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「小さいオフィス」が組織を活性化させる ― ヌーラボ・橋本正徳さん

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。



世界約300万人が利用するオンライン描画ツール「Cacoo」、小売から行政団体まで幅広い業界で導入されているプロジェクト管理ツール「Backlog」を開発・運営するヌーラボ。国内外に展開し多くのユーザーを抱える、福岡に拠点を置くスタートアップだ。飲食業、劇団主宰に携わった後、IT企業を立ち上げた異色の経歴をもつ、代表取締役の橋本正徳。世界中が新型コロナウイルス感染症による危機に直面しているいま、橋本は、新しいオフィスの形を探っている。急激な変化の要請に対し、オフィスやワークスタイルはどう在るべきなのだろうか。

テレワークの実現が、何を進化させると思いますか?それは僕がずっと望んでいたことでもある、ナレッジの共有です。いま思うと、対面で話すことによって相手の表情や仕草などから無意識に情報を受け取り、言語化せずなんとなくの雰囲気で進めていた作業工程が少なからずありました。オンラインでは対面ほどの情報量がないので、言語化しないと画面の向こうの相手に伝わりません。強制的に言語化のステップを踏むようになり、ドキュメントに落とし込まれることで知識が共有されるようになっていっています。

テレワークの普及など新型コロナウイルスの影響によって、各企業で変化しているのはオフィスの在り方でしょう。実際、オフィスを縮小しているスタートアップ企業は数多い。ヌーラボも縮小を検討しています。今後オフィスは「集会所」のような場所になっていくと思っています。仕事の種類や自分自身の“モード”によって、仕事する場所を使い分けるようになる。すると、集中するときは自宅で、アイデア出しや議論など発散が必要なときはオフィスへ集まるようになる。2~3年以内には、発散の役割を担う場所として、もっとも適したオフィスを実現したいですね。

いま思考実験をしているのは、スモールオフィスを複数箇所につくること。ヌーラボは現在、福岡本社のほか東京、京都、ニューヨーク、アムステルダム、シンガポールに拠点がありますが、まずは東京オフィスから始めようかなと。会社の集会所となるようなオフィスをひとつつくり、小さいワンルームのようなオフィスを3つほど借りて運用してみるのはどうだろうと考えています。うまくいけば満員電車のストレスから多少解放されるようになりますね。

個人的にもうすでに実験中。というのも、福岡市内に自分で小さなワンルームをひとつ借りて、そこで働いているんです。借りてから約1カ月が経ちますが、いま感じている大きなメリットは、ハングリー精神が再度芽生えてこれまで以上に情熱と想いをもって働けるようになったこと。起業当時はお金がなくて、オフィスも借りられないので毎日家で働いていたのですが、どうにも集中しづらい。なので、会社で小さなワンルームの部屋を借りたんです。すると、いまは小さいワンルームだけどここから大きくなってやろうとか、世の中をよくしていこうとか、毎日熱い想いをもちながら仕事に向き合えていた。

そこから会社は成長し、人も増えてオフィスも大きくなりました。すると徐々に、個人の情熱を仕事にぶつけていくことよりも、「社長としてちゃんとしなければいけない」という意識が強くなっていたんです。だから、ワンルームで働いていると創業当時を思い出します。初心にかえって、もっと頑張ろうという気持ちになるんです。

ヌーラボでは年に1度「ジェネラルミーティング」というイベントがある。これは、世界中で働くヌーラボ従業員たちが福岡本社に一同に会し、1週間を共にする。当然、事業計画や方針などの共有はあるものの、一番の目的は「強烈なインパクト」を残すこと。交流を通し、チームビルディングやビジョン・カルチャーの浸透に大きな役割を果たす。

もし複数拠点にスモールオフィスをもてるようになったら、従業員たちもそんな気持ちになるだろうと。例えば、最初は六畳一間の部屋から始めてチームの活躍に応じて部屋のグレードを上げるなどボーナスの仕組みをつくったら面白いかもしれないですね。また、オフィス内の家具や配置はメンバーが働きやすいよう独自で意思決定できるようにしてもいいかもしれません。従業員がモチベーション高く、かつより柔軟な働き方が選択できるようになる手段としてのスモールオフィスは、大きな可能性を秘めていると思います。

実業は社会貢献につながる

事業面に関しては、弊社は幸いにもそこまで影響を受けていません。むしろ日本中で働き方のシフトが起きているなかで需要が増えています。弊社は4月初頭から企業のテレワーク支援を始め、5月1日には福岡市が推進する事業において、中小企業へのテレワーク導入を支援する「サポーター企業」として認定を受けました。具体的には、弊社が提供する「Backlog」「Cacoo」「Type talk」の利用料金を福岡市が一部負担することでこれまでより安価に導入していただくことができます。さらに、まだテレワークに抵抗感や不安を抱えている事業者向けにノウハウをシェアする相談会を無料で行っています。

感染が拡大し始めた当初は、いまプロダクトを広めることに対する抵抗感がありました。多くの人が苦しんでいる疫病の流れに乗り、自分たちのプロダクトをアピールすることが、火事場泥棒に近いような気がしていたんです。でもテレワーク支援などで接するお客さまたちの声を聞いていくうちに捉え方が変わりました。「本当に助かりました」という声を頂けると、「僕らのやっている事業は人助けなんだ」と、改めて実感したのです。これまでもぼくたちは「事業を推進することが、社会貢献につながる」というスタンスで事業を成長させてきました。社会貢献と事業は表裏一体なのです。

今後、働く場所が自由に選べるようになり、東京一極集中がなくなり、地方に企業が分散すること。ぼくはそうした未来を望みますが、すべての企業が一斉によい方向へ変われるとは思いません。もちろん変えることができない職業もありますし、あえて「変わらない」ポリシーをもっている企業もあると思いますが、これまでの慣習に従って元に戻ってしまう企業はきっとたくさんあります。世の中は、急激には変わらないのです。

かといって、希望を捨てるわけではありません。大きな変化には大きなパワーが必要。いまは新型コロナウイルスによって、変化のきっかけがつくられました。ブランコで例えるなら、大きく後ろへ引っ張られているような状態。あとは人間が自分たちの力でブランコを漕ぎ続ける力を加えないといけません。テクノロジーの進化、そしてぼくら自身のポジティブなパワーによって、社会全体が大きく飛躍する瞬間が来ることを願います。

―橋本正徳はしもと・まさのり)
1976年生まれ。ヌーラボ代表取締役社長。福岡県立早良高等学校を卒業後上京し、飲食業に携わる。劇団主宰や、クラブミュージックのライブ演奏なども経験。98年、福岡に戻り家業である建築業に携わる。2001年、プログラマーに転身。04年、福岡にてヌーラボを設立し、代表取締役に就任。

2020年12月15日更新
2020年4月取材

テキスト:田中 一成
写真提供元:ヌーラボ(ジェネラルミーティングの様子の写真)