波があっても、まずは動く。20歳の鯉のぼりクリエイター・山岡寛泳さんの歩む道
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5月5日は端午の節句。空を泳ぐ「鯉のぼり」の姿がお馴染みですが、昔より目にする機会が減ったような気がします。そんな鯉のぼりの文化を見つめ直し、昔ながらの技法と新たなデザインで商品化している、20歳のクリエイターがいることをご存知でしょうか。
山岡寛泳さんは小学4年生のとき、夏休みの自由研究で好きだった鯉のぼりを制作。その後、趣味として鯉のぼりを作り続け、16歳から本格的に鯉のぼりブランド「泳泳」を立ち上げ、2022年に「GOOD DESIGN NEW HOPE AWARD」を受賞しています。
チャンスを掴み、そして前に進んでいくためにはエネルギーと勇気が必要です。山岡さんがこれまでの歩みで意識してきたこと、そしてこれからチャレンジしたいことについて伺いました。
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―山岡寛泳(やまおか・かんえい)
2002年、岐阜可児市生まれ。14歳で東京大学異才発掘プロジェクトROCKETのメンバーに選出。16歳で、鯉のぼりブランド「泳泳(eiei)」を立ち上げ。2022年、同プロダクトが日本デザイン振興会が若者向けに新設した「GOOD DESIGN NEW HOPE AWARD」を受賞。現在は文化服装学院でファッションを学びながら、鯉のぼりブランドの運営を続ける。
インテリアにもなる、モダンなデザインの鯉のぼり
今日は、下北沢のギャラリーでの展示にお招きいただきました。屋外の伸びやかな雰囲気と、掲げられた鯉のぼりの姿がマッチしていて、とても清々しい気持ちになります。
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WORK MILL
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山岡
この展示は「うまれる」をテーマに、泳泳の鯉のぼりが完成するまでの背景や物語を紹介しています。
僕が高校生の頃に描いた鯉のぼりの絵や、自分の手で染めていたプロトタイプ、布から切り出す前の生地などを置いているんです。
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泳泳の鯉のぼりは、普段私たちがイメージするものより小ぶりなんですね。最近は、街で鯉のぼりを見かけることが減った気がしますが、これなら個人でも気軽に飾れそうです。
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WORK MILL
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山岡
一般的な鯉のぼりだと、長いポールを設置できず、どうしても飾れない場合がありますよね。
泳泳の鯉のぼりは、軒先や部屋の中などに置くことも想定しています。インテリアとして自宅に飾ったり、人にプレゼントしたりするために買っていただくことが多いですね。
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泳泳の鯉のぼりは、一色ずつ異なる版を使って、職人が手作業で染めていると聞きました。どうして、こういう作り方をしているんでしょうか?
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WORK MILL
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山岡
鯉のぼりは江戸時代から染物屋が綿で作っていたのですが、昭和の後期にはほとんどが化学繊維で大量生産されるようになっています。
小さい染物屋さんの数も、鯉のぼり全体の売上も減っているので、そこには問題意識があったんです。
だから化学繊維を使わず、綿100%で作っているのですね。
商品化の際には京都の西田染工さん協力のもと製作されたとのことですが、泳泳の立ち上げ当時は16歳だったんですよね? どのようにアプローチしたのでしょうか?
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WORK MILL
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山岡
すごく地道ですよ。「手捺染(てなせん)」という技法で染めたかったので、そのキーワードをGoogle Mapに入れて検索して、そこからコンタクトをとって。
「高校生だから」という理由で断られた工場もありましたが、西田染工さんは最初から対等に扱ってくれて、技術的な相談にもしっかりと答えてくれました。
鯉のぼりという題材というよりも、染め物の仕事の一つとして、真摯に向き合ってくれたのだと感じました。
周囲に馴染めなかった中学時代、兄の勧めで表現の道へ
そもそも、山岡さんが16歳で鯉のぼりを作りはじめたきっかけを教えてください。
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WORK MILL
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山岡
僕の出身地は岐阜県で。県内には、昔ながらの染物屋が多く、伝統的な技法で鯉のぼりが作られ続けている地域もあり、そういう風景を見ていました。
また、教科書で見た伝統工芸品の美しさに惹かれて、いつかものづくりに関わる仕事がしたいと、なんとなく考えていたんです。それで、小学校の自由研究でもオリジナルの鯉のぼりを作っていましたね。
それ以外にも、自分で写真を撮って新聞をつくり、親しい人に見せたりコンテストに応募したりもしていました。
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小さい頃から、興味を持ったものを自分で作っていたんですね。
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WORK MILL
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山岡
ただ、中学校という場所にはあまり馴染めませんでした。その姿を見た兄が「異才発掘プロジェクトROCKET」(※)というプログラムを紹介してくれました。これは、公教育に馴染めない学生が集まって、自主的なプロジェクトに挑むという取り組みで。
※東京大学先端科学技術研究センター・中邑研究室が運営していたプロジェクト。現在は終了している。
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山岡
当時の僕は人生に困窮していたというか……、学校にも馴染めず暗かったんです。
今いる環境から外に出たいと思って応募したところ、これまでの活動が評価されたのか、選抜に合格して月に1〜2度東京に通うようになりました。
そこでは、どんな活動を?
