他社と交わるほど、自分たちの輪郭が濃くなった。『地球の歩き方』の共創術(斉藤麻理さん)
異業種との意外性のある共創は、うまくいけば新しい層へアプローチする扉になる一方、進め方次第では自社の「らしさ」が薄れてしまうリスクもはらんでいます。
コロナ禍をきっかけに『ムー』『ジョジョの奇妙な冒険』『ディズニーの世界』『宇宙兄弟』『スター・ウォーズ』と、次々に異色のコラボレーションを世に送り出してきたのが、ガイドブックシリーズ『地球の歩き方』。さらに書籍にとどまらず、アパレルや食品、雑貨といった展開も広がっています。
これだけ多彩な相手と組みながら、なぜブランドの軸がブレないのでしょうか? 株式会社地球の歩き方でコラボレーション書籍の取りまとめを担う斉藤さんに話を聞きました。

斉藤麻理(さいとう・まり)
株式会社地球の歩き方 コンテンツ事業部 出版編集室 プロデューサー。新卒で入社し、一貫して編集の仕事に携わる。出版編集室で海外・国内旅行のガイドブック制作を担当しながら、現在はコラボレーション書籍の取りまとめも。個人としてはディズニーとのコラボレーション書籍『地球の歩き方 ディズニーの世界』を担当した。
「1人1コラボ企画会議」から生まれた、混ぜたら危険なコラボ!?

『地球の歩き方』といえば、旅のガイドブックとして何度もお世話になってきました。
いつ頃から、今のようなコラボレーション展開が始まったんでしょうか?


斉藤
コロナ禍がきっかけですね。
まったく海外旅行に行けなくなってしまったので、編集室ではまず国内版のガイドブックを強化していたんです。でも、それだけではやっぱり足りない、と。
それで「海外旅行に行かなくても楽しめる『地球の歩き方』をつくれないか?」という話になって、当時所属していた10人くらいの編集室メンバーが1人1つ以上コラボ企画を持ち寄る会議を開くことになったんです。
「新しいものを作るぞ!」という気合いを感じます。
その当時、社内はどんな雰囲気だったんでしょうか?


斉藤
実はその頃の会社の従業員数は、今の3分の1くらいで。
当時の編集長(現在の取締役)が、「1人、年間10冊新刊を出せ」と檄を飛ばすくらい、『地球の歩き方』として危機的な状況だったんです。
それは、ピリピリしそうです……!


斉藤
だから「1人1企画持ち寄る」会議も、リスクよりもちゃんと面白い企画かどうか?という視点で。
その時に出てきたのが、世界の謎と不思議を紹介する『月刊ムー』とのコラボでした。


斉藤
弊社社長が『月刊ムー』の元編集長だったという縁や、両媒体とも創刊が同じ1979年だったことなどもあり実現したんですが……。最初、社内では「混ぜるな危険!」なんて言われていて(笑)。
『地球の歩き方』は真面目に観光名所を紹介するイメージがあったので、ピラミッドの歴史や建築の説明と、古代エジプトの謎めいた部分を両方楽しめる構成は、当時としてはかなり変化球でしたから。
確かにインパクト大でしたね。実際に『月刊ムー』とのコラボ書籍を出してみて、反響はどうでしたか。


斉藤
結果的に、すごく好評でした。次に『ジョジョの奇妙な冒険』、そして私が担当した『ディズニーの世界』へと続いていきました。
最初の持ち寄り会議で、ディズニーの企画を出したときは「まさかやらせてもらえるわけがない」と思っていて。
夢というか……、ほぼ妄想状態で企画書をディズニー社さんへ書いて送ったら、「ぜひご一緒に」というお返事をいただいて。びっくりしましたね。

『地球の歩き方 ムー』コラボのヒットがなければ、その後の展開も変わっていたかもしれませんね。


斉藤
本当にそう思います。
『地球の歩き方 ムー』が「こんな異色コラボをしていいんだ」という空気を社内につくってくれた存在なんです。
型は守り、見せ方は相手に委ねる。ブランドを守るコツ
コラボをする中で『地球の歩き方』らしさとは、どういう要素だと感じましたか?


