生き物好きの可能性を広げる。ネイチャーポジティブなビジネスの未来(イノカ・松浦京佑さん)

ネイチャーポジティブは、日本語でいうと「自然再興」。自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止めて反転させることを意味しています。
株式会社イノカでは、独自開発した「環境移送技術®」によって、水槽内に自然環境を再現。この技術を活用し、ネイチャーポジティブな新規事業を生み出しているそうです。他にも、子どもたちに本物のサンゴに触れてもらう体験型イベントなど、教育事業にも力を入れています。
自社の製品と自然を結びつけることで生まれる「ネイチャーポジティブ・ビジネス」とは、どういうものなのでしょうか。ビジネス化でよくある課題や具体的な実現方法について、株式会社イノカ 取締役・教育事業部長の松浦京佑さんにお聞きしました。

松浦京佑(まつうら・きょうすけ)
2002年生まれ。神奈川県出身。TCA東京ECO動物海洋専門学校 水族館・アクアリウム専攻卒業。学生時代より「サンゴ礁ラボ®」運営インターンとしてイノカに関わり、2022年10月、最年少の20歳で入社。イノカの掲げる“環境エデュテインメント“の拡大に貢献し、2023年5月より教育・イベント事業部長に就任。その後2024年5月より取締役に就任。「世界中の人々の笑顔を10%増やす」を目標に、笑顔で奮闘中。
沖縄の海を切り取って、水槽の中で再現する「環境移送技術®」
イノカは、海をはじめとした水域の自然環境を陸地に再現する“環境移送ベンチャー”と伺いました。まず中心とされている、「環境移送技術®」について具体的に教えてください。


松浦
環境移送技術®は、水温や水質、日光の量などさまざまなパラメーターを組み合わせて、自然の海の環境を水槽の中で再現する技術です。
水槽の下にさまざまな機材が入っており、人工的に任意の海の環境を再現しています。

たとえば、沖縄と日本海側の海では状態が全く違うわけですよね。


松浦
おっしゃる通りで、サンゴ礁が入っている水槽は温かくする必要があり、数値をコントロールしています。
要望があれば、沖縄の生物のみで生態系を構築することもできます。
沖縄の海を切り取って、陸地に持ってくることができるわけですね。そもそも、なぜこういう技術が必要なのでしょうか?


松浦
一例として、浅い海域に海草や海藻が茂っている「藻場(もば)」の減少があります。藻場には産卵や魚の稚魚の生育場、海水の浄化など大きな役割があるため、守らなければなりません。ただ、藻場の減少にはさまざま原因があるため、きちんと調査をする必要があります。
海が今どのような状況なのか、どんなアプローチができるかを、環境移送技術®を用いて水槽で再現し、研究する中でデータやエビデンスを取得しているところです。
ネイチャーポジティブの実現に向けて、環境移送技術®が大きな役割を果たすと考えています。
ネイチャーポジティブが企業にメリットをもたらす理由
ネイチャーポジティブという言葉、最近耳にする機会が増えてきましたが、ビジネスとどう結びつくのか、イメージがわきにくいです。


松浦
そうですよね。
ネイチャーポジティブが重要視される中で、私たちは人が栄えるために自然から搾取するのではなく、逆に自然が栄えるために人間が我慢するのでもない、新しい選択肢を作りたいんです。
そのため、イノカでは、人間が与えてしまっている悪影響を減らすことと、今まで使ってこなかった素材で海を救うという2軸で研究を進めています。
すでに企業と研究を進めているそうですね。
具体例があれば、教えてください。


松浦
資生堂さんとは、サンゴに優しい日焼け止めを開発し、海への悪影響を減らす取り組みを進めています。
日焼け止めが海に流れた時にどれくらいリスクがあるのか、どの物質がどのようにサンゴに影響を与えるのか、水槽を使って検証しています。


松浦
もう1つ、JFEスチールさんと取り組んでいるのが、鉄を製造する際にできる副産物「スラグ」を活用する取り組みです。
スラグをどのように活用するのですか?


松浦
スラグをサンゴが育つための土台にする研究をしています。
いま世界的にサンゴが減少していますが、うまく活用すればサンゴ礁の再生を助ける材料になるかもしれません。
スラグ以外にも、海にとっていい物質がいろいろあるのでしょうか?


松浦
そうですね。
普段使っている身近なものや、これまで使われてこなかったものの中にも、生態系にとってポジティブな影響を与えるものはかなりあると思います。
今まで捨てざるを得なかったものも、海に生かせる可能性がある、と。


松浦
はい。ただ、実際に効果があるかどうか分からないものを海に入れるのはリスクが高いし、許可を取るにも手間や時間がかかりますよね。
だから、まずは環境移送技術®でつくった水槽の中で検証しているんです。
もし新たな企業から相談があった場合、どのように進めていくのですか?


松浦
一般的な企業は、自社で使っている素材がサンゴにとって良い物質かどうか、分からないですよね。
なので、まずは「こんな素材が余っている」「処理に困っている」といった話をお聞きし、その成分や性質を分析して「もしかしたら、この生き物を救う材料になるかもしれないですね」などとご提案しています。
その研究は、企業にとってどういうメリットがあるのでしょうか?


松浦
JFEスチールさんの場合、スラグはもともと廃棄物なので、海に活用できればコストカットにつながります。


松浦
資生堂さんにとっては、「サンゴに優しい日焼け止め」というのがブランディング戦略の1つになりますよね。
2021年、ハワイでは「サンスクリーン法」という日焼け止めに関する新たな法律が施行されました。これはサンゴ礁保護を目的としており、指定禁止成分を含む日焼け止めの流通・販売を禁止する法律です。
世界的に自然環境への意識が高まっている中で、ネイチャーポジティブを考慮することは企業にとってもメリットがあるはずです。
ネイチャーポジティブが重要であることは分かるものの、「自社のビジネスとどう掛け合わせればいいのか?」はわからない人が多いかもしれません。


松浦
確かに、自社だけではなかなか思いつかないですよね。なので、多様なステークホルダーとディスカッションしながら考えることが大切なのではないでしょうか。
イノカでは、「イグナイトプログラム」という講演、企業研修プログラムを提供しています。「こんな事例がありますよ」「この生き物には○○が必要なんです」といった話を共有し、自社の新規事業としてどのように取り組めるかをワークショップで考えてもらっています。
ネイチャーポジティブをビジネス化する際によく挙げられる課題はなんですか?


松浦
いちばん大きいのは、費用対効果の問題です。
特に、短期的なメリットを求めるのは難しい部分がありますから。担当者さんと盛り上がっても、「それっていつ実現するの?」という質問に明確な回答が出せず、社内で話が止まってしまうケースが多いですね。
逆に言うと、長期的に考えないとダメだ、と。


松浦
はい、おっしゃる通りです。この領域は1~2年で結果が出るものではありませんし、いきなり売上や株価が大きく上がるということもありません。
10年後、ネイチャーポジティブが当たり前になるであろう世界の中で、自社製品・サービスのブランディングがどれくらい向上するのか。そんな長期的な視点を持っていただきたいと思っています。
そうすると、壮大な話になりますね。


松浦
だからこそ、まずは社員の方々の理解を深めることが大切です。
今も企業研修としてワークショップをしたり、「医療×アクアリウム」「渋谷にアマゾンを作るとしたら?」といったテーマでトークイベントを開催したりしています。
子どもたちに本物の生きたサンゴを触ってもらう「出張サンゴ礁ラボ®」
研究だけでなく、小中高生などを対象にした教育領域にも力を入れているそうですね。


松浦
はい。ネイチャーポジティブは、自然環境への理解や大切に思う気持ちがないと進みませんから。まずは自然を好きになってもらい、面白がってもらうという意味で、教育も大切にしています。
具体的には、イノカの「AQUABASE」に子どもたちを呼んだり、「サンゴ礁ラボ®」として全国の商業施設や企業と一緒にイベントを開催したりしています。

社外のイベントには、水槽を持っていくのですか?


松浦
移動式の小型水槽を現場へ持っていきます。本物の生きたサンゴを触ってもらったり、においを嗅いでもらったり。
「なぜサンゴがなくなるとダメなのか?」の前段階として、「サンゴってどういう生き物?」「なんか面白いな」と感じてもらうことに重きを置いています。

子どもたちの反応はどうですか?


