コスプレイヤーから紆余曲折で博物館館長に? 路上博物館の森館長に聞く、「好き」より根源的な欲求から生まれたもの
場所を持たずに「路上博物館」と銘打ち、路上や店舗、イベントなど、さまざまな場所で3Dプリントされた骨を展示してレクチャーしている、不思議な男性がいます。彼の名は、森健人さん。彼の真の目的は、「博物館をさらにオープンな場にすること」です。
最近では、一般の人々がアクセスしづらい博物館の剥製や骨といった資料に触れる3D撮影プロジェクト「3D撮影旅団」を開始。博物館の資料に興味がある市井の人々とともに活動を行っています。
森さんは、大学で海洋生物を学び、大学院では解剖を研究。2019年まで国立科学博物館に勤務した経験も。その原点には、少年時代から大好きだった「コスプレ」がありました。
自分の「好き」を仕事につなげ、路上博物館を立ち上げた経緯について森さんにインタビュー。そこには、「好き」にとどまらない根源的な欲求も見えてきました。
森健人(もり・けんと)
1984年、東京都出身。2007年福井県立大学海洋生物資源学科を卒業、2015年に東京大学大学院理学系研究科を卒業。2015年から2019年3月まで国立科学博物館で勤務し、一般社団法人路上博物館 館長兼代表理事に就任。これまで、写真測量(フォトグラメトリー)による博物館自然史標本の3Dモデル作成実績は200点以上。
バクテリアにゲームのサポートセンター……大学院に至るまでの超・紆余曲折人生
普段は路上などで活動することの多い森館長ですが、今日はラボにお邪魔しています。たくさんのレプリカが置かれていて、独特の空間が広がっていますね……。
森館長は普段、3Dプリンターで作られた標本や骨のレプリカを販売したり、路上やイベントで披露したりされているそうですね。
ところで、どうしていつもこのような服装なのでしょうか?
森
元々僕はコスプレが好きで、ルーツを辿ると、ハロウィンやクリスマスの時期に家族で仮装していたことが始まりです。
高校生の頃は、母が衣装を作ってくれていたのですが、大学生になってからは自分で作るようになり、ホラー映画やゲームに出てくる怪人のコスプレをしていました。
マスクをつけると、作品のキャラに入り込める気がするんです。その感覚が好きでした。
森
実は、このコスプレの趣味が今の活動の発端になっているんですよ。
標本や骨とコスプレに、どんな関係性が……?
森
そもそもコスプレをしたりマスクを作ったりするには、実物を知る必要があります。
例えば、豚のマスクを作るとしたら、まずは構造を知ることが大切。それで、まずは解剖がしたいと思うようになったんですよ。
特殊メイクの世界に興味を持った時期もありました。でも、実物を見てみると「デフォルメや作り物ではなく、もっと実物の方が好きだ」という気持ちが湧いてきて……。
それで大学卒業後に、解剖や骨に触れられる仕事を探しました。
コスプレそのものが原動力になったのですね。
森
大学院に入学後は、ガッツリ解剖を学びました。でも、修士2年と博士4年を過ごしたら、燃え尽きてしまって……。
なぜでしょうか。
森
もともとコスプレがしたくて解剖の道に進んだわけで、別に「研究」そのものがしたいわけではなかった。モチベーションが整っていなかったんです。
なるほど……。
森
そうやって就職活動もせずにフラフラしている時、国立科学博物館(以下、科博)から「うちで働かないか」とこれまでのツテでお声がけいただき、働き始めました。
科博ではヨシモトコレクション(※)の研究をしながら、剥製の歴史を調べていました。
※ヨシモトコレクション:ハワイの実業家であるワトソンT.ヨシモト氏が科博に寄贈した剥製のコレクション
森
そんな時、ハリウッドでも活躍されている特殊メイクアーティストの片桐裕司さんのセミナーに行く機会がありました。
粘土でモノを造形したのですが、何より若い3Dクリエイターさんやアニメーターさんとの出会いが刺激的で。
いろいろ会話する中で、「馬のクリエイティブを作れと言われても、馬の足がどっちを向いているかわからないから難しい」というお話をされていて。
でも、その悩みって、解剖の知識があれば簡単に解決するんですよね。
普段からものづくりに取り組んでいる人でも、難しいものなのですね。
森
そうなんです。同時に、これは大学時代、豚のマスクをリアルに作りたいと思っていた自分のと同じ悩みだった。
解剖や動物の情報を必要としている人と、博物館ならではの知識をつなげることが、僕の役割ではないか。そう気づいたんです。
森館長が取り組んできたコスプレと解剖の知識がどちらも生かせる道ですね。
森
そうなんですよ。で、そこから3Dについて勉強を始めました。
唐突!
