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瀬戸内の“ものづくりの現場”を体験!東かがわ市発・地域ぐるみのオープンファクトリーイベント「CRASSO」(前編)

美しい自然や独自の歴史・文化が魅力的な瀬戸内エリア。しかし、一方で少子高齢化による人口減少の進行や若年層の流出など、深刻な社会課題に直面している地域もあります。

そんな現状を打破すべく、2023年6月に香川県東かがわ市を舞台にスタートしたのが「CRASSO(クラッソ)」。地域の活性化や持続的発展を目指すオープンファクトリーイベントです。

地域に根ざした企業や店舗といった“ものづくりの現場”を巡り、自ら体験することで、地域のファンと関係人口を増やしていく能動的な取り組み――。

今回は、全国から注目を集める「CRASSO」の出展企業3社を模擬的に見学と体験。その様子と面白さをレポートします。

地域に点在する工場や店舗に光を当て、観光資源に

普段は見ることのできない地場産業の“ものづくりの現場”を開放し、熟練職人たちの優れた技術を見学・体験しながら巡る「CRASSO」。瀬戸内エリアの持つさまざまな魅力が堪能できるイベントです。

その軸となるのが“オープンファクトリー”。最大の特徴はイベントの開催期間中、出展企業が生産の現場を同時に公開すること。地域ぐるみで展開されるため、必然的に来場者は多くの企業を訪問できます。

イベント名の「CRASSO」とは、英語の“CRAFT(技工)”にイタリア語の“ASSO(エース)”を組み合わせた造語。ものづくりに取り組む職人の技術に光を当てるという意味が込められているそう。

2023年6月、出展企業8社・来場者約200名から始まった「CRASSO」は、回を重ねるごとに規模が拡大中。2024年11月に開催されたvol.4では、出展企業35社・来場者約5300名と、大きな盛り上がりを見せています。

出展企業は、東かがわ市の地場産業である手袋メーカーのような縫製業の会社が中心でした。その後、少しずつ「CRASSO」の認知度が上がっていくにつれ、参加企業の幅も広がっていきました。

2024年11月のvol.4では、印刷や製本、手袋にふとん、財布やバッグなどの革製品、鉄・木・石などを扱う企業などが出展。興味深い業種としては、道路標識メーカーや警備、英会話の会社なども。

オープンファクトリーでは、熟練職人たちの説明を聞きながら卓越した技術を見学することができる。また、各社それぞれが工夫を凝らしたワークショップでは、指導を受けながら自分だけのものづくりが可能(提供写真)

「CRASSO」がもたらすものは、工場の見学や体験だけではありません。旅の途中で周辺の店舗で食事をしたり、歴史ある観光スポットを訪れたり……。“ファクトリーツーリズム”という新しいスタイルの実現を目指しています。

地域全体を面として捉えることで、点在するさまざまな観光資源を掘り起こし、参加者に巡ってもらう。自分だけの体験を通じて地域のファンになってもらい「また、ここに来よう!」と感じてもらうための取り組みです。

今回は「CRASSO」の出展企業3社を回り、実際にオープンファクトリーで提供されたワークショップを体験しました!

熟練職人の仕事は、最高のエンターテインメントだ(江本手袋株式会社)

トップバッターは、1939年創業の江本手袋株式会社。有名ブランドのOEM生産で培った技術を生かし、高い品質の手袋をつくり続けてきたメーカーです。「CRASSO」には、2023年の立ち上げ時から出展しています。

「CRASSO」では、実際に手袋づくりの工程を体験できます。最初は生地を粗裁ち(あらだち)するところから。

職人さんから日本刀のような長い刃の裁断機の使い方を教えてもらいます。刃の重さを利用して、一気に振り下ろすことがポイント。

粗裁ちした生地は、鉄製の抜き型と昔ながらの機械を使って裁断。鮮やかな手際はため息が漏れるほど。あっという間に手袋の形が見えてきます。

特殊な手袋用ミシンで縫う手つきにも一切の迷いがありません。縫い終わった手袋は、裏返しで仕上がります。返し棒を使った「つみかえし」も体験できるそうですよ。

<キャプション>手袋用ミシンを使う様子をそばから見学できる

昔ながらの手作業によって裁断と縫製、仕上げを行うため、ぴったりフィットする極上の手袋に! それこそ、2022年に始まったオーダーメイド手袋の受注は、工場見学で感動した来客の声から生まれたとのことです。

