共創は「5%の重なり」から始まる。日本郵政グループが始めた「ローカル共創イニシアティブ」が変えた仕事観(小林さやかさん・三好達也さん)

社会構造や価値観が変化し、1つの組織だけでは解決できないさまざまな課題が浮上しています。そういった課題に向き合う方法の一つが「共創」です。
しかし、実際には、「それぞれの思惑が異なり、協力体制が構築できない」「組織文化が違うため、なかなか進まない」などの悩みも。
そんな中、日本郵政グループでは社会課題解決に取り組む地方の自治体やベンチャー企業へ社員を2年間派遣する「ローカル共創イニシアティブ」という取り組みを実施し、地域を巻き込んだ変化を生み出しています。
大きな組織の中で、共創の座組みを立ち上げるまでの経緯や苦労、うまく共創を進めるコツについて、本取り組みを産んだJP未来戦略ラボ担当部長の小林さやかさん、実際に派遣された三好達也さんにお話を聞きました。
地域の活動や課題と日本郵政グループを組み合わせる仕組み
ローカル共創イニシアティブは、いつ、どのような目的で始まったのでしょうか?


三好
2022年4月からスタートして、2025年4月から4期目が派遣されます。これまで全国13地域、計16名の社員を派遣してきました。
日本郵政グループは郵便や金融、保険サービスを提供しています。さらに今後は、パートナー企業や自治体と一緒に、地域社会に貢献する役割を担っていくべきではないか。そんな考えのもと始まったのがローカル共創イニシアティブです。


三好
このプログラムへの参加を希望した日本郵政グループの社員を、地域のベンチャー企業や地方公共団体へ2年間派遣し、「こんなサービスを提供すればいいのでは?」と模索しながら共創事業を作っています。
その際に共通しているのは「社会のすき間を満たしていくために、何ができるのか」という理念です。
すき間?


三好
いま社会には、少子高齢化や地域間格差、地域産業の衰退などさまざまな課題があります。その「すき間」を共創で解決するべく、挑戦しています。
具体的には、農福連携の観点でホップ栽培とクラフトビール醸造を行っている企業に社員を派遣したり、地域の買い物支援サービスを提供したり、さまざまなジャンルに取り組んでいます。
小林さんがローカル共創イニシアティブを始めたそうですが、何かきっかけがあったのでしょうか?


小林
私は以前、社内副業という形で、地域に開かれた場所として郵便局のスペースを活用する取り組みを行っていました。
その時、「郵便局で働いている社員の地域貢献意欲がとても強い」と気づいたんです。地域のお祭りに参加したり、スポーツクラブの旗振り役をやったりしている人が多くて、この意欲こそが会社の強みなのではと感じました。
そこで、「地域で活動している新しい世代の方々と日本郵政グループを組み合わせたら、もっと地域の持続性に資する新しい事業を産み出すことができるのでは?」と考えるようになりました。


小林
もう1つのきっかけは、会社が好きでより良くしたいと考えて行動している身近な社員が相次いで退職したこと。
その原因は、会社の中で自分の意志を実現するためのプロセスが長すぎる点にあるのではないか、と考えました。
それなりの権限を持つ立場にたどり着くまでに時間かかる、ということでしょうか?


小林
おっしゃる通りです。日本郵政グループは社員が40万人もいる巨大な組織。
「新たなチャレンジをしたい」と思ってもなかなか実際に行動に移したり、実現したりすることができず、途中で自分の意思をなくしてしまう人もいます。
なるほど。


小林
もちろん退職自体が悪いわけではありません。でも、せっかくなら会社の中でも意思を持って打席にたくさん立つ経験をしてから考えてほしい。
そういうことができる環境を作るためには、物理的にも離れた地域のベンチャー企業へ越境し、たくさんバットを振ってきたらいいんじゃないか、と構想しました。
まったく新しい取り組みですよね。立ち上げ時は苦労もあったのでは?


小林
はい。
社員を地方に派遣することに対して「なぜわざわざそんなことするのか?」「本業がある中で本当に優先順位が高い施策なのか?」「新規事業をつくるのになぜローカルなのか?」という意見はたくさんいただきました。
いろいろな意見があったんですね。


小林
ただ、「地域のお客様のために何かしたい」という価値観は、日本郵政グループの経営理念にもマッチしているはず。
自分の説明の仕方がうまくなかったこともあり、時間はかかりましたが、最終的には経営陣に快く「まずはやってみて」と背中を押していただけました。
1社だけが頑張ってリターンを求めると、共創にならない
2022年のスタート後は、うまく進んでいったのでしょうか?


小林
最初は苦労や反省点がいっぱいありました。まずどういうプロジェクトなのか、社内でもなかなか認知されませんでしたので、社内協力者を得るのも一苦労でした。
また、一緒に組んでいただく企業(派遣先)とのコミュニケーションの密度が難しかったですね。
密度とは?


小林
社員に出向してもらう場合、まずは派遣先の業務を覚えるプロセスが必要です。ただ、それだけに集中していると、共創を作るという本来の目的が忘れがちになってしまいます。
もちろん、ローカル共創イニシアティブは、派遣先の企業から見たら、必死に事業を実施されている中でのいちパーツにすぎません。なので、たとえば、「社員の人材育成が目的でしたよね?」とのお話があったり……。
単に、派遣先の「中の人」になってしまう、と。


小林
そうです。
派遣の目的意識が薄れないように、コミュニケーションを取り続けていくのは難しかったですね。
そういう状況を乗り越えて、共創がうまくいった例はありますか?


小林
奈良市の旧月ヶ瀬村というエリアで、出向した社員が起案した買い物支援サービス「おたがいマーケット」が生まれました。
この地域は、スーパーが撤退し、買い物がしにくくなっていたエリア。そこで、イオンネットスーパーのプラットフォームをそのまま活用し、集会所に商品を運んで、お客様がそこに商品を取りに来ていただく仕組みを作りました。

郵便配達車の空きスペースに、お客さんが買い物した商品を載せて運ぶわけですね。


小林
はい。この取り組みは奈良市と一般社団法人Next Commons Lab、イオン、日本郵政グループの4者で進めました。ただ、それぞれ考えていることや仕事のやり方、使っているツールもバラバラ。
でも、目の前にある課題に対してどうアプローチしていくかということに焦点をあてて協議しました。


小林
派遣された社員が、それぞれが考えていることの中から重なる部分をどうにか見つけて、何度もコミュニケーションを取って進めてくれました。
いま、この取り組みは他のエリアにも展開しています。
何か新たなシステムを開発したんですか?


小林
いえ、既存のシステムをそのまま使っています。人口が少なくリターンが少ないエリアだからこそ、初期投資をするのではなく、それぞれの強みを活かして協力関係を築きました。
「おたがいマーケット」の取り組みは、地域からの期待が大きい分、とにかく低コストでやって事業の継続性を担保したかったんです。
また、一企業だけが大きく投資してリターンを求めてしまうと、撤退を判断するのもその会社になってしまう。そうすると持続的な地域サービスになりにくいと思っています。
なるほど。とはいえ、日本郵政グループは地域ビジネス、しかも新規事業の専門家ではないですよね。そのあたりは、どういう体制をとったのでしょうか?


小林
そこは一緒に取り組んでくれるベンチャー企業の皆さんが豊富な知識と情報を持っています。
また、いろんな地域の企業とやり取りしていると「A地域の○○さんが言っていることって、B地域の××さんの話と一緒だ!」などがわかり、地域ビジネスのノウハウが溜まってくることも実感しています。
別々の地域でも、共通する課題があるんですね。


小林
人口減少はどこも共通していますから。おおむね「いまあるインフラやサービスを、少ない資源でどう持続・発展させていくか」という課題に集約されます。
郵便局は全国津々浦々に存在し、様々な企業の皆様と取り組めるフラットな立ち位置なので、あまり特定の課題にフォーカスせず、いろんなことを少しずつ試しているところです。
派遣先の企業と社員、お互いが納得して決めるプロセスを重視
派遣する社員は、どのように選んでいるのでしょうか?


小林
基本的には、自分で手を挙げてもらっています。やはり本人の意思、意欲が一番大事なので。
選定の際は、「自分で物事を組み立てていけるか?」「覚悟を持って企画を進められるか?」「誰かのせいにしないか?」という視点で面談し、マッチングしていきます。
また、実際に派遣する企業に出向き、お互いが納得するというプロセスを重視しています。

派遣先の企業はどのようにピックアップしているのでしょうか?


小林
社会課題を解決する起業家を育てる事業をしているNPO法人ETIC.のご協力のもと、日本郵政グループとの共創に興味をお持ちの企業を探していきました。
そこから「こういう形なら共創できそう」と議論を経て、お互い合意をした上で派遣候補先を決めます。その後、手を挙げた社員の希望を聞いてマッチングするというプロセスです。
最近は、地域の郵便局から「この地域なら良い企業を知っているよ」と情報をもらうことも増えてきて、郵便局紹介企業へのマッチング実績も積めてきています。
それは嬉しいですね!

「会社から言われたことをやる」から「どうすれば社会や会社に対して貢献できるか」という意識に変わった
実際に派遣された三好さんは、どんな経験をされたのでしょうか?


三好
私は1期目に手を挙げて、宮城県石巻市で空き家の再活用に取り組んでいる「株式会社巻組」に出向しました。


三好
空き家の所有者からは「無償でもいいから手放したい」「何とかしてもらえないか」といった声をよく聞きました。ただ無償といっても改修費用がかかりますし、「運用してお金になるのか?」という課題もあります。
「収益化できそうか?」「どういうお客さんをターゲットにするか?」といった検討をするなど、空き家の活用事業にイチから携わりました。
具体的には、どんな活用事例があるのですか?


三好
部屋数が多い戸建て住宅の場合、シェアハウス兼ゲストハウスにしていろんな方に利用してもらいました。そうすれば1人だけに貸すよりも収益が得られます。
短期や中長期滞在の宿泊客も利用できるようにしたり、コワーキングスペースとして使えるようにしたり。あの手この手を使って収益を追求しました。

なるほど。そもそも三好さんは、なぜローカル共創イニシアティブに参加しようと思ったんですか?