松浦
今の子どもたちは、自然に触れる機会が減っていますよね。特に都心部では、海水を触ったことがある子が1割もいないくらいです。
だからこそ、すごく興味を持ってくれる子が多いですね。サンゴに対する反応も大きいですし、環境意識もある程度高くて、「SDGsの〇番は××」と暗記している子もいます。
すごいですね。


松浦
でも、環境問題を暗記科目のように勉強するだけではもったいないなと思っていて。
たとえば、「サンゴを守ろう」といっても、サンゴを見たことも触ったこともない子だと興味がわかないですよね。
実物のサンゴを見せながら「サンゴって、世界中に800種類あるんだよ」「こんな面白い生き物がいなくなっちゃうんだ」と説明する。自然や生き物をもっと身近に感じてもらうことが大切だと思います。
なるほど。
でも、環境問題に対する教育って、すでに義務教育でもなされていますよね。それでは足りないのでしょうか?


松浦
私たちが行っているのは、「今○○が減っているから、守らなきゃいけない」の一歩手前。「生き物って、めちゃくちゃ面白い」を伝え、好きになってもらうことに重きを置いています。
イノカは、生き物好きが集まっている会社です。自然環境の事業に取り組んでいるのも、「自分たちが好きな自然や生き物が失われるのが嫌だから」「見続けたいから」です。だから、まずは自然や生き物を好きになってもらうことを意識しています。


松浦
今の小学生や中学生たちが働きはじめるのは、10~20年後です。でも、その頃には「自然や生き物を大切に思う気持ちが当たり前」という世界が実現できているかもしれません。
そのとき、「自分たちがやっている仕事と、自然にとっていいことをどう結び付けるか」をイノカと一緒に考えられたら嬉しいですね。
「生き物好き」が活躍できる社会をつくることで、ネイチャーポジティブにつながる
今後、実現したいと思っている夢や目標はありますか?


松浦
僕自身は、「もっと生き物好きが活躍できる社会」をつくりたいと思っています。
僕は生き物が大好きで、水族館の飼育員を育成する専門学校を卒業しました。ただ、海の生き物好きの就職先というと、水族館やアクアショップくらいしかなくて。


松浦
でも、イノカは生き物好きが集まって、今は企業との共同研究など新しい価値を生み出している会社です。
そういう流れをもっと増やしていけば、生き物好きが活躍できるようになるのかな、と。
きっと多くの企業の中に、生き物好きがいますよね。そういう人こそ、ネイチャーポジティブの文脈でも活躍してほしいです。


松浦
そうなんです。実はイノカでは「INNOVATE AQUARIUM AWARD」という、水生生物の飼育者(アクアリスト)を対象としたコンテストを開催しています。
家でサメを13匹飼っている人、通常は寿命が1~2年のエビを12年間飼っている人など、生き物への並々ならぬ愛情と飼育への熱意を持つ方が、企業の中にもたくさんいるんです。


松浦
ただ、本業は全く異なる領域の人が多くて……。
普段の仕事と「生き物好き」が切り離されているから、もったいない、と。


松浦
「生き物に対する熱意が生かせる場所」を彼らに提供すれば、もっと面白いことが起こるのではないでしょうか。
いろんな業界にいる生き物好きと連携しながら、ネイチャーポジティブの領域でご一緒できれば、より本質的な議論につながっていくのではないかと思います。

素敵ですね。最後に、1つお伺いします。もしネイチャーポジティブ・ビジネスに取り組もうとしている企業の担当者や、興味を持っている人がいたら、何から始めればいいでしょうか?


松浦
最近では環境系のベンチャー企業が近年増えてきています。まずは、そういった人たちと話してみることで、自社の製品や技術を再定義できる可能性もあります。
また、いろんな業種の人、あえて別業界の人々と積極的に話してみることで、思わぬ発見があるかもしれません。
その時、どういう視点で話し相手を探すといいのでしょうか?


松浦
ただ自社の製品を使ってくれる企業を探すのではなく、同じ目線で「一緒に社会課題や環境問題を解決していこう」と考えられる企業を探すことが大切だと思います。
もし海や生き物の領域に少しでも興味があれば、ぜひイノカにお声がけください。お待ちしています!

2025年4月取材
取材・執筆:村中貴士
撮影:栃久保誠
編集:鬼頭佳代(ノオト)