会社員とアーティストの共創で生まれる壁画。アートによるオフィス変革の仕掛け方(NOMAL ART COMPANY・平山美聡さん)
働く環境が社員のエンゲージメントや創造性に大きく影響する時代。オフィス変革の重要性がますます高まっています。
そのアプローチの一つとして注目を集めているのが、NOMAL ART COMPANY(ノーマルアートカンパニー)が手がけるオフィスでの壁画アートです。最近では、制作過程で社員とアーティストとの共創プロセスを盛り込んだプロジェクトも増えているそう。
NOMAL ART COMPANY代表の平山美聡さんに、会社員とアーティストの共創をどのように生み出しているのか、壁画はどのように制作されるのかを教えていただきました。

平山美聡(ひらやま・みさと)
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、株式会社資生堂入社。営業・広報を歴任する傍ら、趣味のアーティスト活動を行い、アートの現状に課題感を抱く。その後2016年から株式会社NOMALへ参画し取締役に就任。2016年7月「WASABI」事業を立ち上げ、アートの通販をスタート。さらに2018年1月、法人向けウォールアート事業をスタート。
共創・プロジェクト型に進化する壁画アート
平山さんの会社では、具体的にどんな壁画アートを手がけていらっしゃるのでしょうか?


平山
壁画アートは、アーティストが現場に行ってアートを描きます。
場所は企業のオフィス、屋外ではJRや西武鉄道の駅のホームなど多様ですが、7割ほどがオフィスですね。これまで100社以上のオフィスで壁画を描かせていただきました。

オフィスの壁画アートは、どんな理由からご依頼いただくことが多いのでしょうか?


平山
当初は「企業のミッション・ビジョン・バリューをテーマにしてほしい」という依頼がとても多かったです。
最近は、共創型やプロジェクト型の壁画アートが増えていますね。
共創型やプロジェクト型?


平山
共創型は、アーティストを交えたワークショップをしたり、クリエイティブに影響のない範囲で社員が色を塗ったりするなど、アーティストと社員が共創しながら壁画アートを制作していく壁画です。
プロジェクト型は、半年ほどの期間をかけて社員の方と毎月ワークショップをしながら、アートを作り上げます。長期のものが多いですね。
さまざまな進め方があるのですね。
壁画アートはどのように依頼がくるのでしょうか?


平山
2つのケースがあります。まずは、オフィス設計などの事業をしている企業からのご依頼です。この場合、新しい空間を創り上げるタイミングで、壁画アートを取り入れると決めるケースが多いです。
もう一つは、企業から直接依頼がくるケースです。この場合、会社がちょうど変革期にあり、「アートを通じて、何かしらの変化や行動を社員に促したい」という要望が多いですね。
5つのステップで進める壁画アート制作プロジェクト
とはいえ一般的な企業さんが自分でアートを作るケースは稀ですよね。
実際に壁画アートを作るステップを教えてください。

1. アーティストの選定
2. キックオフミーティング
3. アート思考ワークショップ
4. ラフ案の作成・フィードバック
5. 壁画アートの実制作

平山
ステップは5つあり、まず「アーティストの選定」。あらかじめ壁画で表現したいストーリーを聞いた上で、複数人のアーティストを候補に出します。
私たちは300名を越えるアーティストと提携していて、プロジェクトごとに適したアーティストをアサインしています。
適したアーティスト?


平山
たとえば、「挑戦」というテーマを描くこと自体は、どのアーティストもできます。
でも、大事なのはどう描くかです。挑戦をパワフルに描くのか、背中を押す優しいタッチなのか。そういったテイストの違いを踏まえて、どんな方がいいのかを考えるんです。
他にマッチングで大事にしていることはありますか?


平山
企業側に「アーティストとデザイナーの違いを知っていただくこと」です。アーティストは自分が表現したいスタイルや哲学をもっていて、基本的に曲げることはできません。
だから、企業とアーティストの哲学のマッチングが大事です。
哲学のマッチングって難しそうですね……。


平山
そうですね、言語化が難しい部分なので、事例を見せながら企業の意見を引き出すようにしています。
たとえば、「カラフル過ぎて、うちの社風には合わないかも」といった具体的な意見が出てくると、マッチングの精度も上がります。
長期プロジェクトの場合は、企業とアーティストの人柄とのマッチングも重要ですね。


