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水産業バイトに高校生の応募が殺到! 「すギョいバイト」は何がすごい?(フィッシャーマン・ジャパン)

「すギョいバイト」。その、あまりにもキャッチーなネーミングがついている企画が、2025年で3回目を迎える、水産業の1日バイトです。宮城県石巻市の高校生向けに、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンと石巻市が実施しています。

時給1,000円に加えて、参加する内容に応じた豪華特典までついてくるという、なんとも“すギョく”気になるこのバイト。実際、毎年定員を大きく上回る申込みがあり、今回は参加枠を約2倍に増やしたそう。

では、すギョいバイトはいったい何が「すギョい」のか?今回は実際に2つの現場に足を運び、その様子を余すところなくレポートします。

「すギョいバイト」ってどんなもの?

改めて、「すギョいバイト」について教えてください。

香川

ひと言で言えば、地元高校生向けの、水産業の1日アルバイトです。でも単なるバイトではなく、水産業の魅力を知ってもらう「職業体験」としての要素が強いですね。

香川幹。2021年に一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンへ参画。クリエイティブライターとして広報業務を担当するほか、「すギョいバイト」の企画・運営にも携わっている。

初回が2023年、今回は第3回目と聞きました。始めたきっかけは?

香川

フィッシャーマン・ジャパンでは2015年から水産業の担い手を育成する事業を進めています。

その一環として、若い世代に水産業の魅力を伝えたくてスタートしました。

「魅力を伝える=バイト」という発想はどこから?

香川

すギョいバイトを始める以前の2022年に市内の高校と連携して、水産業の魅力を伝えるポスター企画を実施したんです。

そうしたら、「水産業ってかっこいい」という反応はあったものの、そこから応募につながる手応えまでは得られなくて……。

イメージアップはできたけれど、興味喚起には至らなかった、と。

香川

そうですね。「じゃあ何が必要なんだろう?」と考えたとき、「水産業の楽しさは、体験してナンボだ」という声があがって。

石巻は水産業が盛んな地域ですが、実際に水産業に関わる機会があるのは、親戚にそういう仕事をしている人がいる子だけなのが現状です。

そこで、高校生が気軽に参加できて、興味を持てる切り口として、バイトという形を選びました。

なるほど。「すギョいバイト」というネーミングも秀逸ですよね。

香川

ありがとうございます。高校生たちとも話し合いながら、みんなで考えた名前です。

具体的に、どのあたりが「すギョい(すごい)」のでしょうか?

香川

すギョさは人それぞれです。まず、普通のバイトではなかなか味わえない体験ができます。そして、会社ごとに豪華特典がついていて、漁師飯が食べられたり、工場見学ができたり……。

お給料に加えて豪華特典までもらえるなんて、かなりお得感がありますよね。

香川

高校生にとっては職業体験の機会はなかなかありません。

なので、学校の先生方からも「これは良い取り組みだ」と賛同いただけています。実は、石巻の多くの高校ではバイトが禁止されているんですが、「すギョいバイト」には賛同してくださる先生も多くて。

通常のアルバイトはNGでも、「すギョいバイト」はOKなんですね。

香川

最近は「探究学習」といって、地域課題に取り組むカリキュラムも増えているので、先生方にも良い機会として受け入れてもらっています。

ますます楽しみになってきました。では、実際に現場の様子をレポートします。

知られざる、ナマコ漁の世界へ!

まず1件目の「すギョいバイト」先は、一般社団法人はまのね。宮城県石巻市・牡鹿半島の入り口にある蛤浜(はまぐりはま)で、毎年11〜3月がシーズンのナマコ漁に、石巻高校普通科1年生の2人が挑戦します。

二人はもともと仲良しのクラスメート。「ナマコが好き!」という理由で興味を持ち、友達を誘って一緒に応募したのだそう。

受け入れてくれたのは、一般社団法人はまのね・代表理事の亀山貴一さん。教職を経て、震災で大きな被害を受け、3世帯7人になってしまった地元・石巻市蛤浜の再生に取り組んでいます。

濡れないように「漁師ウェア」と長靴を装備して、いざ海へ!

