若者を悩ませる「ドリーム・ハラスメント」。高部大問さんに聞く、「夢」ではなく「蓼」を大事にする加算型キャリアの築き方
個人の強みや好きなことがキャリアに繋がりやすくなり、「夢」や「やりたいこと」を公言するハードルが低くなったいま。その一方で、やりたいことがない人や、夢を聞かれても答えるものがなく、肩身が狭く感じる人もいるのではないでしょうか。
「夢は持たなければいけないのか」という若者の声をきっかけに、『ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち』(イースト新書)を執筆したのが、高部大問さん。若者が夢を強要されてしまう構造に言及しました。
自分らしさが求められる今の時代だからこそ、夢といかに向き合うべきなのか。夢がないことで辛さを感じている人は、どうすればいいのか。そもそも夢はないといけないのか。高部さんに伺いました。
―高部大問(たかべ・だいもん)
大学で事務職員を務める傍ら、教育やキャリアに関する講演や執筆などを行う。著書に『ドリーム・ハラスメント』(イースト・プレス)がある。
若者が夢を強要される? 「ドリーム・ハラスメント」とは
「ドリーム・ハラスメント」とは、どういうものなのでしょうか?
WORK MILL
高部
一言で言うと、「若者への夢の強要」です。夢がない人に対して、周りの人が「夢を持て」と言ったり、プレッシャーを与えたりすること。それを「ドリーム・ハラスメント」と呼んでいます。
夢は、他人から強制されるものではないですものね。
WORK MILL
高部
そうなんです。僕はこれまで1万人以上の学生と話をしてきましたが、そのうち2000人以上が大人から「夢を持て」と言われることに悩んでいました。義務教育が義“夢”教育と化していることに驚きました。
実際、どのような声があったんですか?
WORK MILL
高部
アンケートでは、「夢を早く持つべきだと、急かされるような言い方をされて嫌だった」「夢とか目標がないと人生設計がうまくいかないようだと無意識に思っていた」などの声が多くありました。
「ドリーム・ハラスメント」に苦しんでいるのは、学生が多いんですか?
WORK MILL
高部
僕がいままで関わってきたのは中学生や高校生、大学生の方が多く、必然的にその年代の声を聞く機会はたくさんあるのですが、「学生だけ」が悩む問題ではないと思います。
実際、社会人の方からも、上司との目標面談や転職活動中の面接で夢や人生設計のプランについて聞かれて困ったことがある、という声を聞いています。
高部
私は、ドリーム・ハラスメントは社会的な構造の問題だと考えています。
どういうことでしょうか?
WORK MILL
高部
まず、学生が夢を求められる場面としてよくあるのは、進路の面談です。将来の夢から逆算して、「将来〇〇になりたいんだね。そのためには、〇〇大学の〇〇学部に進むといいね」と今後の進路を決めることが多いですよね。
これは夢から逆算してキャリアを形成するという、2000年代から国が取り組み始めた「キャリア教育」に基づいた方法なんです。
なるほど。確かに、進路面談などの場で聞かれる「夢」は「職業」とイコールになっていますね。
WORK MILL
高部
これは、社会人になっても変わらないんです。会社に入ると、今度は上司から「5年後にどうなっていたいのか」「そのためにいま何ができるのか」と聞かれるようになる。構図としては、学生の進路面談と同じです。
確かに、よくあるシーンですね。
WORK MILL
高部
もちろん、夢を持つことが悪いわけではありません。また、企業に所属している以上、目標面談はあって然るべきだと思います。上司としても、部下のパフォーマンスを向上させるために、定期的な面談は必要ですよね。
でも、夢の有無やその内容は、本来なら他者にはコントロールできない「治外法権」であるはず。なのに、部下の生産性を上げるために、「夢」に踏み込んでいるパターンが少なからずあるわけです。
その会社や上司は、その夢に向かってずっと伴走してくれるわけではありません。そうなると、夢がない人に夢を作らせようとするのは、やはりハラスメントだと言えるのではないでしょうか。
「ドリーム・ハラスメント」を受けた若者が示す4タイプ
ハラスメントを受けた人は、どう反応することが多いのでしょうか?
WORK MILL
高部
4つのタイプがあります。
1つ目は、「待機型」。いつか夢が見つかるだろうと考え、考えるのを保留するタイプです。「夢が見つかれば、自分は本気を出せる」と考え、あまりがんばろうとしない傾向にあります。
2つ目は、「即席型」。大人から夢を問われたときに、慌てて夢を決めてしまうタイプです。
問題を先送りする「待機型」と違い、その場しのぎで答えを出してしまうのですね。
WORK MILL
高部
そうですね。一時的に夢から解放されるものの、自分で悩み抜いて出した答えではないため、後から「この道で良かったのだろうか」と後悔してしまうことがあります。
3つ目は、「捏造型」。本当に思っているわけではないのに、その場における正解を「自分の夢」として答えるタイプです。
その場をしのぐという意味では、「即席型」とも少し似ていますね。
WORK MILL
高部
ただ、「捏造型」の中には、「本当の夢」を持っているタイプもいます。その夢を正直に話したところで、大人から認めてもらえないと察し、「大きな企業に勤めたい」「公務員になりたい」と望まれている答えを想像し、捏造してしまうのです。
根深い問題ですね。
WORK MILL
高部
もっと根深いのが、4つ目の「免除型」です。成績が優秀ゆえに、夢についての問題を免除されてきたタイプです。
学生時代は勉強だけしていれば問題なかったのに、社会人になってから急に「君はこれからどうなりたいの?」と問いを突きつけられて、困ってしまうのです。
4タイプの中でも、「免除型」は社会人になってから増えてくるタイプなんですね。
WORK MILL
高部
私の想像ですが、「WORK MILL」の読者の方は、「待機型」と「免除型」が多いのではないでしょうか。
なぜそう思うのですか?