斉藤
まず絶対に譲らないのがフォーマットです。
『地球の歩き方』では、ページをめくる時に指が触れる「小口側」の細長いデータ欄には、場所の説明や住所、アクセス、営業時間、入場料などを載せていて。
コラボ版でもこの型を踏襲していて、その世界観に合わせてアレンジしながらも、必ず入れるようにしているんです。


斉藤
読者投稿や知っておくと楽しい豆知識をページの下部に載せる「はみ出し」欄もあります。
あと、巻末の「旅の準備と技術」の章もコラボの内容にあわせて工夫していて。『スター・ウォーズ』では、銀河標準語の文字(オーラベッシュ)の解説や会話集を収録したり。
確かに同じ型!
その一方、コラボ相手によって変えている部分はありますか?


斉藤
はい、型は同じでも見せ方は全然違います。
たとえば、ディズニーの場合、実在するモデル地と作品の世界観を紹介するページはあえて分けています。やはり、ディズニーさんは作品そのものの世界観を大切にされていらっしゃいますから。
そのため、「この作品のモデルはここです」と完全にイコールで紹介するのではなく、「映画のスタッフがインスピレーションを得た場所はここです」「想起させているのはここです」という伝え方にしています。
漫画『ジョジョの奇妙な冒険』とのコラボの際は、どうされていましたか?


斉藤
『ジョジョの奇妙な冒険』は実在する場所が漫画のなかに多数登場するので、漫画のコマと現地の写真を対比させながら紹介しています。
『スター・ウォーズ』の世界は実在しないですよね。
どうされたのでしょうか。


斉藤
紹介できるロケ地がそこまで多くないので、作品内の惑星そのものをガイドするという構成に転換しています。
「地球」の歩き方なのに、内容的には「銀河」の歩き方ですね(笑)。
とはいえ、ここまで有名な作品ばかりで監修のプロセスも大変そうです。


斉藤
そうですね。
たとえば、『スター・ウォーズ』では、日本だけではなく本国の担当の方ともオンラインミーティングをすることもありましたし、誌面のテキストは全部英訳して確認をいただいています。
丁寧に進めているからこそ、お互いの世界観が維持できているのですね。
ちなみに、コラボ企画の担当者はどうやって決めているのですか?


斉藤
基本は、コラボ先に「愛があるか」を一番重視しています。その世界を1から10まで深掘りする本なので、好きだからこそさまざまな面から魅力を紹介できると思うんです。
新しいコラボが決まると、編集室全体に「このコンテンツが好きな人いますか?」と声をかけて、手を挙げたスタッフが担当するという仕組みです。
『スター・ウォーズ』も、物心ついた頃からの大ファンという担当が名乗り出てくれました。

好きなものを担当できたら最高ですね。
ただ一方で、個人の「愛」に任せ切ると、クオリティやブランド基準にブレが出たりしませんか?


斉藤
そうですね。1人の感覚だけで判断せず、なるべく多くの社内メンバーに確認をしてもらうようにしています。
担当者だけで決めず、定期的に見せ合って意見を出し合う。それが結果的に、『地球の歩き方』らしさや品質がブレないことにもつながっている気がします。
こういったコラボによって『地球の歩き方』側とコラボ先、それぞれどんなメリットがあると感じていますか?


斉藤
『地球の歩き方』にとっては、これまでリーチできていなかった層に知ってもらえることが大きいです。
旅に行く人だけではなく、コラボ書籍なら漫画や映画が好きな方に手に取ってもらえます。「10年ぶりに『地球の歩き方』を買った」という声も聞きました。
それは嬉しいですね。


斉藤
一方、コラボ先にとっては『地球の歩き方』のフォーマットに落とし込むことで、ファンはもちろん、まだファンになっていない層にとっての入門書として機能します。
『スター・ウォーズ』なら、惑星や年表といった基本情報がまとまっていることで、作品世界へ深く浸る扉になる。そこはお互いに補い合えるんじゃないかと思っています。

ちなみに、読者の反応から次のコラボにつながることもあるのですか?


斉藤
あります。アンケートやお問い合わせフォームを通じて、コラボの希望が結構届くんですよ。
『ディズニーの世界』を出したときは、「次はスター・ウォーズを出してほしい」という声がものすごく多くて……。それで、ディズニーさんともお話をして、『スター・ウォーズ』のコラボが実現しました。
憧れのコラボが実現する可能性もあるのは、読者側にも夢がありますね……!


