「選ぶ」ために「在り方」を深めよ。新卒×海外移住を可能にしたものとは?
コロナ禍を経て、リモートワークは以前よりも広まったように見える。職種によっては遠隔でも問題なく業務が進むものも多いはずだ。いまは、まさに「新しい働き方」への過渡期と言える。
一方で、依然としてリモートワークに抵抗と不安を感じる人もいる。変化を受け入れられる人と、受け入れられない人の違いは一体なんなのだろう。
そんなおり、オランダで海外リモートワークを実践する大門史果さんに出会った。大門さんの上司・管大輔さんもオランダ在住。二人とも同じシェアオフィスで働いているが、同じ空間で仕事をする時間は短いという。
話を聞いてみると、仕事を進める上で多くの秀逸な工夫をしていた。しかし、柔軟な働き方を可能にしているのは、テクニック的な部分ではなく「自分と、他人の感情に真摯に向き合う姿勢」であるように感じた。
自分と異なる「働き方」の価値観との出会い
私は大学在学中からWeb系の仕事に従事しており、パソコンを持って色々な場所で仕事をすることはとても自然なことだった。旅行先で仕事をすることもあった。
フリーランスとして独立した後も、場所にとらわれず仕事をしていた。2017年からはオランダに移住をして、日本の取引先と仕事を続けてきた。ここ数年は、日本とオランダを行ったり来たりする生活をしている。それが、私にとっての「当たり前」だった。
「まだまだリモートワークは普及していない」と聞くことはあっても、周りはリモートワークだらけだったので、あまり実感がなかった。
しかし、最近初めてリモートワークを良しとしないクライアントと仕事をすることになった。確かに、日本とオランダには時差も距離もある。しかし、壊滅的にコミュニケーションが取れなくなることはない。取材がある時期以外は、どこにいても変わらない気もしてた。だから、なぜダメなのか、私にはわからなかった。
自分が「当たり前」と感じていた生き方や働き方が、ある人にとっては無責任で迷惑なことだと知った。しかし、「自分とは考え方が違うから」とこの出来事に蓋をすることはしたくなかった。自分なりの答えが欲しかった。
そんな時に出会ったのが、コーチング会社のZaPASS(ザッパス)で働く大門史果さんだった。彼女と、その上司である管さんとの出会いが、一つの答えのようなものをくれた。
新卒で入社した会社は、オランダでの海外リモートワーク
大門さんは新卒で2021年にZaPASSに入社し、同時にオランダに移住をしている。新卒で海外リモートワークという、非常にユニークなキャリアの持ち主だ。
ZaPASSの共同代表であり上司でもある管大輔さんは、株式会社ガイアックスで本部長としても働いている。管さんも2019年からオランダ在住だ。
大門さん本人の身軽さ・考えの柔軟さにも驚いたが、何より衝撃だったのが、会社がこの働き方を良しとしていることだった。
まだ右も左も分からない新卒の社員に、リモートワークを許可するだけでもハードルがあるはずだ。制度面はもちろんだが、感情がついてこない気がする。上司は、「本当に仕事をしているのか」と部下を疑う気持ち、管理できているのかわからず不安に思う気持ちを少なからず抱えるのではないだろうか。
彼らは一体何を考えて、何に価値を置いて住む場所をオランダに移し、どんな感情を持って働いているのだろう。そして社会にどんな価値を提供しているのだろう。なぜ彼らは、この働き方を実現できているのだろう…そんな疑問が沸々と湧いてきた。
『在り方』を深め、理想の人生を生きる
まずは、大門さんにオランダに来ることを決意した経緯を聞いてみた。新卒で海外リモートワークをすることに、すんなりと馴染めたのだろうか。
大門さん「高校卒業後はアメリカとデンマークの大学に留学していたので、海外に住むことにそこまで抵抗がなかったことが大きいかもしれません。大学在学中からガイアックスでフルリモートでインターンもしていました。
ZaPASSが掲げるビジョンは、『自分らしく笑える大人と、未来が楽しみな子どものために』。私は教育学を専攻していたので、何らかの形で次世代の教育にも関わる点にも魅力を感じました。
インターンをするにつれ、『この会社で働きたい』と考えるようになり、管さんに働けないか相談したことがきっかけで入社が決まりました。
さらに、ちょうど私が入社するタイミングでオランダ支社の立ち上げが決まりました。『もしよかったら行ってみる?』と上司の管さんに誘われ、移住を決めたんです。
デンマークでの留学生活を経て、『いつかヨーロッパに住んでみたい』と考えるようになりました。その私の希望を管さんが知っててくださったのも大きいですね」
「行ってみる?」という誘いに軽やかに乗れるのは、芯が強くて自信があるからかもしれない。しかし、もともとはやりたいことが強くあるタイプではなかったそうだ。
大門さん「やりたいことが明確になっていったのは、コーチングのおかげです。もともと私は、『自分』より『他人』を優先させる人間でした。他人の気持ちばかり優先していると、次第に自分のやりたいことがわからなくなってきてしまうんです。本当は何が嬉しくて、何が嫌なのかもわからなくなっていました。
