ワーケーション実践者が感じた欧州と日本のワーケーションの違いとは?ー 地域特性を生かした日本編
オランダに移住してから3年目を迎えようとした冬、ヨーロッパで出会った方に「宮崎県の武道ツーリズムの盛り上がりがすごいらしい」と聞きました。フランスの剣道連盟と強固な関係を築き、非常に満足度の高い旅行プログラムを提供しているらしいのです。私は九州を訪れたことがなく、最初はピンとこなかったのですが、「そんなにすごいのだろうか」と興味を持ちました。
「ヨーロッパでワーケーションは多く実践してきたけれど、日本でやってみるのもおもしろいかもしれない。そのツーリズムを体験しつつ、宮崎で仕事をしてみよう」
期間は4泊5日。観光や取材をしながら宮崎で武道ツーリズムも体験する日本でのワーケーションです。
・記事前編_ワーケーション実践者が感じた欧州と日本のワーケーションの違いとは?ー 非日常が強い欧州編
宮崎でのワーケーションの目的と狙い
私は普段、オランダでフリーライターとして活動しています。日本で企業勤めをした後、2017年からオランダに移住し拠点を移しました。しかし、2020年3月ごろから新型コロナウイルスの影響でロックダウンが続き、2020年12月に日本への一時帰国を決めました。せっかく日本に滞在しているので、興味のあった宮崎の武道ツーリズムを取材しつつ、久しぶりの旅行を楽しむことにしたのです。
航空券代と3泊分のホテルが一緒になったプランを自分で旅行サイトから予約し、最終日だけ宮崎観光ホテルに宿泊をしました。私は個人事業主なので、旅費は全て自分の事業の経費として処理します。宮崎の観光・グルメを楽しむこと、取材を通して記事を書くこと、普段と違った環境で仕事をすることが目的です。普段と違う環境で仕事をすることで集中力を高め、インスピレーションを得ることを狙いとしていました。
紺碧の海とともに。鮮やかな朱が美しい、「鵜戸神宮」
まず、初日〜3日目に訪れた観光地についてレポートします。印象的だったのは、海と神社、自然が作った景勝地です。宮崎県日南市にある鵜戸神宮では、碧い海とヤシの木、そして朱い橋が色鮮やかな道を通って、本殿に向います。海を見ながらの参拝は、初めての経験です。
鵜戸神宮は、参拝するために崖に沿って作られた石段を降りる「下り宮」であること、洞窟の中に本殿が鎮座することが特徴で、非常に珍しい神社です。神話にも大きな関わりがあります。山幸彦が兄・海幸彦から借りた釣り針を探すために龍宮を訪れ、そこで豊玉姫に出会います。二人の間にできた子供を出産するために訪れたのがこの鵜戸神宮なのです。このため、縁結びや安産祈願、夫婦円満の神社と言われています。
本殿のそばの磯には「霊石亀石」と呼ばれる大きな岩があり、豊玉姫が乗ってきたという伝説が伝えられています。岩のくぼみに粘土でできた運玉を投げ入れると、願いが叶うそうです。
自然が生んだ奇岩・鬼の洗濯板
宮崎で人気の観光地の一つ、堀切峠と青島では、自然が生んだ奇岩「鬼の洗濯板」を観光しました。洗濯板のように規則正しく隆起した場所で、砂岩と泥岩、硬さの違う岩が規則正しく重なり合い、長い年月をかけて波に削られできたそうです。奇勝というにふさわしい、見たことのない、不思議な景色でした。
宮崎というと、「新婚旅行」や「南国」「フルーツ」と言ったイメージを持つ人も多いかもしれませんが、このように「神社」やそこにまつわる「神話」の話、そして豊かな自然が特徴です。美しい海に魅せられて移住してくるサーファーも少なくありません。
食べ物も、チキン南蛮、地鶏、辛麺、宮崎牛、冷や汁、釜揚げうどん、フルーツパフェと種類豊富。オランダをはじめとした西欧諸国は物価が高く、それに比べると日本はかなり手ごろな価格で地域の特産品を楽しむことができます。
スポーツ庁も推進する、希少性の高い日本独自の”武道ツーリズム”
