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テレワーク人からハッピーワーク人へ ― ミクルが実現するリモートワークの進化形

「家族優先」「営業禁止」など一般的なビジネス観とは異なる独自の価値観のもと、少数精鋭のリモートワークで世界規模のサービスを輩出し、事業を展開するミクル株式会社(以下、ミクル)。前編ではミクルの歴史や前衛的な働き方についてお話しいただきました。

では実際に、フルリモート下でどのようにプロジェクトを進めているのでしょうか? 代表取締役CEOの福井直樹さん、ミクル取締役COOのイ・ジェホンさんにそのノウハウをお聞きしました。そして今後、ミクルが見据える未来とは──。

ただのリモートワークではない「ハッピーワーク人」という概念

WORK MILL:ではさっそく、ジェホンさんが統括されている「FeedWindのプロジェクト進行についてお伺いします。まずはサービスの内容について教えてください。

ジェホン:FeedWindは、FacebookやInstagram、YouTubeなどへのリンクを、公式ウィジェットよりも簡単に貼れて柔軟にカスタマイズできるブログウィジェット(システム画面などに小さく表示されるアプリケーションソフト)です。NASAやロンドン大学、スタンフォード大学、日本では楽天などにも導入いただいており、世界76各国で10万人に利用されています。

FeedWindの運営メンバーは10名で、メンバーはバングラデシュやロシア、インド、アメリカ、セルビアなど7ヵ国に居住。フルリモート環境で仕事を進めています。

WORK MILL:ジェホンさん自身は、いつからリモートワークに取り組まれているんでしょうか?

ジェホン:私はミクルにジョインした2006年から、段階的にリモートワークに取り組んできました。当時の様子を私は、2006年〜から「オフィスレス人」、2011年〜からは「テレワーク人」、そして2017年からは「ハッピーワーク人」と呼んでいます。

まず2006年にミクルに入社した際は、当時は珍しかった六本木のコワーキングスペースで勤務していました。はじめて自分の席がなく、バッグ一つで仕事をするような状況は、テレワーク人になるための準備期間だったのかなと思います。この期間を「オフィスレス人」と我々は定義しています。

そして2011年3月の東日本大震災を機に、一部のメンバーが関西圏に移住しました。これ以降はみんなが一ヵ所に集まることはなくなり、私含めてそれぞれがカフェやコワーキングスペースで働くステージに移ります。

ただ私はカフェやコワーキングスペースでのテレワークが、しっくり来なかったんですね。そこでミクルでは新しく「アトリエ制度」を導入しました。この段階を「テレワーク人」と呼んでいます。

WORK MILL:アトリエ制度の導入はジェホンさんにとって大きな転換点になったのですね。

ジェホン: アトリエとは、WeWorkやコワーキングスペースのように交流を視野に入れた施設とは異なり、「秘密基地」のようなワクワク感を仕事に取り入れること、そして集中空間を確保することを重視しています。

 自宅から徒歩圏内で通勤時間もほぼかからないので、幼稚園や子供の習い事の送迎もパートナーと分担できますし、家族が急に病気になったときにも迅速に対応できます。

東日本大震災では帰宅困難者が課題となりましたが、職住近接なのでその面でも安心感があります。アトリエ制度が「家族優先」を維持しつつ、集中スペースを確保できる仕組みとして機能することが分かりました。

個人的にも、アトリエ制度は最高の制度だと思っています。私は自宅から1分の場所にアトリエを設けていますが、そこが最大のパフォーマンスを上げられる場所になっているんです。

そして、次の段階が「ハッピーワーク人」です。今までの働き方では、会社によって住む場所や時間の使い方、さらには家族までコントロールされるのが一般的でした。一方「ハッピーワーク」とは、自分でコントロールできる要素を増やして、自分のライフスタイルや家族を犠牲にしない働き方を指します。私は子どもの進学のために名古屋に移住した2017年から、ハッピーワークを意識するようになりましたね。

世界規模のプロジェクトを回すコツは「仕事の区分け」と「非同期コミュニケーション」

WORK MILL:ハッピーワークを意識されてから、どのように業務を進めていきましたか?

ジェホン:この頃からFeedWindの運営チームをつくり、本格的に業務を「仕組み化」していきます。業務をコントロールして家族との時間を確保するには、仕事の効率化や仕組み化が非常に重要です。

働き方の構成要素は、場所・時間・仲間・マインドの4つに分かれます。自分の好きな場所に住み、人生の優先順位に合わせ先にスケジュールを組んで、その後に仕事を入れる。自分が働きたいメンバーを採用してチームをつくる。基本的に1人で仕事をするので、自分の成長やモチベーション維持に力を入れる。これが主なポイントだと考えています。

WORK MILL:具体的には、どのように仕組み化されていますか?

