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異文化の人と仕事をする秘訣って? ミャンマーで農園経営を行うボーダレスファームの川北奈生子さん

社外や別の部署の人とやりとりするとき、自分の言葉はちゃんと伝わってる……? そう悩む瞬間はありませんか? そう思ったならば、それは異文化コミュニケーションの始まりかもしれません。

同じ組織にいても、年齢や立場によって、見える世界は全く違うもの。それはある意味で、異文化と言えるはず。そんな文化の違う人と共に働き、同じ目標に向かって進んでいくために、どんなことを心がければいいのでしょうか?

今回は、ミャンマーで農業の企業を経営し、多種のハーブやスパイスを日本や海外企業に届けている川北奈生子さんにインタビュー。

まさに「異文化」と言えるミャンマーの現地スタッフとのコミュニケーションの進め方、それらを円滑に進めるための社内文化の作り方など、川北さんのリアルな体験には学びも多いはず。

川北奈生子(かわきた・なおこ)
1993年生まれ。神戸大学在学時より、フィリピン国際NGOでフェアトレードに携わる。2016年、ボーダレス・ジャパン入社。2019年にミャンマー法人BORDERLESS FARM Co., Ltd.の代表取締役に就任後、2020年に日本法人株式会社BORDERLESS FARMを設立し代表就任。ハーブ・スパイス・野菜の契約栽培、卸売り事業を通じて、貧困問題の解決に取り組む。

工場管理者を探しているから、3カ月間ミャンマーに行ってみない?

川北さんが代表を務める、株式会社BORDERLESS FARM(以降、ボーダレスファーム)の事業内容について教えてください。

川北

ミャンマーで農園を経営し、そこで取れた数十種類のハーブやスパイスなどを、日本や海外の企業に届けています。

原料をそのまま納品する場合もあれば、OEM(※)として商品づくりのサポートを行うこともあります。

※OEM:他企業やブランドから依頼を受けて製造を行うこと

川北さんは、ミャンマーにお住まいなんですか?

川北

代表取締役になった当時はミャンマーに住んでいましたが、数年前から日本在住です。営業活動のために日本事務所を構えました。

現在、社員はミャンマー人が6名。現地の農園運営は彼らが仕切っていて、遠隔でやりとりしながら運営しています。

現地で運営している農地(提供写真)

現在の仕事を始められたきっかけを教えてください。

川北

大学時代に、フェアトレードを手がける国際NGOに参加したことから、この業界に興味を持ちました。

そして株式会社ボーダレス・ジャパンという、世界の社会問題を解決する事業を行う会社に新卒入社しました。

ビジネスで社会課題の解決に取り組む社会起業家をたくさん輩出している企業ですよね。

川北

はい。入社当時のボーダレス・ジャパンは、全員が社会起業家として起業する前に、既存事業での修業期間がありました。

私もその一人で、最初はBtoC向けのハーブ製品をつくる部署に所属していました。入社して1年あまりのあるとき、「ミャンマーの工場管理者を探しているけど、3カ月間行かない?」と誘われて、「行きます!」と二つ返事で(笑)。

積極的ですね! 急な海外駐在はハードルも高そうだと感じますが……。

川北

私自身、フィリピンでNGOをしていた経験から、マーケティング力や海外の人とビジネスをしていく能力が足りないな、と感じていたんです。それを身につけるチャンスだと思い、即決しました。

あるはずの工場がない!代表取締役へ

川北

入社2年目の2017年にミャンマー入り。当初3カ月滞在の予定だったのですが、とある事情で帰って来られなくなっちゃいまして……(笑)。

とある事情とは……?

川北

「ミャンマーに着く頃には工場が建ってるから」という話だったのですが、いざ行ってみたら工場がなかったんです。

え、それはまた……。

川北

現地スタッフは冗談半分で「そろそろできるよ」なんて言っていたのかもしれませんが、私はてっきりすでにできているものかと思っていて(笑)。

まず工場を建てるところからスタートしました。このあたりから、日本とミャンマーのコミュニケーションの取り方の違いを痛感するようになって。

その後、このハーブ事業をボーダレスファームとして引き継ぎ、2019年に代表取締役になりました。

怒濤の日々だったでしょうね。

川北

はい。まずぶつかったのは、コミュニケーションの壁です。

仕事をする上で、何をOKとするかなど、色んな考え方が根本的に違うんです。「こう伝えたら、こう仕事してくれるだろうな」と予想していたことが、全く違う結果になったり。

たとえば、工場を建てる作業中のことです。「排水用の水路を掘っておいてほしい」と伝え、数時間後に覗いてみると、私が伝えていた方向と全く違う向きに掘り進められていて。しかもサイズも違う。

あら……。

川北

理由を聞くと、「こちらには大きな岩があったから、反対側に向かって掘っておきました」と。「もし岩があっても、どかしたり壊したりして、予定の方向に掘っておくものではないか?」と思うんですが。全く逆の結果になる……ということが多発するんです。

日々、「どうしてそうなった?」の繰り返し。でも、意図を聞くと、言い分も納得できる。「あなたたちに任せた」という言葉に対して、どう受け取るのか。その感覚が全然違うし、コミュニケーションの大切さを知りましたね。

日本ではあまり想定できないアクシデントですね。

川北

他の例だと、ミャンマーは家父長制や年齢の上下関係などがはっきりしている国なんですね。

そんな背景があるからか、リーダーの指示に対して「わからない」と言うのはタブーだ、とスタッフは考えていて。「指示がよくわからない」=「リーダーの言い方がよくない」という意味になるから、聞きなおせないのだそうです。

なるほど。ある種の忖度が生まれるんですね。

川北

それがよくない方に作用して、リーダーになった途端に「私が決めるんだから」と強く振る舞うようになったスタッフもいました。

日本では“報連相(ほうれんそう)”が基本だとよくいわれてきましたが、それも日本特有の文化なのだなと思ったんです。ミャンマーには、ミャンマーの常識があるんですよね。

無事に完成した工場で作業するスタッフの様子(提供写真)

話し合うこと、前提条件を取っ払うこと

川北さんが体験されてきたことは、まさに文化背景が違う人とチームを築き上げていく過程だなと思いました。

川北

そうですね。コミュニケーションが不足していたり、行き違ってしまったりした経験から、とにかく何度も「私はこう思う」と口に出すようにしています。まずバックグラウンドや、持っている前提条件が違うことを認識することが大切です。

日本では「一を聞いて十を知る」「察して当たり前」という雰囲気も根強く残っていますよね。これは、周りがみんな同じ考えであることを期待している面もあると思うんです。本来なら何を察するのかなんて、人それぞれなのに。

確かに、それはあるかもしれません。

川北

違う国や地域出身の相手と一緒に何かをやるときは、「想像以上に違うぞ」ということを前提に仕事しますよね。すると、相手に何かを求めるときも、「こうやって細かく言うと伝わるかな」と、目的に応じてフラットに対応できる。

これは、どんな企業の社内コミュニケーションにも通じること。たとえ日本人の社員ばかりだとしても、部署を超えてやりとりをすると、想像以上に前提が異なることもありますから。

「あれ、伝わっていない?」ということ、よくあります。

川北

人によって、部署によって、考え方が違う。でも、「相手と違う」と知ることで、もやもやしなくてすむと思うんです。相手のアイデアを素直に取り入れる。違うことをすり合わせられたことに感謝する。それがポイントなのかなと思います。相手の背景を想像するのと同じことですよね。

(提供写真)

組織として価値観を揃えて、達成していくために

川北

友達同士であれば、考えや価値観が大きく異なっていても「違うんだね」と済ませられるかもしれません。

でも、会社だとそうはいかない。「うちはこういう会社でありたいよね」「メンバー同士のコミュニケーションはこうしていきたいよね」など、一定のレベルまでは価値観を揃えなければいけないなと思っています。

なるほど。

川北

ボーダレスファームの強みは、日本基準の栽培が行えるところです。その特徴を生かし、クライアントや仕入れ先との信頼関係を作っていくためには、やはり違うところは合わせていかなければいけない。

もちろん相手の意見は尊重して、理由は聞くべきですし、相手の考え方を受け入れるべき時は受け入れます。

泥臭いコミュニケーションの積み上げが必要なんですね。

川北

おかげさまで今では、この私との地道なやりあいに耐えられるメンバーが残ってくれています(笑)。

ミャンマー現地では他農園との折衝もあり、その際にも現地のメンバーが、自分の言葉で農家さんに話してくれるようになりました。今では会社運営がかなり楽になっています。

次のステップに進んでいるのですね。

川北

うちの会社では、メンバー同士のやり取りで頻出する言葉があって。それは「フェアじゃないよね」というもの。フェアというキーワードが、共通認識になりつつあるのかもしれません。

どういうことですか?

川北

「ここまで安く買い取るのはフェアじゃなくない?」、「市場価格が変わったからといって、急に価格を変更するのはフェアじゃないよね」など。

話し合いの時に、「フェアかどうか」を基準に議論する。そこでメンバーが思うフェアじゃない場合の考えを持ち寄っています。

「フェア」という言葉の定義をメンバー内で構築している、ということでしょうか。

川北

そうですね。これはいいけどこれはよくない、などの判断を社内で話し合いながら、共通言語にする。

それぞれの生い立ちや文化、さまざまな背景が違っていても、一緒に仕事をしていくための価値観は、これからもどんどん擦り合わせていきたいと思っています。

共通言語って大切ですね。そういうところから、社内文化が育っていくのかもしれません。今日はありがとうございました。

2024年3月取材

取材・執筆:小倉ちあき
アイキャッチ制作:サンノ
編集:桒田萌(ノオト)