【クジラの眼-未来探索】 第16回「生産性を上げて働くための組織と環境のあり方は? ~コロナ禍を経験して~」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” を題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
イントロダクション(オカムラ 嶺野あゆみ)
嶺野:今回のSEA ACADEMYでは、リモートワークと生産性について議論していきます。コロナ禍により急速にひろがったリモートワーク。最初は困難だと感じていても、いざチャレンジしてみると想像よりもリモートワークで対応できる仕事が多かったと感じた人もいると思います。
リモートワークで働くことができるとわかった私たちが次に検証すべきなのは、実際にリモートワークを取り入れて働く上で、生産性が上がっているかどうかです。コロナ禍の収束がまだ見えない中、生産性を上げて働くためにはどのような仕組みや工夫が必要なのでしょう。
リモートワークでの生産性に関係する調査結果をいくつかご紹介します。コロナの脅威が収束した後どんな人と一緒に働きたいかをワーカーに聞いたところ、「リモートでも仕事の成果を評価できる人」と答えた人が半数以上もいました。経営者も同様の人を採用したいと考えているようです。成果の評価、つまり本日のテーマである「生産性」の把握は今後考えていかなければならない大切な視点だと言えそうです。
リモートワークをしている人たちはこれからどのように働いていきたいと考えているのでしょう。私たちが3,000名を対象に調べてみたところ、コロナが収束した後で働きたい場所は、オフィスが7割、リモートが3割という結果でした。
また、個人のパフォーマンスを上げるために重視している活動を聞いてみると、オフィスでは「相談する・相談に乗る」といったコミュニケーション活動をあげる人が最も多く、リモートでは「考えをめぐらせる」などの個人で行う活動が上位を占めることがわかりました。どうやらワーカーは、活動に応じてオフィスとリモートを使い分けたいと考えているようです。
オフィスとリモートに求められる働く環境は異なるものになると思われます。私たちは、物理的な空間や家具だけでなく、制度やICTツールを含めて検討していかなければなりません。働き方が変化する中で、より生産性を高める工夫をデロイト トーマツの田中さん、小出さんから伺い、働く環境の可能性を探りたいと思います。
プレゼンテーション(デロイト トーマツ 小出翔)
新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査
小出:私たちは、コロナ禍におけるワークスタイルや課題について調査を実施してきました。今年の7月の時点の「在宅・出社頻度」は、週3在宅・週2出社、週2在宅・週3出社といったハイブリッドな働き方をしている人が多数派で、「希望するワークスタイル」でも、週3在宅・週2出社を望む人が最も多くなっていました。対面での打ち合わせなどのために週に2日出社、リモートとリアルのバランスがとりやすく無理がないというのがその理由です。
そうした中で生産性はどうなっているのでしょう。以前と「変わらない」と答えた人が多かったのですが、職種ごとに見ると、企画・事務職では「上がった」と考えている人が他の職種よりも多く、逆に販売・サービス職では「下がった」と答える人が多くなっていて、リモートワークで生産性が上がるか下がるかは一概に語れないことがわかりました。
リモートワークで時間の使い方がどのように変わったのかについても聞いています。減ったのはコミュニケーションやディスカッションする時間です。一方で増えたのは、趣味・家族との時間、自己啓発や企画などを考察するといった付加価値を創り出す時間です。新しい価値を生み出していくことに時間を割いていきたいと考えている人が多くいることをニューノーマルでの働き方や環境を考えていくときには考えていかなければなりません。
リモートワークの課題について聞いたところ、新しいマネジメントの確立や自律的組織への移行といった課題が挙がっていました。また、ワーカーに対する取り組みとして、アウトプットをベースとした管理方法の確立やワーカーの状況をタイムリーに可視化することなどを企業は求めていることがわかっています。
生産性を高める働き方のニューノーマルとは
生産性とは分母が「業務量・コスト」、分子が「成果・アウトプット」。それに「働きがい」を掛けたものだと私たちは考えています。働き方改革が叫ばれる中で、業務量は変わらない中、残業時間が制限されたことから働きがいが下がってしまうという状況が起きていました。働きがいという要素が生産性に与える影響が大きいと考え、従来の算出式(分子/分母)にこの要素を加えた次第です。
コロナ禍のリモートワークによって「業務量・コスト」の面では通勤時間の減少や不要な仕事がわかり廃止できたことが生産性を向上させることにつながりました。「成果・アウトプット」では、ナレッジの共有による業務品質の向上や高付加価値業への注力といった点ではプラスに作用しましたが、コミュニケーション量が低下することで勘違いや手戻りが増えたことはマイナスでした。「働きがい」では、オン・オフの境目がなくなり働きすぎになったこと、孤独感が増加したことは生産性を下げる要因になったと考えられます。
リモートワークが生産性にどのように影響するかを整理してみます。移動に伴う非稼働時間の減少や移動することから来るストレスが軽減すること、必要性の低い報連相や会議の減少は生産性を高める要素です。一方で、メンバーとの接点が減ることによって、状況の把握や育成・評価、上位下達の指示が難しくなることや孤独感の増加、非言語コミュニケーションが限定され一方通行のコミュニケーションになってしまうことなどは生産性の低下につながると考えられます。
