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1年後の自分に手紙を送れる喫茶店「封灯」。自身と向き合う時間がもたらすもの

忙しない日々を生きるなかで、ふと自分自身を癒やすために思いきって立ち止まる。そんな時間をつくることは、私たちの暮らしにおいて、いったいどれほどあるでしょうか。

「今の自分は本当にこれでいいのだろうか」
「1年後の自分は、どんな姿をしているだろう」

そんな問いかけに、静かに向き合う時間をつくることは、私たちにとって、思っている以上に大切な営みなのかもしれない。そんなことを感じる瞬間があります。

東京・蔵前の路地裏に佇む小さな喫茶店「封灯(ふうとう)」は、そんな大切な時間を提供してくれる、不思議な空間。ここでは、1年後の自分に宛てて手紙を書き、その場で投函するという贈り物をしたためることができるのです。

今回、お話を伺うのは、「封灯」を生み出したオーナー・小山将平さん。彼自身の人生の転機から生まれたこの空間には、現代を生きる私たちへの静かなメッセージが込められています。

「自分と向き合う時間の価値」とはなにか。日々の喧騒に埋もれそうな自分の声に、もう一度耳を傾ける意義はなにか。「封灯」が届ける時間に託された願いを、小山さんの言葉とともに探っていきます。

言葉を“宛てる”ための空間

「封灯」は〈1年後に手紙が送れる詩的喫茶〉と謳う喫茶店。もともとはおもちゃ問屋さんだったという空間をリノベーションして生み出した店内には、心くすぐられるインテリアの数々が並びます。

まずは、その真髄を知るべく、私たち編集部も「手紙を書く」という体験を通して、この空間の愉しみ方を肌で感じさせてもらうことにしました。

「封灯」が提供しているのは、単に手紙を書く時間ではなく、“手紙を書くという体験”そのもの。そこには、細やかな工夫が施されています。

今回、体験させてもらったのは、1年後の自分へ宛てた手紙を書く「TOMOSHIBI LETTER」というプラン。席に着くと、まずはいくつかのカードが含まれたオリジナルのレターセットが手元に届きました。

3つのシーンが用意されており、その日の気分に合わせて選ぶことができます。

なにが変わるのかというと、レターセットに封入されているエッセイやポストカードが異なるのだそう。

プランを選んだら、まずは手紙をしたためる前の準備として「リフレクションカード」を書きます。

手紙といっても、どんなことを書けばいいのだろう……と迷ってしまう方の力になってくれる、言葉を綴るための準備運動のようなものでした。

お次はいよいよ、本番となる手紙。用紙の大きさはポストカードくらいのサイズ。めいっぱいに書いてもよし、ポツポツとささやかに書いてもよし。

その日の気持ち、届けたい意思に添うように、言葉を連ねます。

無事に手紙を書き終えたら、封を灯す時間へと移ります。

色とりどりの封蝋(シーリングワックス)から4色選んで温めていくこと数分。

じんわり溶けていく封蝋、見ていて飽きません……。

封蝋で、手紙の扉をそっと閉めたら……。

店内に置かれたポストへ投函。1年後、手紙が届くのを待つのみです。

体験できるのは、最長で約1時間半。長いようですが、熟考していると案外あっという間に感じられました。

「立ち止まる」ことの価値

未来の自分自身に手紙を送れるサービスや、物書きを満喫できる静かな喫茶店。いずれも、この世の中にはすでに存在していると思います。

けれども、そのどちらとも一味違う体験ができるのが「封灯」。その背景にある思いを、オーナーで詩人 の小山将平さんに尋ねてみます。

小山将平(こやま・しょうへい)
詩人、自由丁・封灯オーナー。東京都葛飾区出身。詩的な商品や展示をはじめ、未来の自分へ手紙が送れるWEBサービス「TOMOSHIBI POST」や、東京・蔵前に実店舗「自由丁」「封灯」を営む(自由丁は2013年にJAPAN TRAVEL AWARD Discovery賞を受賞)。好きな食べ物は、アイスクリーム、とんかつ、エッグベネディクト、水餃子(以下略)。音楽、コーヒー好き。東京理科大学理学部物理学科卒、米国ワシントン州ベルビューカレッジIBPプログラム修了。

夢中になれるひとときをありがとうございました。

改めて、「封灯」というお店のコンセプトについて詳しく教えていただけますか?

小山

コンセプトは「素直な気持ちと日々を味わう」です。自分と向き合う時間、素直にさまざまな感情を考えたり悩んだりしてもらえたらと思っています。

それと「立ち止まる」ということの大切さにも目を向けてもらいたいなと。でも、それ以上に大切なのは「立ち止まって考える」ということなんです。

立ち止まって考える?

小山

現代社会では、常に前進すること、スピードを上げることが美徳とされがちです。

でも、時には立ち止まって、自分自身と向き合うことも必要だと思うんです。それは単に休憩するということではなく、自分の人生の方向性を確認し、納得して進んでいくための大切な時間だと考えています。

その「立ち止まる」ことの重要性に気づいたきっかけは何だったのでしょうか?

小山

大学4年生のときのシアトル留学が大きなきっかけでした。

ホストファミリーの長男が、アーティストとして活動していたんです。彼の生き方に衝撃を受けました。

封灯で使われているポストカードの写真も、小山さんがアメリカで撮影したもの

小山

日本の文化では、周りの空気を読むことや、社会の期待に応えることが重視されがちです。

でも、彼は自分のやりたいことを肩肘張らずに、本当に自然体でやっていた。そして、そんな彼のライブに多くの人が集まってくる。その姿を見て、「こうやって生きていけばいいんだ」と腑に落ちたんです。

それ以来、自分と向き合って出した結論や方向性で、いかに自然体で生きていくかということが、大きなテーマになりました。

「書く」という行為が生み出す力

そこから「手紙を書く」という発想に至ったのはなぜですか?

