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WORK MILL

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ニューノーマルな街として渋谷が生きつづけるために必要なこと

渋谷駅周辺はもちろん、周辺の街も見下ろせる、渋谷スクランブルスクエアの44階。緑が多く、さまざまなデザインのソファやテーブルがランダムに配置されるこの空間は、「WORK MILL」を運営するオカムラのラボオフィス「CO-EN LABO」。

2020年9月のとある日。この場所を訪れたのは、100年に一度といわれる渋谷の再開発を手掛ける、東急株式会社の関光浩さんと山口堪太郎さんです。

新型コロナウイルス感染症の影響で、いつもにぎわっていた渋谷スクランブル交差点は、これまでに見たことがないほど人の姿が少なくなりました。外出自粛の流れが到来し、リモートワークへの理解・関心が急速に加速したことで、100年に一度の再開発の真っ只中にいる渋谷は、今後どのように変化していくのでしょうか?

本企画は、前編と後編に分けてお送りします。後編のテーマは「ウィズコロナ時代に都市が担うべき役割」について。渋谷スクランブルスクエアから街を眺めながらおふたりが話した「これからの渋谷のあり方」とは――。

安心して過ごせる街にするため、今が正念場。コロナ禍で渋谷の街はどう変わった?

WORK MILL:新型コロナウイルス感染症の影響で、渋谷の街はどのように変わりましたか?

関:街に少しずつ人が戻り始めていますが、緊急事態宣言が出ていた時期は、街の様子が見違えるように変わりました。いつもは人があふれていた渋谷スクランブル交差点からも人が消え、長年渋谷を見てきた人も「こんな状況は初めてだ」と言っていましたね。

今は誰もが安心して過ごせる街にするべく、渋谷に関わる行政や弊社を含めた民間企業を中心に、ハード面とソフト面ともに環境づくりを進めている最中です。

WORK MILL:具体的にどのように動かれているのでしょうか?

関:例えば、どう感染症対策をしてビルを管理するか考えたり、街で三密を避けてイベントを開催できる環境を考えたり。新型コロナウイルス感染症の影響でできなくなったことをまたできるようにするため、一つずつ課題を解決しています。

これからは、健康な人が感染症対策をして、自分や相手の身を守りながら経済を回すことがニューノーマルな時代になるでしょう。そんな新しい常識を受け、これからの時代に即したルールづくりを進めているんです。

訪れた人が安心して楽しめる環境をつくることが、渋谷の付加価値にもつながるし、渋谷で商売を営む方々を守ることにもつながる。課題は山積みで苦しい段階ですが、今が正念場だと思っています。

エンタメもビジネスも、オンラインとオフラインが融合される時代へ

WORK MILL:今の渋谷が抱える課題はなんですか?

関:ビフォーコロナの渋谷はまさに三密の環境だったので、どう三密を避けながらエンタテイメントを発信していくかが課題です。渋谷にはライブハウスや劇場が多くありますが、当然ながら今まで通りの運営はできません。そうは言っても、発信を止めるわけにはいかない。

そこで、三密の課題を解決するために重要なのが、オンラインとオフラインの融合です。

―関光浩(せき・みつひろ) 
東急株式会社渋谷開発事業部開発計画グループまちづくり戦略担当課長

WORK MILL:エンターテインメントを止めることなく、発信の手法を変えていく、と。

山口:強制的に外出を自粛させられたことで、あらゆるもののリモート化が進みました。例えば、アーティストのライブ。トラヴィススコットやサザンオールスターズのように、リモートで爆発的な集客ケースが生まれました。

リモートのメリットは、場所に捉われずより多くの人が気軽に楽しめることです。XRなどを活かせば、体感度や臨場感も増すことができます。

―山口堪太郎(やまぐち・かんたろう)
東急株式会社経営企画室経営政策グループ 企画担当課長

WORK MILL:確かに、場所を問わずに視聴できることで、ライブに参加するハードルが下がります。

山口:今まで10を支払えばリアルを生で体感できたエンターテインメントは、1を支払ってリモートで気軽に楽しめるようになります。それによってリアルの存在意義がなくなるかというとむしろ逆になってほしいと思っています。

海外旅行などにも当てはまりますが、リモートで触れることで「実際に行ってみたい」「生で感じてみたい」という気持ちが高まり、リアルでの行動に繋がる流れが拡がる可能性があります。そのためにはリアルの体験価値を貴重な贅沢なものに磨き上げることが必要ですし、リモートで1を払う多くの人とリアルで10を払う限られた人の組み合わせで興行的にも成立させていくことが必要です。これからは、オンラインとオフラインを融合し、楽しみ方の選択肢の幅を広げていくことが重要ではないでしょうか。

そのために必要なのが、街の力です。会場で三密を避けたり、感染症対策をしたりするのはもちろんですが、街全体として安心して訪れてもらえるようにすることが重要ですし、それによって、イベントの前後に街で時間やお金を使っていただくことにも繋がります。かなり高いハードルですが、withコロナの間にまちのみんなで乗り越えたいところです。

WORK MILL:「エンタテイメントシティSHIBUYA」というテーマを掲げる御社にとって、重要な課題ですね。ビジネスでもオンライン化が進み、地方に人が流れる動きが出ています。そのなかで今後、都市はどのような役割を担うようになるのでしょうか?