三好
手を挙げた当時は人事の仕事をしていたのですが、「自分の力で成し遂げたと語れる話って、あんまりないな」と思っていたんです。それで、「もっと自分ができることを模索していきたい」という想いがありました。
あとは、選考の過程で派遣先の企業から説明を受けたときに熱量を感じて、面白そうだなと思ったのも大きいですね。
2年間の派遣後、ご自身の中で何か変化はありましたか?


三好
以前は、「所属する部署において何が求められて、何が必要なのか?」という与えられた役割の中で仕事を捉えることが中心になっていました。
でも、ローカル共創イニシアティブに身を置いてみると、起業した人や副業をしている人、何かプロダクトを作って売っている人など、多様な働き方に出会って……。
1つの会社、1つの部署だけではなく、もっといろんな働き方、仕事への向かい方ができるんだなと強く感じました。

仕事へ向き合う価値観が変わったわけですね。


小林
派遣先から戻ってきた社員からは「会社に対する見方が変わった」「仕事観が変わった」という声をよく聞きます。
「会社から言われたことをやる」という視点から、「自分が主体になって、どうすれば社会や会社に対して貢献できるか」という意識にガラッと変わることを実感しています。
視点を変えるという意味でも、ローカル共創イニシアティブの効果はあるのかな、と思っています。
「5%の重なり」を見つけて、恐れずに対話する
改めて、ローカル共創イニシアティブは、日本郵政グループにとってどういう意義があるのでしょうか?


小林
大きく3つあります。1つめは地域発の新規事業の創出です。郵便局は全国に2万4000局あるので、人口減少のトレンドを前提とした中で、地域に根ざした新しい郵便局の役割が必ずあるし、これまで地域との関係を紡いできた郵便局ならできると思っています。
2つめは事業創出プロセスを通じた人材育成です。起業家の近くで働くことで得るスキルはもちろん、三好さんのように働き方に対するマインドや視点が変化する効果も確実にあります。
3つめは地域で新しいチャレンジをしている企業への貢献です。いい事業をしていても名前が通っていないことで苦労されている企業でも、日本郵政グループと組むことで事業成長に貢献できると思っています。

三好
日本郵政グループが担ってきた郵便や貯金、保険事業と比べると、ローカル共創イニシアティブは会社全体の方針に位置づけられるほどの主要事業ではありません。
でも私は、地域発のビジネスに可能性を感じていて。地域ごとの小さなサービスやマーケットを展開する場合、一般企業では難しいかもしれないけど、地域に支えられてきた郵便局なら参加する理由があります。
地域のニーズを満たすサービスの提供は、日本郵政グループの存在意義にもつながっていくのではないか、と思っています。
いま感じている課題や、目指していることはありますか?


小林
「実は地域の中にもマーケットってあるんじゃないか? 探しに行ってないだけじゃないか?」と思っていて。
その探索能力と、まとめてビジネス化するところをいかに早く、スモールにやれるか。そこが今後目指していくべきポイントだと考えています。
よく「スイミー」にたとえますが、見えないくらい小さい魚たちも、集まったら大きな魚になる。群として戦略を立て、新たな地域ビジネスにチャレンジしたいですね。


三好
営利組織であることと、持続可能性の観点で考えると、ビジネス化することが重要だと考えています。
そこが難しいところでもあるので、もっと事例を積み重ねていかなければなりません。
今いろんな企業で共創が求められていますが、苦労している人も多いかと思います。
共創を進めていくためのアドバイスがあれば教えてください。


小林
まず「5%の重なり」を見つけてください。
「何となく社風が合わない」「使っている言語が違う」などの齟齬は必ず起こりますが、そのレベルで合わせていくのはとても時間がかかりますし、それぞれの目的だけを追求していくとバラバラになってしまいます。
最初の重なりは5%でいいので、そこから具体化してプロトタイプを作っていくことが重要です。
逆に言うと、「共通点がなさそうだから無理だ」と諦めてしまうことが多いのでしょうか?


小林
そうですね。最初から6~7割の重なりを見つけていこうとすると、「やっぱり違うな」と諦めてしまいがちです。
少しの重なりを見つけて、恐れずに対話をしていけば、うまくいくのではないでしょうか。


【編集後記】
社員を2年間地域に派遣するという本気度の高い取り組み。この思い切った制度設計を実現した日本郵政の姿勢に、心からリスペクトを感じました。1期生として地域での挑戦を経験し、現在は運営側として「共創」を自身の言葉で語る三好さんの姿も非常に印象的でした。
自分のやりたい気持ちを起点に、会社のリソースを活用しながら、自分のストーリーを会社のストーリーに重ねていく――。取材を通じて、「個人の意思」と「組織の力」を掛け合わせ、より大きな価値を生み出すことこそ、大企業が実現できる「共創」の本質ではないかと考えさせられました。(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / Sea コミュニティマネージャー 宮野 玖瑠実)
2025年2月取材
取材・執筆:村中貴士
撮影:小野奈那子
編集:鬼頭佳代(ノオト)