宮崎でのワーケーションで、特徴的なのは「武道ツーリズム」を体験できる点です。武道ツーリズムとは、世界から高い関心を集める日本発祥の「武道」を活かした、希少性の高いツーリズムです。スポーツ庁が2018年度に提唱し、2020年3月には「武道ツーリズム推進方針」を発表しました。
宮崎での武道ツーリズムが始まったのは2007年ごろ、まだ「武道ツーリズム」という言葉が生まれる前でした。ツーリズムを企画するのは、株式会社日本武道宮崎の多田竜三氏です。多田氏は1999年ごろに渡仏し、ヨーロッパで剣道防具家業を営んでいます。
フランス人たちは剣道を熱心に学んでおり、日本で稽古したいというニーズがありました。『いま再考したい、日本的価値観とは?』で紹介したように、ヨーロッパで剣道は人気があり、地元企業から研修や演武の依頼がくるほどです。人気の背景には、日本文化への注目があります。企業が研修として取り入れているのはアクティビティの一種として、普段と違うことを同じチームで体験することで、チームビルティングを狙いとしています。海外の愛好家の中には週3〜4日、なかには、ほぼ毎日稽古する人もいます。しかし、やはり日本に来ないとわからないこともたくさんあります。
多田氏「宮崎に来てもらえれば、剣道の先生方とおつなぎできると思いました。しかも、私が生まれ育った宮崎は剣法発祥の地でもあるのです。宮崎は物価が安く、地域の特産品や食べ物、神社や海も綺麗です。観光も楽しんでいただけると考えました」
先に紹介した鵜戸神宮を訪れたあるフランス人は、「一日中ここにいたい」と言ったそうです。その言葉を聞いた時、夏に公園でのんびりと日向ぼっこをするオランダ人を思い出しました。日差しが強い南国の県で、美しい神社と海を眺めながら過ごせたら、彼らにとっては最高のバカンスかもしれません。
最初は海外剣士の出稽古のアテンドをしていた多田氏ですが、地元の人々との交流を通じてその活動の幅を広げていきます。現在は、刀匠の鍛刀場の見学と試し斬り体験、茶道、杖道、座禅体験など、「道」にまつわるさまざまなアクティビティを提供しています。
鍛刀場を見学し、200万円もするという刀を実際に手に取ってみました。日本の武士道は、人を殺傷する技術が芸術にまで昇華された世界的に見ても稀有な文化と言われていますが、実際に美しい刀を見て手に取ると、それも頷けます。
「道にまつわるアクティビティ」のなかで特に印象的だったのは、茶道と座禅体験です。茶道では茶室の作りやお茶のいただき方などの作法を中心に教えていただきました。座禅ではお寺で実際に座禅を組んで、どのように息を整え、心を空っぽにするかを学びます。
茶道では、お茶会で話してはいけない5つの話題があるそうです。
- 我が仏(宗教)
- 隣の宝(財産)
- 婿舅(身内の事)
- 天下の戦(政治)
- 人の善し悪し(噂)
悪口や噂話、人の評価などをして「余計なことを言ってしまった」と心が少し重くなった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。茶道体験をしたことで、節度やマナーを意識して仕事をしようと、心を新たにするきっかけになりました。
宮崎観光ホテルでの仕事
最初の3日は取材と観光で忙しく、じっくり腰を据えて何か作業をする時間はありませんでした。4日目と5日目は、宮崎観光ホテルの部屋やラウンジで集中して作業を行いました。ホテルには24時間使用できるジムもあったため、朝ごはんの前に軽く身体を動かしました。写真はレストランからの眺めです。雄大な大淀川をみながら食事は、日本の地元でもオランダでも経験できないもので、贅沢な時間を過ごせました。