小山

実は、最初から手紙に執着していたわけではないんです。自分の会社を立ち上げた直後、かなり苦しい時期がありました。当初の事業がうまくいかず、仲間も離れていって。

そんななかで、それまで書いてきた日記や手紙を全部プリントアウトして読み返したんです。

店内には、小山さんが綴る言葉があふれる

小山

何百枚、下手すると1000枚以上あったと思います。それを読んでいたら、過去の自分が書いた言葉に励まされたんです。まるで昔の自分が、今の落ち込んでいる自分に向けて送ってくれた“手紙”のように感じられて。

そこで気づいたんです。過去の自分も、さまざまな悩みを抱えながら生きてきた。でも、その時に普通に書いたものが、今の自分を励ましてくれる。

だったら今の自分も、未来の誰かに向けて書けば、少しは役に立てるんじゃないか、と。

なるほど。1年後という期間の設定にも、特別な思い入れがあったのでしょうか?

小山

1年後というのは、とてもリアルな未来だと思うんです。あまりに遠い未来だと、想像がつきにくいので、なんでもありの世界になってしまうし、言葉に責任を持ちづらい。

でも1年後なら、今の自分を忘れずに、かつ少し成長した自分に向けて書けるんじゃないかなって。

確かに、ちょうどいいのかもしれません。

小山

それに、人間って1年くらい前のことをよく振り返るなあと思うんです。日々の小さな積み重ねの延長線上に、1年後という近しい未来は存在するから。

でも、日々の忙しさに流されて、今の気持ちを忘れているかもしれない。だからこそ、今この瞬間に書いた言葉が届いてほしい。そう考えて1年後と設定しました。

実際に来られるお客様はどんな方が多いのでしょうか?

小山

本当に多様です。20代、30代の女性が多いですが、40代、50代の方も。観光ツアーでおばあちゃんたちが来てくださったこともあります。

あとは、子ども連れの家族もいますよ。

手紙を書くのにぴったりの雰囲気を放つ、クラシカルなライティングビューロー。人気の席の一つ。

小山

面白いのは、それぞれの人生の節目で訪れてくださる方が多いことです。

たとえば、結婚式の前日に来て、新しい人生への決意を書く人。入籍したその足で来てくれたカップルもいました。旅行中に立ち寄って、その思い出を詰め込んで書く人もいます。

みなさん、それぞれの人生の転換点で、自分自身と向き合う時間を求めているように感じます。

手書きの文字を書くという体験自体、最近では珍しくなっているからかもしれませんね。お客様の反応はいかがですか?

小山

みなさん、手書きの新鮮さを強く感じてくださっているようです。

あと、最後に封蝋(シーリングワックス)で封をする瞬間も、みなさん楽しんでくださっています。その作業で「やりきった感」を味わえるみたいで、すっきりした表情で帰っていかれる方が多いですね。

小山

「封灯」はオープンから1年が経過していないので、実際に届いた手紙をどう受け取っているのか、まだ未知の点ばかりです。

ただ、同様のコンセプトで「自由丁(じゆうちょう)」というお店も経営しているのですが、なかには5年以上通い続けてくれる方もいらっしゃって。「また書きに来ます」と言って、何度もリピートしてくださる方も多いんです。

継続することで、自分の半生を振り返るきっかけになるそうです。

「詩的な言葉」は、代替不可能だから良い

小山さんご自身は、未来の自分に言葉を贈る意義をどのように感じていらっしゃいますか?

小山

大きく二つあると思います。まず一つは、今の自分を見つめ直す機会になったり、未来の自分に期待や希望を込められたりすること。

1年後に届いた手紙を読んでみると、新たな気づきが得られたり、自分の言葉に励まされたりするんですよね。そういう好循環が生まれるところには意義があると考えています。

小山

もう一つ重要だと思うのは、「詩的な言葉」を大切にできることです。今の社会は、「機能的な言葉」で溢れています。

たとえば、仕事では論理的に説明しないと話が前に進ないことって多いじゃないですか。

でも、人間の思考や感情って、そんなに整理されたものばかりじゃない。論理的じゃないかもしれないけど、たしかに自分の内にある言葉。それを書き留め、あとで読み返す。この体験が、とても人間らしいものだと思うんです。

論理的な言葉だけではない、自分自身ならではの言葉を残すことの大切さを感じておられるんですね。

小山

そうですね。たとえば、友人との会話って、「要するにこういうことで」って簡単にはまとめられないし、まとめるべきものじゃない。

その場の空気感、友人との関係性なんかも含めて、代替不可能な言葉だから面白いはずで。

小山

そういう「詩的な言葉」は、時として人を深く動かす力を持っています。論理的な説明よりも、心に響くことがあるから。

「封灯」は、そういう言葉を大切にする場所でありたいと思っています。

今後の「封灯」は、一層、自由に言葉と向き合える空間になるといいですよね。

小山

はい、多くの人の暮らしに根付く空間でもありたいです。

特別な時間を過ごす場所としてではなく、必要だと思ったときに「あそこに行けば自分と向き合える」と思ってもらえるような、そんなカジュアルな存在でありたいとも感じています。

2024年7月取材

取材・執筆・撮影=詩乃
編集=鬼頭佳代/ノオト