熱量のピークで一緒に盛り上がる。開校10年目を迎えたカレーの学校・水野仁輔さんのコミュニティとの関わり方
「カレーの学校」は、カレーの作り方を教えない学校です。10年前に始まり、卒業生は約1200人。卒業生同士でイベントを開いたり、カレーを探求する旅行に出かけたりと、自主的な活動が続いています。
校長を務めるのはカレー専門の出張料理人で、スパイスセットを販売する株式会社エアスパイス代表の水野仁輔さん。ご本人は「統率もしていないし、率いてもいない。ただいるだけ」と話します。
今回は水野さんに、学校を始めたきっかけや、卒業後も人が残り続ける理由、参加者が自ら動き出す仕組みについてお話を伺いました。

水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレーの人。株式会社エアスパイス代表。1974年生まれ、静岡県浜松市出身。1999年にカレー専門の出張料理人として活動を始め、出張料理集団「東京カリ〜番長」を結成。会社員を続けながら20年にわたってカレーの活動を行い、その後独立。レシピ付きスパイスセット「AIR SPICE」の販売のほか、カレーに関する書籍を多数手がける。2016年に「カレーの学校」を開校し、校長を務める。
カレーで人が集まる楽しさを、もっと多くの人に広げたかった
まずは、水野さんの現在のお仕事について教えていただけますか。


水野
本業はカレー専門の出張料理人です。
ほかに、株式会社エアスパイスの代表として、レシピ付きのスパイスセットを販売、カレーの学校や料理教室の運営、本の出版もしています。


水野
新聞などでは「カレー研究家」と書かれることが多いんですが……。
僕は研究したり食べ歩いたりする人ではなく、カレーを作る人なんですよね。なので、全部ひっくるめて「カレーの人」と名乗るときもあります。
「カレーの人」、分かりやすいですね。活動を始めたのはいつごろですか。


水野
明確に覚えているのですが、1999年9月25日です。恵比寿の公園に友達を集めて、カレーを作って振る舞ったら、すごく盛り上がって楽しかったんです。それから毎月、東京23区の公園を一つずつ選んで、友達とカレーを食べる会を開くようになりました。
当時はまだ広告会社で働いていて、そこから20年間はサラリーマンをしながら週末にカレーを作っていたんですよ。
20年も!


水野
活動を続けるうちに、雑誌の連載や本の話をいただくようになり……、いつの間にかカレーの専門家のような立ち位置になっていました。
でも、もともとは僕がカレーを作るとみんなが集まって、その場、その時間、その空間が楽しくなる。それが面白かったんです。
だから、初期のころから「カレーはコミュニケーションツール」だと言い続けています。
おいしい食べ物はいろいろありますが、なぜカレーにはこんなに求心力があるのでしょう?


水野
一つは原体験だと思っています。
おふくろの味がカレーだったり、給食の一番人気がカレーだったり、林間学校でもみんなでカレーを作ったり。日本人には、小さいころからずっとカレーが寄り添っているんですよね。


水野
もう一つは香りです。
クラブDJが音をかけると、フロアの全員に同じ音が一斉に届きますよね。それと同じで、ライブクッキングをしてカレーのスパイスを炒め始めると、その空間にいる全員に香りが一気に届く。
香りは記憶とも結びつきやすいので、カレーの香りをかぐと、おいしかった記憶がよみがえるんだと思います。
なるほど……。そう言われると納得です。
この秋で第60期を迎えるカレーの学校は、どのような経緯で始まったのですか?


水野
カレーの学校は、ちょうど10年ほど前に糸井重里さんから「水野くんがカレーで一番やりたいことに協力したい」と言っていただいて、「カレーの学校がやりたいです」と答えたのが始まりです。
2016〜2018年はほぼ日さんと一緒に運営し、2019年からは独立して運営しています。

なぜ「カレーの学校」を始めようと思ったのでしょうか。


水野
そもそも僕は、自分たちのことを「カレープレーヤー」だと思っています。これは、おいしいカレーを作る人ではなく、カレーをモチーフに面白がれることを何でも実践していく人のことです。
学校を始めた当時、カレーでイベントをする人はほとんどいなくて。どうやら糸井重里さんも、そこに注目してくださったようです。
でも、そういうプレーヤーがもっと増えたら、楽しくなる。学校では、カレーで想像もしていないことが何でもできる、ということを伝えたいんです。
料理教室の生徒は去り、学校の卒業生は残る
カレーの学校の卒業生の皆さんは、Facebookの非公開グループでつながっているそうですね。


水野
はい。当初1期の生徒さんは50人で、90分の授業が6回でした。それだと、せっかく参加しても生徒さん同士はコミュニケーションを十分とれていないこともあって。でも、卒業して二度と会わなかったら、もったいないじゃないですか。
それで、卒業生同士がつながっていられるよう、1期目から「カレーの学校同窓会」というグループを立ち上げました。
2026年10月時点の参加メンバーは1203人。投稿も続いていますね。


水野
ルールは何もないんです。みんな自由に、好き勝手にやっていますね。
メンバーも料理人やカレー店のシェフだけでなく、カレーにはそれほど興味がないけど面白そうだから来た、という人もたくさんいます。
卒業後も、なぜそこまで人が残り続けるのでしょうか?


