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別れを乗り越え、人をつなぐ使命を果たす。トヨタ社員がベンチャーCEOになるまで(土井雄介さん・前編)

トヨタ自動車の社員でありながら、オープンイノベーションを推進する企業UNIDGEで「出向CEO」を務める土井雄介さん。

一見すると、まったく異なる世界を同時に歩んでいるようにも見えるキャリアは、実は「人と人をつなぐ力」から生まれたものでした。

所属する企業と資本関係のない会社で、経営という重責を担う。そんな前例の少ない働き方を、どのように実現したのでしょうか。前編では、土井さんの越境キャリアの原点を探ります。

土井雄介(どい・ゆうすけ)
静岡県富士市生まれ富士宮市育ち。2015年東京工業大学大学院卒業後、トヨタ自動車に入社。物流改善支援業務を行ったのち、役員付きの特命担当に任命される。並行して、社内有志新規事業提案制度を共同立ち上げ・運営。プレーヤーとしてもこの制度に新規事業を起案し、2年連続で事業化採択案に選出される。その後、社内初のベンチャー出向を企画し、AlphaDriveの創業期に参画。多数の新規事業の制度設計/伴走支援を実施。以降トヨタ社内から事業を生み出すしくみ作りを担当すると共に、協業支援会社UNIDGEを共同創業。2023年8月よりトヨタ初の若手社長出向としてUNIDGE Co-CEO。AlphaDrive新規事業経営エコシステム責任者 / 東海拠点長。その他、株式会社ユーザベース CEO室。寿司ベンチャー企業、株式会社SUMESHI 社外取締役。累計80社以上の企業支援に関わり、年間60本以上の講演、審査員としても活動。

「人をつなぐ道」選択の原点は母からの教えと高校テニス部の挫折

現在、土井さんは大企業のオープンイノベーションを支援するUNIDGEの共同創業者 Co-CEOを務めていらっしゃいますが、まったく資本関係がないトヨタ自動車から出向されているそうですね。

かなり異例なことだと思うのですが、まず現在に至るキャリアの原点について教えてください。

Evoto

土井

キャリアの原点は大学院時代ですね。僕は金属材料の研究をしていました。というのも、日本は金属と繊維で発展してきた国だと考えていたし、もともと物理が好きだったので、金属材料をとことん突き詰めてみたかったんです。

ただ、大学院まで進むと、本当に優秀な人ばかりで、「自分はここにいていいのかな」と思うこともありました。

Evoto

土井

それで、自分の得意なことをよくよく考えてみると、「人をつなぐこと」じゃないかなと気づいたんですよね。

インカレサークルを立ち上げたり、人を巻き込んだりするのが得意だったので、研究とは違う道に進みたいなと感じていました。すごい技術があるのに、なかなか世の中に出ない。生半可なことではない研究に向き合う人たちの努力を知っている自分が何かできないかな、と。

だからこそ、自分はそういう人たちが苦手な部分を補う立場として、人をつなぐ力を生かせる仕事に就きたいと思うようになりました。

「人をつなぐ力」はいつ養われたのでしょうか?

Evoto

土井

たぶん、家庭環境と高校時代の経験が大きいですかね。僕は元来わがままで自己中な性格なんですけど(笑)。

母から「人に迷惑だけはかけるな」「周りの人をありがたいと思うように」と常々言われて育ったので、他人を思いやる大切さを意識してきました。その意識が人をつなぐ軸になっているのかもしれません。

もう一つ、高校時代は強豪のテニス部で部長をしていたのですが、何年も続いたインターハイ出場の記録を僕の代で止めてしまったんです。

それは悔しいですね……。

Evoto

土井

はい。県選抜の選手ばかりが集まるチームだったのに、なぜ勝てなかったのか。振り返ってみると、顧問の先生が交代したことで、チームの一体感がすっかり崩れていたんですね。

そのとき痛感したのは、どれだけ個人が強くても、チームとしての関係が噛み合わなければ勝てないということ。

なるほど。チームの力。

Evoto

土井

この挫折を通じて、バラバラな個をひとつに束ね、同じ方向に向かわせる「人をつなぐ力」こそが、本当のチームの強さをつくると学びました。

自分のためではなく、誰かのために。トヨタ自動車の「産業報国」の精神に共鳴

そんな土井さんが就職先に選んだのが、トヨタ自動車。入社の決め手は何だったのでしょうか?

Evoto

土井

大学院の研究室に、トヨタ自動車に勤めている先輩が来て話をしてくれたんです。それまで就活で話を聞いていたのは、ベンチャーやコンサルの方々が多かったのですが、皆さん自分のキャリアや会社の話をしてくれるんですよね。

でもトヨタの先輩は違っていて、地球環境とか、世のため人のためといった話ばかりしていて、「これは何だ?」と衝撃を受けました。

他の社員の方にも話を聞いてみたら、皆さん口をそろえて「社会的な意義や責任」を話すんです。

社会的な意義?