森
ちょうど、3Dプリンターを体験できる機会があって。試しにいくつかのクジラの頭骨を小さくプリントしてみたら、衝撃を受けたんです。
クジラって大きいので、本物の頭骨だと5mくらいあるんです。これまでは遠くから全体を見る、もしくは近づいて一部を見ることしかできなかった。
ところがプリントして小さくすると、2種類の頭骨をひとつずつ片手にもって同時に比べられる。形の違いが一目瞭然でした。
「手に取って見る」ことは、「眺める」よりも発見がある行為だったのですね。
森
その通りです。これはスゴいぞと思いましたね。
森
それに、3Dプリンターでできたものに簡単に触れられるのも魅力的だと思いました。
実物の場合、触り方がどうしても慎重になります。でも、レプリカなら壊れてもまたプリントすればいい。そして、「この動物をもっと知りたい」と思っている人のために、博物館の外にも出しやすい。
それで勤めていた科博での研究内容も、「剥製を3Dモデル化して世の中へ出す」というテーマへ変更しました。
好きなこと同士が、点から線へとつながる瞬間
徐々に、好きなものが繋がってきましたね。
森
はい。そこで、ついに3Dプリンターで作ったレプリカを路上で展示する「路上博物館」を始めようと思ったのです。
活動内容はその名の通り、公園や路上などでレプリカを展示し、興味のある人に向かってレクチャーをするものでした。
どうしてこのような活動を始めたのでしょうか?
森
博物館の裏側へ、もっと多くの人を連れて行きたいという思いからです。
通常ならば、博物館に展示されているものは気軽に触れませんよね。「もっと別の角度から知りたい」「どんな構造なのかじっくり観察したい」というニーズを完全に満たすのは難しいわけです。
そこで、レプリカを路上で展示する。すると、多くの人が剥製や動物にもっと関心を持ってくれるのではないかと考えたんです。
森
この活動は一人でやっていこうと決めていたのですが、さらに発展するきっかけになった出会いがありました。現在、一緒に路上博物館の理事をしている齋藤和輝さんです。
齋藤さんとは、路上博物館の最中にたまたま出会いました。その後、何度か会う中で「一緒に路上博物館を法人化しよう」という流れになりました。
世の中は忙しい人ばかりで、暇な人ってなかなかいないですよね。当時の齋藤さんは職を変えようとしていて、まさに暇になりそうなタイミングでした。奇跡ですね(笑)。
齋藤さんが加わったことで、活動に変化はありましたか。
森
僕は、気分のアップダウンが激しくて、あまり継続が得意ではなくて。そこをカバーできるのが齋藤さんなんです。
支え合っているのですね。どのように補い合っているのでしょうか?
