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ワーケーション実践者が感じた欧州と日本のワーケーションの違いとは?ー 非日常が強い欧州編

モバイルデバイスの発達に伴い、私たちは時間や場所の制約を受けずに働くことができるようになりました。そのようななかWork(ワーク/働く)とVacation(ヴァケーション/休暇)を組み合わせた「ワーケーション」を実践する企業や個人が増加しています。

この記事を書いている私自身も、ワーケーションの実践者です。2017年にオランダのアムステルダムに移住し、日本と2拠点で活動をしています。ヨーロッパで経験したワーケーションは非常に刺激的で、多くの出会いや発見がありました。しかし日本でのワーケーションは、まだ実践したことがありません。 

そんな時に、ヨーロッパの知り合いから「宮崎市の武道ツーリズムがすごいらしい」「宮崎はワーケーションにおいても先進的」と耳にしました。そこで実際に宮崎県を訪れ、武道ツーリズムを休暇として体験するワーケーションをに参加してきました。

本記事では、前編で私のヨーロッパでの実体験や出会った欧州人たちの働き方を紹介し、後編で宮崎県でのワーケーションとその学びについてお伝えしていきたいと思います。

ワーケーションは7つのタイプに分類できる

一般社団法人日本ワーケーション協会によると、ワーケーションは大きく分けて7つの型に分類できます。私が実践しているのは、①休暇活用(観光等)型、②拠点移動型(不動産型)、⑤新価値創造型です。

タイプ②の拠点移動型としては、オランダでフリーランスビザを取得し、普段はアムステルダムの自宅やカフェ、コワーキングスペース、シェアオフィスで仕事をしています。移住して2021年で丸4年になりますが、ヨーロッパでの交流を通じて新規事業が生まれ始めたので、⑤新価値創造型にも該当します。

タイプ①の休暇活用型のワーケーションも実践しており、ドイツやハンガリーなど、ヨーロッパの他国に旅行した際に、旅先で仕事をしています。

フィンランドでオーロラを見て、サウナに入りながらのワーケーション

私が初めて欧州のワーケーションを目の当たりにしたのは、2015年のフィンランドです。フィンランドの北部の町でオーロラが見れると聞いて、観測のために訪れました。偶然にも旅先で知り合ったオランダ人が「ぼくは毎年オーロラの時期にフィンランドに来て仕事してるんだ。よかったら一緒に行こう」と案内してくれました。彼は自分で小規模な会社を経営するWebデザイナーです。

オーロラを観測した場所はスキー場が併設されたホテルで、宿泊客以外も食事やサウナを楽しめます。木をベースにした広いロッヂのような場所で、そこにいる人たちは皆Macbookを開いて何かしらの作業をしていました。こんな働き方があるのかと、衝撃を受けたことをよく覚えています。

ちなみに、私の周りでワーケーションを実践するオランダ人は、個人事業主やスモールビジネスオーナーが多く、バカンス中に仕事をするというよりは、気分転換に違う場所で仕事をする人が多いように感じます。欧州の企業の多くは休暇の取得が保証されているので、日本のように会社が制度としてワーケーションを取り入れる必要はなさそうとも感じます。

ワーケーションは生産性の向上や新規事業創出につながるのか?

2017年5月、私はオランダに移住をしました。オランダは日本人フリーランスが比較的ビザを取りやすく、英語が通じることや住みやすさから移住先として人気です。人も、建物も、文化も、何もかも違う土地で作業をしていると、神経が研ぎ澄まされるような不思議な感覚に陥る時があります。

1.生産性の向上について

まず、ワーケーションをしたことによる生産性向上について考察します。人によると思いますが、いわゆる「非日常」な空間で仕事をすることで、集中力は高まります。
街並みもコワーキングスペースも、日本とは一味違った空間です。そのような空間で仕事をすることで、クリエイティビティが刺激されることも期待できるでしょう。

ハンガリー(ブダペスト)のカフェ。外装は日本では見ない思い切った配色。街を観光した後にこのカフェで数時間作業をしました。

ハンガリー(ブダペスト)のカフェ。外装は日本では見ない思い切った配色。街を観光した後にこのカフェで数時間作業をしました。

時差を逆手にとって仕事の効率化に活かしている人もいます。オランダと日本の時差は冬は8時間、夏は7時間です。オランダで朝の仕事が始まる頃に日本は終業時間を迎えるため、誰かに仕事中に遮られることなく仕事ができるメリットがあります。

オランダに移住してきた日本人たちの中には、フリーランスだけではなくベンチャー企業に勤める人たちもいます。これまで会議に時間を取られていた生活から、時差を鑑みて必要最低限の会議に絞ったという声も聞きました。

自己管理やリモートでのコミュニケーションなどは大変ですが、例えばslackのメッセージ一つとっても、相手を不快・不安にさせない言葉遣いを選ぶなど工夫をしているようです。日本との打ち合わせは基本オンラインですが、「今日は○○さんはオランダから参加しています!」と紹介してもらうことで会話の始まりが盛り上がることもあります。

2.新規事業創出について

次に、新規事業創出について考察します。移住するまで知らなかったのですが、オランダはサーキュラーエコノミー先進国と呼ばれ、循環型経済への移行をいち早く決めた国です。私はもともと、企業が持つオウンドメディアのSEO記事執筆やマーケティングをメインの仕事としていたのですが、オランダに移住したことでオランダ企業の取り組みをメディアに執筆する仕事が新たに生まれました。

また、翻訳に関する新規事業もスタートしました。あまり知られてはいませんが、ヨーロッパは武道が盛んです。剣道人口も増加しており、日本の剣道の技術記事を読みたいというニーズがありました。私は剣道を20年続けており、オランダ人剣士とともに雑誌「剣道時代」に企画を持ち込み、英語のWebマガジン運営をスタートしました。