Evoto

土井

創業の精神の話になったとき、「産業報国(事業を通じて国家社会に貢献すること)」という言葉が出てきて、そこに強いロマンを感じたのを覚えています。

「失われた30年」と言われ始めた当時、就活で出会った人たちは「自分たちがこの状況を変える」と語っていたけれど、トヨタの人たちは違った。「この人たちが強い日本をつくってきたんだ」と思ったんです。

世界をリードしてきたのは、この人たちが自動車産業を築き、今も僕らの世代に豊かな社会を残してくれているからなんだな、と。その価値観に惹かれました。

Evoto

土井

それから、トヨタの皆さんは「チームで強くなる」という視座で語ってくれました。

キャリアの原点にもつながるのですが、自分が大事にしてきた人と人のつながりにも通じているなと。それで最終的にトヨタに入社することを決めました。

トヨタ自動車に入社後は、どのような仕事をされてきたのでしょうか?

Evoto

土井

物流改善の仕事です。具体的には、全国の販売店さんに常駐して、トヨタ生産方式や改善の考え方をベースに物流改善の支援や事例づくり、研修形式でのその展開などをしていました。

僕は中古車関連を担当することが多く、下取り車を引き取って再商品化し、もう一度店頭に並べて売る。その一連の流れを整え、最適な仕事にしていく活動を販売店さんと一緒に推進していました。

技術系出身なのにそんな仕事をされていたんですね!

Evoto

土井

技術職の推薦をもらって入社したんですが、現場でトヨタが強くなった秘密を知りたかったので、配属面談でも「改善やトヨタ生産方式に携わる仕事をしたい」と希望をあげさせていただいていて。

そんな僕の配属が発表されたとき、まさかの「カスタマーファースト推進本部」。品質保証やアフターマーケットが中心で、全然希望と違ったんです。

 

Evoto

土井

部署名は希望していた部門とは違ったのですが、実際はトヨタの強みを全国に展開していくチームで、コンサルのように動ける環境でした。

新卒はほとんどいない部署でしたが、人事の方がちゃんと僕の希望と特性を見てくれていたんだと今では思っています。

仕事はいかがでしたか?

Evoto

土井

楽しかったですね。たとえば、地方の販売店に常駐させて頂いて、在庫を大量に抱える従来型の中古車販売から「回転率」を重視した仕組みへと転換する方法の実現に販売店さんの現場の皆様と一緒に邁進したこともあります。

平日はずっと地方に常駐していましたが、工場だけでなく全国の現場に改善文化を広げることにやりがいを感じていました。

同年代の死。無力感の先に見出した使命

順調にキャリアを積まれていた中で、いまの働き方につながる転機はどんなことだったのでしょうか?

Evoto

土井

私が新卒で入社したころ、世の中では過労による自殺が問題視されるようになっていました。中には、同世代で命をなくす人たちもいました。

私の大学時代の友人もその一人です。亡くなる1週間前にも会っていて、「お前は面白いことをやってるから、もっといろいろなことをやってくれよ」と言われたんです。

当時、僕は人のつながりをつくるために、入社前に同期700名を集めた飲み会を開催したり、会社の垣根を超えて異業種交流会を企画したりと、仕事以外の場づくりをしていました。

入社祝いで、「人との縁をつくるために使いなさい」と母から渡されたお金を、飲み会で使い果たしたのだそう。(提供写真)

Evoto

土井

僕は「楽しい場」づくりをしているつもりでしたが、彼のように苦しんでいる人にとってはいわゆる交流会では救いにならなかったわけです。

トヨタの中にも想いがある人がたくさんいる。世の中で起きているようなことが社内には起きないように。「もっと自分の思いや夢に向き合う機会をつくれないか」「そういう機会があれば、もっとトヨタをもっとおもしろくできるんじゃないか」と考え、新規事業コンテスト「A-1 CONTEST」を先輩や仲間と一緒に業務外の“有志活動”として立ち上げることにしました。

どんなコンテストだったんですか?

Evoto

土井

クルマに限らない自由な事業アイデアを競う場として事務局も参加する人も業務ではない”時間外活動”として企画しました。

まず参加者同士でチームを編成したうえで、各チームが約4カ月かけて課題の調査と事業モデルの改善を重ねていきます。

最終的には、トヨタの役員や新価値創造の先駆者を前に最終プレゼンを行う形式で、社内新規事業の実践に挑戦するという構成です。

どのようにスタートしたのでしょうか?

