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保育の現場は困りごとが山盛りーホイクタス石井大輔さんが考える解決のプラットフォームのあり方とは?

臨時休園が発生して社会が混乱したことからもわかるように、小さな子どもを育てている方々は、保育園があるからこそ働くことができ、ひいては社会が動いていきます。

コロナ禍になり、子どもの面倒を見てもらえる場所が社会にとってエッセンシャルだと気付かされた人も多いかもしれません。

そんな保育業界に「課題は多い」と話すのが、20年以上にわたって保育園の経営に携わってきた株式会社dottの石井大輔さん。自身が感じていた課題を解決するウェブサービス「ホイクタス」を立ち上げ、運営しています。

場づくりやチームワークについての研究を重ねているオカムラの池田晃一が、石井さんと語り合いました。

石井大輔(いしい・だいすけ)
株式会社dott ホイクタスチームリーダー。約20年間にわたって、複数の保育園経営に携わる。未経験だったIT業界に51歳で飛び込み、保育ノウハウ共有プラットフォーム「ホイクタス」を立ち上げて運営している。

池田晃一(いけだ・こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー。博士(工学)。場所論を専門とし、2012年からテレワークを含む柔軟な働き方の研究を担当する。日本さかな検定準一級を持ち、「地元の子どもたちにおいしい魚を食べてほしい」という思いから、自宅を拠点に「干物屋」も運営。

保育現場は課題が山盛り

池田:石井さんとは以前から友人ですが、久しぶりに会えましたね。

石井:コロナ禍になって池田さんに会っていなかった数年で、私の人生は激変したんですよ。20年保育業界の現場で経営や園長職をやっていましたが、IT業界に転職して……。

池田:しかも、移られた会社はバリバリのシステム開発会社ですよね。50代で業界経験のない人を、いきなりスカウトする会社もすごい。さらに、そこで「ホイクタス」を立ち上げられたと聞いて、お話を伺ってみたいなと思いました。これはどんなウェブサービスですか?

石井「ホイクタス」は保育者の困りごとやノウハウを共有し合って、保育の質を高めていくことができるプラットフォームです。

保育士の悩みや経験の共有サイト 「ホイクタス」

石井保育現場は、困りごとが山盛りなんです。例えば、お散歩に行くとき。園によっては子どもたちに帽子をかぶせたり、目立つ色のビブスを着せたりします。

でも、子どもたちは「かぶりたくない」「着たくない」、さらに「行きたくない」と……。出発すると、道路では「あ、石ころだ!」「お花があった!」と始まって。保育士さんは本当に大変です。

池田:大変だ……。

石井:でも、そうした保育現場の困りごとや対応方法が、保育業界内ではうまく共有されていません。「ホイクタス」にはそんな悩みや対応を投稿でき、実際にやってみた人が「うまくいった」「うまくいかなかった」というレポートを共有、可視化できるようになっています。いままでに、「やってみたレポート」は1000件ほど集まっているんですよ。

池田:保育業界の経験と、IT企業のサービスが組み合わさっているんですね。

石井:保育園を辞めて入社した会社では以前から認知症ちえのわnetという、「ホイクタス」に近いサービスをサポートしており、もともとそうした知見がありました。そこに、僕の経験を組み合わせれば、保育業界の課題を解決できるサービスを開発できると考えたんです。

池田:さらっと話していますが、大変だったと思うんですよね……。そもそも保育業界で、課題や対応の共有がうまくいっていないのはなぜなんですか?

石井:何よりも困りごとが山盛りだから。みんな困っているんだけど、いちいち「困っている」と言い始めると日々の保育がまわらなくなっちゃうんですよ。

一般的にイメージされる仕事以外にも、食事のサポートをしたり、保護者の方への連絡ノートを書いたり……。そうやって1日が慌ただしく過ぎていってしまって、困りごとや対応の共有までする時間がない。

池田:なるほど。

石井:でも、日常的に「こんな声かけをしたら子どもの表情が変わるよ」「こんな遊びの仕方を教えたら、子どもの探究心がもっと生まれたよ」と知る機会があれば、いろんな可能性が出てきます。その発見や気づきをオープンにして、情報共有できたら、社会はもっと良くなると思うんです。

レッテル保育が子どもの可能性をしぼませてしまう

石井:前に僕が経営に携わっていた保育園は、「認可外保育施設」(※)としてスタートしました。立ち上げ当時は、「保育士さんが集まらない、どうしよう」と困ってしまって。そうしたら、過去に子育てを経験した人たちがパートで来てくれたんです。

つまり、子育ての経験はあるけど、保育の専門知識を持っている人がいない状態から始まった。叩き上げのような感覚があったんですよね。昔は「保母さん」と呼ばれていたのが、「保育士」に変わり、いろいろな制度が整ってくるにつれて、保育の専門知識の大切さが知られてきました。

※児童福祉法ではなく、「認可外保育施設指導監督基準」に合わせて作られた保育施設。設置基準が認可保育園よりもゆるく、施設面積や屋外遊戯場が設置有無などの違いがある。

石井:でも、意外と保育現場は閉鎖的で「レッテル保育」が多いんです。

池田:レッテル保育?

石井経験則だけで「この子はこういう子だ」と、レッテル貼りをしてしまうことです。専門知識は持っていなくても、ちょっと怖そうな年上のスタッフがそう言ってしまうと、現場ではそれが正しいことになってしまうんですよ。

レッテル保育をしていると、子どもたちの可能性がどんどんしぼんでいきます。僕はそこに危機感を抱き、もっと気軽にいろんな困りごとを相談できる場所がないかなと思うようになりました。

池田:何かきっかけがあったんですか?