好きな色の表地と裏地、糸を組み合わせ、手袋用ミシンで自分だけの細マフラーをつくる体験も! 職人さんが丁寧に教えてくれるため、何の心配もいりません。

細マフラー作りを体験

東かがわ市は、約130年の歴史がある“手袋のまち”。現在でも全国シェアの約9割を占めています。しかし、安価な輸入製品の影響を受け、規模は縮小の一途。正直なところ、産業としては苦しい状況にあります。

オープンファクトリーを始めたきっかけや目的について、江本手袋株式会社の三代目、代表取締役の江本昌弘さんにお話をお伺いしました。

<キャプション>江本昌弘さん

江本

2016年に社長就任後、売上の約8割を占めていた取引先が倒産して。廃業の危機を乗り越えるべく、自社ブランドを立ち上げました。それが2018年から始まったオリジナルブランドの「佩(ハク)」です。

工場にはオリジナルブランド「佩」のショップが併設
手袋だけではなく、コットンマフラーなど、これまで培ってきた技術をもとに、多彩なオリジナル商品を展開

江本

今までは「受注して納品する」というOEM生産でしたから、自分たちの製品を広く知ってもらわなければなりません。だから、どんな仕事をしているかを発信するため、工場を開放することにしたんですよ。

手袋の縫製は、非常に高度な技術が必要です。その工程が、光の当て方次第でエンターテインメントになる――。これは大きな発見でした。将来、ここが「手袋職人の聖地」になるようにがんばっていくつもりです。

革製品の工場見学ツアーで、高品質の理由に迫る(ルボア株式会社)

続いて訪れたのは、財布やポーチなどの革小物を手掛けるルボア株式会社。「CRASSO」には江本手袋株式会社と同じく、2023年から出展しています。

1961年の創業時には、革手袋の製造を行っていたそうです。

Ruboa Design Shopでは、自社ブランドの革製品を展開・販売している

併設するRuboa Design Shopは、まるでギャラリーのような佇まい。一つひとつ丁寧につくられた多種多様な革製品が、美しくディスプレイされています。

シリンダーバッグやミニトートなど、個性的な製品が並ぶ店内

ルボア株式会社では、有名ブランドのOEMに加え、“hmny”と“CORGA”“BrEAknoT”という3つの自社ブランドを展開。いずれも高い縫製技術と美しいデザイン、使い勝手の良さが特徴です。

製品のプロダクトデザインを行う様子

こちらのオープンファクトリーは、ナビゲーターの説明付きの工場見学ツアー。職人さんたちの手仕事を目の前で堪能しつつ、革製品が生まれる工程を知ることができます。

熟練の職人さんたちの作業に共通するのは、手つきの正確さとスピードです。ナビゲーターの説明がなければ、何をしているのかわからないほど。まるで魔法のように何種類ものパーツが生み出されていく様子は圧巻!

丁寧かつ素早く糸ほつれ加工をする様子

長財布一つを例にとっても、構成するパーツが非常に多いことにも驚かされます。内部のカードポケットは出し入れが激しいため、できるだけ丁寧な縫製が求められる箇所。ここも職人の腕の見せ所だといえるでしょう。

財布内部のカードポケットを緻密な手作業で縫い合わせていく

工場には複雑な形状をデータ通りに正確にカットする機械や革の厚みを0,1ミリ単位で薄くする機械もありますが、それらは熟練の職人が使ってこそ。クオリティーの高い革製品を生み出し続ける彼らの目と手に敵うものはありません。

Ruboa Design Shopの店長・野口正人さん

オープンファクトリーのナビゲーターでもあるRuboa Design Shopの店長、野口正人さんに「CRASSO」へ出展してから感じられる変化についてお聞きしました。

