評価指標は「相談事」の数。株式会社ATOMicaが考えるコミュニティマネージャーに必要なスキルとは?
ビジネスの世界において「コミュニティの重要性」が語られるようになって、長い時間が経ちました。そんなコミュニティ運営の重要な役割を担うのがコミュニティマネージャーです。
しかし、コミュニティマネージャーに必要なスキルの体系化がされておらず、向き・不向きの判断も感覚的にしか行われていないケースもあります。
例えば、明るい人やコミュニケーションが得意で友達の多い人など、もともとの気質がよければできる仕事、と思われてしまうことも……。
また、コミュニティメンバーとの交流は自然なことのように思われても、「感情労働」という言葉があるように、積み重ねの中でコミュニティマネージャーが疲弊してしまう……というケースも耳にします。
今回訪ねたのは株式会社ATOMica(アトミカ)。全国各地でコミュニティスペースの運営を行い、その中で独自のコミュニティを形成する「型」を作ってきました。
コミュニティマネージャーに必要なスキル、そしてよりよいコミュニティづくりとは? 同社が運営に携わる「THE E.A.S.T. 日本橋一丁目」でお話を聞きました。
南原一輝(みなみはら・かずき)
株式会社ATOMica 代表取締役 Co-CEO。1994年大阪生まれ。大学在学中に、若年層向けマーケティング・商品開発事業で起業し、卒業後は同社株式を譲渡して三井物産株式会社に入社。データ系スタートアップへの資本業務提携とその後の日本展開を担当した後、自身の起案したビジネス案が採択され、社内起業家として飲食店の空席をワークスペースとして利用可能にするアプリSuupをリリース。2021年に執行役員としてATOMicaに参画し、2023年4月より現職。ATOMicaでは、事業・組織の開発からファイナンスに至るまでをリードする。
安里喬泰郎(あさと・きょうたろう)
株式会社ATOMicaプロジェクトマネージャー。1994年生まれ。広告会社で5年間、商業施設からエンタメ業界、流通メーカーまでさまざまな業界のクライアントをPRプランナーとして担当する。その後、事業会社の広報に1年間出向したのち、ATOMicaに入社。現在は共創拠点のプロジェクトマネージャーとして、現場のコミュニティマネージャーを支える仕組みづくりを行う。
地方で始まった場づくりの共創
本日はよろしくお願いします。今日の取材場所である「THE E.A.S.T. 日本橋一丁目」、素敵なスペースですね。
南原
ありがとうございます。私たちATOMicaは「全国でコワークを味わおう」というテーマを掲げている会社です。各拠点のコンセプトに合うように、コワーキングをはじめとしたコミュニティスペースの運営に関わっています。
やはりエリアによって、スペースに求められるものは変わるのでしょうか?
安里
最近では、各地の企業さんや自治体さんと共同で運営するケースも増えていて。
そうしたパートナーが持つ想いを大事にしながら、地域ごとに異なる機能や個性を上乗せしていくことが多いです。
安里
変わったところでは、大学の中にスペースを作ったこともあります。学校の先生でもなく、親でもリクルーターでもない存在として、利害関係のない大人と学生が相談できるような場所として機能しています。
地域やパートナーが求めるものを捉え、必要とされる場所を柔軟に生み出してきたのですね。
こういったスペース運営事業を始めたきっかけは、一体なんですか?
南原
宮崎県で百貨店の運営会社から声をかけられたことでした。
かつての活気が失われつつある百貨店の一角に、多様な層の人たちを集め、宮崎を盛り上げていくハブにしていきたい、とご相談いただいたんです。
南原
もちろん、ビジネスパーソンのためのサテライトオフィスとしての需要も見込んでいました。
しかし、都心に比べて地価の安い地方では、ただ「使いやすい仕事場」というだけでは、人が集まる理由にはなりづらかった。
他方で、ただ闇雲にイベントを開催しても、一時的な盛り上がりだけで終わってしまう。
それで、普段はバラバラなコミュニティに属している地域の人々が、真面目なお仕事の話から個人的な趣味、最近の興味関心まで、様々な話を気軽にできるきっかけをつくり、恒常的に繋がっていけるような場づくりを事業にしていきました。
「WISH」を集めて実現することがコミュニティの価値
複数の拠点を運営する中で、良いコミュニティに共通する要素や「型」はあると思いますか?
