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岩手・盛岡から、障害にアートで価値変革を ― ヘラルボニーギャラリー

大胆な構図に、独特の色使いのアート作品たち。今年4月、岩手県盛岡市にオープンした「ヘラルボニーギャラリー」に展示されているのは、障害のあるアーティストによるアート作品です。

同ギャラリーを運営しているのは、双子である松田崇弥・文登さん兄弟による、株式会社ヘラルボニー。障害のあるアーティストの個性を“異彩”として世に放ち、障害のイメージを変えていこうとしています。

価値観を変容させる第一歩として、東京など都市部のほうが受け入れられやすい土壌があるようにも思えますが、なぜ、ここ盛岡から発信しようと決めたのでしょうか。そんな疑問を、ヘラルボニーの副代表で、双子の兄の松田文登さんに投げかけてみました。

ヘラルボニーが盛岡でギャラリーを開いたわけ

WORK MILL:4月に「ヘラルボニーギャラリー」をオープンされました。このギャラリーはどのように機能していくのでしょうか。

ー松田文登(まつだ・ふみと)
株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長。東北学院大学卒業。大手ゼネコンで被災地再建に従事したのちに独立し、知的障害のあるアーティストが日本の職人とともにプロダクトを生み出すブランド「MUKU」を立ち上げる。2018年、双子の弟である崇弥さんとともに株式会社ヘラルボニーを設立。2019年には「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」を受賞した。

松田:一人のアーティストをピックアップした個展を、周期開催するギャラリーです。今飾られている作品は、京都府伏見区の「アトリエやっほぅ!!」を代表するアーティスト、木村全彦さんのもの。

今の世の中では、まだどうしても「障害のあるアーティスト」という情報が先行してしまうのですが、「木村全彦展を見てきた」とか、「木村全彦さんの作品がほしい」というように、名前が先にくるようになったらいいなと思っていて。それを実現するための第一歩となるようなギャラリーを目指しています。

このギャラリーはアーティストの歴史や人生観、どういうことを大切にしているかなどを伝えられる場にしていきます。僕自身、アーティストのアート作品に衝撃を受けたことがあったので、それを見てもらいたいんです。

WORK MILL:松田さん兄弟は岩手県ご出身だと聞きました。今回のギャラリーもそうですが、本社の機能も盛岡に置いていらっしゃいますよね。「障害のイメージを変える」チャレンジをされるときに、東京のほうが意識を変えていきやすい印象があるのですが、あえて盛岡から発信するのはなぜなのでしょうか。

松田:最初に岩手県の障害のあるアーティストと連携したところからはじまっているので、そのアイデンティティやスタンスを忘れたくないという意味合いも込めて、ここで登記しました。また、東京などの都市部では、たしかに受け入れられやすい土壌はあると思うのですが、同時に飽きられやすくもある気がして。障害というものが価値変革していく文化を地域でつくりたいんです。

アウトドアメーカーの「スノーピーク」も新潟を拠点にしていて、収益ベースは都市部が主だと思うのですが、スノーピークがあるからこそ、新潟がキャンプの聖地になっている。同じように、ヘラルボニーが盛岡に存在することによって、障害のある方のアートの発信基地になり、訪れる人がこのあたりを周遊してくれるようになるといいなと思っています。

WORK MILL:ギャラリーの空間づくりで意識されたところはありますか?

松田:設計はアリイイリエアーキテクツにお願いしたんですけど、ダクトやエアコン、室外機などは全部見えないように無機質にしてもらいました。照明は、照明デザイナーの岡安泉さんに。プロ意識をもってやってくださる方と一緒にできたことはすごくうれしいですね。

WORK MILL:この建物自体も、ヴィヴィアン・ウエストウッドやセレクトショップ、ヘアサロンなども入居しているファッションビルですよね。

松田:盛岡のなかでもファッションの歴史をつくってきたビルで、いろんなファッションジャンルの人が訪れる場所です。そういう、カルチャーが根付いているところを拠点にしたかったんです。

WORK MILL:地元の方に応援されている実感はありますか?

松田:行政の方も、企業の方々も、とても好意的に応援してくれています。このギャラリーの150m先に「カワトク百貨店」があるのですが、一年間のメインビジュアルをうちの作品にしてくれています。「地域だからこそ応援してもらえる利点は確実にあるな」と。

ー小林覚「Let it be」

松田:県議会議員の方も応援してくれていて、岩手県では、建設現場の仮囲いにうちの作品を展示することを入札の加点プログラムの対象にしてもらっています。わかりやすい仕組みにしてもらうことによって、勝手に広まっていくようにと。

WORK MILL:仮に価値をわかっていないとしても、それがインフラ化していく仕組みになっている。

松田:そうです。もともとゼネコンにいたので、現場監督の人に「障害のある人のアート素晴らしいでしょ」って言ったところでなかなか伝わらないだろうなと思うんですけど、広まった先で見てくれる人が一人でも増えたら嬉しいです。

ゴミになっていた展示後のアート作品をアップサイクルし、バッグを販売

WORK MILL:2020年には、展示作品をアップサイクルしてトートバッグとして販売する「アップサイクルアートミュージアム」をスタートされています。JR東日本との取り組みが、今年2月に「第3回 日本オープンイノベーション大賞」の「環境大臣賞」を受賞されましたよね。「アップサイクルアートミュージアム」の仕組みについて詳しく教えてください。

