働き方研究者がおすすめするビジネス書 ― ポストコロナ編
はじめに
「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。
働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで考えるべきテーマをもとに、参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。
今回のテーマ : 「ポストコロナ」に関する書籍
おすすめ書籍①
『コロナ後の世界』
著 ジャレド・ダイアモンド ポール・クルーグマン リンダ・グラットン マックス・テグマーク
スティーブン・ピンカー スコット・ギャロウェイ 大野和基
発行 文春新書 2020年7月20日
この本のおすすめポイント
- 新型コロナ感染症と世界が行った過去のパンデミック対策を紹介
- 「コロナ後の世界」というテーマが医療関連以外の話題へと広がる
- GAFAとコロナの関連性を取り上げて、その功罪も解説
- 習近平、トランプの新冷戦、世界の政治、経済とコロナについてもまとめている
- 複数の筆者がコロナと複数の事象を同時に関連付けて全体像を解説
副題に「世界の知性6人に緊急インタビュー」とあるようにそうそうたる執筆者が参加しています(UCLA地理学教授ジャレッド・ダイヤモンド/ MIT理論物理学マックス・デスマーク/LBS人材論、組織論リンダ・グラットン/HU心理学教授スティーブン・ピンカー/NYU、経営大学院教授スコット・ギャロウェイ/CUNY経済学者ポール・クルーグマン)。
6人の権威が「コロナ後の世界」をそれぞれの専門分野から書いています。これだけの執筆者が良く揃ったと思いますが、さらに面白いのは、各自が独特な視点をもって書き下ろしている点です。ジャレッドは、日本が世界第3位の大国であるからもっと自信を持てと日本を励まし、コロナ対応に見る各国のリーダーシップの違いも述べています。マックスはAIとコンピューターの未来を紹介、パンデミックとの闘いは情報戦であると解説。リンダは人生100年時代の生き方を述べ、ロックダウンこそ新しい働き方を掴むチャンスだと述べています。スティーブンはメデイアの功罪を解説、今回はウィルスを船ではなく飛行機が運んだと語ります。スコットはGAFAの実態をのべて、コロナで強くなったGAFAを紹介。ポールはコロナ前から世界経済は落ち込んでいたと解説、日本の力強い回復を期待しています。
巻末にはそれぞれの執筆者の代表的な書籍の紹介があり、まだ読んでいない本が有ればぜひとも一読していただきたい書籍ばかりです。
『コロナ後の世界』の読後感は?
著名な執筆陣が「コロナ後」を、それぞれの専門分野から眺めて語ったものですが、 新書版の200頁あまりで、比較的手軽に読める書籍です。巻末の著者紹介に記されている略歴と書籍紹介は、著者の業績と代表的書籍の紹介であり、最新の科学、地理学、物理学、組織論、認知科学、経営学、経済学それぞれの内容で最近注目されている書籍であり一読の価値があります。
「コロナ後の世界」という観点では肝心な医学会からの執筆者がいないのではと思うかもしれませんが、「コロナ終息後」として多方面からの考察がなされていて、自分はどの分野が気になっているのか、多方面から眺めて俯瞰することによって「コロナ後の世界」を推測することができます。
おすすめ書籍②
『人類の選択』
著 佐藤 優
発行 NHK出版新書 2020年8月10日発行
この本のおすすめポイント
- パンデミックの歴史を追って権力と国家の存亡、経済、文化の変遷を詳しく説明
- エマニュエル・トッドやユバル・ノア・ハラリ、その他作家を取り上げ比較解説
- 宗教・文学・哲学と科学的啓蒙主義を取り上げ各国のコロナ対策の違いを紹介
- 現代に流れる「薄い人間関係」の上に深い連帯は生まれるだろうかと問いかける
- 章ごとに取り上げた題材に深く関連した興味ある著書をまとめている
副題に『「ポストコロナ」を世界史で解く』と解説がある通り、著者は同志社大学卒業後外務省外交官として活躍、帰国した後、国際情報局分析第一課主任分析官を務めていましたが、現在は同志社大学客員教授、活発な執筆活動も行っています。また橋本内閣のスタッフでもありました。この経歴からわかるように国際情報・情勢に詳しい人です。
表題からも硬い本と見て取れますが、コロナを題材とした他の書籍とは異なりパンデミックが起きたときに世界の政治、経済、国際情勢、権力、宗教・哲学などがどのように関連して変化していくかを幅広く大きな視点で解説しています。
またコロナの流行で人と人のコミュニケーションがどのように変わったか、一気に進んだリモートワークで今後の世界観はどのように変化していくのか、そうした世界の流れと日本独自の対応の違いも「リスク以上、クライシス未満」という言葉で比較検討しています。最後の章では「宗教・文学・哲学」の各国・各地域の違いを取り上げ「ほんとうの幸せとは何か」「人生の意味は何なのか」と問いかけるのと同時に過去の著名な文学を引用して分かり易く解説し、これから読みこまないといけない書籍の紹介もしてくれています。
『人類の選択』の読後感は?
コロナ関連書籍は直近の現象に対して情報分析し、社会情勢を統計的に解説しているものがほとんどです。一方で、こちらはパンデミックがどのような影響を世界の政治、経済、国際情勢、個人の意識に与えるかを考察しています。
過去の歴史的なパンデミックが果たした役割や現象を、古い歴史から取り上げ解説出来るのは筆者の世界情勢と歴史に対する深い見識によるものと思います。 たしかに毎日の感染者数や重症者数の推移も大事なことですが、大きな世界観としての動きがいかに重要であるかを教えてくれます。
また「終章」は個人の「幸せ」や「人生の意味」といった究極の命題も考えようと問いかけます。いま世界が「限りない成長」を求めていた時から、振り返って自分たちの生活を見直してみようとしているとき、このパンデミックは人々に新しい生活に目覚めさせてくれる最後の機会かもしれません。
おわりに
今回のテーマは「ポストコロナ」でした。温暖化対策、エネルギー問題、食料問題と地球規模の課題は他にも横たわっていますが、いくつかの課題解決の糸口と可能性も見つかっています。日本のコロナ対策も、いよいよワクチン接種が始まろうとしています。世界的に見れば比較的少なめの感染者数で収まっている日本ですが、気を緩める事の出来ない状況です。明るい未来の「ポストコロナ」を信じて前進していきたいと思います。
著者プロフィール
ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。
2021年4月22日更新
テキスト:田尾悦夫
イラスト:前田豆コ