安里
もちろん会社として施設を経営する以上、売上や利用人数のチェックは欠かせません。
しかし、コミュニティ運営にあたって重視しているのは、
・相談事をどれだけ集められる
・相談事をどれだけ解決できているか
という2つの指標です。
相談事?
南原
いわゆる相談というと、一対一のシリアスなものや心理的にマイナスなイメージがありますが、もっとポジティブな想いや気づきも、我々は大事にしています。
そのため、社内では想い・願い・相談といったものを総称して「WISH」と呼んでいるんです。
南原
コミュニティマネージャーの役割は、人を繋いで関係を築いて、そういった「WISH」を集めること。まさに、現場で働く人にしか担えないものです。
そうして集めた「WISH」は、私たちのシステム上でしっかり記録し、各地のスタッフ間でもシェアして、日本中の拠点を跨いで、想いを叶えられるようにしています。
安里
あと、コミュニティマネージャーと利用者が最初に出会ってから、相談事を投げかけてもらえるまでにかかった期間なども計測しています。
こうして「WISH」を量的に測れるようにしたことで、複数拠点の連携もしやすくなりましたし、コミュニティの状況を知る一つの指標になっているんです。
確かに、心を許せる人じゃないと相談ってできないですよね。
南原
はい。大人になった今、「隣の人と仲良くなって」といきなり言われても、なかなか難しいですよね(笑)。
でも、そこで失われている価値は、かなり大きいと思うんです。だから、コミュニティマネージャーがそんな人たちを繋いでいくことには、経済的な価値も間違いなくあるはずです。
なるほど。ATOMicaが運営するシステムには、「WISH」をデータベース化したり、シェアしたりする機能が含まれているんですね。
南原
「WISH」を集めて叶えるコミュニティマネージャーの仕事がうまくいけば、それが良いコミュニティを生み、経済的なメリットにもつながっていく。
でも、どうしてもスペース運営には契約書や請求関連の対応など、細かな仕事が存在し、現場の担当者の負担になっています。
そこで私たち事業部が、彼ら彼女らが現場で利用者さんとコミュニケーションをする時間をできる限り増やせるよう、制度設計の面をサポートしているんです。
コミュニティマネージャーに求められるスキルと思考法
いろいろなエリアのスペース運営を手掛けていますが、コミュニティマネージャーはどのように募集しているのでしょうか?
南原
まず日本全国、どの場所であっても現地で採用するようにしています。
それはどうしてですか?
南原
利用者とコミュニケーションをとるときに、近い温度感で話せることが大事だからです。
同じ地域というバックグラウンドを持っている方であれば、ふらっと訪れた人ともコミュニケーションを取りやすいですよね。
安里
実は、応募してくれた皆さんに話を聞くと、「コミュニティマネージャー」という言葉への関心はそれほど高くないんです。
主なモチベーションは、
・人が好き
・地域への愛がある
のどちらか。
ほかにも、地域を盛り上げたい、スタートアップを支援するチャレンジングな環境に身を置きたい、といったビジョンを持つ人も多いです。
コミュニティマネージャーに必要なスキルがあるとしたら、どのようなものでしょうか?