ジェホン:大きなポイントは2つです。1つは、仕事の領域を区分けすること。仕事を「パターン化できること」「ポリシー化(意思決定基準やフレームワークを明確化)できること」「自分にしかできないこと」に分けます。自分固有の業務をどんどんポリシー化して権限委譲したり、パターン化してドキュメントに落としたりして、チームに共有し、固有の業務を極力なくすのが大切です。

もう1つは、なるべく非同期コミュニケーションにすること。最近こそ非同期コミュニケーションという単語を見るようになりましたが、ミクルではこれを10年前から実施しています。

コミュニケーションには「相互型」「プッシュ型」「プル型」の3種類がありますが、対面や非対面で話す相互型は、時間をつくったり移動したりするコストや、時間を固定するための機会損失コストが発生します。また自分の優先順位によっては予定が動かせない状況になってしまうのが難点です。

一方でプッシュ型(情報を特定の相手に一方的に送信するコミュニケーション方法)やプル型(発信者は不特定多数に向けて広く情報を公開し、公開された情報を受信者が自分の意志で能動的に取りに行くコミュニケーション方法)は、比較的コントロールが効きやすい。特に非同期型かつ長期プル型の場合は、完全にコントロール可能なので、極力この長期プル型にできるよう業務を調整するんです。

WORK MILL:非同期型コミュニケーションが増えて、仕事が滞ることはないのでしょうか?

ジェホン:私たちの大原則は「お客様最優先」です。緊急対応が必要なときは、Slackの「urgent」チャネルからプッシュ通知が来るようにしています。緊急対応のときは家族の予定が犠牲になるのもやむを得ません。ただほとんどの業務は非同期にしているので、コントロール可能だということです。

WORK MILL:ほとんどを非同期コミュニケーションにされている中で、あえて相互型にする業務はありますか?

ジェホン:緊急対応以外だと、月1回スペシャリストやスタッフを集めて開催する「プロジェクトMTG」と、1on1などのコミュニケーションです。プロジェクトMTGは、プロジェクト全体のアップデートや重要な意思決定のために行っています。また1on1などのリアルタイムコミュニケーションは、非同期よりもさまざまなコストが安いと判断できれば相互型で実施します。

コストには時間や金銭面だけでなく、エネルギーやストレス、機会損失なども含まれますよね。これを総じて考えたとき、非同期よりコミュニケーションコストが下がるなら、迷いなくリアルタイムに移ります。だから、リアルタイムや対面でのコミュニケーションを全否定しているわけではないんです。

例えば、サービスの立ち上げ当初や大幅なバージョンアップがあるときは、非同期の方がコストはかかるので、3泊4日で合宿して進めることもあります。このコスト感覚が重要だと考えています。

ミクルは信頼をベースに独立性を確保した共同体

WORK MILL:この効率的な体制では、各人がサボらずにしっかり働ける自立性が重要だと感じます。この自立性はどのように育んでいるのでしょうか?

福井:ミクルは「信頼」をベースにして、メンバーそれぞれの「独立性」を確保している組織だと考えています。電気自動車で例えるなら、信頼が電力で独立性が車に当たります。電気自動車が充電しなければ走れないのと同じで、私たちも独立性だけでは前に進めません。普段から信頼が十分にチャージされているからこそ、どんどんスピードを上げて走れるようになるんです。

WORK MILL:信頼がミクルのベースにあるのですね。では信頼を築くためにはどうすればいいと考えていますか?

ジェホン:信頼を築くために3つ意識していることがあります。1つ目は、ポジティブな経験を積み重ねること。信頼関係は短期間で築けるものではありません。そこで一緒に業務を行ったり旅行したりすることで、小さなポジティブな経験をコツコツ積み重ねていくといいでしょう。 

2つ目は、重要な意思決定にみんなが参加できること。ミクルでは会社の大きな転換点や経営判断は、メンバー全員で意思決定しています。そして3つ目は、失敗しても個人に不利益が生じないようにすること。チャレンジした結果、失敗しても文句を言う人はいない環境を整えています。

また信頼というベースの上で、ミクルの主要メンバーはそれぞれCEOの役割を果たしていると解釈しています。私自身も福井と仕事の話をするのは、年1回の予算承認の場だけ。あとはすべて任せてもらっているので、ほぼCEOの意識で仕事をしています。これも信頼をベースにしているからこそですね。

WORK MILL:独立性がありながら、それでも組織として事業展開する理由は何でしょうか?

