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林業で6時間労働、日当制だけど正社員。和歌山・株式会社中川の入社倍率50倍になった理由

事故のリスクが高く重労働……そんなイメージがある林業。働きやすさを重視するビジネスパーソンが増えるに伴い、敬遠してしまう人も多いのでは。

そんな中、入社倍率が約50倍にも及ぶ林業の会社があります。和歌山県田辺市にある、株式会社中川です。

中川では、社員の働き方改革を行い、実働6時間・日当制を取り入れました。また、積極的な社員の独立を促す「起業支援制度」や「ヘッドハンティング制度」なども。

社員の働き方を変え、独立支援で林業における新たなカルチャーの循環を生み出す。そんな取り組みに注力することになった経緯や原動力を、創業者兼従業員の中川雅也さんに伺います。

中川雅也(なかがわ・まさや)
1983年、和歌山県生まれ。大学卒業後インドネシアのスラバヤで貿易の仕事を2年半経験し、地元にUターン。2008年、地元森林組合に就職。2016年に株式会社中川を創業。現在は社長ではなく従業員として会社に携わっている。

子どもの一言がきっかけで、自由に働ける会社を作った

はじめに、株式会社中川について教えていただけますか?

中川

『木を切らない林業』というコンセプトのもと、木を切った後の山に苗木を植え、山を再生することに特化した会社です。

創業は2016年。起業のきっかけは、私が子どもと遊びたかったからです。

えっ、そうなんですか……?

中川

会社員時代、当時3歳の息子に「遊んでほしい」と言われたんです。でも、会社員だと十分な時間が作れない。

そこで、子どもと遊ぶために自由に働ける仕事を考えた結果、自分の時間の配分が比較的自由にコントロールできる第一次産業。その中でも、林業の会社を立ち上げることを思いつきました。

その決断が意外でした。第一次産業は、重労働で危険なイメージがあるので……。

中川

たしかに林業は労働災害が多く、全産業の中で死傷者数の割合がもっとも多いという不名誉な事実があります。

その内訳を見ると、木を切る際に災害が起きるケースが大半。なので、「うちでは木を切る作業以外を事業にしよう」と考えました。

そこで、木を植える役割を担うようになったんですね。

中川

はい。そもそも林業は、木を切るだけではなく、未来のために木を植えるのも仕事の一つなんです。50〜70年ほどかけて山を作ってようやくお金になるビジネスです。

そう考えると、この長い時間軸の中で、子どもと遊びたいから1週間休んでも、仕事に大きな支障は出ません。この観点からも、林業は自由に働くことと相性がいいんですよ。

たしかにそうですね……! ちなみに、中川さん自身は創業者でありながら代表取締役社長という肩書きではないんですね。

中川

はい。会社の代表である社長と、現場を取り仕切る経営者は適性が違うと考えているからです。

社長は組織を円滑にまとめるバランサー。一方、経営者は誰もやっていないことをやる尖ったタイプが適任だと思っています。

僕は前例にとらわれず、自分が働きたい会社を作りたかった。だから、あえて社長にはならず、外部の方に声をかける形で社長をお任せしました。

副社長などの役職もないんですね。

中川

自分が働きたい会社を作るために、従業員の立場で働く感覚を持ち続けたいとも思っているので、いまだに従業員をしています。

ところで、従業員の勤務時間が短い一方、利益が生まれるまでの時間軸が長いビジネスですよね。本当に収益は出ているんでしょうか?

中川

しっかり出ていますよ。当社のビジネスは、どんぐりを苗木として育てて山に植えるものです。

どんぐり?

中川

はい。会社の前に「どんぐりボックス」を設けて、地域の皆さんが道端で拾ったどんぐりを入れてもらうんです。

子どもたちからおじいちゃん、おばあちゃんまで、いろんな人が入れてくれるのですが、それだけで年間5万個以上集まります。

皆さんに集めてもらったどんぐりを育てて苗木にすると、1本300〜500円で売れます。

ということは、もしかして原料の仕入れにほとんどお金がかかっていない……?

中川

そうなんです。我々は植える現場とのつながりをたくさん持っていますから、販売先には困りません。

なるほど。

中川

もうひとつの収益源は、スポンサー企業です。

当社は無農薬・有機肥料で苗木を育てています。農薬を使わない苗木を山に植えるときれいな地下水が蓄えられ、次の世代にオーガニックな水を残せる。この意義に賛同いただいた企業がスポンサーになってくれているんです。

さまざまな形で収益を得ているんですね。

中川

和歌山の南紀白浜エリアにワーケーションに来た方々へ木を植える研修プログラムを提供したり、今後は山が吸収する温室効果ガスのクレジットも販売予定です。

「木を切らないと大きな稼ぎにならない」というイメージが持たれがちな林業ですが、木を切らない立場でも収益は生み出せます。そのモデルを構築しているところです。

正社員が日当制、1日6時間勤務!? 斬新な働き方改革

次に、中川さんが実現してきた働き方改革の中で、代表的な取り組みを教えてください。

中川

まずは、給与が日当制であることですね。月給制だと毎月の所定労働時間が課されますが、本来、人によって働きたい日や時間は違うはずです。

それならば、働きたい日だけ働いて、日当を得られる仕組みにすればいいと考えました。

月給制でも有給休暇はとれますが、突然「明日、休みます」とは言いにくいですもんね……。

中川

それに、1日6時間勤務にしていることも特徴です。

考えてみれば、実働6時間でも、お昼休憩や通勤時間を含めたら8〜9時間は仕事に取られてしまう。

そこに睡眠時間を加えたら、1日の中で自由に使える時間がほとんどありません。そう考えると、6時間でも長いかもしれませんね。

時間は短いと思ってしまいましたが、確かにそうかもしれません。プライベートも含めた生活全体を考えて、最適な勤務時間にされているんですね。

ただ、従業員としては理想的な働き方だと思いつつも、会社側の視点で考えると、「今日済ませるべき作業が終わらない」なんてことがあるのでは……?

中川

どうってことはありません。苗木を今日植えられなかったら、明日働くスタッフが植えればいい。そういうシンプルな考えです。

なるほど……! 本当に長いスパンで仕事を見ているんですね。

林業の成長と持続性のために、あえて従業員の独立を促す

株式会社中川では、社員の独立支援もされていると聞きました。なぜ、この取り組みをされているのでしょうか?

中川

2つの理由があります。1つ目は、起業して雇用を生み出してくれれば、林業全体が明るくなるからです。

自社だけでなく、仲間と一緒に林業を盛り上げていく想いがあるんですね。

しかし、多くの企業にとっては社員の流出は避けたいはず。株式会社中川の規模を大きくすることはしないのですか?

中川

規模の拡大は考えていません。当社は、雇用人数をあえて30人までに抑えるようにしています。

これは小学校のクラスと同規模で、全員に目が届いて合意形成できる限界値が30人だと思っているからです。

なるほど。

中川

会社の規模を大きくせずに業界を引っ張っていくためには、まずは中川の中で同じ考えを持った人を増やし、どんどん独立して全国各地で活躍してもらうことが大切だと考えました。

まるでのれん分けのようですね。

中川

むしろ、「うちの従業員を引き抜いてもいいよ」と言っているくらいです。

そして、もう1つの理由は災害対策です。和歌山県では、南海トラフ地震が起きた際に大きな被害が出ることが予想されています。

もちろんその対策として従業員の避難場所を確保したり、安全状況を担保することは会社として考えていますが、全国に林業の起業家がいれば仕事の面で頼りになると思うんです。

というと……?

中川

災害が起こると、道が通行止めになるなどインフラが機能しなくなる恐れがありますよね。

そうなると、山に行かなければ仕事ができない我々は、インフラが復旧するまで働けません。もしかすると、年単位で時間がかかるかもしれない。

その間、手の空いた中川の従業員を全国各地の林業の会社に一時的にお貸しできる可能性があります。

なるほど……!

中川

現在は独立していった社員たちとの間にロイヤリティが発生したり、資本関係を結んでいたりするわけではありません。でも、将来的に手と手を取り合うことが可能になるのではないかと考えています。

逆に、他の地域に災害が生じた際も、同じ対応が取れそうですね。

中川

経営者として、さまざまなリスクへの対応をしておくべきだと思いますし、林業の持続可能性を保つためにも独立支援をしています。

木を切らない立場から、林業で地域を幸せに

こうした改革をしたことによって、経営上のメリットはありましたか?

中川

大きなメリットは、中小企業でありながら採用に困ったことがないことでしょうか。

求人を出さず、広報もしていないにもかかわらず、大企業出身者や移住希望者からの応募が多くて。

2023年度は49人からエントリーいただき、うち1人を採用しました。第一次産業の現場で働く求人が、約50倍という高倍率なのは極めて珍しいですよね。

求人も出さず、広報もしないで、50人の応募……。驚きです。

中川

自由に働くことに特化している点が目に留まったのだと思います。

もちろん、会社のブランディングとして、グッドデザイン賞や環境省の気候変動アクション環境大臣表彰などを受賞するための活動はしていました。林業に興味がない人にも注目してもらえるチャンスですから。それも大きかったのかもしれません。

今後は、どのような取り組みをしていきたいと考えていますか?

中川

まず自分自身が50歳を迎える10年後、この仕事を引退し、当社と同じビジネスモデルをつくるマインドをもった林業経営者を輩出したいと思っています。

日本全国に当社と同じ働き方ができる会社が数多くあれば、子どもが県外の学校に進学することになっても、家族全員で移住しやすくなるでしょう。

次世代の人材を育てて、家族みんなが幸せに暮らせる働き方をさらに追い求めるんですね。

中川

私も50代からの人生は、今は専業主婦でがんばってくれている妻がやりたいことに寄り添いたいな、と。妻が行きたい地域への移住もできたらいいと思っています。

そして、都市部ではない地域だからこそ、こうした世界観を実現できることを発信したいと考えています。

2024年5月取材

取材・執筆=御代貴子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=桒田萌/ノオト