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ロマンスカー運転士であり絵本作家でもある。小林理絵さんが2つの仕事で取り組む「お客様との絆作り」

『ひとりじゃないよ』という絵本があります。

主人公は「おっくん」という男の子。今日は誕生日なのに、お父さんとお母さんは生まれたばかりの妹にかかりっきり。すっかりすねて泣き出してしまった「おっくん」に声をかけてきたのは、オモチャの赤い電車・ロマンスカーLSEだったのです……!

作者は小林理絵さん。小田急ロマンスカーの現役運転士でありながら、絵本作家としても活動されています。『ひとりじゃないよ』も、通常の乗務と並行して描き上げられた作品です。

運転士と絵本作家、まったくイメージの異なる職業を同時にこなすようになったきっかけは? そして、2つの仕事を同時にこなすことで、どんな良い効果が生まれているのでしょうか。小林さんにお話を伺いました。

―小林理絵(こばやし・りえ)

家族旅行で小田急ロマンスカーに乗ったことがきっかけで電車の運転士に憧れ、東京ITプログラミング&会計専門学校 鉄道・交通コースを卒業後に小田急電鉄株式会社に入社。ロマンスカーの運転士として乗務をこなすかたわら、絵本専門士の資格を取得し、絵本の読み聞かせなど読書推進活動にも携わる。2021年6月に絵本『ひとりじゃないよ』(大学教育出版)を上梓。

地域をつなぎたくて「絵本専門士」の資格を取得

小林さんは小田急ロマンスカーの運転士であり、絵本作家でもあるわけですよね。順番としては、運転士になったのが先でしょうか?

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小林

はい。絵本と関わるようになったのは、小田急電鉄に入社したあとですね。最初は、運転士をしながら、絵本の読み聞かせのボランティアをしていたんです。

そのボランティアは、どういうきっかけで始められたんですか?

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小林

運転士の見習い中に、同じ踏切で人身事故が続いたことがありました。「どうして同じ場所で起きるんでしょう?」とベテランの運転士に聞いてみると、「大きな病院が近いから、気持ちが落ちてしまう人が多いのかもしれない」とお返事をいただいて。

その言葉がずっと気になって、運転士として独り立ちしたあと、メンタルケアカウンセラーの資格を取りました。

その後、絵本の読み聞かせボランティアを募集しているのを知り、「絵本は大好きだし、これなら私にもできそう」と参加したんです。

図書館の読み聞かせは、ロマンスカー運転士の制服姿で行うことも。(提供写真)

「運転士でもあり絵本作家」の前に、「運転士でもありメンタルケアカウンセラー」でもあったんですね! 絵本の読み聞かせは、どこで行っていたのでしょうか。

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小林

病院や図書館のほか、高齢者施設にも行きました。高齢者の皆さんは本当に元気で、読み聞かせよりおしゃべりの時間のほうが長いくらい(笑)。

でも、私たちが帰るときは「もう行っちゃうの」と、じっと見つめてくださるんです。

やっぱり、寂しい気持ちもありますよね。

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小林

そうなんです。そこで、なにかできることはないかと思いまして。

小田急電鉄には、社員が自主的に行うプロジェクトがあり、幼稚園・小学校への鉄道安全教室や、社員同士の英会話教室など、さまざまな活動をしています。

その一環として、高齢者施設で絵本の読み聞かせの講習をして、高齢者の皆さんと一緒に幼稚園に行って読み聞かせをしたら、地域がつながるのではと考えました。私が絵本で人をつなぐ「線路」になろう、と。

小林

そのためには、絵本についてきちんと学ぶ必要があると思い、絵本専門士の資格を取りました。

また新たな資格を……! 絵本専門士とは、どんなことを勉強するんですか?

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小林

絵本の歴史をはじめ、絵本を読む効果、選ぶときのポイントなどさまざまです。資格取得には1年間の講習が必要で、受講生には書店の方や出版社の方が多かったですね。私は鉄道業界初の絵本専門士だそうです(笑)。

運転士として働きながらの絵本制作

読み聞かせだけではなく、ご自身で絵本を描くことになったのは、なにがきっかけだったのでしょうか?