他社と組んで初めて、自分たちの輪郭が見えた
いろいろなコラボを重ねる中で、『地球の歩き方』ブランドを見直した点はありますか?


斉藤
やっぱり他社さんと一緒に仕事をする中で、「自分たちの軸は何だろう?」「『地球の歩き方』らしさって何だろう?」と考える機会が、以前よりすごく増えたんです。


斉藤
先ほどお伝えした誌面の「型」もそうですし、表面的な情報だけじゃなく、歴史や文化、成り立ちまで深掘りすることや旅するうえでのテクニックを入れることなど。
ラーメン屋さんを1軒紹介するにしても、「この店主が30年ここに住んでいて、どういうきっかけで開業したか」まで書くのが『地球の歩き方』。そういう感覚が編集室全体にあるんです。
こういった気づきは、コラボを通じて自分たちを客観的に見直して、言語化されていった部分が大きいです。
その気づきは、コラボ以外の仕事にも活きているのでしょうか。


斉藤
はい。それは、コラボではない、通常のガイドブックづくりの際に立ち返るきっかけにもなっています。
特に新しいメンバーが入ってきたときに、『地球の歩き方』らしさを伝える機会が増えました。

ちなみに、書籍以外の展開も広がっていますよね?
コンビニなどで、食品をお見かけしたり……。


斉藤
はい。現地の味を忠実に再現した『地球の歩き方』のレトルトカレーやカップ麺などを作りました。
ほかにも、『地球の歩き方』の中でも女性向けの旅行ガイドブックである「aruco」シリーズとアパレルブランドの「ITS’DEMO(イッツデモ)」さんとのコラボや、カプセルトイ、カミソリ、トラベルグッズなど、今はかなり幅が出てきましたね。

想像以上に幅広いですね!


斉藤
書籍以外の商品はライセンスチームが担当するんですが、編集室が必ずチェックとアイデア出しに入っています。
レトルトカレーは、試食を繰り返して、現地の味に近いかを確認していますね。


斉藤
さらに、担当者以外の編集室メンバーでも試食や試着を行っていて。
食べ物に対しておいしいと感じる感覚も、布の色や手触りの好みも人それぞれなので、複数人で確認することを徹底しているんです。
「すべての旅の入り口」であり続けるために
ちなみに、コラボを担当されてきた中で斉藤さんご自身の仕事観に変化はありましたか。


斉藤
以前は『地球の歩き方』=ガイドブックと捉え、その中で自分ができることを考えていました。
でも今は、旅を軸にしながらも、食品や衣服など日常的なところまで仕事として考える対象が広がったと思っています。
コラボの仕事の中で、対外的に自分たちのことを説明する機会も増えて、自分自身の『地球の歩き方』ブランドへの想いも一層強くなりましたね。

なるほど。今、斉藤さんにとって『地球の歩き方』とはどんな存在なのでしょうか。


斉藤
「すべての旅の入り口である」という言葉が、今の私にとっての答えです。
『地球の歩き方』の創刊時の理念は、初めてその地に旅行する人が安全に旅をして日本に帰ってくるための書物、というものなんです。


斉藤
コラボにしても、ファンの方はもちろん、初めて手に取った人でもその世界に入っていける、玄人向けになりすぎない案内役でいたいなと思っています。
素敵ですね。今後、挑戦してみたいコラボレーションの形はありますか?


斉藤
モノ消費だけではなく、空間やイベントといったコト消費の分野に挑戦したいと考えています。
『地球の歩き方』として本格的な大規模イベントはまだやったことがなくて。日常の中でもっと旅の疑似体験ができる場をつくれたらと思っています。
実現したら、ぜひ行ってみたいです。共創って、やっぱり手間もかかりますよね。


斉藤
日々の業務に追われていると、みんな心の中では「こういうことをやりたい」と思っていても、なかなか形にする時間が取れないと思うんです。
だからこそ、「今日は違うことを考える日」と明示的に場をつくって、半ば強制的にでも企画を持ち寄る会議を設定してしまうのが一番効果的だと思います。
そして、リスクの検討は後からいくらでもできるので、まず面白がれる空気をつくること。それが、変化の第一歩になるんじゃないでしょうか。

2026年7月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=篠原豪太
編集=鬼頭佳代/ノオト