南原
私たちは、気持ち良いコミュニケーションを取り、普段はなかなか出てこない気持ちや悩みなどから、さまざまな「WISH」を吸い上げることが、コミュニティマネージャーの仕事だと思っています。
なので必要なのは、利用者に好かれ、いつでも話してもらえる関係性を築く能力です。
南原
とあるコミュニティマネージャーは、利用者に早くから「お願い事」をしていました。
たとえば、イベントの写真やチラシづくりなど。積極的に相手の力を借りることで、あっという間に関係を築いていく姿には驚かされました。
なるほど。お願い事の提案は、相手が何をできるかを把握した上で、仕事を頼む相手としても信頼しているという気持ちの表れになりますよね。
「あなたを気にかけている」という心が伝わる気がします。
安里
ATOMica社内ではよく「ベクトルが相手に向いているか?」という言い方をしています。
やはり、コミュニティマネージャーは、自分のためではなく、他の誰かのためという精神を持つことが大切。そうやって相手に気持ちが向いていないと、気持ちを吐露してもらったり、人を繋いだりするのは難しいですから。
安里
あと、ベクトルが相手に向いている人は、気づく力も強いんです。
たとえば、スーツケースを持っていたら「出張ですか?」と声をかけたり、ちょっとした口調や見た目の変化に気づいたり。そういった気づきから「WISH」を受け止めると、次の展開にも繋げやすいんですよ。
コミュニティマネージャーを孤独にしない仕組みづくり
他者と接する機会の多いコミュニティマネージャーは、気疲れしてしまう場面もあると思います。どのように対策できるでしょうか。
安里
まず、タイプの異なる複数のコミュニティマネージャーを揃えるようにしています。人によって合う・合わないといった相性は、どうしてもありますから。
個々のコミュニティマネージャーが信頼を積み重ねることが前提ですが、チームとしての連携も大事です。一人が受けた相談事を、他のコミュニティマネージャーが引き継ぐこともあります。
南原
個人の魅力がきっかけで、場所に訪れてもらうのは素敵なことです。しかし、その人がいなくなったときに、利用者との縁も切れてしまう……という状況は避けたい。
地域に根付いたコミュニティを継続するためにも、一対一ではなく、一対面での付き合いをし、個人から場所やグループに価値を移すことを意識しています。
現場で働くコミュニティマネージャー自身から悩み相談を受けることもありますか?
安里
もちろん、毎日のように受けています。
たとえば、「他の業務に追われて利用者と喋る時間が取れず、モチベーションが下がってしまう」という相談がありました。
その場合、業務のどこに時間がかかっているかをヒアリングし、事務処理やミーティングの時間を調整するなどして、利用者と接する場面を増やせるようにしました。
リアルなお悩みですね。
安里
事務側で解決できなさそうな悩みがあるときには、他拠点のコミュニティマネージャーと繋ぎ、過去の経験などをシェアしてもらうこともあります。
会社として明確に「こうあるべき」という答えを出すよりも、それぞれの立場をもとに、自由に相談してもらうことが多いですね。
そうした支え方ができるのは、複数の拠点を持つATOMicaならではの強みですね。いろいろな立場の仲間に相談できる環境は、とても心強いと思いました。
とはいえ、世の中にはコミュニティマネージャーが一人しかいない会社もありますよね。
南原
ありますね。「会社の新規事業としてコワーキングを始めたが、コミュニティマネージャーがただの受付業務になってしまう」など、他の会社から相談いただくことがあります。
そうなってしまう原因は、コミュニティマネージャーを評価する指標がないからだと思います。
南原
コミュニティマネージャーの仕事は、コミュニケーション。それを指標で明示してあげないと、コミュニティマネージャーが努力すべき方向性が見えづらくなってしまうでしょう。
私たちは、ここに「WISH」の数を用いています。
適切な指標が用意され、自分の仕事がどういう基準で評価されているかわかれば、「コミュニティマネージャーというキャリアをどう積み重ねればいいのか……」という不安も軽減されそうですね。
南原
ATOMicaのコミュニティマネージャーの中には、より地域に根ざした活動を広げていく人や、システムや運用面をから支える事業開発に深く関わっていく人もいます。
それぞれの立場で、しっかり成長していくコミュニティマネージャーの姿を、私たちはたくさん見てきましたよ。
コミュニティマネージャーの仕事には、どこか孤独なものというイメージもありました。
でも、相談できる相手や評価指標など、チームとしてバックアップする体制も含めて作っていければ、その孤独は軽減され、良いコミュニティにつながっていくのですね。
今日はお時間をいただき、ありがとうございました!
2023年9月取材
取材・執筆=淺野義弘
撮影=品田裕美
編集=鬼頭佳代/ノオト