循環には、自分が拡張する喜びがある ― ファーメンステーション代表取締役・酒井里奈
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。
循環は、なぜ気持ちがいいのか。生活者目線でのサーキュラーとは? 米と発酵という日本人にとって身近な素材と技術を応用し、世界的にも流通の少ない100%トレーサブルなエタノールプロダクトを中心とした、独自の循環型のものづくりを行う第一人者に、サーキュラーの本質を聞いた。
ー酒井里奈(さかい・りな)
ファーメンステーション代表取締役。国際基督教大学卒業。富士銀行(現みずほ銀行)、ドイツ証券などを経て、発酵技術への関心から東京農業大学応用生物科学部醸造科学科に入学。2009年にファーメンステーションを設立。EY Winning Women 2019 ファイナリスト。
オーガニックで環境負荷が低いことや、地域の未利用資源を使っていることなど、いわゆる「ソーシャル」なインパクトの価値の感じ方は、人それぞれ。だから、どんなに循環を徹底していても、機能性が優れていなければ商品としては成立しない。ファーメンステーションをつくった目的は、社会性とビジネス性を両立させる事業をつくることですが、消費者へのメッセージに「ソーシャル色」を出しすぎない、というのは、2009年に創業して以来のひとつの信念でした。
でも、消費者のサステナビリティに対する意識が高まる中で、最近は考えが少し変わってきています。自分にとっていいということと、社会にとっていいということを、同じくらい価値あるものとして発信していきたい。それは、つまり肌の状態が良くなることも、循環型で地球にやさしいことも、同じくらい大事だと言い切ってしまうということです。社会全体が、そろそろ次のステージに来ているのだ、と感じています。
飼料にできない原料はつかわない
ものづくりの過程がゼロ・ウェイストであることは、ファーメンステーションのポリシーのひとつです。私たちの代表的なプロダクトは、岩手県にある休耕田で育てたお米を発酵させてつくるエタノール。発酵技術でつくるエタノールの場合、どんな原料でも製造工程で発酵残渣(ざんさ)が残ります。お米を使う場合は「米もろみ粕」。「かす」というと、ゴミや余り物のようなイメージですが、きちんとした原料を使えば、このような残渣も非常に高価値の原料になります。ファーメンステーションでは化粧品などのプロダクトの原料にしたり、農家で家畜の餌に使っていただいたりして、エタノールと同価値のプロダクトとして扱っています。
ひとつのものが「イチ」ではなく、たくさんの価値になる。ここが、発酵の面白いところだと思っています。エタノールも残渣も、発酵の成果物。残渣からは餌もできるし、家畜は食用になり、その糞は農作物の肥料になる。マルチにポコポコといろんなものが生まれていくんです。意識しているのは、すべての受け取り手に「いいこと」があるようにすること。飼料にできない原料は使いませんし、いい餌になる発酵ができるよう心がけています。
アルコールも粕も、どちらも使い切る、ということを前提にしていますが、スケールするとともに難しさは増します。当たり前ですが、アルコールの製造量を増やせば、比例して残渣も増えるからです。「つくった」ものと「できた」もの。製造の規模をさらに拡大してもバランスを取りながら活用することは、これからチャレンジしていきたい点です。残渣であれば、もっと使いやすい餌にするための工夫など、処理の方法を変えて使うことも考えています。
台風を「自分ごと化」できる豊かさ
私は都会育ちで、もともとお米の育て方なんて全然知らなかった。でもファーメンステーションを始めてから、世界がすごく広がりました。世の中がいかにつながっているか、ということを、生活を通して実感できるようになり、関心や知識が爆発的に増えました。
例えば、お肉について。発酵残渣を餌に使うようになって、畜産業について学ぶことが増えたため、私生活での体験や意識も変わっていきました。私の子供は、自分が餌をやってかわいがっていた牛のお肉を、誕生日などの特別なイベントの時に頂いたりしています。台風が来れば「あの農家さん、大丈夫かな」と自分のことのように心配になる。こんなふうに、自分ごと化できる対象が増えることは、生きている喜びに近いと思っています。
単にトレーサブルで、サステナブルで、機能性もあるという点だけではなく、これからはこうした消費を通じた新しい喜びが、より価値を上げていくのではないでしょうか。消費をしながら学んだり、知り合いが増えたり、コミュニティとの関わりがもてる。それがこの先10年の豊かさになっていくのではないかと思っています。
2022年5月取材
テキスト:水口万里
写真:山口雄太郎