石井:2019年に、かつての卒園生が成人になって、その親御さんたちが食事会を催してくれました。食事をしながら懐かしく話しているときに焦りを感じたんです。「この子たちはもう成人になっちゃった。でも、僕たちが感じてきた課題が何も変わってないな」と。

このままじゃまずいと思ったら、保育現場を飛び出しちゃって。外からアプローチし始めたわけですね。

保育園の「こうでなければならない」を変えていきたい

石井:育児で困っている親御さんたちもたくさんいます。ホイクタスには、保育の専門家である保育士が子育ての困る場面を登録してくれていて。

さまざまな専門家の意見や「やってみた」レポートを読めて、「保育現場でこんなことやるんだ」「こんな声かけの仕方があるんだ」と知ることができます。現場の専門家が書き込んだ知見を日常的に見られれば、親御さんの精神的なストレスが軽減されるんじゃないかな。

池田:心強いです。

石井:お子さんが通っている園で保育士さんに直接聞くだけではなくて、いろんな人の保育の話を気軽に知れますから。ぜひ、投稿を見て欲しいですね。

「保育園はこうでなければならない」という思い込みがたくさんあって。そこを崩していきたい、という思いもあります。

その一つが「保育者は女性のほうがいい」。実際、男性の保育者の割合はまだ低い。これからどんどん増やしていきたいですね。

池田:たしかに。小学校の先生なら、うちの子の学校では男性がちょっと多いくらいじゃないかな。

石井:「保母さん」と呼ばれ、女性の職業だった時代から大きくは変わっていないんです。お父さんが保育する状況も生まれにくい。パパももっと子育てや保育に関わってもらえる機会を作りたいなと思って、保育園にいた頃は、よくパパ会をやっていました。「飲もうぜ」と言って、いつもベロベロになっちゃうんだけど(笑)。

池田:ここ2年ぐらいで在宅勤務が浸透してきて、お父さんが保育園の送り迎えに行く機会は以前よりおそらく増えていると思います。家で子どもと接する時間も長くなって。

子どもとほとんど一緒に過ごしていなかった人たちが、初めて長時間子どもと関わる……。それは、価値観が大きく変わる経験だと思うんですよね。

石井:そうですよね。そこは前向きに捉えています。

子どもが生まれたら夫婦2人とも親として1年生になる。けれど諸外国に比べると、日本は父親が子どもと関わる時間が非常に少ない。そこは、これからもうちょっと変わってくるかなとは思っていますね。

「自分は親だから」「先生だから」を超えて、子どもと接する

池田:私の妻は社会人学生として大学院に3年間通っていたので、その時期は息子と2人で過ごすことが多かったんですよ。父と息子だけの時間がたっぷりありました。

妻は週末も大学院に行くので、息子と2人で毎週のように上野に行っていました。国立科学博物館、東京国立博物館、上野動物園をぐるぐるとまわって。

石井:子どもは探究心の塊ですからね。いろんな情報を取ってきて、好きなものと自由に紐づけていって学んでいくので、その紐づけがいっぱいできるような教育や体験を提供すると心も豊かになってきますよね。図鑑を見たあとに博物館に行くと、情報がどんどん紐づいて、さらに探究心が広がっていきます。

池田:昼ごはんは上野駅前にあるカウンターの寿司屋に行くんです。僕は一杯ひっかけながら。そうしたら、いつの間にか息子も自分で職人さんに寿司を注文できるようになっていて(笑)。

石井:大人でも最初は緊張しますよね。

池田:そうそう。後日、妻がその姿を見て「なんでうちの子、お寿司頼めるようになってるの!?」って(笑)。父親が連れ回したことで、ちょっと変わった能力を身につけたんですね。

石井:池田さん親子、やっぱりいいなぁ(笑)

池田:一緒に過ごす時間が長ければ、子どもは父親とのいい距離感を作りやすいですよね。いろんな大人が関わるなかの1人として、父親にもやることがたくさんある。母親と補い合いながら、父親から違うものを受け取ることができる。平日は早朝と深夜しかいなくて、ほとんど言葉も交わさずに過ごしていて、週末にゴロゴロしているだけの存在ではなくてね。

石井:保育者をはじめ、多様な大人たちと関わることによって、子どもたちはいろんなものを吸収していけます。

池田親子の粘土細工

池田:うちの場合は、私の目線が息子と同じなんです。例えば粘土で鳥を作るとなれば、もうライバルですよ。同じお題で僕と息子がそれぞれ作ったら、最後に見せ合って、「こっちのほうが上手い」と(笑)。すると、「この羽は僕の方がいい」と言われたり。

石井:保育や教育の現場では、どうしても大人が教える側、子どもが教えられる側になってしまう。でも、その目線が入れ替わることもあって、子どもの方が教えてくれることもたくさんありますからね。

池田:子どもと接していると、「子どもの方がよくわかってるな」「子どもの方が正しいな」と感じることもよくありますね。

石井:本当にそうです。そこを「自分は親だから」「先生だから」と言うのではなくて、目線や立場が入れ替わることもあることを楽しんでほしいですね。


後編では、保育や子育てを地域にひらいていくことについて、お二方の経験を伺います。

取材・執筆:遠藤光太
撮影:栃久保誠
編集:鬼頭佳代(ノオト)