この日は快晴で海も穏やか。亀山さんの漁船に乗り、ぐんぐんと浜を離れていきます。

今回のナマコ漁は、海底に網を沈めて船で引きながら魚をとる「底引網」という漁法。ナマコの減少を防ぐために、シーズン中でも漁ができるのは40日間、朝7〜12時までというルールがあるそうです。(ルールは浜ごとに異なります)

ある地点に着くと、亀山さんが重い金具がついた網を「ぼちゃん!」と海に放り込みます。

それから、15メートルほどの紐がついた網を引っ張るようにして、船を進めます。

引き上げのタイミングになると、3人がかりで網を引っ張ります。ものすごい重さ! ……ですが、普段は機械でおこなっているそう。それを知って、高校生の2人もほっとひと安心。

上がってきた網を振って、余分な海水を落として、中身を見てみると……。

網の中には大小さまざまなナマコが、たくさん!

最初に穫れたのは7匹。思わずニッコリ。とはいえ、100g以下の小さなナマコは、まだ成長途中。来年以降に期待して、一旦海に戻します。

亀山さんは、手に持っただけでナマコの重さがわかるそうです。

この作業を何度も繰り返すうちに、2人もだんだん慣れてきた様子。

網にかかるのはナマコだけではありません。小さなカニやエビ、クラゲ、不思議な色の海藻に貝殻……。

触ると紫色の液体を出すアメフラシにも遭遇!

さらに、高級な赤ナマコもゲット。うれしい~!

約3時間の漁で、合計70匹、10kgほどのナマコを漁獲できました。

これらは明日、市場に出荷するそうです。

初めてのナマコ漁、どうでしたか?

高校生

最初はちょっと怖いかもって思ったけど、だんだんかわいく見えてきました!

亀山さん

ナマコは、海底にある有機物を食べて、海をきれいにしてくれる生き物。だから「海のお掃除屋さん」とも呼ばれているんですよ。

すギョいバイトが「思いがけない」未来につながるきっかけになれば

その後は、築100年の建物をリノベーションした「はまぐり堂」へ。

もともとは亀山さんのご実家だった建物。震災で土砂崩れなどの被害にあったものの、2013年にボランティアの力を借りて再建しカフェに。地元食材を活かしたメニューで、年間15,000人以上を集客したこともあります。

現在カフェは月1回オープン。他に漁業体験や森づくりワークショップ、企業研修など浜を未来へ残していくため、さまざまな取り組みをしています。

今日の体験を振り返って、どうでしたか?

高校生

ナマコ以外にもいろんな生き物がいて、楽しかったです。

高校生

生きているナマコって、いろんな形をしていて。あと、思ったより固いんだなあとびっくりしました。

おふたりは、看護師や動物に関する仕事を目指しているそうですね。

亀山さん

素敵な夢ですね。でも、思いもよらない経験から、自分にとってやりがいのある意外な仕事に行き着くこともあります。今回の体験も、そんな「思いがけなさ」につながれば嬉しいです。

「はまぐり堂」を運営する亀山理子さん。学生時代はメディアに興味を持って大学進学したものの、民俗学や郷土食にハマったことがきっかけで飲食業の道へ。震災後に石巻へ移住し、今の暮らしにたどり着きました。

理子さん

石巻のおじいさん・おばあさんたちは、自分で魚をさばいて加工したり季節の保存食を作ったりしていて、物々交換もとても盛んなんです。はまぐり堂では、そういう都会にはない知恵や情報も発信しています。

理子さんも「思いがけなさ」から今の道につながったんですね。

亀山さん

世の中には、本当にたくさんの選択肢があります。とくに学生のうちは、いろんな経験をしてみてほしいですね。

最後に、亀山さんの活動紹介をしていきます。自然がなければ、浜の人はもちろん、街の人も暮らせません。しかし、その自然が今は荒れているんだそう。

亀山さん

黒潮大蛇行という海の変化も起きており、とれる魚の種類もどんどん変わっているんです。

また、このあたりには昔から「山が枯れると海が枯れる」という言い伝えがあって。落ちた山の葉っぱが微生物に分解されて、沢を伝って海に栄養が流れてくるんです。でも、山が荒れていると、このサイクルがうまくいかなくなってしまうんです。

そういう問題解決のため、亀山さん自身も色々な人と連携し山の手入れや沢を復活させたり、とりすぎないサステイナブルな漁業のあり方にも取り組んでいます。

亀山さん

農業や漁業などの一次産業の平均年齢は68歳。農業人口は約100万人ですが、毎年8万人減っているんですね。ちなみに、漁師の数はどれくらいだと思いますか?

