1つ390円のカレーを通して新たなつながりの場をつくる。「カレー屋ふくふく」が目指す福祉のカタチ
2023年6月、新潟県妙高市にオープンした「カレー屋ふくふく」はなんとカレーが1人前390円! さらに、無料でカレーが食べられる仕組みもあり、今月ピンチな方やお子さんなどが利用しているとのこと。
このユニークなお店を経営するのは、16年間、社会福祉士として働いていた保坂正人さんです。
コロナ禍をきっかけに福祉の仕事をやめ、空き家をDIYしてお店を作り上げ、異業種から飲食店をオープン。
「みんながつながれる場所を作りたかった」という保坂さんは、なぜ破格の値段でカレーを販売することになったのでしょうか? そこには、保坂さんだからこそできる新たな場づくりへの視点がありました。
保坂 正人(ほさか・まさと)
新潟県妙高市「カレー屋ふくふく」の店主。26歳から介護職に就きケアマネージャーとして働いていたが、コロナ禍をきっかけに自分なりの福祉をやりたいと退職。2023年6月に「カレー屋ふくふく」を開業し、24年2月には新潟SDGsアワード社会部門で優秀賞を受賞。他にも上越市で劇団STAGEDを主宰し、シナリオ・センターの舞台脚本コンクール2022ではグランプリも受賞している。
「優しいから介護の仕事、やってみたら?」
保坂さんはもともと、まったくカレー屋さんとは別の仕事をしていたんですよね。
保坂
はい。大学時代に演劇と出会い、卒業してからは営業の仕事やパティシエ、ゲームセンターの店員など、20代前半はフラフラしていたんです。俳優になりたくて、東京に出ていったこともあって……。
いろいろありましたが、26歳のときに介護職の道へ進みました。
なぜ介護職を選ばれたのでしょうか?
保坂
亡くなった祖母から「正人は優しいから、介護の仕事をやってみたら?」と言われたのがきっかけですね。
それまで考えてもいなかった職種だったので、まずは就職説明会に参加して。右も左もわからないまま、仕事を始めました。
導かれたわけですね!
保坂
祖父が若くしてアルツハイマー病を発症したときに、僕自身も若かったのでちゃんと向き合うことができなかったっていう後悔もあったのかも……。
じいちゃんへの償いの気持ちもあって、なんだか素直に「行ってみよう」と思えました。
実際に働いてみていかがでしたか?
保坂
高齢者介護をしていたのですが、最初の頃は目の前の人のことしか考えられなかったです。自分が福祉をしている感覚より、介護サービスを「お客さん」に提供しているみたいな感覚もあったくらいで。
いろんな資格を取得しながら、職種も変わっていくと、自分の中で福祉について考えるようになったんです。
たとえば、どんなことを?
保坂
日本には充実した福祉制度があると言われているけれど、必要な人にちゃんと届いているのかな? 制度に頼るだけじゃない地域福祉の形はないのかな?
そんなふうに、もっと僕にできることはないかと考えるようになりました。
ちょうどケアマネージャー(※1)になって1年が経った頃、たまたま「こども食堂」に参加する機会がありました。それがもう自分にとっては衝撃的だったんです。
※1 ケアマネージャー:介護支援専門員。介護サービスを必要としている方が介護サービス(訪問介護やデイサービスなど)を受けられるようにサポートする専門職。ケアプランの作成や各機関との調整など仕事の幅は広く、介護支援のスペシャリストと呼ばれている。
衝撃ですか?
保坂
僕、「こども食堂」って貧困世帯のためのものと思っていたのですが、実際はそれだけじゃなかったんですよね。
貧困世帯の子どもに限らず、地元の住民さんたちが自分たちの手で作っているからオープンですごくいい雰囲気で。誰もが参加しやすい「つながりの場」がそこにありました。
福祉は、行政の政策があるだけではうまくいかないんです。そこに住む地域の人たちも混ざり合って、行政と地域の両輪で協力していかないと前に進んでいかない。それに気づいたんです。
「こども食堂」には、僕がやりたい地域福祉がある。そんなことを感じました。
準備期間は3カ月! 価格重視でメニューを決めた
その後すぐに「カレー屋ふくふく」を開業されたのでしょうか?
保坂
いえいえ! 当時は「いつかこども食堂を手伝えたらいいな〜」と思っていたくらいで、お店を始めるなんて考えてもいませんでした。
介護の仕事を続けながら「いつかできればいいな」くらいで考えていた時、新型コロナウイルスが広がってきたんです。
介護のお仕事だと対面じゃないといけないことも多いですし、大変だったのではないでしょうか?
保坂
大変でしたね。
顔を合わせるのが仕事なのに、社会から「ダメ!」と断ち切られたように感じました。理解はできるんですよ、感染させちゃいけないって。
でも、言われたことをそのまま受け入れるしかないこの状況って本当に必要な福祉なのか?と。
僕がやりたい福祉は「みんながつながれる場所」を作ることなんじゃないか?と思い、退職しました。
すごい決断をしましたね!
保坂
これまで福祉を学び働いてきた中で、自分で行動して社会資源を作るのは当たり前のことでした。僕としては、コロナ禍の状況に耐えられなかった……。そんな感覚だったんです。
そこで、前に見た「こども食堂」の光景を思い出したんです。退職してから空き家バンクでお店を探して、DIYでお店を作り、約3カ月で開業したのが「カレー屋ふくふく」でした。
飲食店経営は未経験ですよね?
保坂
はい、初めての開業です。インターネットで調べて、とにかく手探り。正直、営業許可が出るかどうかも不安なくらいで。
でも、保健所の方と何度も相談させていただき、無事開業することができました。
看板メニューをカレーにしたのはなぜですか?