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小林

きっかけは2020年に、ロマンスカーの価値向上のための新しい活動やサービスのアイデアを募集する社内コンテストが開催されたことです。そこで初めて、絵本制作の企画を出しました。

その時点で、2021年に「ロマンスカーミュージアム(※)」がオープンし、歴代のロマンスカーが展示されることが決まっていました。

そのなかに、38年間走った「LSE(7000形)」という車両がありまして、この電車が見てきた景色を絵本の形で残したいな、と思ったんです。

※ロマンスカーミュージアム:小田急海老名駅に隣接した、小田急電鉄の鉄道博物館。時代を彩った5車種のロマンスカーがそのまま展示されているほか、沿線を再現したジオラマや運転シミュレーターなどがある。

小林

コンテストには100件近くのアイデアが投稿され、そのなかから私の企画が1位に選ばれました。そこから絵本を描くことになったんです。

それまで絵本を描いたことは?

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小林

ありませんでした。ただ、絵本を読むのも、絵を描くのも昔から好きで、社内でも沿線のイラストマップを描いたりしていたんです。

小林さんが描いた「Odakyuトリビア」。「車窓ガイドマップ」と合わせて、運転士と車掌がお客様に手渡しをしている。

かわいい! 色合いが柔らかくて、ほっこりした気持ちになりますね。絵本制作はどんな感じで進んだんですか?

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小林

初めての取り組みだったので、ストーリーが決まるまでは大変でしたね……。家族の話を書きたいし、運転士として見てきた景色も描きたいしで、いっぱいいっぱいになってしまって。

出版社の編集者の方や、小田急電鉄の本社の方々から意見をもらいながら、何度も描き直しました。

『ひとりじゃないよ』は、誕生日なのに両親にかまってもらえない主人公の「おっくん」を、ロマンスカー・LSEが旅に連れ出すストーリーです。

車窓と共に、「おっくん」が生まれたころの景色を見せてくれるんですよね。

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小林

私、自分が赤ちゃんのころの話を聞くのが好きなんです。「こんな子だったんだよ」「こんなことで笑ったんだよ」と話してもらえることに、すごく愛を感じるんですね。

なので、そんな愛情を伝えられる本にしたいと思いました。「みんな愛されてきた大切な命なんだよ」と伝えたくて。

絵本『ひとりじゃないよ』。主人公の「おっくん」の名前は、「おだきゅう」の「お」から。

小林

私には子どもがいないので、絵を描くときは周りの運転士の皆さんにもいろいろ話を聞きました。

「お子さんへの誕生日プレゼントは何にしましたか?」とか、「出産のときに入院されていた病院はどんなベッドでしたか?」とか。

運転士の皆さんの人生も、この絵本には詰まっているんですね。完成まで大変だったことはありますか?

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小林

運転士の通常業務をこなしながらの制作は、やはり時間的な大変さがありました。乗務員は一泊二日の乗務が基本で、トラブル時などはもう一泊増えることもあります。

絵本づくりは家で行っていたので、乗務が長引くと作業が止まってしまって……。

それでもなんとか、半年かけて完成しました。社内でも好評で、同僚から「絵本を作ってくれてありがとう」とお礼を言われたときは、とても嬉しかったですね。

同じものを一緒に見ることが、人と人との絆を作る

絵本と運転士の仕事、両方やっていてよかったことはありますか?

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小林

お客様から、「応対が良かった」というご意見をいただくことが増えました。これはたぶん、読み聞かせの経験が生きているのだと思います。

絵本の読み聞かせが、お客様の応対にいい影響を……?

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小林

絵本の読み聞かせでは、読む側と読まれる側が同じものを一緒に見て、確認や情感のやりとりをします。これを発達心理学では「共同注意」と呼びます。

子どもは電車を見つけたとき、「あっ!電車だ!」と指を指したりしますよね。これは電車を見つけたことを一緒にいる親に知らせて、共感したいから。

共同注意は、人と人との絆を作るうえで大事なものなんですね。

絵本専門士の資格取得の際に学んだことも丁寧にまとめ、仕事に生かしている

お客様に応対するときも、その「共同注意」を心がけたということですか?