水野
実は、カレーの学校と料理教室を比べると、参加したい人は料理教室の方が多いんです。料理教室は行けば確実においしいカレーが作れるようになる。分かりやすいですよね。
でも、その生徒さんは得たいものを得たら「ありがとうございました」と去っていくと思うんです。


水野
一方、学校では「カレープレーヤー」と言っているけれど、具体的には何が得られるのか分からない。
分からないけど、面白そうだから来た人たちです。もともと目的があって来ていないから、卒業した後も残るんですよ。
授業の内容も、毎回違うと伺いました。


水野
同じ授業は二度としません。
10年間で90分の授業を354種類、合計531時間やっています。一つのカリキュラムを決めて10年回すのは、僕が退屈で続かなかったと思うんです。だから毎回、今の自分がカレーやスパイスで一番興味のあることをそのまま話しています。


水野
僕は、持っているものを持っていない人に教える、というマインドではないんです。
「今、興味のあることを話しますが、皆さんにとって有益かどうかは分かりません」というスタンスですね。
そのスタンスを楽しめる人が集まっているのですね。


水野
後から意識するようになったんですが、結果的に2つのフィルターがかかったのかもしれません。
まずは申し込みのとき。何が得られるかはっきりしない内容なのに、それなりの受講料がかかって、平日の夜に6回も日程を空けなければいけない。
次は授業中です。いろんな話をしますけど、基本の路線は「プレーヤーになりましょう」と伝える。みんな、きょとんとするし、合わないと感じる人は、卒業後はあまり顔を出さなくなると思います。
2つのフィルターを越えた人たちが残っている。


水野
そうなんです。カレーをモチーフにプレーすることを楽しめる人たちが集まって、自分たちの楽しみを体現できる場に、なんとなくなっている。
なんだか不思議なことになっているな、と自分でも思うんですけど(笑)。
授業後のゼミと緩い5箇条が、卒業生を「プレーヤー」にする
卒業生の皆さんの活動は、どのように生まれているのでしょうか。


水野
学校では、90分の授業の後に必ず1時間のゼミがあります。
そこでは、「卒業後1年以内に、ゼミのメンバー全員でカレーのイベントを1回やる」という課題を出しています。


水野
授業でプレーヤーの話をするだけでなく、実際に自分でやってみる方がいいと思って、ゼミの時間を設けました。
やりたいことのアイデアを出して、何人かで集まり、実現するには何をすればいいかを話し合う。僕は、黙ってテーブルを見回っているだけです。
ゼミのメンバーで、卒業後も活動が続くこともあるのですか。


水野
ありますね。ただ、この課題は義務ではありません。
この前は島根で、特設会場を借りて一般のお客さんまで集めた大きなイベントがありました。一方で、15人ほどで料理を作って食べる、こぢんまりとした会もある。話し合った結果、実現しない期もあります。どっちでもいいんです。


水野
実際にやってみる楽しさを体験した人は、続くんですよ。
卒業してしばらくたってから、「水野さんが言っていたプレーヤーの意味が、ようやく分かりました」と言われることがよくあります。
やれば分かるけれど、その手前では伝えられない。そこが難しいところですね。
ちなみに、カレープレーヤーでいるための心得って何かあるんですか?

カレープレーヤー5箇条
・思いついたことは形にし、実行に移そう。
・1人でやろうとせず、必ず仲間を募ろう。
・正解や不正解を求めないようにしよう。
・誰かの批判や批評をしないようにしよう。
・楽しければやり続け、飽きたら休もう。

水野
これは、修了証書に書いた「カレープレーヤー5箇条」です。
守らせるためのルールではなく、僕自身がカレーのプレーヤーとしてずっと意識してきたことで、ピンときたら取り入れてください、というくらいのものですね。
特に響くのは、どれでしょう?