松田さん:ターポリンという水に強い素材を使うことによって、展示が終わったあとに回収して洗浄、裁断してアップサイクルし、バッグをつくって販売するプロジェクトです。これまで屋外展示などで使用されたシートは、はがした後に捨てられていたのですが、この素材に変えることによって、ゴミを出さずにバッグに変えることができるんです。例えば展示作品が2m×3mのサイズだと、10個のバッグがつくれる……といったように。

WORK MILL:今までそういう視点がなくて気付かなかったのですが、アートの展示物は最終的にゴミになっていたんですね。アップサイクルしようという発想はどこからきたのですか?

松田:JR東日本のスタートアップの担当者との雑談のなかから生まれました。「こういうものができたら面白いね」と。仕組みとしては、まず広告費をJR東日本にいただいて、建設現場にある「仮囲い」でアートミュージアムをやるんです。展示の終了後に素材をバッグにアップサイクルし、販売すると、その販売額の一部がJR東日本にもバックできる、レベニューシェアのモデルになっていて。

ヘラルボニーと、JR東日本、福祉施設で利益を分配できるんです。アーティストにも広告費と販売の利益で2回賃金が流れるし、JR東日本は広告費も軽減できる。

WORK MILL:アートがアップサイクルされることも、SDGsやサーキュラーエコノミーの付加価値になりますよね。“場所”に落とし込むことはヘラルボニーのテーマになってきているのでしょうか?

松田:自分がゼネコン出身なので、そういうアイデアが出やすいのかもしれません。会社のメンバーも、何事も面白がってくれますし。依頼されたことだけを実現するのではなく、企業さんにもよく企画提案していますね。前職で住宅メーカーや営業をしていたメンバーもいるので、経験を生かして提案することが多いです。

「誰かのために」でなく「自分のために」することが持続可能性を高める

WORK MILL:ヘラルボニーでは、支援や貢献ではなくビジネスにすることを大事にされていて、そのこと自体が持続可能性を高めているように感じました。

松田:会社の方針として、「主人公は常に自分である」と掲げているんです。「障害のある人のためにヘラルボニーで仕事がしたい」という人が来てくれることがあるのですが、僕自身は「誰かのために」というよりは、アート作品に純粋に感動を覚えて「この認識のされかたではもったいないな」と思ったことがスタートの動機になっています。

僕らのビジネスって多少は批判もあるんですよ。そもそも「障害のある人の生きている意味を教えてください」といった優性思想のある人たちとか、それ以外にもビジネスにしていることに対して理解を得られないとか。あとは「すべての作品を均等に並べるべきだ」と怒ってる人たちもいて、そういう批判がきたときに「自分は障害のある人のためにやっているのに」と考えてしまうのが一番よくないなと思っているので。自分がやりたいかどうかはすごく大事にしたいです。

WORK MILL:松田さんのお話を聞いていると、すごく楽しんでいて、「いいことをしてやろう」という思いが起点になっていないのが素敵だと思いました。

松田:うれしい限りです。会社的にはどうしてもソーシャルビジネスとかソーシャルグッ ドとかSDGsとかそっち側にくくられることが多いんですけど、会社のメンバーは多分そういうのは思ってないと思います(笑)。普通にビジネスをしている感覚で、やっていることがたまたまそっち側にあるだけなので。

WORK MILL:今後の展望はありますか。

松田:ヘラルボニーが目指してるモデルとしては、北欧ブランドの「マリメッコ」が近いです。テキスタイルデザイナーがいて、そこにライセンスがあるような感じだったと思うんです。ファッションとインテリアとライセンスで売り上げをつくっている。

ヘラルボニーも、アートライセンスを保有しているので、それに近いところを目指せるかなと思っていて。今年の7月からは成田空港をジャックするんですよ。また、来年度にはホテルをヘラルボニーでプロデュースしてほしいという開発事業もありますし、住宅のショールームみたいなものもつくっていこうと思っています。そこにギャラリーも併設して、障害のある方の働く場所にもなるように将来的にはしていきたいです。

WORK MILL:今までの日本だと、どうしても働く=大変なことのほうが多いとされてきました。しかしながら今日のお話で、働く行為自体が新たなコミュニケーションを生むものになるかもしれない、という可能性を感じました。

松田:そうですね。コミュニケーションの話でいうと、ライセンスに関してすごく大切にしていることがあります。普通の会社ってクライアントファーストじゃないですか。それをヘラルボニーでは福祉施設ファーストにすると決めているんです。

例えば、納期が遅れそうなときに、「なんとか間に合わせてくれ」と福祉施設にお願いするのではなく、そのときはクライアントに自分たちが謝ろうと決めていて。ヘラルボニーは障害のある方たちにお金を稼がせてもらっている立場なので、そこは逆転させてはいけないなと思っています。障害のある方たちの「できないこと」を「できるようにする」のではなくて、「できること」を「もっとできるようにしていく」ような未来をつくりたいと思っています。

2021年7月27日更新
取材月:2021年6月

テキスト:栗本千尋
写真:蜂屋雄士