野口

一番変わったのは、職人たちの意識だと思います。お客さまを工場に迎えるわけですから、自主的に清掃をしたり、より楽しく見学ができるようにアイデアを出したりしてくれるなど、能動的なアクションが増えてきました。

野口

「CRASSO」が始まってからは、女性のお客さまが増えた印象があります。地域のさまざまな会社を巡るイベントですから、特に革製品のファンではなくても、ついでに足を伸ばしてみようと考える方が多いのかもしれません。

それから、同業者はもちろん、異業種の方々とのつながりが生まれた点も嬉しいですね。たとえば、バッグメーカーとの協業が始まったのも「CRASSO」への出展がきっかけでした。少しずつ変わってきた実感があります。

さぬきうどんの本場で楽しむ“ゼロ秒釜揚げ”体験(東かがわマルタツ手打ちうどん)

ラストにご紹介するのは、さぬきうどんの本場で開店から10年目を迎えた人気店、東かがわマルタツ手打ちうどん。製造業だけにとどまらず、飲食店も出展しているのが「CRASSO」のユニークな点の一つです。

東かがわマルタツ手打ちうどん

地元特産の小麦“さぬきの夢”を独自配合した手打ちの麺は、もっちり感と粘りのあるコシと喉越しが特徴。伊吹のいりこや、県産の醤油、讃岐和三盆糖など、天然の旨味にこだわった深い味わいの出汁が評判です。

釜玉ペッパー

2025年6月9日から1カ月限定で開催した「スパイスフェア」では、世界最高峰のカンポットペッパーを使った「釜玉ペッパー」や、チーズインウインナーが入る「スパイスカレー」などを提供。どちらも人気メニューでした。

ピリッと辛いスパイスカレー

2024年11月の「CRASSO」vol.4では、2つの海老専門店とのトリプルコラボメニューのほか、“究極のゼロ秒釜揚げ”と名付けた体験を用意。自分で切ったうどん生地を目の前で茹で上げ、直接食べるワークショップです。

幅の広い専用の包丁で恐る恐る麺を切っていく

さっそく挑戦! うどんやそばを切る特殊な形の麺切包丁を持つだけで気が引き締まります。1本の麺の幅は約5ミリが目標ですが、うどん生地を切るのは想像以上に難しい! 慣れない手つきで恐る恐る切っていきます。

切った麺をほぐす工程も!

職人さんのような一定の太さにはなかなかできません。切り終わったうどんをほぐすのも、自分たちの手で行います。少々不揃いなのもご愛嬌。やけに細い麺もあれば、きしめんのような太い麺もありました。

店の大きな釜で茹でてもらい、茹で上がる約3分前に卓上コンロをセット! 最初は自慢の出汁で。次は生醤油で……。さすがは“究極のゼロ秒釜揚げ”。このおいしさは格別です。あっという間に食べ終わってしまいました。

店長・小西立朗さん

東かがわマルタツ手打ちうどんの店長、小西立朗さんにも「CRASSO」へ出展した感想をお話いただきました。

小西

私自身、高い付加価値のあるさぬきうどんを目指しており、とても興味深い取り組みだなと感じました。出展事業者の業種はさまざまですが、一体となって地域を盛り上げようとしている気持ちは同じだと思います。

「CRASSO」の実行委員長・田中克紀さんから教えていただいたカンポットペッパーと釜玉うどんとの相性の良さには驚きました。今はオリジナルのクラフトビールにも使っています。これも一つのご縁だなと思っています。

こうした新メニューや“究極のゼロ秒釜揚げ”といった体験の提供から、新しいお客さまが少しずつ増えてきた実感があります。一朝一夕にはいきませんが、続けていくことで、結果につながるのではないでしょうか。

後編では「CRASSO」の事務局長である田中英城さん、実行委員長である田中克紀さんに、イベントを始めるきっかけや現在の課題、今後の展望など、さらに深堀りしてお伺いします!

2025年6月取材

取材・執筆=重藤貴志[Signature]
写真=ささゆり
編集=桒田萌(ノオト)