山口:暮らし方・働き方の志向や選択肢の幅が拡がり多様化していくこと、それに伴い国土全体に人が拡がりうること自体はとてもよい流れと考えます。一方、その人たちは何で生計を得ていくのかと考えると産業の器としての都市の役割が都心にも地方にも必要になります。

産業の需要の基本は生活者の内需ですし、業を産むための鍵となるオープンイノベーションは多様性が交わることで発露されるので、都市が抱える量とその多様性が必要となるからです。そのため、基本リモートで働いていても、偶然出会える環境や、会おうと思えばリアルで会える環境と組み合わせていくべきだと思います。

WORK MILL:エンタテイメントの発信と同じく、オンラインとオフラインを融合させていく、と。

山口:そうですね。これもエンタテイメントに共通しますが、融合させていくなかで、リアルな場の存在意義はより洗練されていくでしょう。一気にリモートワークが普及したことで、リモートでもできることとリアルが向くことの棲み分けに多くの方が気づかれたかと思います。それによって、オフィスが毎日通うところではなく、リアルで出会い・交わるところとなっていくでしょう。他方、今リモートでできている仕事には、将来AIに替わってもらえるものも多いと考えておいた方がよいでしょう。

私たちが運営する様々な施設や場を通じて、年齢や専門領域を問わず、渋谷に集い活動する方たちのリアルの価値を最大化するお手伝いができたらと思っています。

100年後まで生き続ける街を。そのために必要なのは「可変性」

WORK MILL:渋谷再開発は、当初の計画から変更されるのでしょうか?

関:原則は変わりませんが、コロナ禍の状況を受けて、現在、プランを検討している最中です。「計画していたホテルの建築数は減らすべきなのか」「今後ニーズが高まる施設は何か」など、街に必要な機能を再考しています。

この街に必要な機能は、先を見据えて考えなければなりません。渋谷再開発は100年に一度といわれていて、次の大きな開発は100年先。つまり、100年後までは今の街の姿で生き続けるんです。

WORK MILL:数十年前、ここまでスマホが普及すると予想できなかったように、これからの時代に必要なものを予想するのは難しいことだと思います。

山口:渋谷や二子玉川は再開発の構想段からいったんの完成までの期間が約30年です。もちろんハードの完成時の世の状況をある程度予想して始めていきますが、肝心なのは、予想を当てきることよりも、完成してからも世の変化を先取りし続け、対応し続けることだと思います。それこそヒトの力を活かしきるべき領域と思っています。

先を読み切れない中でも用意しておきたいことのひとつが、街の可変性です。「この建物はホテル、この建物はオフィス」と用途を切り分けて固定化せず、さまざまな機能を備えうる空間にする。そうすれば、どんどん移り変わる時代で、その時々に必要な姿に変わり続けられますから。

人と距離を保てることや換気できることを前提にしながら、「住宅にもなるホテル」「ホールにもなるオフィス」など、可変性のある空間を作っていきたいです。

関:そう考えると、このオカムラさんのオフィスは理想に近いと思います。壁がなくて家具を自由に動かせるし、人と適度に距離を取れる設計になっている。今後、このようなオフィスが増えていくのではないでしょうか。

ー 交流・縁をつなぐという意味が込められた「CO-EN LABO」。「Be comfortable」をテーマに五感に訴える空間となっている

WORK MILL:そう言っていただけて嬉しいです。今回お話を伺い、コロナ禍でしっかり前を見据えながら、渋谷再開発という大規模プロジェクトを進められているのが印象的でした。

関:新型コロナウイルスは、日本だけではなく世界中に大きなダメージを与えました。そのような状況下、ちょうど渋谷再開発が次のフェーズに入ろうとしていたタイミングで、少しだけ考える時間をもらった気がします。

今までだったら立ち止まる余裕はありませんでしたが、当社としての渋谷再開発が次のフェーズに入るタイミングで、生活様式や経済消費に変化が起きたことで、深呼吸して頭をリセットさせる時間ができました。だから、ピンチをチャンスに変えるべく「街としてどんな対策を取るか」「エンターテインメントをどう発信するか」と、変わりゆく世の中で渋谷があるべき姿について考えているんです。渋谷が次の一歩を踏み出すため、間違いなく必要な時間でした。

山口:目の前の課題を乗り切ることだけを考えていたら、その課題が解決されたときに歩みが止まってしまいます。将来も起こり続けるであろう、様々な課題に対応できるように考えることが重要ではないでしょうか。

私たちでいえば、今、コロナにどう対応するかだけではなく、コロナを超えた未来にあるべきなのはどんな街なのかを考えた上で対応し続けること。この考え方次第で、実際に完成した後の街の力が大きく変わってくるはずです。

WORK MILL:御社の、有事の際にも動じない姿勢と適応力に驚きました。

関:2011年3月に、東日本大震災が起きたことが影響しているかもしれません。当時、工事中の渋谷ヒカリエのうえにあったクレーンが大きく揺れました。駅前には帰宅困難者があふれ、バスも動けずに危険な状況を目の当たりにしたんです。そのとき、「今度大震災が起きても、渋谷を同じ状況にはするまい」と、計画を見直しました。

一度、東日本大震災によって計画の方向転換をした経験があるからこそ、今回、計画を変えることに抵抗感がありませんでした。むしろ、このタイミングでしっかりと練り直せたのは大きな機会ですね。

渋谷再開発が終わるのは、2027年。ビフォーコロナ以上に魅力的な街になった渋谷を見るため、私たちは今日も街づくりに励みます。

2020年11月11日更新
取材月:2020年9月

テキスト:柏木まなみ
写真:長野竜成(人物)