デフスペースって何? 視覚で世界を捉える人々の見える力を活かすスペース「5005(ごーまるまるごー)」を訪ねてみた
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2023年11月、西日暮里駅から徒歩5分ほどの場所にオープンしたのが日本で初めてのデフスペース「5005(ごーまるまるごー)」です。くるくると回転する看板を目印に、ガラス貼りの建物の中をのぞいてみると手話を使う人達が目に入ります。
「デフスペース」とは、手話などの視覚言語でのコミュニケーションが取りやすい設備などを取り入れ、ろう者が心地よく過ごせるよう設計された空間のこと。具体的には一体どんな工夫がされた場所なのでしょうか?
実際に5005の運営に関わる牧原依里さん、空間設計アドバイザーでデフスペースデザインを研究する福島愛未さんにお話を伺いました。
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5005(ごーまるまるごー)
視覚で世界を捉える人々(ろう者・難聴者・ろう者の家族をもつ聴者たちなど)のためのワーキング・プレイス。会員制コワーキングスペースやイベント開催、演劇制作など「ろう文化」の可能性を社会に発信し、視覚で生きる人たちの文化や感性の発見・構築をしている。運営は、一般社団法人 日本ろう芸術協会(代表理事:牧原依里)と一般社団法人 ooo(オオオ)(代表理事:和田夏実)。
「デフスペース」には2つの意味がある
「デフスペース」という言葉を初めて聞きました。まずは基本的なことですが、「デフスペース」がどういう意味なのか教えてください。
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福島
デフスペースとは、見る力・感じる力・聴覚以外の五感を活かせる、ろう者が過ごしやすく設計された空間のことを指します。
「聞こえなくてかわいそう」ではなく、「ろう者の優れた部分を活かそう、ろう文化を活かそう」を背景に、アメリカのろう学校・ギャローデット大学で生まれ、広まった考え方なんです。
とはいえ、日本で使われている手話で「デフスペース」を表現するときには、今もアメリカ手話を使っています。それくらい日本では、まだ馴染みの薄い言葉とも言えますね。
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牧原
とはいえ、今まで日本にデフスペースが全く存在しなかったわけではないんです。適した言葉がなかっただけ。
聴者(聞こえる人)にとって当たり前の空間が、ろう者には「なんか合わないなー」と感じることがあるんですよ。その都度、ろう者は過ごしやすいように工夫してきました。
本日お越しいただいている「5005」は、その知恵や経験を詰め込んだ施設になっています。
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福島
ちなみに、英語では「DeafSpace」と「Deaf space」という、2つのデフスペースについての表現があるんです。
どういう違いがあるんですか?
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福島
・「DeafSpace」は、ろう者が過ごしやすい建築デザイン(ハード)
・「Deaf space」は、ろう者が安心して交流できる居心地がいい場所(ソフト)
を指します。
それぞれ使う手話は変わるんですが、音声言語にすると一緒になっちゃうんです。
ろう者にとって過ごしやすい建築デザインで、安心できる場所かつ「ろう文化」を活かしやすい空間ということですね。
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牧原
そうですね!
この世界にある建築物やモノって聴者用に作られているものが多いので、私たちが「不便だな〜」と感じる部分って実はたくさんあるんですよ。
具体的にどんなものに不便を感じるのか、教えてください。
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福島
たとえば、聴者はトイレで中に人がいるかどうかを確認するために、「コンコンッ」とノックをしますよね?
ろう者である私たちってそのノックが聞こえないんです。私がうっかり鍵をかけ忘れた時に、バッ!と、あけられたことがあって……(笑)。
私はすごく焦ったんですが、あけちゃった人もノックをしていたのなら「なんでいるの!?」って困惑していたと思います。
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牧原
学校などでは、先生が「みなさん、注目〜!」って手を叩きながらその場を鎮めますよね。でも、ろう者には、その拍手が聞こえません。
だから、ろう者が集まっている場合は電気をチカチカさせて視覚に働きかけるんです。聴者の場合、音を使うことが多いですよね。でも、ろう者は光を使った視覚情報でコントロールしているんですよ。
聴者がいかに「音」の情報を頼りに生活しているのかを実感します……。
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手話をしやすい空間ってどんな場所?
空間という面ではどうですか?