森
それまでの路上博物館は、僕が表に立って、3Dプリントした骨を人に触ってもらうという活動しかしていませんでした。
その一方で、僕たちのクライアントである博物館では、資料のデジタルアーカイブ化や3Dデータ化がしたい、というニーズが高まっています。
そんな状況もあって、我々はもっと博物館の資料を誰もがアクセスできる世の中を作りたいと思っていて。
なるほど。
森
そこで「3D撮影をするという建前で、博物館の裏側に行けるようにしたい」と思っていたときに、齋藤さんがそのワークショップを実現するべく、助成金に応募してくれたんですよね。
それがきっかけで、「3Dスキャン技術を学び、本物の博物館標本の3Dスキャンを行い、作品づくりをする」ことが目的の「3D撮影旅団」というプロジェクトが始まりました。
森
これは一般人でも博物館の資料に触れながら3Dスキャンができるもの。普段は触れられない資料に触れたり、博物館の裏側に入り込んだりすることができるコミュニティです。
齋藤さんが縁の下の力持ちとして取り組んだからこそ、新たなチャレンジが生まれたんですね。
森
齋藤さんはフットワークが軽く、失敗を恐れないタイプなんです。一方で、僕は失敗が怖い。こういった面でも、やはり齋藤さんがいることで成り立っているのだと改めて感じました。
動き回ることで見つけた欲求
森さんの歩みを伺っていると、自分のやりたい活動をするためには、他者の手を借りることが大切なのだと実感します。いつも助けてくれる人が登場しますよね。
森
そうですね。たまたま手を差し伸べてもらって、たまたま科博に入って、たまたま齋藤さんに出会って……。
世の中には意欲をもって、自ら舵を取りながら進む人もいますよね。僕の場合、それとは違うんですよ。むしろ周りに流されている感覚の方が近いです。
大学生の時に抱いた「解剖して身体を見て、触りたい」という思いをいかに叶えるか。そこに今の活動が繋がっている気がします。解剖も3Dも好きで、それをしていると満たされるんですよね。
満たされる?
森
……支配欲でしょうか。
たとえば、動物園で檻越しに動物をみていても、近くまで来てくれませんよね。動物たちの動きを、こちらではコントロールできないわけです。
でも、解剖しているとき、その瞬間は生き物を支配できている感覚があるんですよね。そこに満足感があります。
3D作りも、モノを把握するというところでは似ています。解剖して現れた実際の骨は、家に持ち帰れないし、気が済むまで触ることはできません。でも、3Dプリンターで出力することで好きなだけ触れるし、不滅の存在にできます。
「好き」にとどまらない想いの強さを感じます。
森
これは根源的な欲求に近いと思います。僕はコントロールできないことや、否定されることが気に入らない。自分が決めたとおりにやりたい、という気持ちが強いのかも知れません。
もしかしてコスプレも?
森
コスプレも、自分にとって満たされることですね。マスクをかぶると、「そこに実在していながらも、自分ではない自分になれる」という安心感が得られます。
「好き」「嫌い」というより、欲求に従って仕事をしているといっていいかもしれません。
自分の欲求に流されることで、仕事をつくる
つまり、かなり本能に近いところに、活動の源泉があるのですね。
森
そうですね。もともと僕は、就職活動もしていなかったし、会社員にも向いていない性格だと思っていて。
だから僕自身は、ここまで流されて生きてきたという感覚があるんですよね。
流されているように見えて、実はかなり本能的にやりたいことを選んでいようにも見えます。
森
確かに……。大学院で解剖してみたり、3Dプリントを実際にやってみたりしたことで、これこそが自分に刺さるものだとわかったわけですからね。
こういった感覚は、実際に動き回って、触れて、匂いを嗅がなければわかりません。
そういえば中学時代、村上春樹の小説の主人公に憧れていたことがあって。
村上春樹作品の中で、骨が象徴的な小説がありましたね。
森
はい。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です。頭蓋骨から記憶を抽出する主人公に憧れがあって……。
実はその時から、骨には興味はあったと。
森
そうですね。僕はガツガツ稼ぐ感じではないんですが、漠然とあんな生活を送りたいと思っていました。
そして改めて気がつくと、今は世界の終わりで骨と戯れるような仕事をしてしまっているのだから、憧れとは恐ろしいものですね(笑)。
好きなことをして生きていくには、まずは自分の欲求を知ること。そして、それを形にしていく力が必要なのだと森さんをみていて感じました。
今日はありがとうございました!
2023年9月取材
取材・執筆:ミノシマタカコ
写真:篠原豪太
編集:桒田萌(ノオト)