高校生

うーん……、70万人くらい?

亀山さん

正解は14万人。最近は海水温の上昇で魚がとれなくなったり、養殖も死滅が増えたりしていて、もっと少なくなっているかも入れません。

海で魚が取れなくなると漁師だけではなく、魚に関係する仕事や街に住んでいる人が食べる魚もなくなってしまう。だから、みんなで自然環境を守ることについて考えていかないといきたいですね。

高校生

農家よりも漁師の人数が少ないの、本当にびっくりしました。森と海にそんな関係があったのも知らなくて、すごく勉強になりました。

最後にお給料を受け取って、バイト終了! おふたりとも、お疲れさまでした!

水産加工会社の工場内部では、何がおこなわれているの?

次に見せてもらったバイト先は、水産加工品の製造・販売をおこなうヤマサコウショウ。

1934年創業の老舗企業で、魚介の切り身やすり身はもちろん、「牛タン入つくね」など、宮城の食材を活かした商品開発にも力を入れています。

案内をしてくれたのは、第4事業部の部長・佐藤茂さん。入社38年の大ベテランです。ヤマサコウショウには4つの事業部があり、工場は2カ所に分かれています。

今回は「牛タン入つくね」などの練り物を手がける第2事業部と、魚介の切り身や惣菜類を加工する第1事業部を見学させてもらいました。

製品はここから全国のスーパーへ。遠くは九州まで出荷され、私たちの食卓に届いています。

崩れたつくねは通さない! 最後の砦を守る成形のお仕事

作業着にしっかり着替えて、いざ工場内へ!

高校2年生の参加者(左)と、第2事業部を案内してくれたひとみさん

まず、向かったのは、つくねなどの練り物を製造する第2事業部の工場です。

直売店でも一番人気を誇る看板商品「牛タン入つくね」の成形作業に挑戦します。

すでに機械で成形されたつくねが、ベルトコンベアに乗って次々と流れてきますが、中には形が崩れてしまっているものも。

そのまま蒸し器に通してしまうと、商品として出荷できずロスに。そのため、崩れている場合は手作業で形を整えます。

牛タン入つくねの製造量は、1日約1万4000〜2万2000個にもなるそう!

見た目以上に体力と手先の器用さが求められる作業ですが、おいしい商品を消費者に届けるための大切なお仕事です。

丹精込めてボイル。きれいなタコになぁれ!

続いては、第1事業部の工場へ。手にしているのは、今朝石巻の漁港で水揚げされたばかりのヤナギダコ。一度ボイルされているため、鮮やかな赤色で、足はくるんと丸まっています。

このタコはトロール漁(底引き網の一種)でとられたもので、表面には砂や泥が残っています。それをきれいに仕上げるという作業が仕事です。

思わず、「楽しい!」と笑顔が漏れます。

この後、きれいになったタコは箱詰めされ、「煮タコ」として全国のスーパーへ出荷されます。なんと、1日あたりの出荷量は約500キロ〜1トンにものぼるそう。

「身近な人においしさを伝える」ワークでPRを学ぶ

工場見学と作業体験を終えた後は、今回のバイトの豪華特典の一つである昼食タイム。

直売所で販売されているおにぎりやたこ焼き、鶏のせせり焼き、いわしのすり身が入ったつみれ汁です。

食後は、総務部課長を務める佐々木彰大さんによる座学タイム。スライドを見ながら、ヤマサコウショウの会社紹介や「働くとは?」というテーマについての話を聞きます。

その後、本日のまとめとしてPRワークに挑戦。テーマは、「バイトで作ったり食べたりした食品を知り合いにおすすめするには?」どうすれば「伝わる」のかを、それぞれが考えていきます。

ヤマサコウショウでは「食品加工×商品PR」の二刀流バイトとしてこの企画を打ち出していて、そこに惹かれた応募者も多かったようです。

持参したシールやイラストで、工夫をしている参加者も!

