働き方研究者がおすすめするビジネス書 ― 組織変革編
はじめに
「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。
働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで考えるべきテーマをもとに、参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。
今回のテーマ : 「組織変革」に関する書籍
『なぜ人と組織は変われないのか』
著 ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒ―
訳 池村千秋
発行 英治出版株式会社 2013年10月31日発行
この本のおすすめポイント
リーダーに求められる組織としての知性や真の目標はなにかと焦点を当てます。
- 知性の三段階とはなんだろうか、具体的な企業イメージで説明
- 目標の立て方とそこに込められた意味を解説しながら問題点を挙げている
- 事例を取り上げ個人、組織としての「課題」と「思い込み」の現れ方を紹介
- 組織行動として起きる問題点は個人の「真の心のつぶやきが」が原因だとしている
- 個人や組織の状況を「チェックシート」や「免疫マップ」を使う事で具体的に提示
ロバート・キーガンの解説している、個人の「裏の行動」や「防衛的思考」による問題提起は、近代経営学、マネジメント理論の根本的な問題点を心理学的な見地から、分かり易く身近なダイエットや禁煙に例えて説明しています。
「ダイエット」で挙げてみると、退屈したくない(いつも何かを口に入れたい)、親しい人達との絆が大事(友達との会食)、減量することに振り回されたくない、などと本当は自分の中に根強い固定観念があります。そして他人に「痩せたい」と言いつつも「退屈」「友情」「振り回されたくない」などと、自分自身に対する理由付け(言い訳)をしているのです。このような心理は組織にも当てはまります。
本書では真の目標と個人の思い込みの実態を浮き彫りにし、人と組織の本質に迫る以下三つの特性に分けて解り易く解説しています。
1.「縦型従来組織」 マネジメントの内57%のタイプ(体制順応主義・指示待ち・依存) →帰属意識が強く、組織やリーダーの考え方に従い作業を忠実にこなす。
2. 「達成型近代組織」 マネジメントの内42%(問題解決志向・自律性) →自分自身の価値判断・基準に基づいて行動自我を形成する。
3. 「多元型進化組織」 マネジメントの内1% (問題発見志向・相互依存) →個人観念や心情的な考え、政治的な信条、思想で自我を形成。
『なぜ人と組織は変われないのか』の読後感は?
「目標を立て、やってきたはずなのに!」「どうして、上手くいかなかったのだろうか!」
原因は本書で紹介される「阻害目標」なのですが、無意識の「強い固定観念」が働いて「裏の目標」を作り上げてしまっていたのです。説明されれば理解出来る事ですが「強い固定観念」は、自分でも意識していない私的感情ですから周りの人には理解できないのも当然です。
会社の組織でも同じことが起きていて個人の無意識が集合して、良きにつけ悪しきにつけ組織の無意識な感情「文化」となっている場面を見かけます。
このように個人や社会、あるいは企業を取り囲む意識に左右されることが意外と多いことが改めて認識できる内容です。そしてもちろん「変われない原因」と「組織を変える」方法と「成長を促すリーシップ」の姿を示してくれています。
『企業変革の教科書』
著 名和高司
発行 東洋経済新報社 2018年12月20日発行
この本のおすすめポイント
- 長年海外で活躍してきた実績と豊富な経験から、解り易く実践的である
- 多くの企業事例を取り上げ、成功事例だけでなく多様性と特徴を解説している
- 企業変革のプロセスを計画、設計、実施、継承と段階を追って紹介
- 変革者としてリーダーとマネジャーの立場の違いと特性を述べている
- 企業の今後を「J–CSV」日本初の共通価値の創造として提案
タイトルは硬い表現の書籍ですが、かなり実践的な解説から始まっています。以前「イギリス人は歩きながら考える、フランス人は考えた後で走り出す、スペイン人は走ってしまった後で考える※1」というジョークがマスコミに取り上げられたことがありましたが、「走る目的」はどのように設定するのでしょうか。行動に出る前か最中か後かと、歩くか走るかの違いです。本書では、今までの「PDCA」のリズム感覚では時代についていけないと説明します。現代人は「走りながら考える」となっており、止まって考え直す時間は無い事を指します。
最近よく聞かれるようになってきた言葉で「VUCA」という言葉が有りますが、本書では「トライ・アンド・ラーン/実践と学び」で常に変化している世界企業の事例を数多く紹介します。世界が大きく変わろうとしている時代に、課題として温暖化や気候変動、食糧危機、経済戦争、保護主義、格差社会、主要国の少子高齢化と世界の人口増加など、まさに時代は Volatile(不安定)、Uncertain(不確実)、Complex(複雑)、Ambiguous(曖昧) です。
頁の多くは筆者が実践した経営コンサルティングの実績や企業を題材にしており、日本の世界的な企業を事例に挙げ、その内容と特徴を分かり易く解説しています。 さらに著者が長年勤めたマッキンゼーの発表した未来予測として「都市化と新興国市場台頭技術革新の高速化」、「AI, IOTの活用による経済の変化」、「少子高齢化(人口問題)」、「経済圏の拡大とグローバル化」が挙げられています。これら四つの項目は互いに影響しあって変化していく大きな課題であると解説します。
※1 参考:「ものの見方について」笠信太朗著 河出書房市民文庫
『企業変革の教科書』の読後感は?
約20年間、マッキンゼーのディレクターとしてコンサルティングに従事、実践の場で活躍してきた方なのでどこから読んでも解り易く実践的な内容になっています。文章も400頁を超える書籍ですが最後まで読者を飽きさせない内容で、最終章「変革リーダーをめざせ」では日本版CSVを「知性・感性・暗黙知」として説明しています。豊富な知識と経験がある著者が語れる「日本」独自の企業変革に向けた着眼点とヒントではないかと思います。
おわりに
今回のテーマは、「組織変革」を題材にした書籍でした。二冊とも「心理学」的な観点がポイントとなっています。結局は「人」が中心となって組織を形成しているわけですから出発点は「人」となるのは当然です。組織は人が形成する「群れ」です、何を正しいと考えて進んでいくのか、その歩く道はどの路なのかが重要です。ひと昔前に「会社の常識、非常識」という言葉があったことを思い出します。「人並み」とか「平均」という言葉が通用しなくなるように感じる最近です。
著者プロフィール
ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。
2021年5月6日更新
テキスト:田尾悦夫
イラスト:前田豆コ