ジェホン:一人よりも組織の方が失敗したときのリスクが少ないからです。事業で失敗したとしても、他の事業で収益を上げていればまたチャレンジできる。この点が組織として働く大きなメリットだと思います。

ミクルでは、社員10名がリアルで集まる「月1合宿」で月1合宿のプロジェクトMTGで、事業ごとのアクションと結果を共有する時間を必ず設けています。まだ普段からアクションや結果、実績は誰でも見られるように共有しているので、それでサボりにくい理由になっているのではないでしょうか。

WORK MILL:ただ「相互監視」という印象はないですよね。もっとポジティブな雰囲気を感じます。

福井:仕事は対面ではなくてもできます。しかし私たちがあえて集まるのは、楽しい時間を共有したいから。スポーツやゲームをしたり、おいしいものを食べたりすると、「この仲間と一緒に頑張っていこう」と感じます。チームをつくる上でリモートではできない重要な部分を、対面のコミュニケーションで補っているのです。

ミクルの価値観で働く「ハッピーワーク」仲間を増やしたい

WORK MILL:今後、テレワークやリモートワークを導入する会社はますます増えると考えられます。ミクルの取り組みのなかで、参考にしてほしい考え方や制度はありますか?

福井:まずは、従業員を管理しないことです。私も長年のリモートワークで「本当にみんな働いているのかな?」と不安になったことは数知れず。一方で日々の進捗を報告させればいいのかというと、それは違うと思います。従業員を信頼して、自らを律して成長してくれるようサポートする方が建設的だからです。管理する前提では、リモートワークはうまく機能しないと考えています。

次に、コアタイムを設けないこと。大部分の仕事は非同期で成り立ちます。今後グローバル展開を考えている企業なら、時差も影響してくるでしょう。よって緊急時以外はコアタイムを決めずに、それぞれのペースで働ける環境を整えた方がいいと考えています。例えば夜作業が向いている人には、夜稼働を認めてあげてもいいのではないでしょうか。

WORK MILL:フルリモートを実現するミクルから見て、これからのオフィスに求められる要素は何だと考えていますか?

福井:今後のオフィスに期待しているのは、複数企業が共同でオフィスを設けて、さまざまな会社の人たちとともにリモートワークができる環境の構築です。つまり、同じ会社の人だけではなく、他の会社の人たちとも同じオフィスで働ける環境、つまり「アトリエの発展型」を実現してほしいですね。

実は「同じ会社の人と同じオフィスにいない状況」というのは重要な変化です。恐らく人が離職する理由の大部分は、仕事を指示する管理者とのトラブルなど、人に対するストレスが大きいからだと思います。しかし、もし同じ会社の人が同じオフィスにいなければ、人が原因で辞める方は減るのではないでしょうか。 

そうやって離職しない環境になれば、会社は人材に対していくらでも投資ができるようになります。確実に会社にリターンがありますからね。投資と回収の好循環が生まれることこそ、オフィスが変わる大きなメリットだと考えています。

WORK MILL:最後に今後の展望についてお聞かせください。

福井:今後は、ミクルと同じような価値観を持つ仲間を増やしていこうと考えています。といってもミクルのメンバーを募集するわけではなく、ミクルの価値観に共感する会社や人材を増やしたいという意味です。

ただ、ミクルの働き方は従来の概念とは異なることも多いので、表面的な真似をしても上手に機能しない場面も出てくるはず。そのためミクルと直接コミュニケーションをとれるよう整備していきます。

個人的な取り組みとしてすでに始動しているのは、大学生向けに仕事の進め方やミクルの働き方などを教える場を設けることです。大学もリモート授業になったことで、ミクルの働き方がスムーズに受け入れられる学生は多いと考えています。

働き方を変えることで社会に好循環が生まれ、みんながハッピーに暮らせるようになったら喜ばしい限りです。

―福井直樹(ふくい・なおき)
ミクル株式会社代表取締役CEO。1996年NTTに入社。2003年韓国上場企業NeoWiz社の日本法人代表取締役に就任。2005年にミクル株式会社を、2008年には米国現地法人Mikle,Inc.を設立する。

―イ・ジェホン
ミクル株式会社取締役COO兼米国現地法人Mikle Inc. CEO。2002年韓国から日本に渡り、2006年ヤフーからミクル社にジョイン。日本発ウェブサービスを世界76カ国で利用される有料サービスへ規模拡大。

2021年3月30日更新
2020年1月取材

テキスト:金指 歩
イラスト:野中 聡紀
写真提供:ミクル株式会社