WORK MILL
高部
働き方や生き方において、「自分らしさ」を追求している方が多いからです。
例えば、「即席型」の人は、野球をやっているから「とりあえず、野球選手を目指しています」というように、そのとき取り組んでいることに基づいて夢を作る傾向にあります。この場合、「自分らしさ」に悩んでいるわけではないんですよね。
「捏造型」の場合、自分の中で「生き方」が決まっているのですが、夢を聞いてくる相手とのコミュニケーションが面倒だから、その場をしのぐ。「自分らしさ」を探しているわけではないんです。
つまり、夢を保留にしている「待機型」と、初めて夢について考えている「免除型」が、「自分らしさ」に悩む傾向にあるということですね。
WORK MILL
夢とは、本来持っていないのが当たり前
「待機型」や「免除型」のように、夢や自分らしさを見つけることのできていないタイプの人は、いかに夢と向き合えばいいのでしょうか?
WORK MILL
高部
私はそもそも、「夢とは誰もが持たなくてはいけないもの」とは思いません。
夢を持つ生き方がデフォルトだと認識している方は多いと思いますが、夢を持ってこの世に生まれてきた人なんて、いません。
「夢がない」というのは、普通の状況なのだと。
WORK MILL
高部
夢を持たなくとも楽しく生きられることこそが、多様性の実現だと思います。
『ドラえもん』で言えば、みんなが出木杉になるのは、出来過ぎた味気ない世の中です。のび太はのび太を貫き、のび太として社会に貢献するからこそ多様性に繋がるのだと思います。
同様に、みんながみんな夢を持っている状況は、結局は画一的な世の中であり、逆に夢がない世界ではないでしょうか。夢のない時代は不幸ですが、夢を必要とする時代はもっと不幸です。
とはいえ、それでも夢に向かっていないと不安に思う人もいると思います。そんな人は、誰かの夢に相乗りしてみてはどうでしょうか。
誰かの夢に相乗り?
WORK MILL
高部
自分のやりたいことがないなら、誰かのやりたいことを手伝う。そんな生き方もありだと思うんです。 夢を1人で抱え込まず、誰かと一緒に抱える。それは友達でもいいですし、SNSで知り合った人でもいい。人生には、個人戦だけではなく、チーム戦もあると知るだけで、選択肢は一気に広がると思います。
「逆算」ではなく「加算」しながらキャリアを築く
「夢はなくてもいい」とのことですが、夢がないままに自分らしいキャリアを築いていくことはできるのでしょうか?
WORK MILL
高部
はい。逆算型ではなく、加算型でキャリアを築いていくことで、可能になります。
逆算型というのは、「夢をゴール地点にして、そこから逆算して目標を細かく設定していく」ことですよね。加算型とは、どのようなものでしょうか?
WORK MILL
高部
「いま目の前にあることに取り組むことで、キャリアを積み上げていく」のが加算型です。
スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんが良い例ですが、成功した人の中には「もともと夢を持っていなかった」と公言している方はたくさんいます。
目の前のことにコツコツと向き合うことで開けた未来に、身を委ねる。紆余曲折はあっても、その積み重なりこそが結果的に「自分らしさ」になるのではないでしょうか。
未来志向ではなく、現在志向ということですね。
WORK MILL
高部
ゴール=夢に向かって努力する「逆算型」は、言い方を変えると「減点主義」。夢の達成が100点満点だとすると、夢に辿りつくために設定したマイルストーンからずれるたびに、減点されてしまいます。
一方で、「加算型」は「加点主義」。ゴールが設定されていないので「あれもやりたい」「これもやりたい」と進んでいくうちに、いつの間にか100点を超えていることもあるはずです。
加算型の方が、オリジナルで独創的なキャリアになることも多いと思います。
納得感があります。
ただ、夢を叶えることを拠り所にできる「逆算型」に比べて、「加算型」ではモチベーションを維持し続けるのが難しいように思います。 「加算型」は、何を心の拠り所にすればいいのでしょうか?
WORK MILL
高部
「自分の純粋な好奇心」です。
損得勘定や忖度感情を抜きにして、自分の中でどうしても強烈に興味関心が沸いてしまうもの。それがランドマークになると思います。他の人なら素通りするかもしれないけれど、自分はつい立ち止まってしまう。そこに目を向けることですね。
僕はよく「夢よりも蓼(たで)を大事にした方が良い」と言っています。
「蓼食う虫も好き好き」の「蓼」ですか?
WORK MILL
高部
そうです。蓼は刺身のつまみによく使われている植物で、苦いんですよ。でも、ことわざの通り、蓼を好んで食べる虫もいます。
加算型のキャリアを目指すなら、他の人にとってはおいしくないけど、自分にとってはおいしいものを大事にすると良いと思います。
自分にとっての「蓼」を大事にすれば、「自分らしさ」につながるということですね。
WORK MILL
高部
はい。それに、加算型のキャリアを歩む道の途中で、「夢」に出合うこともあるかもしれません。
大事なのは、「夢」を持っていても、持っていなくても、自分のキャリアは築いていけるということ。「夢」という言葉にとらわれず、少しカジュアルに自分と付き合ってみてください。
2023年4月取材
取材・執筆:早川大輝
編集:桒田萌(ノオト)