平山
その後、企業側の関係者とアーティストと当社で「キックオフミーティング」を行い、アーティストに会社の情報や何を期待しているかを伝えています。
オフィスでの壁画は、テーマ性のあるアートです。アーティストからすれば、普段の作品づくりに比べるとオーダーメイドの度合いが高い。さらに、自分の作品を受け取る相手が組織なので、意思決定のプロセスも複雑です。
戸惑うアーティストの方もいそうですね。


平山
アーティスト側には、「制限があることで新たなクリエイティブが生まれる可能性がある」と話すようにしています。すると、ポジティブに受け止めてくれる人も多いです。
次の「アート思考ワークショップ」はアーティストと社員が一緒に取り組むもの。結論を出すのではなく、自由に会社について語ってもらう発散の場です。


平山
社員さんの話を聞いて、イメージをスケッチブックに描き、「今の話って、こんな感じですか?」とコミュニケーションを取ることもあります。
アーティストが表現を考える上で、社員のキャラクターや会社へのイメージがわかると、インスピレーションにつながりますから。
お互いの理解が大切なんですね。


平山
その後、ワークショップなどのイメージから、アーティストがラフ案を作成し、企業とすり合わせを行っていきます。
このすり合わせに戸惑う企業も多いのですが、よくレストランにたとえてお話します。
レストラン……?


平山
壁画アートはシェフのコース料理をオーダーで頼むようなものなんです。
レストランでコース料理を頼んでから、「この盛り付けを変えてほしい」と細かく要望するお客さんはあまりないですよね? でも、「辛い物は控えたい」など全体の要望を伝えることはできます。
それと同じで、前提として「選んだアーティストを信じて任せる」という気持ちを企業にも持っていただきたいんですね。


平山
その後、実際にオフィスにアーティストが行って、アートを描いていきます。
クリエイティブに支障のない範囲で、社員の方々にも制作に関わっていただくこともありますね。
NECでの成功事例からわかる「共創」がもたらす価値
平山さんの印象に残っている事例を教えてください。


平山
日本電気株式会社(以下、NEC)と株式会社オカムラがパートナーとなって取り組んだ本社ビルの社員食堂「FIELD(フィールド)」のリニューアルプロジェクトです。
3カ所の壁があり、社員10名ずつの3チーム、アーティスト3名が参加しました。


平山
このプロジェクトでは、アーティストと社員さんの距離も近く、遠慮なく意見を言い合える関係性が作れたんです。
アーティストという異色の存在が入ること、そして大企業であるNECのさまざまな部署から人を集めることで、事業部間の共創にもつなげたい、という狙いでした。
何がうまくいったポイントだったのでしょうか?


平山
まずNEC側の担当者は、ワークプレイスを担当する方で「社員のエンゲージメントをこの場所でどう高めていくか」を常に考え、熱量高く取り組んでくださいましたし、参加する社員の方々もモチベーションの高い方が有志で集まりました。
「プロジェクトメンバーのアイデアからできた壁画アートがどんなビジュアルでも、誰にも文句を言わせない」と約束してくださったのが印象的で。結果としてビジュアルも気に入っていただけましたし、参加したメンバーからのプロジェクトに対する評価も非常に高かったそうです。
壁画アートを通じて社員に「誇り」、アーティストに「刺激」を
平山さんは、オフィスにアートがあることは、企業や社員にどんな価値をもたらすと思いますか?


平山
壁画をつくるだけではなく、社員が自社の壁画アートについて語ることでより生きてくると思います。
壁画アートは、オフィスの中でも訪問者の目にも止まりやすいものです。だからこそ、社員がこの唯一無二のアートのテーマを自分の口で語ることは、自社について語ることにつながります。


平山
そして、オフィスに壁画アートがあることはまだまだ当たり前ではない時代です。「うちはそんなことができる会社なんだ」と誇りに感じていただけたらと思います。
そして、会社で働く方々が、アーティストに対して人間として興味を持ってくれたらうれしいですね。先ほど話したNECの社員の方は、今でもアーティストの個展に足を運んでいるそうです。これはアーティストにとってもありがたいことです。
平山さんのお仕事から、アーティストと会社員という異なるバックグラウンドをもつ人々を結びつけたい、という思いが感じられます。どうして、この点に興味をもったのでしょうか?


