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キッチンで、相手を知る。世界の台所探検家・岡根谷実里さんに聞く、料理を通じた他者とのコミュニケーション方法

今回は、これまで25カ国以上の台所を訪問し、料理からその国の社会や文化を見つめ、発信活動を行っている世界の台所探検家・岡根谷実里さんにインタビュー。

岡根谷さんは料理を通じて、言葉も文化も違う人々といかにコミュニケーションを図っているのか。一緒に台所に立つことでどんなことが見えてくるのか。「食を通じたコミュニケーションづくり」について、お聞きしました。

―岡根谷実里(おかねや・みさと)
世界の台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理から見える社会文化背景を伝えている。講演・執筆・出張授業など。訪問国は25以上。著書に『世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる』(青幻舎)、『世界の食卓から社会が見える』(大和書房)。note:note.com/misatookaneya

台所から見える、その国の文化や社会

岡根谷さんのSNSを見ると、いつも世界中のさまざまな台所を訪れていますよね。ちなみに、現在はどちらにいるのでしょうか?

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岡根谷

今はモンゴルに来ています。モンゴルでは大草原で暮らしている遊牧民の家庭に滞在していて、牛やヤギ、羊の乳からの乳製品加工について教えてもらっています。

ヤギとヒツジのミルクから、「アーロル」という乾燥チーズを作っている様子(提供写真)

モンゴルを訪問中だったとは……!

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岡根谷

実は一昨日まで、ブータンにいました。

ブータンは日本と同じコメ文化なのですが、山岳国だから農業環境が厳しく、食料のバリエーションもそこまで多くなくて。それをワンパターンに感じたり飽きたりするのではなく、家族はいつも満ち足りた様子でご飯を食べるんです。そんな姿が目に焼き付いていますね。

「世界一幸せな国」と言われているため、「みんな不安なくニコニコと生きているのかな」と想像されがちですが、厳しい地形で農業も産業開発も難しく、一方で経済発展しなければ周辺の大国に侵略されてしまう、という現代国際社会の中での苦しみも感じました。

(提供写真)
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岡根谷

あとブータンの家庭では、近所の子どもも一緒にご飯を食べる光景が印象的でした。「家族」の概念が広いのか、その地域の人間関係に由来するものなのかはわかりませんが、地域全体で家庭の仕事を分業しているようで。

日本は核家族が増えたとはいえ、今も街によっては「家族の垣根を超えて、地域で食事をする」という文化のある場所もありそうですし、私の親も「かつてはそれが普通だったよ」と言っていて。

こうして日本と共通点があったり、国によって優先するべきものや習慣も変わったり……。台所を通して、そんな社会のあり方を感じることが多くあります。

海外事業部への配属が叶えられず、休暇を使って海外へ

今はこうしてさまざまな国を巡られていますが、岡根谷さんは前職でクックパッド株式会社に在籍されていたそうですね。

入社したきっかけは何だったのでしょうか?

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岡根谷

私は元々、大学でインフラに関する勉強をしていました。

そして大学院時代、途上国への支援を目的とした国連のインターンシップでケニアのとある村を訪れました。その時に、大型道路の計画のために市場も学校も家々も立ち退きを命じられ、村の人々が悲しんでいる様子を目の当たりにしたんです。

その姿が忘れられないのですね。

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岡根谷

そこで「国際協力という大きな枠組みでは、個人単位の犠牲を生み出すこともある。もっと一人ひとりの生き方を作ることはできないものか」と思いつつ、帰国後に就職活動を開始。

そんな時に、クックパッドが「毎日の料理を楽しみにすることで心からの笑顔を増やす」というミッション(当時)を掲げていることを知って。

料理をするということは、誰もが犠牲なく自分の食べるものという“インフラ”を作れる手段であり、周りの人をも笑顔にできるのだ」と思い、入社を決めました。

クックパッドではどのような仕事をしていたのですか?

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岡根谷

前半はWebサイトやスマートフォンアプリの開発のディレクター、後半は社内外のワークショップや学校の授業などを担当していました。

海外に興味があったので、クックパッドでも海外事業部をずっと希望していたんですけど、なかなかチャンスは得られなくて……。

なので、「会社で行けないのなら自分で行こう」と諦め、夏休みや年末年始休暇などを使って、世界の家庭を訪れるようになりました。

仕事で海外に行けなかったことが、自ら行動するきっかけになったんですね……!

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岡根谷

はい。それで訪問先で出会った人や台所のことを伝えたくて、社内ブログで書き始めたら、徐々に興味を持ってくれる人が現れたんです。

そうしているうちに、海外事業絡みの相談をもらったり、海外関係のプロジェクトに誘われたり。少しずつ自分のやりたい仕事が寄ってくるようになりました。

その後、「料理を通して世界への興味のきっかけをもっともっと生み出したい」という気持ちが強くなり、2021年に7年間勤めたクックパッドを退職し、フリーランスとして活動を始めました。

台所ではどんな人でも輝ける

訪問する国はどうやって決めているのでしょうか?