保坂
そもそも、僕は飲食店をやりたかったわけではないんですよね。「みんながつながれる場所」を作りたかった。
そのためには、誰もが買うことのできる、安くておいしいメニューが必要だった。それを極めていった結果がカレーだったんです。
それでも、1人前が390円というのはあまりにも安い気がします。その秘訣は……?
保坂
うちのカレーは、お肉を使っていないんです。その代わりにシーチキンとトマト缶と玉ねぎを使っているので、全て保存がきく材料なんですよね。だからコストも抑えられるんです。
なるほど! 販売価格から逆算して、メニューを開発されたんですね。
ちなみに開業当時は、朝6時からオープンで価格も290円でしたよね?
保坂
当時はちょっと頑張りすぎちゃったかもしれません(笑)。それに、毎朝4時半から仕込みをしていましたから。
現在は、平日は9時〜14時/16時〜19時、土日祝は9時〜14時の営業体制に変更し、価格も2024年1月から390円に値上げしました。
390円でも十分安いですよ!
保坂
ありがとうございます(笑)。正直、まだまだ経営は厳しいので、もっとたくさんのお客さんにきていただけるよう頑張らないといけません。最近は、お弁当販売もスタートさせました。
次の誰かのためのチケット
お店を始めて、地域の皆さんからはどんな反響がありましたか?
保坂
安くて便利なお店ができてうれしいといろんな方から声をかけてもらえました。
保坂さんの目指していた「みんながつながれる場所」には近づいてきましたか?
保坂
そうですね。飲食以外にもさまざまな取り組みを始められています。お客さんからパソコンを寄付していただき、無料でお使いいただけるようにしています。寄付いただいた方の希望で、動画編集ソフトが使えるようになっているんですよ。
他にも「物物交換」をしたり、子ども用のフォーマルウェアのシェアができたり、漫画をゆっくり読んでもらったり、夏休みには子ども向けの勉強会も行いました。
いろんな方が関わっているんですね。
保坂
僕がケアマネージャーだったこともあって、福祉に関するお仕事に携わっている方から、自然と相談を受けることも。
あとは「げんきチケット」が好評ですよ。
「げんきチケット」ですか?
保坂
これは奈良県にある『げんきカレー 奈良橿原店』さんが行っていた未来チケットから始まった取り組みで、自分ではない他者のためにカレーの食券を買ってあげる仕組みです。
誰かが「げんきチケット」を買うことで、やむを得ずお金がなく、どうしてもカレーが買えない人が無料で食べることができます。
誰でも買えますし、それによって確保された「げんきチケット」も誰でも使えます。この取り組みを評価していただき、2024年2月には新潟SDGsアワード社会部門で優秀賞を受賞しました。
保坂
チケットだけ買いにくるお客さんもいらっしゃいますよ。
実は今、自分でカレーを食べにくる方よりも、「げんきチケット」を使うよりも買われるお客さんの方が多くて。
優しい循環が生まれているんですね!
どんな方が「げんきチケット」を利用されていますか?
保坂
一概にこういう方というのはないですね。生活保護を受けている方や、詐欺に遭ってお金がないという方も。もちろん、詐欺に遭った方には「公的機関に行ってちゃんと相談してください」とお伝えしました。
またお店でこども食堂を開催する時や、障害者施設から注文をいただいた際にチケットを使ってもらったりもしています。
すごく意地悪な質問なのですが、「げんきチケット」を悪用する人っていないのでしょうか……?
保坂
僕自身も驚いたんですけど、悪用する人はいないんですよ。使った人も帰りに「げんきチケット買いたいです」って買ってくれることも。
僕が施しをしているわけではなく、ほかのお客さんの善意で成り立っているので、悪意では使えないのかもしれませんね。僕としてはもっと遠慮なくいろんな人に使ってもらいたいのですが、ちょっとハードルが高いのかも……。
「カレー屋ふくふく」さんのカレーが390円とお安いのも影響しているかもしれませんよね。
保坂
確かに(笑)。
人間には、誰しもが「人を助けたい気持ち」がある
お店を始めて新たな気づきはありましたか?
保坂
気づきというより、お店を始める前の僕は福祉の一部しか知らなかったんだ、と反省しましたね。
あとこれは最近気がついたことですが、福祉って人が人のために何かをしてあげたいと思う気持ちから始まるんだと思ったんです。
人間の根本には、人を助けたい気持ちがある。そんな気持ちが地域、そして社会へと広がっていくことが大切なんだと感じています。
これを読んでいる読者の方々が、自分なりに福祉に向き合いたい、福祉アンテナを高くしたいと思ったら何をしたら良いでしょうか?
保坂
難しいことはなくて、あいさつするだけでいいと思いますよ。
あいさつですか?
保坂
小学生の頃って、学校で「あいさつ週間」ってありませんでした? 大人にも「あいさつ週間」があってもいいと思うんです。
地域に住んでいる人がお互いに顔を知っている関係性になるってすごく大事で、自然と関わることができるようになりますよ。
最後に、保坂さんがこれから取り組みたいことを教えてください。
保坂
「カレー屋ふくふく」が、いろんな人から頼られる場所になれたらいいなと思っています。社会制度だけではフォローしきれなくとも、生きづらかったり、孤独を感じたりしている人が、たくさんいます。
そんな人たちが、のびのびと生きていける。そんな社会の一部を担えればうれしいですよね。
これは夢ですが、「カレー屋ふくふく」が目指している「みんながつながれる場所」の理念に共感してくれる人を増やして、他の地域へも取り組みを広げていきたい。いろんな地域で、想いを持ってくれる人が増えたらうれしいです。