平山
私自身が会社員として働いていた時にアーティストと知り合い、アーティストの一言で自分の考えが変わった瞬間があったからでしょうか。
当時、私は会社員として働きながら、趣味で絵を描くためにNPO法人に入りました。そこで、絵を生業にしているアーティストとの交流する機会があったんです。


平山
当時の私は「やりたいことをするには何かを我慢しなくてはいけない。石の上にも3年だ」と考えていて。でも、「今すぐやりたいことをすればいい」とアーティストの方に言われて、ハッとしたんですよね。
そんな経験から、全く違う考えの人と触れ合うことが、刺激になるんじゃないかと思っています。
「アートを身近にしたい」という思いで事業を立ち上げる
その出会いがあっても、アート事業を始めるのは大変ですよね。経緯を教えてください。


平山
私は新卒で資生堂に入社し、大阪で営業職として働いていました。当時はデザイナーになりたかったのですが、未経験でなるのは難しい状況でした。
そんなとき、いま一緒に経営している松本が「一緒に起業して、うちでデザイナーとして働かないか?」と誘ってくれたんです。
そこで資生堂を退職することを決め、1カ月の有休消化中にサンフランシスコを旅しました。そのときに「アート事業をしたい!」と思ったんです。
何があったんでしょうか……!


平山
サンフランシスコは、アートがとても身近なもので、日常に溶け込んでいる街。壁画がいたるところにあって、ライフスタイルショップでもカジュアルにアートも売られていました。
日本でも、こんなふうに日常にアートがあったらいいのに。そんなことを思いながら、旅を続けていたある夜、ふと「アートの通販ビジネスがしたい!」と思ったんです。
その勢いで、日本にいる松本に自分の思いを長文のメッセージで送りました。そして、帰国後さっそくアートの通販事業を始めました。
いきなり、ひらめいたんですね!


平山
はい。でも張り切って始めたものの、初年度の年間売上は1万5,000円。2年間の赤字が続きました。
それで、アートに関連したBtoB事業ができないかと考え、思いついたのが「オフィスでのアート」でした。そうすれば、会社員もアートに興味をもってくれるのでは?そう思ったんです。そこでオフィスデザインの会社へ片っ端からメールを送って営業したのです。
元・営業の行動力を感じます。


平山
最初に返事をくれた会社に向かうときは、本当に意気込んでいました。
それで「アートの素晴らしさを知ってもらおう!」と、キャリーケースに絵画を詰め込んで向かったので……、行商のようですよね(笑)。
先方もきっと驚かれたでしょうね。


平山
今でも「絵を売りつけられるのかと思った」と笑い話にされています(笑)。
その会社のプロジェクトで壁画アートを採用してもらうことができ、一つ目の実績を作ることができ、コロナ禍を経て大きく広がっていきました。
私たちは「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」というステートメントを掲げているのですが、平山さんの仕事の作り方にも共通するものを感じました。

アートを高尚なものではなく身近にしたい。NOMALが目指す世界観
最後に、平山さんが目指す世界観を教えてください。


平山
アーティストが普通の人と触れ合う機会があり、もっとアートが日常に身近にある存在になる世界です。その世界観の実現に向けて気を付けているのは、二項対立を作らないこと。
アートに詳しいことは高尚なものというイメージを持たれがちです。そうすると興味のない人との距離が開いてしまいます。でも、アートは楽しいもの。アーティストも身近な存在として捉えてもらえるように活動をしていきたいです。
NOMALの活動は、アーティストにとってもメリットがありますよね。


平山
そうですね。壁画アートの仕事は収入になりますし、ファンが増えるきっかけにもなっています。
そして、アーティストにとっても普段関わらない人と触れ合うことは、創作の幅を広げることにもつながると思うんです。
壁画アートを通じて、その刺激をアーティストにも楽しんでもらえるようなエージェントでありたいと思っています。

【編集後記】
オフィスの壁に描かれるアートが、こんなにも人の心と関係性を動かすとは。NOMAL ART COMPANYの取り組みは、まさに空間に命を吹き込む営みでした。企業の哲学、従業員の想い、アーティストの表現が交わる瞬間、そこにはアートだけにはとどまらない「共創」が生まれています。NECの事例のように、従業員が語れるアートが、組織との関係性を育て、アーティストにとっても創造の幅を広げる刺激となる。異なる立場の人々が一緒に何かをつくる。そのプロセスこそが、働く場をより豊かにする力になるのだと強く感じました。
(WORK MILL/山田 雄介)
2025年10月取材
取材・執筆=久保佳那
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト