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岡根谷

タイミングと出会いですね。旅を通して知り合った人と話をして「次はこの国が気になるな〜」と思ったら、知り合いづてに現地の人を紹介してもらうことが多いです。

例えば、2022年にはインドのジャイナ教(※2)のご家庭の台所に伺いました。そのきっかけも、日本の友人宅にジャイナ教徒のインド人の方がホームステイをしていたことなんです。

そこで一緒にご飯を作りながら、ジャイナ教の食事のルールを教えてもらって。日本人ならば「これは食べられるのでは?」と思う食材を、彼らは食べないんです。肉や魚、卵はもちろん、野菜も種類によっては食べない。

「どうしてわざわざ食べられるものを食べないんだろう?」と疑問に思い、その理由を探しに彼のご家族などを紹介してもらい、インドまで行きました。

※2:インドの宗教の一つ。殺生と相手への暴力は最も行ってはならない行為であるため、肉、魚や卵をはじめ禁食が多くある。

赤玉ねぎを切りながら、ラジャスタン州の料理「ダルバティ」を調理している(提供写真)

英語が伝わらない国もたくさんあると思いますが、現地の方とはどのようにしてコミュニケーションを取っているのでしょうか?

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岡根谷

もちろん言葉の壁はありますが、一緒に料理をしていると、食材や調味料、道具の名前など同じ単語が繰り返し出てくるので、そのうちなんとなく分かってくるんですよ。

会話自体は、スマホを向けて「ここに喋って!」とジェスチャーで伝えて、Google翻訳アプリの音声機能を使っています。

それに言葉だけでなく、料理や食事がその人を知るひとつの「手がかり」になっていて

手がかりですか?

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岡根谷

さまざまな国籍の人が暮らすシェアハウスで暮らしていて、時々何人かと一緒にごはんを食べていました。

イタリア人の男性がそうめんやパスタを韓国の金属製のお箸で食べていたので「どうして?」と聞いてみると、「日本にいるからお箸で食べたいけど、僕は金属のスプーンやフォークを使ってきたから、木の箸はちょっと清潔じゃない気がする」という答えが返ってきて。

その時、「彼にとって金属のお箸は、日本とイタリアの中間地点なんだ!」と思ったんですよね。改めて、料理は相手の価値観や考え方を知るきっかけになることを感じたんです。

確かに、料理の好みや食べ方のクセなどで相手の性格が分かることがありますよね。

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岡根谷

そうですよね。他にも、一緒にキッチンに立って、食事をするだけで仕事では見えてこないその人の色んな面が見えてくるんです

例えば、みんなで料理をする時に「僕は料理ができないから」と言って、片付けに徹してくれている様子を見ると「この人気が利くんだな〜」と思いませんか?

そう考えると、料理って他人とコミュニケーションを取るための強いツールになっているんですよね。

ということは、料理があまり得意じゃない人でも、キッチンを通してコミュニケーションをとることができるのでしょうか……。

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岡根谷

もちろんです。私は「台所ではどんな人でも輝くことができる」と思います。だって、みじん切りをする能力と、お皿に美しく盛り付ける能力、皿洗いの能力はどれもまったく違いますよね?

料理の好き嫌いはあっても、得意不得意はあってないようなもの。その人が台所でうまくフィットできるところが見つかれば、たとえ料理が苦手でももっと台所にいるのが楽しくなると思いますよ。

人種や国籍に関係なく、常に相手の立場に立って考える

見方を変えると、組織などで「コミュニケーションを活性化したい!」と思った時に、食事や料理がそのツールになり得るわけですね。

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岡根谷

そうですね。私自身が会社員時代、よくコミュニケーションを取っていたと思うのが、「コーヒーを淹れる時間」です。

社内には抽出に時間がかかるエスプレッソマシンが置いてあって、コーヒーを待つ間にそこにいる人達と業務やそれ以外の雑談をしていましたね。

他にも、15時になると飴やチョコなどのおやつが補充される場所があって、その時間に人が集まる仕組みになっていました。

お菓子を求めてやってくるとは思われたくないので、何か用事を作って来る人も多かったですね(笑)。

オフィスの中で食事を通してコミュニケーションをとるにはどうすればいいでしょうか?

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岡根谷

クックパッドにいた時は、会社のキッチンで月一で恵方巻きや流しそうめんなどのイベントがあったのでうすが、社内の雰囲気が明るくなっていたと感じます。これらは鍋やコンロがなくてもできますし、季節に合わせて食材を持ち寄ってサンドイッチを作ることもできますよね。

簡単な調理なら気負わずに気軽にできそうです! 台所は、自分とは違う他者を知るためにぴったりの場所ですね。

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岡根谷

そうですね。私が台所に興味がある理由は、料理を通して「その土地の環境や価値観」が見えてくるからです。同様に、人についてもよく知れるといえそうです。

私にとって料理は、日本語やフランス語と同じように、その土地と繋がるための「言語」なんですよ。そんな料理を通して、これからも新しい世界に出会っていきたいなと思います。

2023年8月取材

取材・執筆:吉野舞
イラスト:サンノ
編集:桒田萌(ノオト)