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福島
手話で会話するときは、お互いがある程度距離を取らないと話しづらいんです。
たとえば、公共空間の場合、歩道は狭いですし、横並びになれないから道を歩きながら手話で話すのはなかなか難しいんですよね。歩道橋がある場所では、階段や柱によって歩道がさらに狭くなってしまいます。
あと、自転車も通るので危険! 後ろからベルを鳴らされても気づけません。
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牧原
あ、ご飯屋さんも手話だと話しにくい場所が多いですよね。
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福島
そうそう。基本的に四角いテーブルが多いし、カウンター席のように横一列に並んでしまうと手話ができないんです。1対1なら向かい合えますが、グループで食事をすると「手話が見えない!」ってなることが多いですね。
どんなテーブルだと、手話をしやすくなりますか?
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福島
「楕円」や「丸」など角がないテーブルですね。
5005でも何度かイベントを行っているのですが、この大きな楕円のテーブルでは、参加者全員の手話がしっかり見えました。
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牧原
楕円だと、余計なストレスがかからなくていいよね!
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全員を見渡すために、ある程度の広さと距離感が必要なんですね。
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牧原
あと、空間に仕切りがなく、視界が開けている場所の方がいいですね。
私が所属している会社では手話でコミュニケーションができる社員が多いんですが、ワンフロアに遮るものが何もないんです。
社長がいる部屋もガラス張りになっているので、「あっ、今なら声かけられるな」「今は他の人と話しているからやめておこう」というのが一目でわかります。
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牧原
ただ、内緒話をしたい時はオープンすぎると他の人にも見えてしまうので、机の下に屈んで手話をするんです……(笑)。その都度やるのも大変なので、仕切られた会議室に移動することもありますよ。
手話での内緒話は、周りから見えない場所でする、ということなんですね。
反対に、ろう者の方が働きにくさを感じる環境ってどんな場所になるのでしょうか?
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福島
ドアが自分の後ろにある部屋で働くのは怖いですね。急に肩を「トントン」ってされてびっくりすることがあるので、部屋全体を見渡せるすみっこがお気に入りになります(笑)。
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福島
私はろう者のための建築についても発信しています。海外の事例ですが、ろう者が多く働いている職場であるデンマークのDøvefilmでは、「鏡」を活用しているんです。
「希望者は自分の机や目線の先に、好きなだけ鏡を置いてもいい」というルールがあって、大きいものから小さいものまでたくさんの鏡が置かれてありました。
そんな工夫の仕方もあるんですね!
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日本初のデフスペース「5005」
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(※1)社会に対して新たな価値観や創造的な活動を生み出すためのさまざまな「アートポイント」をつくるために、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京が、地域社会を担うNPOとともに展開する事業。実験的なアートプロジェクトをとおして、個人が豊かに生きていくための関係づくりや創造的な活動が生まれる仕組みづくりに取り組んでいる。主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、一般社団法人ooo
(※2)「わたしを起点に、新たな関わりの回路と表現を生み出す」をコンセプトに、異なる身体性や感覚、思考を持つ人と人、人と表現が出会う機会をつくる「東京アートポイント計画」のプロジェクト。
今日の取材場所でもある「5005」についても詳しく教えてください。こだわったのは、どういう部分ですか?
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牧原
一番大切にしたのは、視覚で世界を捉える人々にとって心地いい、そして実験・挑戦ができる場所にすること。
この場所は、私が代表を務める「一般社団法人 日本ろう芸術協会」とコーダ(※)の和田夏実さんが代表を務める「一般社団法人 ooo」で共同経営しています。
(※)聴覚に障害のある親を持つ子ども。「Children of Deaf Adults」の頭文字をとって「CODA(コーダ)」と呼ばれる。
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牧原
私は芸術の観点から、和田はどうしたら集いやすい場になるかという観点から。2つの異なる視点で、「ろう文化」にアプローチできるよう工夫しました。
ここはコワーキングスペースでもありますよね。現在は、どんな方が利用されていますか?
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牧原
「安心」につなげるためにも現在は会員制としていて、基本的にはろう者の会員さんが多いですね。なかには、手話を勉強中の方もいますよ。
でも、ガラス張りの入口なので「ここは何!?」って突然入ってくる方もいらっしゃいます(笑)。
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福島
会議などでも空間を分けて使えるように、空間を仕切るカーテンも調整中なんです。
聴者の使う空間だと壁やパーテーションで仕切られていると思うのですが、ろう者は壁があると情報が遮断されて不安になってしまうんです。
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壁があると向こうの様子が全く見えないですからね……。白いカーテンにしているのには理由があるのでしょうか?