水野
「楽しければやり続け、飽きたら休もう」ですね。
みんな本業も家族もある中で、カレーの活動をしている。グループで何かやっていると、「俺ばっかり頑張ってる……」という気持ちが出てくるんです。
でも、それは自分が好きでやっていることですよね。仕事ではないコミュニティの活動では、誰がどれくらいの熱量や負荷で関わるかは、比べない方がいいと思っていて。


水野
日本人は真面目だから、「ここでやめたら迷惑がかかる」と思ってしまう。でも、僕はめちゃくちゃ不真面目なので、迷惑をかければいいと思っています(笑)。
校長が一番適当そうだから、みんな「じゃあいけるかも」と思えるんじゃないかな。
上下関係をつくらないことも、意識されていますか。


水野
最後の授業で必ず「今日までは先生と生徒でしたが、卒業後は仲間です。僕のことを先生と呼ばないでください」と伝えています。
だから、イベントの場で「ウーロン茶を買ってきて」と言われたら買い出しに行くんです(笑)。
夢中な人の熱量がピークのときに一緒に盛り上がる
コミュニティを続けるために、水野さんが意識していることはありますか。


水野
僕は環境を用意することも、鼓舞することも、導くこともできないんです。そういうスキルは持っていないので。
一つだけ意識しているのは、今、誰が何に夢中になっているかをよく見ることです。


水野
学校を続けてきて一番勉強になったのは、人は夢中になっているものに対して、テンションが上がっているタイミングでキャッチされると、ものすごい力を発揮するということ。
「仕事でも義務でもないのに、ここまでやれるのか!」という人をたくさん見てきました。
「キャッチする」とは、具体的にはどういうことでしょうか?


水野
たとえば、5〜6人のグループで3カ月後が本番のプロジェクトが進んでいるとします。その中で、Aさんだけがプライベートの時間も割いていて、明らかにすごく頑張っている。
そうしたら、Aさんが頑張っているときに全面的に協力するんです。何か頼まれたら、倍返しで応える。そうするとAさんはもっと盛り上がって、拍車がかかる。
でも、本番1カ月前、Aさんが少しきつくなってきたころに「大丈夫? 何かやろうか?」と声をかけても、すでに遅いんです。
タイミングが大事なのですね。


水野
今まさに、僕のポッドキャスト番組の本を卒業生が自主出版で作っていて、卒業生が開く文化祭で売るそうなんです。
発案者は仕事も家庭もある中で「1カ月はこれに集中する」と言っていて。明らかに今、テンションが上がっている。だから僕も、頼まれてもいないのに「番組用のエッセイを書きましょうか?」と提案して、実際に書いています。
この人がカレーの世界でこの熱量を発揮するのは、これが最初で最後かもしれない。そう思うと、今一緒に盛り上がらなかったら、もう二度とないかもしれないんです。

その「今だ」というタイミングは、どうして分かるのでしょう。


水野
僕自身が飽きっぽいからだと思います。盛り上がっていたものも、2年くらいで冷めて次に行く。授業の内容を毎回変えるのも同じ理由です。
だから、「テンションが一番高いときにやらなきゃ」という感覚が分かるんです。「静かにしているけど静かに燃えているな」という人も分かります。
逆に、熱量が下がった人には、どう接していますか。


水野
「来る者拒まず、去る者追わず」です。積極的だった人が、ある日突然来なくなることもあります。
でも、「最近どう?」と連絡はしません。しばらくして、ふらっとイベントに来て、また毎回来るようになる人もいます。
それだけ自由なのにコミュニティが続いているのは、水野さんに人を巻き込む力があるからでしょうか。


水野
いや、巻き込み力も求心力もないですよ(笑)。
僕はむしろ巻き込まれて、仲間に入れてもらっている側です。

校長でありながら、卒業生の輪の中の一人なのですね。


水野
そうですね。だから、イベントがあっても呼ばれないことも結構あるんですよ(笑)。
呼びたくなければ呼ばなくていい。もう僕のものではなく、卒業生が自分たちのものとしてやっているんだと思います。
そのスタンスが長く続く秘訣なのかもしれないですね。
では最後に、カレーの学校とコミュニティのこれからについて教えてください。


水野
コミュニティの形は、いろいろ変わっていくと思います。それは卒業生一人ひとりのライフステージや興味関心しだいなので、僕がどうこうできるものではないですから。
2026年の今、開校10周年のイベントを準備中です。学校は、僕が授業をすることに飽きない限り続きます。
募集して人が集まってくれて、僕に話したいことがある間は、このまま続けていくと思います。

【編集後記】
「今、私はこれに夢中になっているんだ!」という盛り上がりのタイミングで、一気にやってしまうこと。そんな、ちょっと「ノリ」とも言える進め方を、ビジネスの場で実践できる人は意外と多くないのではないでしょうか?
きっと、自分の「夢中」を大切にできる人は、他者の「夢中」にも気づき、応援できる人なのだと思います。
私はつい、なんとなく「ノらない」タイミングで手を差し伸べることを考えてしまいがちですが、むしろ「ノリノリ」のタイミングで、さらに背中を押してあげる。そんな関わり方も、ぜひ身につけていきたいです。
そして何より、水野さん自身のカレーへの愛がひしひしと伝わってくるインタビューで、こちらまで熱くなってしまいました。なんだかカレーが食べたくなってきた……!
(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / 共創ディレクター 宮野 玖瑠実)
2026年10月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=塩谷哲平
編集=鬼頭佳代/ノオト