さらに、オランダで知り合った友人が高品質なウールスローケットを販売しており、それらを日本で販売する仕事にも着手しています。上記の仕事は、いずれも移住(ワーケーション)をスタートするまで想像も計画もしていないことでした。実際に現地に行ってみて、周りの人々との関係性のなかで自然と予想もしないアイデアが育っていったように感じます。

新たなアイデアを生み出すためには、自ら周りの人々と積極的に関係性を築き、情報を引き出す必要があります。私はオランダ移住当初からコワーキングスペースを活用し、そこで働く人々やシェアオフィスに入居する企業と交流を続けています。時には、簡単なワークショップを実施することもありました。

イベント単体ではお金に繋がらなくても、「日本人」である私を知ってもらい、そこから仕事につながったこともあります。

ーコワーキングスペースで無料の折り紙ワークショップを開催

3.能力開発:語学力の向上

ワーケーションの実践において日本企業が期待することの一つに、人材育成や能力開発があります。私がオランダ移住を決めた理由の一つは「英語力の向上」です。オランダでは英語が普及しており、実際に生活して現地の人々とコミュニケーションを取ることで使える英語を身に付けたいと考えていました。

この点においては、まずまずの手応えがあります。最初はスムーズに話せませんでしたが、今では英語でのアポ取りやインタビューもできるようになりました。

成果については数年単位で考えるべき

このように、成果も得られた海外移住(ワーケーション)ですが、費用対効果を考えた時に大成功かと言われれば、自信を持ってYesと答えることはできません。

まず、コスト面について考えてみましょう。海外移住型のワーケーションをする場合、ビザの取得や引っ越し作業など、100万円前後のコストがかかります。ビザの取得、住居探し、ワークスペース探しなど、タイムコストも考慮しなければいけません。言語の壁はもちろん、周りの人が当たり前に持っている「常識」がないため「情報の壁」も確かに存在します。日本では1時間で終わることに数日かかるようなこともしょっちゅうです。

これらのコストを個人が負担するのか、会社が負担するのか。そしてそのコストに見合う成果をどれくらいの期間で回収できるのか、私の場合、見通しが非常に立てにくかったです。移住2年目くらいまでは成果の手応えが全く見えず、苦しみました。そしてその頃には生活の基盤も整い、非日常感が薄れていきます。「どう頑張ってもオランダ人になれない自分」にもどかしさを感じることも増えていきます。

4年目を迎えた頃にようやく、コストを回収するための道筋が見えてきたような感覚です。これは、人とのつながりのおかげです。出会う人とコミュニケーションをとって、どんなことをしているのか、どんな価値観を持っているのかを聞き、時に取材して記事にしたり、親和性の高そうな人たちをつなげることで、新しい仕事が少しずつ育っていきました。

個人の幸福度やライフスタイルへの影響

課題点も鑑みた上で、振り返って移住をしてよかったか考えると「よかった」と断言できます。私の場合は、仕事を休日に持ち込んでもいいから色々な場所を訪れて、異なる価値観に触れたいという強い欲求がありました。

同じオフィスにずっと通い続けるのではなく、その日の体調なども考慮して最も集中力が高まる場所に行きたいという気持ちもあります。この点で、ワーケーションへの満足度は高いですし、これからも実践していきたいと思っています。

異なる土地で生活することで、クオリティ・オブ・ライフへの意識も変化しました。オランダで過ごした時に印象的だったのが、夏のバカンスです。日本で会社勤めをしていたときは、休んでも長くて一週間。「こんなに休んで大丈夫だろうか」と少しの不安を感じながら休暇を取っていました。

しかし、ヨーロッパの人々のバカンスの時期はとても長く、2週間、3週間は当たり前、長い人は1ヶ月もの期間休みます。コロナの第一波が過ぎ去りロックダウンが開けた直後もバカンスに出かけていて「そこまでしてバカンスに行きたい?!」と驚いたことをよく覚えています。彼らからすると、私はワーカホリックの日本人。休まなすぎて心配すらされました。

18時には仕事を切り上げ、シェアオフィスはひっそりとしています。しっかりと休み休暇をエンジョイする彼らの姿に影響され、私も帰宅を自然と早めるようになりました。

ー平日の夕方にボートで遊ぶオランダ人

日本人らしいワーケーションを。まずは事例の積み重ねが大切

ヨーロッパは陸続きで雇用も流動的なため、国を跨いだ移動に日本人ほど抵抗が少ないように感じます。また、オランダに滞在していた経験から、欧州の人にとって「ワーケーション」というのは、ヴァケーションに乗っかるものではなく「ワークの部分もヴァケーションにしてクリエイティビティを高めよう」というような、日本人とは逆の発想のような気がします。欧州のワーケーションをそのまま日本に取り入れるのではなく、実践できそうなことをアレンジし、日本人らしいワーケーションを作っていくことが重要に感じました。

企業としては、投資した分、目に見えた成果を期待したいところかと思いますが、ワーケーションが大きな成果をすぐにもたらすかというと、そこには疑問が残ります。それよりも、長い目で見て社員の幸福度や知的好奇心を満たし、投資的・福利厚生的な側面を重視するのが良いのではないでしょうか。

社員としては、単なる休暇ではなく「何かを生み出すためのもの」といった意識とコスト感覚を持つことが大切です。私は全て自分の資金から投資していたためコストには特に敏感になっていましたが、それでも回収までは時間がかかりました。個人の幸福度を高める一方で、「何らかの形で会社に還元する意識」を持つことが重要です。

根気強く実践を重ね、事例が増えていくことで、日本らしいワーケーションの形が見えてくるのではないでしょうか。

2021年5月11日更新

テキスト:佐藤まり子