今回のワーケーションでは、地元の方々との交流を通して多くのインスピレーションを得たことがすごく良かったです。これは日本でしかできないのではと思います。オランダやヨーロッパでは、どうしても英語という言語の壁があります。通訳してもらったり、最低限言葉を話せたとしても、ふとした会話の中から生まれるアイデアや刺激は日本語には及びません。宮崎はとにかく「いい人」が多くて、人の優しさに癒され心がリフレッシュしたようにも感じます。日本人のおもてなしの心も、海外にはないものです。ヨーロッパは「自己責任」の精神が強く、助けを求めない限り干渉してこないところがあるので、優しく声をかけて助けてくれる宮崎人に癒されました。
また、関東でも武道ツーリズムをやろうという話も出て、私の場合は新しい仕事にもつながりそうです。この点に関しては、宮崎の観光局の方もおっしゃってたのですが、現地のコーディネーターが鍵になりそうです。今回の旅では、地元の人たちと関係性が強い多田さんがいろいろな人を紹介してくれました。
今回、私は個人の人生の満足度や仕事のためフリーランスとしてワーケーションを行いましたが、実際に宮崎でワーケーションを行う企業はどのような活動をしているのでしょう。宮崎市のワーケーション担当の方にうかがいました。
宮崎市での企業のワーケーション実践と課題感。鍵は人をつなぐコーディネーター
宮崎県では、各自治体がワーケーションや移住を推進しています。『well-beingの追求の先に「町の未来」がある ─ 宮崎県新富町 こゆ財団』にもあるように、新富町や市が独自の施策を推進しているのです。
私が今回メインで滞在したのは「宮崎市」。宮崎市では昨年度、宮崎観光ホテルやフェニックス・シーガイア・リゾートと提携し、ワーケーション促進のためのモニタープログラムを実施しています。10社ほどモニターへの申し込みがあり、エンジニアやプログラマーが中心にワーケーションを体験したそうです。
私が感じたことと同様に、
- 海や川が見える場所で働けること
- リゾートの雰囲気が味わえること
- 食事が美味しい
などが体験者から魅力として挙がっています。
課題は、交通インフラと企業と地域を繋ぐコーディネーターの存在です。企業としては、ワーケーションを行うことで生産性の向上や新規事業創出を狙いたい。一方で自治体は、他県との交流で商品開発や県内での商品・サービスPRなど良いシナジーが生まれることを期待しています。
私が今回体験したワーケーションは、ひなたMIYAZAKI武道ツーリズム推進協議会の方々にプログラム作りをお願いしました。この協議会には、前述した多田氏や地元の旅行会社が理事として参画しています。今回は、論文執筆を目的とした首都圏の私立大の大学院生や先生と一緒に訪問したのですが、短期間の滞在でこちらが期待していた以上のつながりを持てた実感があります。
特に大学院の先生方は、研究対象に対する考え方が根本から変わるような旅になったそうです。私自身も、今後の自分自身の仕事が広がる旅になりました。
その場にいるだけで大きな非日常感が味わえるヨーロッパと異なり、日本の場合は地域特性を知って交流することにその醍醐味があるように感じます。短期的な視点では、観光などを兼ねたレジャー的な側面、長期的には、地域の方々との関係づくりの先に事業創出などの効果も期待できるように感じます。しかしそのためには、継続的なコミュニケーションが必要不可欠です。
私の場合は、武道ツーリズムを体験することで、地域の方々と自然な交流が生まれ、また訪問したいと強く思いました。ツーリズムを通して知り合った方とはソーシャルメディアでつながり、情報交換も行っています。宮崎の剣道道場の方々はフランス人とも仲が良く、「コロナが落ち着いたらフランスに行きたいと思っている」ともおっしゃっていました。
このように、「こんな効果が確約できる」とは言い難いですが、飛び込んで体験してみることで、新たなつながりや関係が生まれるかもしれません。
2021年5月12日更新
テキスト、写真:佐藤まり子