ハイブリッドワークで注目高まるレジマーシャルデザインとは―アメリカオフィス事例5選
residence + commercial = resimercial
レジマーシャルデザインとは、冷たい印象の強かった従来のオフィス空間に温かみを持たせ、よりリラックスできる雰囲気を作り出すデザインとして近年注目されているデザインの一つだ。オフィスにいながら居住スペースのように感じられるデザインは、メンタルヘルスを含めワーカーのウェルビーイング向上の手段としても採用されている。
レジマーシャル(英語で “resimercial “)という単語はあまり聞き馴染みのない英単語であるが、”residence “と “commercial “を組み合わせた造語(白書参照) だ。つまり、言葉通り住宅のインテリアと商業デザインを融合させたものを指し、レジマーシャルという単語は、家具やレイアウト、また内装建築まで空間の構成要素全てに対して使われる。
2017年のNeoConがきっかけだった
その数年前からコンセプトとして存在していたものの、Googleトレンドを見ると「Resimercial」という言葉が実際に多く使われ始めたのは2017年から2018年にかけてだ。1969年に米国シカゴで始まり毎年開催されている世界最大級のオフィス家具見本市「NeoCon(ネオコン)」において、2017年にその言葉が取り扱われて以来、オフィス空間・インテリアデザイン業界を中心に知名度を高めてきた。そして、新型コロナの影響で在宅勤務がワーカーたちのひとつの選択肢となってからは、オフィス復帰後にもリラックスできる居心地の良さへのニーズが高まり、ますます人気を博すようになった。
レジマーシャルデザインの特徴は、家庭的な文化の延長線上にある。特に家具や間取りに規定がある訳ではないものの、家庭的な雰囲気を効果的にもたらす点と、そこから醸し出されるホスピタリティが、その空間で働く人々のウェルビーイング向上を促すという点にある。ここからはデザインが米国のオフィスでどのように取り入れられているのか、5つの事例から分析していく。
Objective Subject (NY)
こちらは、ニューヨークの19世紀の建物を現代風のオフィスにリノベーションしたもの。オフィスというより、「自宅のように寛ぐことができる空間」をコンセプトにつくったものだ。キッチンをはじめ、昼寝専用の部屋なども付いており、デザインだけでなく機能面でもホーム感が満載だ。
備え付けのキッチンにはカウンターと椅子が並べてあり、ワーカーたちのランチやインフォーマルなディナーイベントなどに使われている。ワーカー同士が気軽に交流できるように工夫されており、これはレジマーシャルデザインにおいて特に重要なファクターと見受けられる。動物園から着想を得た過去の研究からもわかるように、人間にとって人に会うことや会話に多く参加することはメンタルヘルスに関係してくる。またワーカー同士の会話は自由な意見交換やコラボレーションを生み、結果としてクリエイティビティの向上にも繋がる。
こちらのオフィスのもう1つのポイントは大きな天窓だろう。燦々と差し込む太陽の光によって沈んだ色調で統一された部屋であっても、極端に暗い印象にならず開放感をもたらしている。自然・人工にかかわらず「光」はウェルビーイングにおいて重要な要素だろう。あるインドの研究によると、適切な照明の不足が慢性的に続くと体内時計が乱れ体調不良の原因となってしまうそうだ。大きな天窓で光を十分に取り入れることは、理想的なレジマーシャルデザインのひとつの具現化であろう。
Airbnb Headquarters (San Francisco)
2017年に新設された Airbnb本社。新たな試みや遊び心がふんだんに詰め込まれており、今までにないオフィスの在り方を実現させた。
各フロアにはアパートのようにコンパクトなミーティングルームが所狭しと並べられている。これはAirbnbのオフィスならではであり、非常に個性的な発想だ。ひとつひとつが世界中に散らばるAirbnbに登録された家のインテリアからインスパイアされ再現したもので、オフィスにいながら世界中を旅行しているような気分になれる。パンデミックでリモートワークの需要が高まった今も、様々なロケーションから働くというノマド的な働き方が反映されているというのではないだろうか。