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福島
柄や色があるカーテンだと「目がうるさい」と感じてしまうんですよね。でも、白すぎるとそれも刺激になる。
だから、存在感はあるけれど、「手話が見えそうで見えない薄さ」になるように調整しているんです。
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牧原
また、5005ではトークイベントや演劇なども開催しています。
その際、集まってもらった方に座ってもらうのですが、3つの高さの椅子を準備しているんです。手話が見えやすいように、高さを調整しています。
一番小さい椅子は、真ん中の椅子の脚を切っただけなのですが、参加者さんにとっても好評で。この高さの大人用の椅子ってあまりないんですよね。
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なるほど、こういう高さの違いがあると視界が開けるんですね。
ちなみに、吊り下げられた照明も取手がついていて自由に場所を変えられるようになっていますが、これはどういう意図なのでしょうか?
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牧原
手話って明るくないと見えないんです。あと、手の動きだけでなく、表情も大切。でも、照明の位置によって顔に影ができてしまうことがあって……。
だから、「電気が来い!」と(笑)。照明を自分で調整できるので、ストレスが減りました。
なるほど、自分たちが照明のある場所に行くのではなく、照明のほうに動いてもらう……! 逆転の発想ですね(笑)。
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牧原
また、一つひとつの照明に番号をふってあり、スイッチを個別につけてあります。だから、「ここだけ消したい・付けたい」が簡単にできます。それぞれ調光も可能です。
すごい!
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福島
でも、実際にこの場所を使ってみて分かったんですけど、この照明を動かすための棒に頭や手がぶつかっちゃうんです(笑)。
引き続き、改善はしていきたいですね。
ろう者の視点や発想にヒントを得て、一歩前進する場所へ
聴者が「ろう文化」についてもっと知りたい、手話について勉強したいと思ったらどうしたら良いでしょうか?
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牧原
ろう者と触れ合うのが良いでしょう。初めから完璧に手話ができなくても大丈夫。
1年くらい手話を続けているとコミュニケーションが取れるようになります。3年もやれば、軽い冗談も話せるようになりますよ。
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福島
私が働いている会社も、最初は筆談で会話をスタートしました。でも、働きはじめて4年くらい経った今、みんなと手話でお話しています。毎日会う、毎日触れ合うのが一番ですね。
「ありがとう」など簡単な手話でもいいので、交流できるきっかけがあると私たちもほっこり温かい気持ちになれます。ここに来る前に手話やろう文化について少しでも知っておいてもらえるとありがたいですね。
どこに行ったら、ろう者の方と会えますか?
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牧原
ここ!!
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福島
ここ!!
本当その通りですね(笑)。
最後に、今後の目標を教えてください。
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福島
私はデフスペースの研究を10年ほど続けていますが、こういうお話をすると「ろう者が困っていることに手を差し伸べよう」という方向に話が向かいがち。
そうではなく、私たちの「見える力」を活かしたいと思っています。ろう者のためじゃない、一緒に体験して「いいね!」と、リスペクトが生まれる空間にしたいです。
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牧原
手話ってどうしても福祉のイメージが強いと思うのですが、アートや建築、デザインなどいろいろな分野とコラボすることで新しいアイデアの種が生まれると思うんです。ろう者の視点や発想にヒントを得て、一歩踏み出せる。そんな場所にしていきたいですね。
今後は新しいイベントや企画も進めていく予定です。ぜひ、お気軽に足を運んでください。
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福島
あと、ろうの子どもたちとその保護者さんにもきてほしいかな。実は、ろうの子どもの親の95%は聴者なんです。私もそうです。
そうなると、ろうの生活様式や文化を親から伝えるって難しくて。親もわからないし、子どもも学ぶ場所がない。でも、ここにはご家庭で活用できるアイデアもいっぱいあると思いますよ。
5005を通じて、暮らし方まで変わっていったら素敵ですね!
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牧原
手話って消滅危機言語にもなっているんです。人工内耳(※)の進化によって、声も使うけど、手話も使う、そんな人が増えている気がします。
そのため、手話を使えない大人が子どもの声に頼り、結果的に手話を使わない空間になりがち。人工内耳を装用しないろう児も居場所がなくなりつつあるという話をあちこちから聞いています。
(※)音声を電気信号に変えて脳に伝える人工臓器。有効性には個人差がある。
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牧原
子ども達が聴者に合わせることを基準に生きていくのではなく、お互いの視点を尊重し、新しい文化を築いていける、そんな場所にしていきたいですね。
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2023年11月取材
手話通訳=小松智美
取材・執筆=つるたちかこ
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト