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働き方研究者がおすすめするビジネス書 ―『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』

はじめに

「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。

働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。 

『 LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる 』

著 ケイト・マーフィ
監訳 篠田真貴子   訳 松丸さとみ
発行 日本経済新聞出版社   2021年8月

この本のおすすめポイント

「聴く・孤独・学ぶ」

  • コミュニケーションの発信する(話す)と受け取る(聴く)を解説
  • 「聞くこと」の課題を解説し問題点と解決方法を提示
  • 人の話を「聞くこと」が多く「聴くこと」が少ないのはなぜか考えさせられる
  • 会話手法の「ずらす対応」と「受けとめる対応」の違いと功罪がわかる
  • 会話に生じる沈黙「間」の間隔は文化によって違うが、その意味を探る

本書では、政治家・著名人・カーディーラーのセールスパーソン、さらには犯罪者まで世界中で取材してきた著者が、「聞くこと」の極意を様々な取材と記事を参考にしてまとめたものです。文章の構成は、ビジネス本などでよく見かける専門家や研究者の論文や文章と異なり、いつも目にするニュースや雑誌のように読む事が出来るので、分かり易く楽しみながら「聞き手」の心理と行動について知ることができます。

はじめに、聞くことの重要性を事例で解説しています。孤独が蔓延した現代社会では、話をきちんと聞いてくれる人や個人的な会話の機会が少ないことなども説明。「聞く」「聴く」の違いと「聴く」の姿勢や考え方も示唆してくれます。さらには、聞き手から見た話し手のダメな点や改善してほしい点も交えて具体例を挙げ取り上げています。

本書の中では、会話と空間との関係や話を聞くときの状況・条件などと、環境心理学的な影響についても解説。生理学的な聴覚の話、環境騒音と聞き取りのこと、SNSやスマートフォンなどのITデバイスが与えている「聞くこと」に対する、心理的な影響など話の展開は尽きる事がなく広がっていきます。

著者は最後に、『私たちが皆、人生でもっとも求めているのは、人を理解し自分を理解してもらう事です。これが唯一実現できるのは、急がずじっくり「聴く」時間を意識的にとるときだけなのです。』と締めくくり、人と人の対話によるお互いの理解や、情報収集の重要性と手法を教えてくれます。

『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』の読後感は?

本書のタイトル「LISTEN」は日本語で表現するといくつかの言葉があり、聞くと聴くでは少し意味合いが異なります。人の話を「聞く」は、意識しなくても聞こえる、「聴く」は理解しようと積極的に耳を傾ける、と理解されます。私たちは日常会話のときには「聞く」状態が多いのではないでしょうか。マーフィ氏は世界の幅広い階層の人々との取材において「聴く」ことの重要性を理解し実践している人です。本書の中では「聞く」という漢字を当てている部分もありますが、英語表記の「LISTEN」(能動的に耳を傾ける)は日本語の「聴く」の方が意味合いは合っていると思います。

本書は聞く技術や心構えなどを多方面から解説していますが、日本では、ビジネスの社会で積極的に「話す」という行為が少なく、会話に参加することに対して消極的で、黙って「聞いて」いる機会が多いと言われ、もっと積極的に質問(訊く)することで会話に参加して相手の意見を聴き出す必要がある、と言われています。話題となったスーザン・ケイン氏の書籍「Quiet」日本語タイトル「内向型人間の時代(講談社/2013年)」は私的には欧米と日本文化のニュアンスの違いを感じ少し違和感をもちましたが、対比して読んでみても良いかと思います。本書でも、日本と欧米の文化の違いは感じますがグローバル社会やLGBTの語られる現代社会で、相手との対話を考えれば、まずは「聴く」姿勢が重要でしょう。

日本も情報技術や社会インフラの発展でコミュニケーション形態が変化し電子デバイスを使っての対話や情報交換、さらにSNSで連絡を取り合い対話することも多くなっています。そうした中まずは相手の意見を良く「聴き」、意見を述べ、正しく理解し、お互いに確認しあうことは重要なことだと思います。

著者プロフィール

ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。 

2021年12月27日更新

テキスト:田尾悦夫(オカムラ)
イラスト:前田豆コ