「コワーキングの価値」に共感する人が集まる場所を――アプリ「cosac」が目指す新しい経済圏
全国のコワーキングスペースが開催するイベント情報を共有し、新たなネットワークを生み出すアプリ「cosac」の開発が進んでいます。仕掛けているのは、個人・法人のコワーカーによる共同受託と起業支援、およびコワーキングスペースの開業・運営支援を行うコワーキング協同組合。2023年2月から、アプリの開発資金を募るクラウドファンディングも始まりました。
開発中のアプリ「cosac」には、リアル・オンラインを問わず、全国各地のコワーキングスペースで開催されているイベント情報が一覧化してまとめられ、申込みや決済もワンストップで行えます。
しかし、ただ情報をまとめて便利にすることだけを目指しているわけではありません。アプリを通して、目指す先は「コワーキング」の本質を仕組み化することだそう。
「日本のみならず、世界でも例を見ない取り組み」と話す開発の舞台裏はどうなっているのでしょうか? アプリ「cosac」を発案者である伊藤富雄さんと、開発担当エンジニア・じゃまさん(國信隆之介さん)に、アプリに込められた思想や思いを聞きました。
―伊藤富雄(いとう・とみお)
2010年、日本初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開業。以後、自らコワーキングスペースの運営者およびコワーカーとして業務遂行しつつ、各地のコワーキングプロジェクトをサポート。経済産業省認可法人「コワーキング協同組合」代表理事
―じゃま(國信 隆之介)
10年以上スマホアプリやWebアプリの開発を行っている。その傍らコワーカーとして千葉のコワーキングスペース「鋸南エアルポルト」にてキッチンカーの制作を行う。システム開発とコワーカーの両方の視点でコワーキング協同組合をサポートしている。
アプリ「cosac」はどういうもの?
全国のコワーキングスペースが行うイベント情報が一覧で見られるアプリということですが、開発を思い立ったきっかけは何ですか?
WORK MILL
伊藤
きっかけは、コロナ禍になって、コワーキングスペースを維持・存続していくのが難しくなった運営者さんから相談をいただいたことでした。
その時は、それまでリアルで行っていたイベントをオンラインで行うことを提案したのですが、運営のノウハウがなかったり、次の集客につなげられていなかったりするケースが何件もありました。
そこで、自分が持つノウハウをアプリ化し、全国のコワーキングスペースがカンタンに活用できるようにしようと考えました。
全国のリアルなお悩みが反映されているんですね。このアプリでは、具体的にどんなことができるのでしょうか?
WORK MILL
伊藤
具体的には、次の6つの機能を準備中です。
1. コワーキングスペースとコワーカー情報のデータベース化
2. コワーキングスペースとコワーカー、コワーカー同士のメッセージ機能
3. イベント登録・告知・集客・決済機能
4. コワーキングスペース同士の連携機能
5.イベント収益のシェア機能
6. イベント決済手数料収益の還元・資金提供機能
伊藤
ベースの考え方としては、
・コワーキングスペースとコワーカー(コワーキングスペースの利用者)をネットワーク化
・主にイベント収益を分配することで互いに貢献できる
アプリを目指しています。
いろいろな機能があるんですね。ざっくり言うと、コワーカーにとってこのアプリを使うメリットはなんですか?
WORK MILL
伊藤
大きく2つあります。
1つは、オンラインや遠方で開催されているイベントを含め、学ぶ機会へのアクセスがしやすくなること。個人事業主も多いコワーカーにとって、知識やスキルのアップデートは非常に重要ですから。
伊藤
もう1つは、コワーカー同士がつながる機会が増えること。コロナ以前は、同じスペースを利用しているなどの地理的な接点がないと、コワーカー同士がつながる機会はほとんどありませんでした。
ところが、コロナのせいでオンラインでつながる機会は急増。いい面もあるのですが、同時にノイズとなる自分に関係が薄い情報もたくさん入ってくるようになり、伝えたい人には情報がなかなか届かない……というストレスを感じるようになってきました。
そこで、このアプリです。
このアプリ「cosac」には、コワーキングスペースに関わっている人しか登録できません。このアプリを使えば、コワーキングのもつ価値を理解して使っている人だけと密につながれる。SNSはたくさんありますが、情報があふれかえっている今の時代、余計な情報が入ってこないことも重要です。そういうクローズドさが強みの場になる予定です。
なるほど。それが、他のSNSとの違いなんですね。
WORK MILL
伊藤
コワーカーは、無料でアカウントが取得でき、一人ずつマイページからアプリを利用できるようにする予定です。
それは良いですね!
それでは、コワーキングスペースの運営者側のメリットはどうでしょうか?
WORK MILL
伊藤
イベントを開いても集客に苦労することがあったと思うのですが、他のスペースの利用者を含め、イベント告知や集客ができるようになります。
またアプリの中に、イベントで出た利益をスペース同士で分配する機能があります。
これは、スペースAで開催されたイベントにスペースBに所属するコワーカーさんが参加申込みをした場合、イベント参加費の一部がスペースBへ紹介手数料として渡る……という仕組みです。
これは単なるアフィリエイトではありません。この機能によって、違うスペースのイベントに利用者さんが参加することを応援しやすくなります。
コワーキングスペースの価値はコワーカーが高める
改めて、コワーカーやスペース同士、そしてコワーカーとスペースを結びつけるアプリだとわかってきました。
最近は、規模の大きいスペースも増えていますよね。コロナ禍もあいまって、「家に近い職場」や「レンタルオフィス」という感覚でコワーキングスペースを使っている方もいそうです。改めて、コワーキングの価値とはなんなのでしょうか?
