及した。この素地を活用して、モバイルマネーでROSCAを利用・運営できるようにする─それが、シェマ・スティーブの目論見だった。

彼は次のように語る。「資金決済の面では、ルワンダで銀行サービスにアクセスできるのは1,200万人いる人口の30%以下で、何の決済手段も持たない人も10%程度います。また、人口の60%はモバイルマネーを利用している。貯蓄や融資の面でも、銀行を利用できる層は少数で、20%もの人たちがセービング・グループを結成して活用しています。この状況が、SAVEの基盤になっています」

銀行システムの未発達は、従来なら国家や企業の成長の足枷となるマイナス要因。だが、この制約をEXUUSはSAVEによってビジネスチャンスに変えていることになる。

ジェノサイドの過去からICTの未来へ

ルワンダという国名を耳にして、「アフリカのシンガポール」「アフリカの奇跡」といった言葉が頭に浮かぶ人は、アフリカの経済やICTに相当通じているはずだ。残念ながらいまなお、日本で比較的よく知られるルワンダは、1994年に起きた大虐殺の国というイメージではないだろうか。

ツチ族とフツ族の部族対立を背景として、100日ほどの間に100万人以上もの犠牲者が出たとされるこのジェノサイドは、内戦へと拡大。国民200万人以上が周辺国に逃れて難民化した。だが、2000年から大統領を務めるポール・カガメのもとで、ルワンダは深刻な悲劇から立ち直り、大きく変わり続けている。

国民1人あたりGNI(国民総所得 )は19年時点で年額820ドルと、絶対的な所得水準こそまだ低いものの、同年の経済成長率は9.4%を記録。年間成長率は10年代の平均でも実質7%という高水準に達し、世界銀行による「ビジネス環境の現状」20年版の投資環境ランキングではアフリカで2位(1位はモーリシャス)、世界でも38位という高位につけている。

ルワンダの経済的な発展を支える柱は3本ある。従来からの基幹産業でありながら高付加価値化や海外への訴求に成功している農業と観光業。そしてICTだ。カガメ政権はICT立国を国是として実現に力を注いでおり、早くから結果を出している。2015年の時点で世界経済フォーラムは「ICT活用の促進に最も成功した政府」としてルワンダを世界トップに選んでいたほどだ。

他にも要因がある。たとえば英語。ルワンダは第二次世界大戦後までベルギーの統治下にあり、現地語以外で最もメジャーな言語はフランス語だったが、2009年、カガメ政権はイギリス連邦入りを実現。英語を公用語に加え、英語教育も強化した。大国ではなく、また、政情が安定しているために、公用語の追加といった大胆な政策が実現できたことも、ルワンダのICT産業の成長にプラスに作用した。

「大きな制約」をすべて逆手に取ってスティーブが起業の際にリサーチした結果、ROSCAには次のような「大きな問題」があったという。

①貯蓄が銀行の金庫ではなく民家の手提げ金庫に保管されているといったセキュリティー上の問題 

②会計や融資審査が適正に実施されているかどうかが外部からも内部からも見えにくいといった透明性やガバナンス面の問題

③長らく真面目に貯蓄や返済に励んできたメンバーの信用記録が、ROSCAの外部のマイクロファイナンス(少額融資専門金融機関)や銀行ではまったく評価されないという金融サービス普及に関する問題

このうち①と②を、SAVEはICTの活用で解消した。SAVEはモバイルマネーを扱うので、現金の扱いに伴うリスクは低く、さらにメンバー間のコミュニケーションもチャット形式で行われるため、入出金記録や融資審査の経緯などもROSCAの内外でチェックしやすくなる。

また、③については利用者個々人のROSCAでの信用歴を「クレジットスコア」として記録し、これを外部の銀行が利用できるようにした。これにより、ROSCAの利用で生業を成長させたメンバーが円滑にマイクロファイナンスや銀行サービスに移行することが可能になった。スティーブによれば、サービス開始当初はSAVEを潜在的な競合相手として警戒していた銀行も、現在では金融サービスへの橋渡し役として評価し、EXUUSと提携するようになっているという。

草の根金融の柔軟性こそ成長の鍵

SAVEのビジネスモデルが面白いのは、それがROSCAに取って代わる新 た な 金 融 サ ービ ス で は なく、ROSCAの効率・セキュリティ・成長を手助けするサービスである点だ。テクノロジーによって制約を一気に飛び越えるより、テクノロジーによって問題を一つひとつ解決し、ROSCAという金融文化を保護しつつ進化させ、さらには上位の銀行サービスへとつないでいく。

実際、ルワンダの政府や中央銀行は2022年を目標に全国民の金融包摂(金融サービスへの取り込み)の実現に取り組んでいるが、EXUUSもこれに尽力し、政府からの協力を得ている。

そうした道を選んだ理由についてスティーブは、「コミュニティ内で自然に生まれてくるセービング・グループは、インフォーマルだからこそ柔軟性があって、変化や成長に対応しやすい。だから、これを現代化したいと考えた」と明かす。同じICTベースの金融サービスでも、合理性だけに基づいて開発した新たなサービスや、ROSCAをフォーマル化(規制適合)させるだけのサービスを提供するのでは、肝心の柔軟性、あるいは「彼らの存在の本質」が失われると危惧したのだという。

フィンテックを活用するサービスは、普遍性の高いグローバルなもの、ゼロベースの新規なものに走りがちだが、EXUUSの取り組みは国内の伝統・文化・慣習といった制約ともとらえられる要素を成長因子とするもので、方向性を異にすると言えるだろう。

今後について、スティーブはこのように語る。「SAVEのユーザー数は現在4万人いて、順調に伸びています。スマートフォンの普及率が都市部でも30%程度なので、EXUUSはまだ成長途中ですが、ルワンダの金融ピラミッドの最底辺まですくい上げていきます」

-シェマ・スティーブ
EXUUS創業者兼CEO。ルワンダ国立大学を卒業。EXUUSを設立し、「SAVE」の提供を開始。2018年、東アフリカを投資対象とする日本のVC、Leapfrog Venturesから5万ドルを調達。2019年、ルワンダ国内のピッチコンテストで優勝している。

2021年7月21日更新
2021年3月取材

テキスト:岡田浩之