本日はメンバーとの接点が減ることで生じる問題に絞ってその解決策を考えていきます。リモートワーク下では自然・偶発的な接点によるコミュニケーションにおいて多くの不具合が生じています。これを解決するには、意図的かつ高頻度な接点とコミュニケーションの機会を創出していくことに尽きると私たちは考えています。当たり前のようですが、これを行えている企業は実は少ないのです。
ウィズ・アフターコロナで目指したいのは、型化・イベント化されたコミュニケーションをとることで指導・育成、評価、モニタリングをしていくことと、モニタリングツールを使って状況を可視化していくことです。これらによって生産性を向上させることができると考え、デロイトでも実践していますし、お客様にも促進しているところです。
具体的な解決策の事例として「タッチポイント」と「チェックイン」をご紹介します。「タッチポイント」は業務面での高頻度の報連相です。チーム内でタスクを明確にしてアウトプットを共有した上で相互にアドバイスをしあう。これを毎日15分から30分実施する。この型化したコミュニケーションが「タッチポイント」です。
「チェックイン」は育成を目的とするコミュニケーションで、今週あった良かった点と改善点をチーム内で共有し、上司からも部下からもフィードバックをもらう仕掛けです。あくまで育成のためのコミュニケーションなので仕事の指示をしないのがルールです。
実際に「タッチポイント」と「チェックイン」を3週間試行した企業では、多くの人がアウトップットの増加と工数の削減を実感していますし、チームの雰囲気や仕事の納得感、成長の実感など働きがいについては9割もの人が向上したと答えてくれています。
クロストーク(デロイト トーマツ 田中公康・小出翔 × オカムラ 大川明子・嶺野あゆみ)
嶺野:デロイトさんからのプレゼンテーションを受け、ここからはニューノーマルの時代に向けて生産性高く働くための環境について議論を深めていこうと思います。
まず、本日のテーマである生産性を測る要素として「業務量・コスト」「成果・アウトプット」「働きがい」を紹介していただきましたが、実際にモニタリングする中で用いている具体的な指標を教えていただけますか。
小出:「成果」については時間当たりのアウトプット数や意思決定数、顧客訪問数など、「業務量・コスト」では移動等の非稼働時間、報連相にかかる時間、資料の作成に要した時間など、「働きがい」は高付加価値業務に当てる時間や時間・場所に縛られずに働く時間など、三つの要素それぞれを企業や業種に応じてブレイクダウンして捉えていく必要があります。また、先ほどお示しした「タッチポイント」や「チェックイン」といった生産性を高めるために講じた施策の進行状況をプロセス指標として用いることも有効だと考えられます。
難しいのは各指標をどのくらいの精度で把握するかです。測定する方法は精度が低い順に、本人の実感値をアンケートで測る方法、日々のタスク遂行数やアウトプット量を記録する方法、タスクに要している時間を逐次測定する方法の三段階に分けられます。もちろん精緻に測るのがいいのですが、測ろうとするとそれに要する負荷が高くなって生産性を低下させる恐れがあります。そうなっては本末転倒ですから、企業が置かれた状況に応じてモニタリングの程度は考えていかなければなりません。
大川:リモートワークでは意図的かつ高頻度なコミュニケーションが必要だという話をいただきました。実際にそれをどのように実施しているのかをご説明ください。
小出:まず「タッチポイント」ですが、デロイトでは毎日30分やっています。そこでは、タスクとアウトプットを可視化した上で、プロジェクトの進め方などそのときに困っていることなどを問いかけ、それに対するフィードバックをもらうといったことをしています。これによって一人で悶々と悩みながら進めた挙句、有効な成果が出せなくて手戻りが生じてしまうといった事態を防ぐことができます。アウトプットのクオリティの向上や本人が知らないナレッジの共有ができる点が「タッチポイント」のメリットです。
「チェックイン」はデロイトでは週に1回(お客様には隔週から月一回を推奨)実施しています。その週にあった良かった点、改善点、アクションプランを、モニタリングツールであるアプリ(Well Me)上で共有し、それに対するフィードバックを上司だけでなく部下からももらうことで、心理的な安全性が担保できるとともに新しい気づきを得ることで成長できる。そんな取り組みです。弊社ではこれを毎週行うことで成長を実感するサイクルを高速にまわしています。
田中:ポイントの一つは相手を「褒める」ことです。仲間に仕事の改善点を伝えるのは簡単ですが、褒めることは難しくて意外とできていないものです。人間誰しも認められないと自己肯定感を失っていってしまいます。「チェックポイント」では必ず相手を褒めることが必要だと考えています。
また一方で、何をどのように変えていけばいいのか、具体的なアドバイスをする場でもあります。その意味でこのコミュニケーションは高頻度、一か月に一度よりは週に一度、こまめに行うのが有効だと思われます。一回ごとはクイックにしてそのかわり極力間をおかずに実施すべき取り組みだと言えます。
「意図的」に行うことの意味ですが、オフィスでできていた目くばせや気配りはリモートワークではできません。業務後に飲みに誘って悩みを聞くこともしにくくなっています。褒めたり、改善点をアドバイスする機会はリモートワークをしている中では意図してやっていくしかないのです。