WORK MILL
伊藤
確かにつながりを感じにくいスペースもあるでしょう。ただ、もともとコワーキングスペースは相互扶助の理念がある場所なのです。
歴史を振り返ると、「コワーキング」の源流は様々ありますが、現在のスタイルは2005年にアメリカ・サンフランシスコで生まれました。
その頃の運営者たちは、コワーキングを提供する5つの価値(五大価値)を次のように掲げています。
・Collaboration(コラボ)
・Openness(シェア)
・Community(コミュニティ)
・Accessibility(つながり)
・Sustainability(継続性)
伊藤
つまり、コワーキングスペースは空間を共有するだけの場所でなく、一歩先、二歩先を進む近しい仲間と仕事を教えあい、助け合う「オープンソースシェア」の現場なんです。
たとえば、オランダ発祥で世界中に拠点がある「SEAT2MEET」というコワーキングは、原則無料で使用できます(※会議室は有料)。でも、その代わりに「自分ができること」を登録する必要があるんです。
できることを提供し合うことが前提なのですね。
WORK MILL
伊藤
コワーカーは、共通のコワーキングスペースに集った仲間たちです。いずれは、アプリを介してプロジェクトごとに人が集まって仕事をするといった未来も夢見ています。
コワーキングの価値は空間そのものではなく、コワーカーが利用することによって生まれるものです。
そのためには、「コワーキングスペースの運営者側がコワーカーに対して、おせっかいをやく」くらいに、利用者同士をつないだり、一緒に企画をしたりする関わり方が必要です。
私は、コワーキングスペースはお店ではないし、コワーカーさんもお客さんじゃないと思っているんです。あくまでも、スペースとコワーカーは間接的協力関係にある「共働者」ですね。
助け合いの一環としての「資金提供」
面白いですね。こういった考え方は、このアプリにはどのように取り入れているのでしょうか?
WORK MILL
伊藤
全体的に反映されていますが、その一つが「イベント決済手数料収益の還元・資金提供機能」です。
まず、コワーカーが支払うイベント参加費の一部はアプリの手数料として、コワーキング協同組合が受け取ります。
さらにその中から一部を積み立てておき、起業・創業や、社会的課題の解決、あるいは何かテーマに沿ってイベントを開催するなど、新たな活動をしたいスペース、またはコワーカーを資金援助するという仕組みです。
伊藤
コワーカーさんのなかには、いつか起業しようと考えている人もいます。そのとき、問題になるのが資金です。
私はやる気がある人に対して、資金で応援したいと思っていたのですが、最初はやり方がわかりませんでした。
でも、アプリを考えていく中で、コワーキングスペースからいただくシステム手数料の一部を積み立てておき、アプリ利用者みんなの投票で応援したいアイデアや計画を決めて、その人に資金援助したらいいのではないか、と思いついたのです。
みんなで、投資をするようなイメージでしょうか?
WORK MILL
伊藤
いえいえ、もっと小規模なものですよ。あくまでも相互扶助の理念の延長線上にある応援といったイメージです。
たとえば、イベントチケットが1枚3,000円とします。その中の5パーセント、だと1人あたり150円。年間1万人分を集めたとしても、150万円です。今は、これくらいの規模をイメージしています。
もらえたら嬉しい金額ですが、これだけで事業を興すのは難しいかもしれませんね。
WORK MILL
伊藤
ポイントは審査会に出ることそのものなんです。コワーキングスペースに関わるみんなに、自分のプランを伝え、応援の力を集める。
この機能によって、やりたい人が声をあげて「助けてほしい」「応援してほしい」と言いやすくなります。資金だけではなく、仲間やアドバイスにもつながるかもしれません。
コワーカーの目線を生かしてアプリを開発
かなり明確な思想に裏打ちされたアプリなんですね。
ちなみに、開発担当・じゃまさんは、アプリを作る上で心がけていることはありますか。
WORK MILL
じゃま
伊藤さんの考えていることを、できるだけスムーズにアプリに反映することをもっとも心がけています。設計にもゆとりを持たせて、どう転んでも対応できるようにしていますね。
今の開発進捗はどれくらいなのでしょうか?
WORK MILL
じゃま
2023年2月時点では、50%程度でしょうか。早めにテスト利用ができる状態にしたいとは考えています。
ちなみに、じゃまさんもコワーカーなんですよね。
WORK MILL
じゃま
はい。私は2拠点生活をしていて、コワーキングスペースを利用しています。そのスペースでは、システム開発ではなく、キッチンカーを作るプロジェクトをしているんです。
キッチンカー!? それは意外な組み合わせ……!
WORK MILL
じゃま
キッチンカーのノウハウもたまってきたので、興味がある人に伝えたいですが、イベントを開いても集客が難しいのが現状です。このアプリができたら、告知に使えるなと期待しています。
自分自身もコワーカーだからこそ、コワーカー視線を開発に生かしていきたいですね。
アプリが目指す「コワーキングの新しい経済圏」
Webサービスではなく、アプリを選んだのには何か理由があるのでしょうか?
WORK MILL
伊藤
ワーケーションを含め、移動の時にさっと利用されることもイメージしているからです。
知らないコワーキングスペースの雰囲気に触れたり、旅行先で時間ができた時にその地域で開催されているイベントをぱっと調べて参加しやすくなったりするでしょう。
コワーカーはフットワークが軽い方も多いですよね。
WORK MILL
伊藤
とはいえ、このアプリはあくまで入口。そこから人やイベント、リアルなスペースへつなげていくイメージを描いています。目指すは、スマホ1つで成立する「コワーキングの新しい経済圏」です。
まさに共働、相互扶助の世界に広がっているのですね。今日はありがとうござました!
WORK MILL
https://camp-fire.jp/projects/view/650475
2023年2月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
編集=鬼頭佳代/ノオト