特に注意したのが自然光の入り具合と思われる。以前のオフィスのレイアウトから自然光を遮断する要素を全て取り除いたとのこと。一枚目の写真からも分かるように、どの階にいても吹き抜けから心地の良い光が入ってくる。前述の通り、ワーカーのウェルビーイングに大きく影響するため十分な光環境はデザインしている。単にコンセプトとして商業デザインに住宅の要素を取り入れるだけでなく、ワーカーに寄り添ったオフィスづくりの工夫が見られる。そうした努力こそ本来の目的としたレジマーシャルデザインの根幹とも言えるのではないだろうか。
Squarespace (Portland)
世界中に3つあるSquarespaceのオフィスのうちの一つ。ゆとりと実用性の両立をテーマにし、2016年に新たに作られたポートランド支社。ロゴが白黒であることから、ツートーンカラーを基調にデザインされている。
ビル内に複数存在するオープンスペースは大きな窓面に配置されており、、ど美しいダウンタウンの景色を味わうことができる。これらのスペースの家具は全て住宅用の家具が積極的に使用されている。それぞれ異なるコンセプトとなっており、エレガントなホテルラウンジのようなスペースや、おしゃれなカフェのようなスペースもある。
他にもユニークな機能の部屋やフロアがある。先ず紹介したいのがゲームルーム。まるで映画館のような見た目の部屋は、全体が黒で統一されており、大きなテレビ画面の前に寝転がれるくらいの大きさのソファが置いてある。そこでは仕事のことは忘れて、ワーカー同士が語り合うなど関係性を深めることが目的だ。
さらに、スライドショーの2枚目にあるような「禅」ルームと呼ばれる場所もある。ここでは集中力を高めるためにあえて薄暗くし、かつ遮音性抜群の部屋だ。仕切りがあるからプライバシーも比較的守られている。他にも、ダイニングルームやオープンキッチン、リビングまであり、家庭的な機能を揃えることでレジマーシャルデザインを満たしているといえる。
RLPS Architects (Lancaster)
2012年に新設されたこちらのオフィスは、地元ペンシルベニア州でかつて多くあった農耕地帯の建物からインスパイアされている。歴史的建築物を彷彿とさせるデザインを現代的に解釈し直したもので、室内にはレトロな雰囲気が漂いつつ、建物自体は建築事務所らしく最新の技術を駆使して作られている。
社員同士の交流や 自発的なコラボレーションを促進するために、「壁のない」オープンオフィスが意識され、作られている。また、吹き抜けとなっている暖炉のエリアや、図書館、ビストロスペースなど娯楽を目的とした機能も多く、インフォーマルな集いの場として機能し、あらゆる部門の社員間の交流を促している。気軽で自由なインフォーマルコミュニケーションはワーカーのメンタルヘルスにポジティブな影響を及ぼすとともに、クリエイティビティ、モチベーションの向上にも繋がるだろう。
特徴的な中庭は、地域の農耕地帯を象徴しており、自然との繋がりも意識されている。全体としてレジマーシャルデザインを取り入れ作られたオフィスであるとともに、デザインの節々に自然的な要素を屋内に取り入れるバイオリフィックデザインの要素も感じられる。各所に設けられた可動式の窓や、中央の中庭につながるスクリーンドアにより、十分な換気や屋外への行き来も可能になっている。
Avenue 8 Headquarters (NY)
同社はコロナ禍の2021年5月にこのスペースをリース契約し、パンデミックに大きく影響されたデザインとなった。パンデミックを経てハイブリッドワークの時代へと変化する中で、新しいオフィス空間としてつくられた。
ワーカー同士の親密性を重要視し、ブースなどの閉ざされたスペースはつくられていない。また従来のトラディショナルなワークスタイルを象徴する個人のデスクは一切設置されておらず、代わりあるのは巨大な木のテーブルとソファーだ。ビンテージの家具を使用することで落ち着いた雰囲気を演出している。
不動産会社であるAvenue8では、エージェントたちが一日中オフィスに留まることは稀である。オフィス全体のデザインを通して意識しているのは、一日中居なければいけないというプレッシャーを感じさせない、「クラブハウススタイル」だという 。9時から5時までの業務というよりも、クライアントとのカジュアルな打ち合わせなどに立ち寄れるような雰囲気にフォーカスを当てている。
レジマーシャルデザインに欠かせない特徴とは?
ここまで5つのレジマーシャルデザインの例を紹介したが、どれも個性豊かで魅力的なオフィスだ。レジマーシャルデザインとは元来、家にいるような空間をつくることで、ワーカーのウェルビーイングの向上を図ることを大きな目的としている。これらに欠かせない特徴を3つ考察してみた。
1つは、コミュニケーションの促進だ。どの事例でもキッチンスペースや共有のワークステーションやテーブルなど、フォーマル、インフォーマルなワーカー同士のコラボレーションが活発になるような工夫がされている。ダイニングやリビングのようなスペースは住宅では家族同士の団欒を目的に使われる。
先述のように人との会話は内容に関わらずポジティブであればメンタルヘルスに好影響であるし、クリエイティビティや仕事のやる気にも繋がる。気軽に顔を合わせて会話ができる環境をワークスペースに組み込むことは、ワーカーの生産性にも良い影響を与えることになるだろう。
2つ目として挙げられるのは、ワーカーのオフィス内の機動性を高めることだ。今回取り上げた事例において、固定されたデスクがあるオフィスは少ない。代わりにどれも、オープンスペースに誰でも自由に使える家具が配置されている。Avenue 8のオフィスが良い例だ。自由に席を選んで動き回れるオフィスでは、固定席に居続けるよりワーカーの機動性を高め、そしてそれは1つ目のコミュニケーションの促進をもたらす効果にもつながる。
3つ目は、何よりリラックスできる空間であること。積極的な交流や業務上でのコラボレーションを望むには、まずオフィス内でストレスなく快適に過ごせる環境をつくるることが先決だ。パンデミックを経験した社員は自宅やサードプレイスで仕事をすることに慣れ、オフィス環境にも同じようなリラックスできることを求めている。
そのために家にいるように感じられる住宅風の家具はもちろん、快適に過ごすための工夫として自然の要素を取り込むなどもある。例えば4例目、RLPS Architectsでは、室内には木材がふんだんに使用され、窓から外をのぞけば豊かな自然が見えている。自然環境を身近に感じることは実はメンタルヘルス向上にも非常に効果的であり、同様にリラックス効果もあるため望ましいことだ。
アフターコロナのニーズを汲んだオフィスをつくろう
米国におけるレジマーシャルデザインのトレンドについて、実例を用いてどのように生かされているかを取り上げた。リモートワークがかつてないほど普及し、多くの人たちが家で仕事をする経験をすることで、その実用性と気楽さに価値を見いだすようになった。その結果、米国において緩やかにポストコロナに移行していく現在において、自宅のような快適さと寛ぎを求めるニーズが、今まで以上にオフィスデザインに反映されているのではないだろうか。
レジマーシャルデザインの本質とは、人と人とのつながりをより豊かにすることにあると思う。インターネットで地球のどこにいても容易にコミュニケーションが取れるようになった今の時代に、あえて同じ空間で顔を合わせて仕事をする意味を再確認するためのデザインなのではないだろうか。そして、それこそが仕事への生産性向上に寄与するものにもなるだろう。2017年から徐々に広がり、2022年再び注目を浴び始めているレジマーシャルデザインは、これからのオフィスづくりにおいてますます探求され、広まるデザインとなることを期待する。
更新:2022年8月16日
テキスト:松尾舞姫
編集:猪瀬ダーシャ(株式会社オカムラ)