コーチングを学ぶ過程で、そのことに気づいたんです。自分でも気づいていなかった価値観や、抱えていたコンプレックスを知ることができたのは、新鮮な発見でした。
コーチングは、自分の理想の『在り方』を深めることができます。『在り方』が定まってくると、進みたい方向も見つけやすくなり、必要なスキルや伸ばすべき強みが見えてくるんです。逆に『在り方』がはっきりしないままスキルを身につけてしまうと、使い道に悩んでしまうのでは、と考えています」
どこに住んで、どんな人と働くのかも『在り方』の一つだろう。オランダでの生活を、大門さんは「期間限定の移住だからこそ、1日1日を大切に過ごせる」と語った。もしかしたら他の国に移ってしまうこともあるかもしれないけれど、せっかくオランダに来たのだから、楽しみ切ろうと考えているそうだ。
普段は、8時から12時ごろまでは自宅で仕事をして、お昼の時間を利用してシェアオフィスWeWorkに移動。17時ごろに上司の管さんと1日の振り返りを行う。業務が8時スタートなのは日本との時差を考慮しているからとのこと。
WeWorkではデスク契約をしていて、フリーアドレス制。このため、上司の管さんと同じ空間で仕事するというより、各々作業を進めているそうだ。大門さんが担当する仕事は、ZaPASSが提供するコーチング講座の募集と運営、広報、宣伝など多岐にわたる。
夏の期間は特にオランダは陽が長く、22時ごろまで明るい時期もある。このため、仕事後に仕事仲間や友人たちと食事を楽しむこともできる。運河でボートパーティや、陸続きの地理を生かして他国に週末旅行も可能だ。
理想の働き方を支える上司との関係
部下を持つ上司の中には、細かいところまで管理しなければ気が済まない、マイクロマネジメント型の人も少なくない。新卒でリモートワークとなると、細かく管理したくなるのでは?と思ったのだが、大門さんに話を聞いたところ、「かなり自由にやらせてもらっている」とのこと。ちゃんと仕事が進んでいるかなど、上司の管さんは気にならないのだろうか。
管さん「チェックアウトと呼ばれる1日の反省会で、30分から1時間ほど時間をかけて話をします。内容は働くメンバーのフェーズによっても変化しますが、入社して1年〜2年ほどの時期は、そもそも『何を相談したらいいかわからない』『この程度のことで相談しても良いのかわからない』など、相談する前の段階で悩んでしまいがち。
だから、1日の終わりに時間を設定して、疑問点や引っ掛かる点などを吸い上げるんです。
僕自身もZaPASSも、対話をとても大切にしています。会社の方向性と本人がやりたいことについて、細かくすり合わせることを心がけています。気が進まない時は言ってもらっていいし、本人の意向を無視して『これをやってください』と押し切るつもりもありません」
物腰柔らかく、温和に見える管さんだが、20代の頃は「数字こそ全て」と考えていたそうだ。ギラギラ働いていた。変化が訪れたのは、20代半ばでガイアックスの事業部長になった時。部下を持ち、一緒に働くにつれて数字ではなく一人ひとりの幸福について考えるようになった。
幸福の定義は、人それぞれ異なる。何が最適なのかを知るためには、対話が必要不可欠だ。
管さん「今は、コーチングを通して、大人が自分らしく笑える世界を作りたいと考えています。そして、その背中を子供達に見せたいんです。
終身雇用の時代は、職場も固定、それに伴い住む場所も固定されていました。社会人になってからの大きな意思決定は、家や車の購入くらいではないでしょうか。
しかし、これからは働く場所も、仕事も選べます。転職も副業も一般的になりつつあり、意思決定の機会が増えているんです。
その時に、『どう選ぶか』が重要になってくると僕は考えています。周りに良く思われるために、誰かの基準に合わせて選ぶのか。自分がしたいから選ぶのか。個人的には、後者の方が自分らしい生き方ができると思っています。
自分にとって大切なものは、自分にしかわかりません。だから、自分らしく意思決定して笑える人を増やすために、僕はコーチングの仕事をしています」
自分の感情から目を背けないこと
大門さんと管さんの話から共通して感じたことは「自分の感情から目を背けずに、向き合っていこう」というメッセージだった。日々の生活の中でも、仕事でも、ちょっとしたことで我慢したり、感情に蓋をしてしまうことは誰にでもあると思う。
心の動きから目を背けないで、受け止めること。その過程で、周りの人と自分が違うことに迷ったり、選ぶ怖さを感じる人もいると思う。これからは自由に「選んで良い」時代であり、同時に「選ぶ勇気」を持たないと苦しさを感じる時代になるのかもしれない。「選ぶ」行為は、どこか力強さがないとできない。
しかし、どんな道であれ、自分で選んだ道であればきっとそれは自分だけのものだ。喜びや楽しさなどのプラスの感情だけではなく、悲しみや孤独、後悔も含めて、自分だけの宝物になる。
そう考えると、価値観が違う人と出会い、その人の意向に沿えなかったとしても「自分が選んだ道だから」と、納得ができるような気がした。誰かの考えを否定したり、攻撃することなく、「そういう考え方もある」と受け止めた上で、自分の道を選べたらいいなと思う。
2022年9月6日更新
取材月:2022年7月
テキスト:佐藤まり子