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働き方研究者がおすすめするビジネス書 ―『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』

はじめに

「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。

働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。 

ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

著 デヴィッド・グレーバー
 酒井 隆史、芳賀 達彦、森田 和樹
発行
岩波書店

この本のおすすめポイント

「無駄仕事・働きがい・未来社会」

  • ブルシット・ジョブとは何だろう。の疑問に答えてくれる
  • ムダで無意味な仕事の種類はいくつに分類出来るだろうかを解説
  • ブルシット・ジョブはどうして増加するのだろうかに応えてくれる
  • あなたの仕事の内容と報酬(金銭・精神の両面)で納得できない理由を分析する
  • エッセンシャル・ワーカーは必要な仕事だが、その社会的評価の理由を解説
  • 差別化社会とベーシックインカムについてと未来の働き方を考える

本書のタイトルはビジネス書としては挑戦的である。内容紹介も表紙の帯に書かれているコメントも”やりがいを感じない、ムダで無意味な仕事、役に立つけど給料が安い仕事”などのネガティブなものが目立ち一体この本の内容は?と思わせます。

しかし、本書は生きがいとして、仕事とは、働くとは、といった問いに答えるためのヒントを与えてくれます。人びとが感じている仕事に対する疑問を掘り下げ、無駄仕事の歴史的な変遷も解説。なぜそういった仕事が増殖しているのか、さらには経済発展やグローバル化・社会構造の変化による企業組織の変化を解説しています。

本書には多くの海外におけるブルシット・ジョブが紹介されています。中でもエッセンシャル・ワーカーの仕事の捉え方は宗教[神学]的な分析から、なぜ仕事の充実感と報酬が反比例しているのかという解説は興味深いものがあります。海外事例なので文化の違いによる違和感は多少あるかも知れません。日本人の倫理観や道徳感からくる仕事の意義と報酬といったものとも違いがあるように感じますが、共通の倫理観が流れているように思えます。

グレーバー氏はアメリカ人ですが、本書では米国だけでなく英国・ドイツ・フランス・ソ連・その他ヨーロッパ諸国を調査対象としています。日本を含むアジア諸国は対象とはなっていないようなのですが、グローバル時代の近代日本と捉えれば、社会現象としては同様なものがあります。最近注目されているマルクスの「資本論」や「ケインズ主義」と対比している部分も興味深く、政治・経済・金融・社会・文化人類学の影響からみて総合的に事例を挙げて検証しています。また、最後の第七章は資本主義の転換期と言われる昨今、興味深いものがあります。筆者は『本書は、特定の解決策を提示するものではない。問題―ほとんどの人びとがその存在に気づきさえしなかった―についての本なのだ。』とし、気にもとめなかったブルシット・ジョブを多くの人が認識することが問題解決のはじまりであるとしています。

ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論 』の読後感は?

読み始めと読み終えた後の印象が真反対になってしまった本である。残念なのはデヴィット・グレーバー氏がすでに他界してしまっていることです (2020年9月2日死亡59歳) 。この後「未来の世界」について語ってほしかった。一人ひとりの「働く人間」としての仕事を見つめ、社会の仕組みとして、組織における仕事の成り立ちや役割を解き明かします。また、仕事が持つ価値(物象)と諸価値(行為・思想)、賃労働と不払い労働の関係についても解説。そして仕事は善、仕事をしないのは悪とする概念は正しいのか、勤勉に仕事をするのは当たり前といった概念をあらためて見直して解説しています。人間味あふれるその風貌からゆたかな見識と感情を認めるにあたり、本当に惜しい人を亡くしたと思います。

著者プロフィール

ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。 

2021年12月27日更新

テキスト:田尾悦夫(オカムラ)
イラスト:前田豆コ