「お母さんに書こうかな」「手紙みたいになっちゃった!」「想いがこもっていればOKだよ」など、声をかけ合いながら進める様子が印象的でした。

そして、15分ほどの作業を終え、発表タイム! 両親や兄弟など、身近な人の顔を思い浮かべながら、気持ちのこもったPR文を考えてくれました。

佐藤部長

今回のバイトを通して、食のありがたみを実感してもらえたのではないでしょうか。直売所にもまた遊びに来てくださいね。そして、後輩たちにも『すギョいバイト』をすすめてくれたら嬉しいです。

最後にバイト代とお土産を受け取り、本日の「すギョいバイト」は終了!

今日の感想を聞かせてください。

高校生

普段とは違い「提供する側」になったことで、お客さまの立場を考えるやりがいを感じました。

高校生

父が漁師なので水産業に興味があり、近い仕事を体験してみたくて参加しました。普段、生の魚介に触れる機会が少ないので、新鮮で楽しかったです!

高校生

バイトでは、ラベル貼りの仕事を担当しました。全部機械だと思っていたので、人の手が入っていることに驚きました。

高校生

私は、昼食にも出てきた鶏肉を加工する作業を体験しました。普段料理をあまりしないので包丁にはちょっと苦手意識があったんですが、丁寧に教えていただけて安心しました。

それぞれの「すギョさ」を通して、水産業の魅力を伝えたい

どちらのバイトもとても面白かったです。貴重な経験ですね……! 

実施する中で、手応えは感じていますか?

香川

はい。

実際に参加者の中から水産業への就職を希望する学生が出てきたり、他の地域の高校生が「私たちも参加したい」と先生にかけ合ってくれたりと、少しずつポジティブな動きが広がってきています。

それはうれしい変化ですね!

香川

2025年は、50名の定員に対して、80名以上の応募がありました。

石巻以外の学校からも問い合わせも増えていますし、今後はさらに受け入れ企業を増やしていけたらと考えています。

では今後の目標は、さらなる規模の拡大ですか?

香川

もちろん拡大も視野にはありますが、ただ受け入れ企業数を増やすことがすべてではないとも思っています。

石巻市内には約100社の水産加工会社があるんですが、その多くが受け入れ企業になってくれたら、学生たちとの接点がもっと増えますよね。

確かに。高校生にとって、水産業がもっと身近なものになりそうです。

香川

それが狙いです。「すギョいバイト」を通して、水産業がいかに面白いかを感じてもらい、そこから実際に働く若者が生まれてくる。

そんな未来を目指して、これからも活動を続けていきたいと思っています。

山田 雄介
山田 雄介

【編集後記】
ナマコをおそるおそる触る高校生たち。その表情が次第にほころび、「かわいいかも」と笑い声に変わっていく。工場で水産物が目の前で加工する作業、そして実際に食べて思わず「わあ」と声をあげる彼らの姿が印象的でした。ただの“バイト体験”ではなく、生きものの命がどう人の手でかたちを変え、誰かの食卓へ届くのか——そのプロセスすべてに、彼らはまっすぐに向き合っていました。
「海の仕事」に憧れだけでなく、リアルな手ざわりと驚きを持ち帰っていく。その体験を支える大人たちのまなざしもまた、誇りとやさしさに満ちていました。フィッシャーマン・ジャパンの取り組みは、仕事と地域、そして人をつなぐ豊かな循環を生み出しているのではないでしょうか。
(WORK MILL編集長/山田 雄介)

2025年3月取材

取材・執筆=岩﨑尚美
撮影(ヤマサコウショウ、インタビュー)=窪田隼人
編集・撮影(一般社団法人はまのね)=鬼頭佳代/ノオト