Evoto

土井

最初は3人で朝活のような位置づけで議論をしていたところに、僕も含めた数人が関わり、勝手に始めました。立ち上げ当初、ポスターを作成して募集したのですが、いろいろな人に声をかけたものの、社内のリアクションは薄くて……。

うまくいくか気がかりだったんですけど、説明会を開いたら100人以上が集まったんです。その光景を見たとき、「やっぱりトヨタってすごい会社だ」と思いました。

ある年の最終発表の様子(提供写真)

Evoto

土井

実際に開催して、最終発表のときなんか、もう毎回泣いていましたね。嗚咽するくらい(笑)。でも、それくらいみんなの熱量がすごかったんですよ。

参加してくれた人たちも、応援してくれた先輩たちも、全員が「トヨタをもっと良くしたい」という思いを持っていて。

僕達はその場をつくっただけなんですけど、「この会社には、こんなにも本気の人たちがいるんだ」って心の底から思いました。

新規事業コンテスト「A-1 CONTEST」の参加者たち(提供写真)

Evoto

土井

プリウスのチーフエンジニアや先進技術のトップの方々など、会社の上の方々が「応援するよ」と言ってくださって。

他にも参加者から「この場があったから会社を辞めずに済んだ」「こういう場をつくってくれてありがとう」と言葉をもらったりして、本当に報われた気がしました。

新規事業の壁を乗り越える。トヨタ初のベンチャー出向へ

「A-1 CONTEST」で社内に新しい動きを生み出されたのち、今の土井さんに至るまでにはどんな転機や出来事があったのでしょうか?

Evoto

土井

「A-1 CONTEST」をきっかけに、これもかなり異例のことなのですが、「役員付の特命担当」にしていただいたんですよ。

これはトヨタとしては本当に異例のことで、当時は若手がそんな仕事をするなんてありえなくて。

前例のないことだったんですね!

Evoto

土井

その背景には、トヨタが「モビリティカンパニー」に変わっていくという大きな動きがありました。

「新価値創造人材を集めたい」という流れの中で、役員の下で働いていた軸丸さんという方に声をかけていただいたんです。それで改善の部署にいながら「社内兼業」みたいなかたちで、グループ会社全体の新規事業やオープンイノベーションの風土醸成企画や、実際の新規事業に関わり続けました。

Evoto

土井

ただ、同時に壁にもぶつかりました。

当時A-1の共同発起人の一人が立ち上げていた「社内公募制度B-project」に先輩と参加していたのですが、そこで300件近くから選ばれた事業化案件を、成果までに結び付けることができず、形にできなかったんですよね。それも2年連続で……(笑)。

その経験が、次のキャリアを考えるきっかけになったのでしょうか?

Evoto

土井

そうですね。そのとき、リクルートの新規事業室の室長をしていた麻生要一さんの話を聞いた際に。「新規事業には『型』がある。誰でもできる」と言われて、ハッとしたんです。

トヨタは標準化の文化がすごく強い会社なので、『型がある』と言われて腹落ちしたとうか。「確かに新規事業にも標準があるのかもしれない」と思ったんです。

それで、新規事業をもっと深く知りたいと思い、麻生さんが新規事業支援の会社「AlphaDrive(アルファドライブ)」を立ち上げてすぐに会いに行って、「一緒に働きたいです、転職させてください」と伝えたんです。

2018年、「AlphaDrive(アルファドライブ)」創業後の麻生さんの愛知県での講演の様子(提供写真)

一時は転職を考えたんですね。

Evoto

土井

その時、実はトヨタの上司が同席していて。「出向っていう形もあるんじゃない?やってみないと分からないけど……」と言われて。

そこから1年半くらいかけて、人事や様々な関係者にお話をさせて頂き、承認をとって、トヨタ初の自分で探したベンチャー企業への出向を実現させました。

これで異例の出向に繋がったんですね。AlphaDriveでは、どのようなポジションで仕事をスタートされたのでしょうか?

Evoto

土井

そもそもまだ数人しかいなかったので、企業の伴走者として、企業の新規事業を支援する仕事ですね。

当時、「A-1 CONTEST」の立ち上げ経験や「B-project」での事業化採択の経験はあったものの、プロとして新規事業支援に伴走する経験はなかったので、AlphaDrive COOの古川央士からイロハを学びました。

立ち上げたばかりの会社だったので、営業はゼロからです。僕は企業内有志団体の実践コミュニティ「ONE JAPAN」のメンバーだったのですが、そこで出会った様々な企業の課題を聞いたことも活かしながら、いろいろな企業に飛び込み的にお声がけしていきました。

大企業55社の若手・中堅社員を中心とした企業内有志団体の実践コミュニティ「ONE JAPAN」。2016年から活動を行っている。(提供写真)

Evoto

土井

ちなみに少し不思議な話ですが、この時にトヨタが自分の顧客になったんです。

実は、特命担当のときから様々な方から聞いていた課題感があって。自分自身も“事業化採択案件を実現できなかった”失敗の実践者として課題を強く感じていたため、その課題を解決し、再現性を持って事業を生み出せるような仕組みをトヨタに提案したんです。

まさに、新規事業の仕組み化ですね。

Evoto

土井

はい。その提案を関わっていた皆さんと一緒にブラッシュアップしていき、新事業創出スキーム「BE-Creation」が生まれました。

あのときは、トヨタの外に出て「内と外の交差点」からこそ辿り着けた場所だったんじゃないかと思います。

2025年10月取材

取材・執筆=末吉陽子
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代(ノオト)