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WORK MILL
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山岡
16歳で泳泳を立ち上げたのも、ROCKETの活動の中でのことでした。
ただ好きなものを作るだけではなく、プロフェッショナルとして社会との接点を持つことを教え込まれました。「そのレベルじゃ全然ダメだよ」と厳しい指摘を受けることもありましたね。
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まずは動けば、リアクションがもらえる
その後は、どうやってブランドを育て、販路を作っていったのでしょうか?
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山岡
西田染工さんにお仕事を依頼しはじめたタイミングで、関西のテレビ局さんが鯉のぼりを作る過程のドキュメンタリー映像を作ってくださって。製品が発売されるタイミングと放映時期が重なったので、そこで多くの人に知ってもらえたのかなと思います。
鯉のぼりのブランドを立ち上げることはあまり例を見ませんし、実際にものがあることで周囲の人も応援したくなったのかもしれませんね。
しかし、高校生でありながら、自分でブランドを立ち上げ、世の中に商品を出していくことに、戸惑いや不安はなかったのでしょうか?
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WORK MILL
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山岡
もちろん不安はありましたが、やってみなければわからないことの方が大きくて。
口だけで「やりたい」と言っているのは格好悪いし、やらないでいるとムズムズしてしまうんです。僕はとりあえず動き出すので、後から後悔や反省をすることもよくありますよ。
今回の展示も、完成してから「ちょっと大胆すぎたかな……」って思いましたし。
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あまり迷いがないタイプなのかな、と思っていたので意外でした……! 実際に経験してみると、たくさんの気づきがありますよね。
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WORK MILL
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山岡
そうですね。これまでの活動で特に難しさを感じたのは、誰と一緒にプロジェクトを進めるかということです。一時期は手伝ってくれるなら誰でも歓迎という姿勢でやっていたのですが、議論がうまくできず、傷ついてしまったことがありました。
互いの意見を噛み合わせながら、一緒に進めていける仲間の大切さを痛感しています。
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山岡
あと、いま販売している鯉のぼりに対して「もうちょっと小さかったり、置きやすかったりした方がいい」という声もいただいています。
いわゆるマーケティングの重要性というのでしょうか。自分の好みや感覚だけで事業を進めるのは、なかなか難しいのだと実感しているところです。
今は、文化服装学院の服飾専門課程で学生として勉強もされているんですよね。
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山岡
もともと服作りにも興味があったんです。とはいえ、専門教育を受けること自体が初めてで、生地を選んでゼロから服を作っています。
服飾の歴史やビジネスの仕方についても学んだりしています。
あと1年ほどで卒業なので、その後は一度服飾の会社で修行したいと思っています。もちろん泳泳の活動も続けていきますが、服も作りつづけたいと思っているんです。
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今の興味と向き合い、未来につなぐ
改めて、山岡さんにとっての鯉のぼりの魅力を教えていただけますか?
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山岡
鯉のぼりは激流の川を登り切った鯉が竜になるという、中国の登竜門伝説が由来と言われています。その姿を人間の成長に重ねて、子どもが無事に大きくなっていくことを願う、愛のこもった伝統文化なんですよ。
空を泳ぐ鯉のかたちは世界的に見ても珍しいものですし、愛のあるユニークな伝統文化としても魅力を感じています。
確かにたくさんの鯉のぼりが泳ぐ景色は、壮観ですよね。
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2022年、「泳泳」が「GOOD DESIGN NEW HOPE AWARD」を受賞していますよね。
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山岡
自分の作品がデザインという文脈でもしっかり評価されたので、大きな前進になりました。
審査委員から「わたしたちがついつい置いてきてしまったものを、もう一度見直してくれる」という評価コメントがありました。
山岡さんの活動は、今を生きる人たちに新鮮な感覚を与えるだけでなく、伝統的な歴史とも接続してくれるものだと感じました。
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WORK MILL
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山岡
将来的には、自分が死んだ後も残るものをつくりたいんです。100年単位で先の未来を考えるけれど、それほど長く残るものを作るためには、目の前の1週間や1カ月を積み重ねていかないといけない。
すこし自分が生き急いでいるような気もしますが、自信はなくても、動き続けるしかないですよね。
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2023年4月取材
取材・執筆=淺野義弘
撮影=塩川雄也
編集=鬼頭佳代/ノオト