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小林

はい。たとえば、立ち止まって電光掲示板を見ている方に、真正面からお声がけすると、萎縮させてしまうことがあるんです。

隣に立って、一緒に電光掲示板を見つめながら「お困りですか?」とお声がけするだけで、だいぶ反応が違うんですよ。

まさに「同じものを同時に見る」ですね!

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小林

お客様の気持ちに寄り添うことも、絵本の活動から学びました。

お客様のなかには「部活があるのに車内で寝過ごしちゃいました。座間に行くにはどうしたらいいんですか?」というように、「どうして乗り過ごしたか」といった理由まで伝えてくださることがあります。

理由を伝えてくださるとき、お客様は「困った」という感情でいっぱいになっているということ。

そんなときは、「大丈夫です。きっと部員の皆さんは怒らないですよ。2番ホームの各駅停車に乗って3駅目です」など、必要ない会話に聞こえるかもしれませんが、相手の思いに一言寄り添ってからご案内すると、笑顔になってくださるんです。

中には、接客の良さをわざわざ会社に伝えてくださるお客様も。小林さんの姿勢が評価されたことを証明する「優良カード」が何枚も発行された。

お客様に「恩返し」をしたい

世の中には、小林さんと同じように「今の仕事を続けつつ、別の仕事をしてみたい」と思われている方もいると思います。そうした方にアドバイスを送るとしたら、なにを伝えたいですか?

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小林

そうですね……。「もっとたくさんの人に伝えてください」ですね。

口に出せば、きっと応援してくれる人が出てきます。みんなに伝えることで自分の気持ちも固まりますし、言いだしたらやるしかなくなるので(笑)。

それにしても、運転士の仕事を続けつつ、メンタルケアカウンセラーや絵本専門士の資格を取り、絵本作家としても活動する……。

簡単なことではないと思うのですが、その原動力はどこにあるのでしょうか?

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小林

お客様に恩返しをしたい、という気持ちでしょうか。

コロナ禍になって、初めての緊急事態宣言が発令されたころ、誰も乗っていない特急を運転したことがあるんです。

そのときは「私は何のために、誰のために運転しているんだろう」と落ち込んでしまって。

ステイホームが叫ばれて、街から人の姿がなくなったころですね……。

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小林

でも、発車したあと、沿線で手を振る親子連れの姿をたくさん見かけました。どこにも出かけられないから、気分転換に電車でも見ようと思ってくださったのかもしれません。

それが、私にはお客様から「おもてなし」をいただいた気持ちになったんです。

しばらく特急が運休したときは、運行再開後、「コロナに負けるな」と書かれた段ボールを掲げた子どもたちが手を振ってくれたこともありましたね。

それは嬉しいですね……!

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小林

『ひとりじゃないよ』の売上は、すべて小田急財団に寄付され、沿線の植樹や、奨学金、鉄道安全教室などの慈善活動に使われます。

恩返しの意味もこめて、沿線の皆さまに貢献するとともに、小田急沿線から全国に幸せが広がっていけばと思います。

小田急電鉄・喜多見電車基地は屋上を緑化し、「きたみふれあい広場」という公園にするなど、沿線環境向上の取り組みも行っている。

最後に、今後の目標について教えてください。

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小林

運転士としては、「ロマンスカーの運転士」として、さらに高みを目指していきたいですね。英語や接客サービスの検定を受けて、さらにスキルを磨いていきたいです。

絵本作家としては、現在2作目を準備中です。また、ありがたいことに他にもいくつか出版社さんからもお話をいただきまして……。

すごい! 絵本作家の仕事も、軌道に乗っているわけですね。

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小林

ありがとうございます。絵本関連では、読み聞かせのイベントも最近は少しずつ増えてきました。

コロナ前に思い描いていた「読み聞かせで地域をつなげたい」という活動をいつか実らせるためにも、引き続きケアや絵本について勉強を続けていきたいですね。

2022年12月取材

取材・執筆:井上マサキ
撮影:篠原豪太
編集:鬼頭佳代(ノオト)