怪異とあそぶマガジン『BeːinG』制作者の2人が語る。それぞれの仕事と創作のバランスの見つけ方
趣味を仕事にする。多くの人が憧れるこの言葉ですが、実際に実現するのは簡単ではありません。
しかし、別の本業を持ちながら、趣味という形でやりたいことを深め、自己表現の場としている人たちがいます。今回ご紹介するのは、妖怪をテーマにしたZINE「BeːinG(びいいんぐ)」を制作するはおまりこさんとかわかみなおこさん。
冒頭の妖怪メイクの写真から秘蔵の巻物の取材まで、趣味で作ったとは思えないクオリティの充実の内容の1冊です。
もともとは同じ大学に通っていた同級生ながらも、その後は異なるキャリアを歩んでいた2人が、どのように再会し、怪異とあそぶマガジン『BeːinG』を制作することになったのか、そして、本業である仕事とここまで本気の創作活動をどうやって両立させているのでしょうか?
プロジェクトの始まりから現在に至るまでの道のり、そして仕事との両立について探っていきます。
BeːinG(びいいんぐ)
妖怪、オカルト、怪談、民俗学好きが作るZINEとして、2023年11月創刊。制作メンバーは、はおまりこ、かわかみなおこの2人。「開運!なんでも鑑定団」に登場した荒木家所有の妖怪絵巻を全公開した記事など、濃厚すぎる取材記事と執筆陣により、文学フリマ東京で注目を集める。
もともとは大学の同級生。Xがつないだ『BeːinG』の誕生
妖怪メイクから注目の絵巻物の取材まで、個人が作られているZINEとしてはあまりにも濃厚で。どんな方々が作っているのか、気になっていました。
最初にお二人の普段のお仕事について教えていただけますか?
かわかみ
私はデザイン会社の情報システムを担当しています。具体的には、社内インフラの管理からPC関係の調達、社員からの問い合わせを受けるヘルプデスクなどを行っています。
勤務時間は10〜18時。一般的な会社よりちょっとスタートが遅めなので、助かっています。
はお
私は、演劇の宣伝美術などを手掛けるデザイン事務所を経営しています。現在は4人のスタッフがいます。
コロナの影響もあって、現在は完全にリモートワーク。かなり自由な働き方をしていますね。大体お昼の12時ごろから皆が揃い始めて、夜遅くまで仕事をすることも。土日に仕事が入ることもあります。
それぞれ全く異なる働き方をされているんですね。
そんなお二人が『BeːinG』を作った経緯について教えてください。
かわかみ
私たちは同じ大学の同級生だったんです。
でも在学中は、それぞれ違うグループにいてそれほど親しくありませんでした。互いの卒業論文のテーマも知らなかったし……(笑)。
はお
趣味や好みなど、深い話をする機会がなかったんですよね。
でも、卒業後にTwitter(現X)で再びつながったら、「あれ、かわかみさんも妖怪好きなんだ」と気づいて。
かわかみ
SNSって、普段の会話ではあまり共有しないような内容も含めて、自分が好きなものについて書いたりするじゃないですか。それがきっかけで、交流が生まれました。
「2人でZINEを作ろう!」となったのはどういう時だったんですか?
かわかみ
私は元々、食べ物をテーマにしたZINE「mg.」を別の友人たちと制作していたのですが、新たに民俗学や妖怪にまつわる本を作りたいな……とぼんやり考えていて。
私が「こういうの作りたいな」ってつぶやいたら、はおさんが「やりたいです」って言ってくれて。
はお
私はZINEを作ったことはなかったのですが、他の人たちが同人誌活動をしているのを見て、「楽しそうだな」とずっと思っていたんです。
それで本格的に話を進め、一緒に制作することになりました。
初めて出した文学フリマでは完売!制作の裏側は?
実際に拝見すると、本格的なメイクと衣装での撮影に多数のカラーページなどとても濃厚な1冊ですが、具体的にはどうやって制作されているのでしょうか?
かわかみ
まず、それぞれが担当コーナーのテキストを書きます。原稿ができたら、私が文字まわりのレイアウトを組みます。
はお
それをもとに、私がグラフィックデザインを作っていきます。
かわかみ
かなり共同作業な感じですね。デザインで譲れないポイントがあれば、はおさんがちゃんと言ってくれますし。
ちなみに、絵巻を紹介しているページなどは、撮影のために特殊なスキャナなどを使われたのでしょうか?
かわかみ
妖怪メイク以外の写真はほぼiPhoneで撮影しています。
荒木家さんの絵巻物も、iPhoneで撮影しました。
iPhoneとは意外です!
かわかみ
一応カメラも持っていましたが、iPhoneの方が使いやすかったんです。
また、外部の方にも寄稿をお願いしていると聞きました。豪華な執筆陣はどのように集められたのでしょうか。
はお
私の仕事関係で知り合った劇団の主宰の方や、大学時代の脚本家の方に寄稿をお願いしました。
かわかみ
私も古本市で知り合った小説家の方に寄稿をお願いしています。
「こういうZINEを作ろうと思うんですけど……」と声をかけました。その後、本当にお願いしたら本当に書いていただけたのです。
すごい、ご縁を引き寄せる力もあるのですね……! ちなみに妖怪メイクはどうやったんですか?
かわかみ
最初に、かわかみが「やってみたい」とはおさんに相談しました。
はお
まだ創刊号だったこともあり、モデルを頼める人がいなくて。それで、とりあえず自分たちでやることになったんです。
そういう話をしていたら、特殊メイクが大得意な仕事仲間のプロのメイクさんが全て作ってくださることになって。メイクの域を超えて、もはや造形なんですが……!
さまざまなプロを本気で巻き込んでいたんですね……!
そうやって生み出された『BeːinG』、読者からの反応はいかがですか?
はお
予想以上の反響がありました。初版は300部で、今は800部まで増刷しています。
かわかみ
初めて販売した文学フリマでは、ありがたいことに100部以上販売できました。在庫がなくなってしまったこともありましたが、随時増刷をして、主に通販とイベントで販売しています。
読者からの反応はどうですか?
かわかみ
とても良い反応をいただいています。特に妖怪や民俗学に興味がある方々から、内容を評価していただいて。
はお
ニッチな分野ですが、興味を持ってくださる方が予想以上に多くて驚きましたね。
かわかみ
ZINEを出したことで、同じように妖怪に興味がある方々と知り合えて、情報交換ができるようになりましたし。
はお
私は怪談師としても活動しているのですが、イベントで知り合った方から、新しい情報や体験談を聞くこともあります。それが次の制作のヒントになることもあるんです。
実は2人は両極端! 仕事と趣味のバランスの取り方
制作にはかなりのお時間がかかっているんでは?と思いました。
お二人は本業とZINE制作、どのようにバランスを取っているのでしょうか?
はお
自営業で、時間の使い方は比較的自由なのもあって、仕事と趣味の締め切りが全部重なっちゃう時もあります。
正直、私はもう全然バランスは取れてないですね。全部、全力疾走!というタイプなんです。
かわかみ
はおさんは本当にすごいですよ……。
私の場合、120%頑張ると体調崩すのと会社員として出勤しなければならないので、仕事:趣味=6:4くらいのバランスにしています。
とはいえ、締め切り間際になると睡眠時間を少し削ることもありますね。
パワー配分に全く異なる個性が出ているのは面白いです。とはいえ、やはり時間管理は課題ですよね。
はお
仕事も趣味も全力で取り組みたいので、時々オーバーワークになってしまうことがあって。
かわかみ
やはり締め切りとの戦いですからね……。
オーバーワーク対策として、可能な限り計画を立てるようにしています。他で制作してるZINEの締切を調整して『BeːinG』の制作時間を確保したり。本職の忙しさは流動的なので、そちらには影響が出ないよう気をつけています。
はお
私はこだわりすぎてしまうところがあるので、締め切りとクオリティのバランスを取るのが難しかったです。
でも、かわかみさんがスケジュール管理をしてくれたおかげで、なんとか形にすることができました。
ちなみに趣味の活動が、本業の仕事になにか影響を与えることはありますか?
かわかみ
私はありますね。たとえば、会社でデザイナーが使うソフトウェアのトラブル対応をするとき。
ZINE制作で私自身もそのソフトウェアを使っていることがあるので、デザイナーの目線に立って対応ができるんです。
はお
私の場合、『BeːinG』の制作を通じて、新しい人脈ができ、それが仕事にも良い影響を与えていると感じます。
クライアントから妖怪に関する仕事の話をいただいたこともあるんです。仕事の撮影中にクライアントがグッズを見て興味を持ってくれたりすることもありました。
それはうれしいですね! 趣味の活動が増えたことで、気持ちや行動に何か変化はありましたか?
はお
実は、もともとの私はインドア派だったんです。
でも、『BeːinG』の取材のために外に出かけたり、人とコミュニケーションを取ったりすることが増えました。これは私にとって大きな変化で……。
かわかみ
私は仕事と趣味をはっきり分けています。会社では『BeːinG』のことはあまり話しませんが、隠しているわけではありません。
仕事しかないよりも、毎日が楽しい。仕事だけでなく、好きなことができる時間があるのは、精神衛生上とてもいいと思います。
精神衛生上?
かわかみ
はい。私は今の会社の仕事も好きなんです。
でも、会社員って「私のやりたい仕事ってこれなんだっけ?」とくすぶりやすいと思っていて。
確かにそうかもしれません……!
かわかみ
私はもともと編集者になりたかったんです。それで、実際に編集者として少し働いたこともあるんですが、長時間労働など働き方がしんどすぎて続けられなくて……。
そういう経緯があったので、会社員として好きな仕事をしながら、本来やりたかった創作活動ができている今はバランスが取れているなと感じるんです。
次回の文学フリマも出展予定!『BeːinG』のこれから
次回作の予定を教えていただけますか?
はお
はい、次の文学フリマにも参加する予定です。現在制作中なのですが、今回は女性をテーマにしようと考えています。
女性と妖怪?
かわかみ
幽霊といえば女性のイメージが強いですよね。
それに、神様に近い存在として女性が描かれることも多いです。そういった点を掘り下げていきたいと思っています。
はお
少し前、沖縄へ取材に行ってきました。その内容も盛り込む予定です。
楽しみです! 今後の目標を教えてください。
かわかみ
日本の伝統文化や民俗学の面白さを、より多くの人に知ってもらいたいです。
特に、今までそういうものに触れてこなかった人たちにも興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
はお
『BeːinG』を通じて、新しい知識を得たり、表現の幅を広げたりしていきたいですね。
これからも読者の方々と一緒に楽しめる作品を作り続けていきたいです。
2024年7月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト