サーキュラーエコノミーはビジネスで環境問題を改善する ― 安居昭博
環境にやさしい行動をしていますか? 「リデュース・リユース・リサイクル」は、大量生産・大量消費が主流だった時代の概念です。これからは、環境にやさしい仕組みを取り入れた「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」が新しい常識になるかもしれません。
サーキュラーエコノミーは、廃棄を出さない仕組みをビジネスモデルや政策に導入することで、環境負荷軽減と経済効果、雇用創出につながることで注目を集めています。また、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進められています。
「サーキュラーエコノミーは今日から始められる」。そう語るのは、サーキュラーエコノミーの研究者であり、先進的な取り組みの多いオランダを拠点とされていたCircular Initiatives&Partners代表の安居昭博さん。
サーキュラーエコノミーの基本的な考え方やサスティナビリティとの違い、オランダでの取り組み事例などをうかがいました。
サーキュラーエコノミーの先進国オランダから京都へ
WORK MILL:まずは安居さんのご経歴や活動内容を教えてください。
安居:私はCircular Initiatives&Partnersという組織を持ち、サーキュラーエコノミーの研究やサスティナブル・ビジネスアドバイザーなどとして、官公庁や地方自治体、民間企業に向けて従来の「廃棄物」を「資源」として活用し続ける新しいビジネスや政策づくりのサポートを行なっています。
以前は、サーキュラーエコノミーの先進国であるオランダ・アムステルダムに住んでいたのですが、2021年3月日本に戻り、京都を拠点として活動するようになりました。
WORK MILL:なぜ、オランダから京都へ拠点を移したのでしょうか?
安居:元々京都には興味があったのですが、実はアムステルダムと似通っている点が5つもあるんです。1つは、まずチェーン店が少なく、こだわりのある個人店が多い点。
2つ目は中心街がコンパクトで自転車圏内にあらゆるお店や街の機能が集約されている点。3つ目は街中を川が流れていること。
これはデベロッパー業界の方の話では川沿いにはチェーン店よりも個人店が並びやすい要因でもあるそうです。4つ目は両都市とも有名な大学があるため若者が流入しやすく、街の新陳代謝が活発な点です。
そして、最後が一番大きなポイントですが、京都を愛している人が多く住んでいる点です。アムステルダムも、その街を好きな人が多いんです。地域に愛着を持つ人が多い街は魅力的に感じます。また、ヨーロッパで生活する中で日本の伝統や文化をより知るためにも京都・奈良のある関西に住みたいと感じていたことも要因でした。
WORK MILL:アムステルダムと京都にこれだけ多くの共通点があるのですね。ということは、サーキュラーエコノミーや、環境配慮に関係した共通点もあるのでしょうか?
安居:こだわりのある個人店が多いことや環境に対してもアクティヴな取り組みがいくつも行われていること、京都市がごみの減量化に積極的な面など、京都にはアムステルダムのようにサーキュラーエコノミーの先進都市になり得る要素がいくつもあると感じます。
また、京都には近年量り売り専門店がオープンし、盛り上がりを見せていることも注目しています。
量り売りのお店は、必要な量だけ購入できるので食材ロスが少なくなる点や、何度でも使える容器で持ち帰ることでプラスチック廃棄物の量を減らせる点で非常に合理的です。
量り売り専門店は、ここ10年ほどヨーロッパで爆発的に増え、フランスでは300店以上、ドイツでも50店以上があります。アムステルダムでは2019年に「Little Plant Pantry」がオープンし、私も何度も足を運びました。
京都にある量り売り専門店は「斗々屋」「ZeroWaste Kyoto」など。こういったお店は地域のローカル食材も扱っているので、地産地消につながる良い取り組みだと思っています。
「既存のスーパーマーケットか量り売り専門店か」という二者択一ではなく、異なる特色を持つ小売形態なのでどちらも地域にあることが総合的な住み心地の良さにつながると思います。
サーキュラーエコノミーとは廃棄物が出ないように“仕組み化”する経済
WORK MILL:そもそもサーキュラーエコノミーとは何でしょうか?
安居:サーキュラーエコノミーとは、ビジネスモデルや政策を作りあげる段階で廃棄を出さずに資源として使用し続ける仕組みを導入することで環境負荷を抑えながらも経済効果につなげる新しい経済モデルです。資源を半永久的に使用し続け、廃棄物をなるべく出さないように「仕組み化」する点が大きな特長といえます。
WORK MILL:これまで提唱されてきた「3R(リデュース・リユース・リサイクル)」とは何が違うのでしょうか?
安居:3Rは、従来の「リニアエコノミー(直線型経済システム)」内の価値観です。「資源を採掘して」「作って」「捨てる」という、ビジネスや政策上で最終的に廃棄が前提になってしまっている中で、3Rでは資源の再利用などが対症療法的に行われてきました。
一方のサーキュラーエコノミーでは、予防医療のように新規ビジネスモデルを構築する段階から、販売の代わりにリースが導入され利用者から企業へ返却が前提とされる等、廃棄が出ない仕組みが初めから導入されていることに特徴があります。
これにより、企業に返却された際に修理や分解がしやすいよう製品設計やデザイン、ビジネスモデルそのものがこれまでとはまったく異なってきていることは注目に値します。
例えば、海に流れ出てしまったマイクロプラスチックの再利用や、廃棄されたペットボトルを別の製品に生まれ変わらせるのは、リサイクルやアップサイクル活動として行われています。
それらの製品がつくられた段階では、短期間使用後の廃棄が前提となってしまっている対症療法的アプローチのためリニアエコノミー寄りといえます。
サーキュラーエコノミーでは、世界初の月額制でジーンズを提供した、MUD jeans(マッド・ジーンズ)のように、利用者に一度渡った商品は修理して使用し、使えなくなったら企業に戻して素材化し、また製品として利用者に供給。廃棄が起こらないビジネスモデルを作り上げています。
WORK MILL:リニアエコノミーとサーキュラーエコノミーでは、重要視する価値観も違うのですね。
安居:リニアエコノミーでは「Profit(経済的利益)」に偏って重要視されてきたため、現代社会は多くが短期的経済利益に偏重した構造になってしまっているという見方ができます。
一方、サーキュラーエコノミーでは、この「Profit」に「Planet(地球環境)」「People(人々の幸福度)」を加えた「3つのP」を重要視しています。
この「3つのP」は相互依存の関係にあるためどれか一つに偏重したモデルはうまく機能せず、バランスが重要視されています。近年従来の投資のあり方の見直しが進み、「ESG投資」が欠かせないという見解が広まっていることも関連しています。
WORK MILL:近年世界的に意識されている「サスティナビリティ」や、企業が行う「CSR」との違いも教えてください。
安居:近年では現状維持の意味合いの強い「サスティナビリティ(持続可能性)」では充分でなく、自然環境を積極的に再生させていく「リジェネラティブ(再生する)」な取り組みこそが現代の私たちに求められているという考え方が広まっています。
この背景には、気候変動やマイクロプラスチック、海洋や大気、土壌の汚染、オゾン層の破壊など、すでにマイナスの状態にあるものを現状維持で次世代に引き継いだとしてもそれはマイナスの状況でしかない指摘があります。
イギリスで権威ある研究機関である「エレン・マッカーサー財団」のサーキュラーエコノミー3原則にもこの「自然サイクルを再生させること(Regenerate Natural System)」が挙げられています。
これまでに企業が行ってきた「CSR」では、企業の本業と環境への取り組みというふたつが切り離されてしまっていました。例えば大手企業が「森に木を植えていく」取り組みをした場合にも、本業とつながっていなかったため、その活動費はコストにしかならず業績悪化などにより真っ先にカットされてしまっていました。
しかし、サーキュラーエコノミーでは、先ほどオランダのMUD jeansの例で紹介したように、本業の中に資源循環の仕組みが組み込まれているため、環境負荷軽減と経済効果創出、サプライチェーンの安定化、リスク管理、雇用創出などが同時に達成できるのです。
むしろコロナ禍により新しい調達に依存するリニア型のビジネスモデルに危機感を持った企業は、廃棄の出ないサーキュラーな仕組みを構築することで将来的なパンデミックに備える動きも見せています。
コロナ禍で生まれた、新しい価値観を受け入れる「土壌」
WORK MILL:サーキュラーエコノミーについてもう少し深くお聞きしたいです。まずサーキュラーエコノミーを企業が取り入れる利点は何でしょうか?
安居:分野や業態にも寄りますが企業が得られるメリットには、新規ビジネスチャンス、廃棄物処理コスト減少、原材料調達のリスク削減、地域経済の活性化、環境負荷軽減などが挙げられます。
オランダではメガバンクもサーキュラーエコノミー型ビジネスに合わせた新しい金融の仕組み構築も行われているため、今後銀行や投資家の支援を受けるためにサーキュラーエコノミーは大きなポイントになるともいわれています。
ヨーロッパ企業は、廃棄物の処理コストを減少させることは、新規事業を立ち上げて同等の利益を上げることと同じぐらい重要だと捉えている印象です。
そのため、サーキュラーエコノミー導入の合理性が認識されています。しかし、日本の企業は廃棄物に関する情報が全社的に共有、認識されておらず特定部署のみで把握されているケースが驚くほど多く、これによって廃棄を出さない仕組みづくりがあまり進められない要因になってしまっていると感じます。
廃棄物の処理費用を下げる重要性を認識したら、サーキュラーエコノミーを実践する価値がいっそう理解できると思います。
また、コロナ禍で海外からの原材料の調達が危ぶまれたのは記憶に新しいでしょう。サーキュラーエコノミーによって資源を使用し続ける仕組みづくりを構築することは国内産業を活性化し、海外からの資源調達に関するリスク削減できるのです。
さらに、同様の視点からサーキュラーエコノミーの仕組みづくりでは、化石燃料に代わり再生可能エネルギー採用が進められていることも大きなポイントです。
再生可能エネルギー推進により自国の技術革新や雇用創出につなげ、国際情勢の影響を受けやすい化石燃料によるリスクを減らしていく動きでもあるのです。欧州ではEV(電気自動車)化も再生可能エネルギー拡張とセットで進められています。
また、人財も貴重な資源の一つと捉え、これまで雇用機会に恵まれなかった障がいを持つ方や難民を人材不足の産業とマッチングさせる動きも見られます。
従来の「Profit(経済的利益)」に偏重していたリニアエコノミーではなかなか評価されなかった方々が、「Planet(地球環境)」と「People(人々の幸福度)」を加えた「3つのP」のバランスを求める仕組みづくりの中で正当に評価されるようになってきているようにも見えます。
WORK MILL:コロナ禍がサーキュラーエコノミーにどのような影響を与えたのでしょうか?
安居:サーキュラーエコノミーが世に普及しつつあるのは、コロナ禍によって社会や経済のあり方が見直されたことが大きく影響していると考えています。
経済成長一辺倒だった社会において、私たちは本当に幸せになったのか。世界中でそんな疑問を持った人が増えていた最中、コロナ禍によって生まれた変化せざるを得ない状況がターニングポイントになったのではないでしょうか。
議論の一例を挙げると、経済の発展は「分断」を生みがちだったと言えます。例えば市民が大家族でひとつ屋根の下に住み、1台のテレビを見て1台の冷蔵庫や洗濯機を共有するよりも、皆別々に一人暮らしをして、各世帯で家電を所有してもらった方が経済合理性は取れますよね。分断を生んだほうが、経済発展が促進できる側面があったのです。
しかし、こうして核家族化が進んだ結果、子育てがしにくくなったり、孤独な高齢者が増えたり、弊害が生まれています
コロナ禍で人とのつながりが強く分断されたことにより、逆に経済合理性だけでは価値の測れない人との結びつきの大切さに気がついた人が多いと思います。
人との結びつきや個々人の幸せ、地球環境をないがしろにし、経済発展だけをやみくもに追求する国や企業でいいのだろうか? こうした疑問から従来の仕組みが今一度見直され、サーキュラーエコノミーと「3つのP」の考え方が受け入れられる土壌ができたと思います。
素材の廃棄を出さずに有効活用する、ヨーロッパ企業の事例
WORK MILL:現在ヨーロッパではサーキュラーエコノミーを取り入れた企業が多く生まれています。その事例を教えてください。
安居:先ほど名前を挙げたMUD jeansは、ジーンズを長く使う前提で作られたプロダクトです。創業された2012年当時、コットンの値段が急騰。新しい素材の調達に頼る従来型モデルでは、ビジネスとしても地球環境としても先がないと考え、「ジーンズが捨てられる慣習をなくそう」という目標の下、サービスをつくり上げました。
MUD jeansはジーンズをリースする仕組みを採用。初年度は月9.95ユーロ、次年度以降は月8.95ユーロで、リペア代は無料です(2021年5月時点)。ジーンズが破けたり履かなくなったりした場合は、商品を返却します。
返却されたものは素材化され、新しいジーンズの製造に活用されます。また1年間のリース後には、使用したものを買い取ることも可能です。私もすでに2年以上使い続けています。
WORK MILL:資源が長く有効活用されるように仕組み化されているのですね。他にはどのような事例がありますか。
安居:廃棄食材を活用するInstockも近年話題を呼んでいます。Instockは2014年にアムステルダムにオープンしたレストランで、おいしく食べられるにも関わらず、さまざまな理由で廃棄されてしまう食材を使って、調理、提供しているのが特徴です。
私も何度が足を運んでいるのですが、以前ランチを注文したときは「スキポール空港に立ち入ったがために駆除せざるを得なかった鴨肉」が使用されたフライドチキンをいただきました。特別なジビエが食べられる機会はそうないですよね。
他にもヨーロッパには環境に配慮したさまざまな企業やサービスがあります。
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前編はここまで。後編は、サーキュラーエコノミーの観点から考える日本とアムステルダムの違いや、日本でサーキュラーエコノミーを根付かせる方法などについて詳しくお話をうかがいます。
(プロフィール)
―安居昭博(やすい・あきひろ)
1988年生まれ。東京都練馬区出身。ドイツ・キール大学大学院「Sustainability, Society and the Environment」プログラム卒業。Circular Initiatives&Partners代表。京都在住のサーキュラーエコノミー研究家。サスティナブル・ビジネスコンサルタント、映像クリエイターとしても活躍。2019年日経ビジネススクール x ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座 ~資源循環から考えるサスティナブルなまちづくり~』講師。著書「サーキュラーエコノミー実践:オランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」。2021年、日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。
■参考文献
安居昭博「サーキュラーエコノミー実践:オランダに探るビジネスモデル」(学芸出版社)
更新日:2021年9月29日
取材月:2021年8月
画像提供:Circular Initiatives&Partners,Akihiro_Yasui,株式会社斗々屋
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