大川:ワーカーの中にはそもそもコミュニケーションが苦手な人もいます。多様な人が働いている組織の中で意図的・高頻度なコミュニケーションをどう捉えていけばいいのかを教えていただけますか。
田中:プロジェクトチームで「チェックイン」をすることで互いの強み・弱みを理解し合えます。自分をさらけ出すことは会話が苦手ではない人にとっても難しいので、「何を言っても大丈夫だ」という心理的安全性が確保された状況をつくっておく必要があります。リーダーはそのようなチームビルディングをしていかなければなりません。そうした環境を築いた上でコミュニケーションの機会をつくることが大切だと思います。上司の腕の見せ所と言っていいかもしれません。
嶺野:クロストークの最後に、これからの働き方や組織の在り方について伺いたいと思います。
小出:リモートワークしていたワーカー全員をコロナ収束後オフィスに戻す企業とコロナをきっかけに生産性の高い働き方とはどういうものかを見つめ直し、オンサイトとリモートの組み合わせを考える企業とに二極化していくはずです。コロナ禍の現在の状況をチャンスと捉え、意図的にオンサイトとリモートの働き方やコミュニケーションのあり方を変えていくなど、生産性の高い新しい働き方をデザインしていただきたいと考えています。
田中:強制的にリモートワークを行ったことで、多くの人がリモートの良さとオフィスに集まって働くことの良さ、それぞれを相対的に理解したと思います。今後、両者の均衡点を導き出さなければなりませんが、そこには絶対的な基準はありません。企業が置かれている環境によって異なるので個別にオンサイトとリモートワークのバランスをとらざるを得ないのだと思います。その上で自分がどのように働くかを選べるようになっているのが理想的ですし、そうした企業に優秀な人材が集まっていくのではないでしょうか。
おわりに ~小まめ、小一時間、小人数は生産性向上対策~
意図的かつ高頻度なコミュニケーションは、タスクの間違いや勘違いを即時是正する上でも自らの成長を逐次実感する上でもきわめて有効です。とくにリモートワークで職場でのコミュニケーションが不足している今、その意味合いはより大きく、組織全体のパフォーマンスにも影響を及ぼしているに違いありません。
頻繁に、短い時間、少人数(小まめ、小一時間、小人数。感染予防対策の標語のようですが)で行うこのコミュニケーション、リモートワークだから必要というわけではありません。ワーカー全員がオフィスに戻って働くことになったとしても必要なことなのです。
オフィスに出社すれば互いの働く姿を見聞きできるのでわかり合える部分はありますが、それだけでなく、意図的で高頻度なコミュニケーション、つまりしっかりとした意志の疎通を日々繰り返すことによって、仕事の方向性を上司・部下、仲間と確認し合い、ナレッジやスキルを共有する活動は欠かせないはず。コロナ禍が過ぎ去った後、オフィスに人を戻す企業においても、リモートワークを併用していく企業においても、リモート100%にする企業においても、その重要性が変わることはありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!(鯨井)
登壇者のプロフィール
-田中公康(たなか・きみやす)デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Digital HR & Employee Experience アソシエイトディレクター
外資系コンサルティングファーム、IT系ベンチャー設立を経て現職。Digital HRとEmployee Experience領域のリーダーとして、デジタル時代に対応した働き方改革や組織・人材マネジメント変革、などのプロジェクトを多数手掛けている。 直近では、HRテック領域の新規サービス開発にも従事。講演・執筆多数。Licensed Scrum Master(LSM)保持者。
-小出翔(こいで・しょう)デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Digital HR & Employee Experience シニアマネジャー
組織・人事コンサルティング部門のDigital HR & Employee Experience Teamにて、主に スマートワーク、デジタル人材マネジメント、アジャイルトランスフォーメーション等のプロジェクトに従事。近年はコロナ禍において生産性を高めるワーク/マネジメントスタイルの支援や、複業・兼業も含めた新しい働き方、具体的なあり方に関する 研究を行っている。本研究をテーマとした執筆も実施。著書「働き方改革-7つのデザイン」その他、専門誌への執筆等多数。
-大川明子(おおかわ・あきこ)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 コンサルタント
オフィス環境を始め各種環境における調査・企画・計画業務を活かし、最終ゴールであるオフィス環境の実現に向けて何をすべきかについて、お客様との対話の中でさまざまな方法を選択しながら対応していくコンサルティングを重視している。
-嶺野あゆみ(みねの・あゆみ)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー
建築空間における人間の行動に興味を持ち、大学・大学院にて建築計画学を専攻。オカムラ入社後は、主にオフィス・医療福祉施設・庁舎などの公共空間の空間環境や利用者行動に関する調査・研究業務に従事している。
2021年2月4日更新
取材月:2020年12月
テキスト:鯨井 康志
WORK MILL主催のオンラインセミナー等はこちらでご紹介しています。