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GETTING THROUGH TOUGH TIMES 「未来の夢」を可視化する5つのキーワード ー レイ・イナモトさん

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。 

米国の広告・デザイン雑誌Creativityで「世界の最も影響力のある50人」やForbes誌の「世界の広告業界で最もクリエイティブな25人」に選ばれるなど、広告、マーケティング業界でグローバルな注目を集めるレイ・イナモト。デジタルマーケティングを得意とするレイにこそ聞きたかったことは、分断された人々をつなぐデジタルコミュニケーションの可能性と限界。そして、クリエイティブのために重要な「生産性」を高めるためにわれわれは「オン」と「オフ」をどのように捉えるべきなのか。そのときにリアルな場はどういう意味を持つのか。最後に、これからのビジネスを考える上でレイが示唆した重要なポイントは、プラットフォームを活用する人々への「愛」だった。

僕はアメリカのデジタルエージェンシーAKQAに2004〜15年までCCO(クリエイティブ最高責任者)として在籍し、グーグル、ナイキ、アウディなどグローバルブランドのデジタルマーケティングに関わってきました。その中で、デザイン、データ、テクノロジーの 3つを掛け合わせて新しい突破口を見つけられるプロフェッショナル集団が、今後どの業界、どの分野においても必要になるだろうと考え、16年にInamoto &Co(現I&CO)を創業した次第です。

I&COはテクノロジーやデジタルを活用する会社なので、以前からテレワークやオンライン会議には親しんでいました。ただ、NYも東京オフィスも在宅勤務を強いられ、オフラインでのつながりが完全に失われた。そのことによって感じたのは、互いに対する思いやりや無駄な時間が今後より一層大切になってくる、ということでした。

例えば、「伝える」と「伝わる」では、大きな違いがあります。メールやSlackにしても、オンライン会議にしても、相手がきちんと受け止め理解してくれたかを確認しないと、コミュニケーションのズレが生まれてくる。また、通勤時間がオンオフの切り替えになったり、会議室までの移動などが細かい息抜きになったり、そういう時間がまったくないのはクリエイティブにとってちょっと危険かなと感じます。「生産性」には、「物事を生み出すこと」と「効率の良さ」の両面がありますが、後者だけを突き詰めても生産性の向上にはつながらないのです。

また、これまでの無駄がはっきりしたことは、僕だけでなく、すべての経営者にとってよかったと思います。代表的なもので言えば人件費と不動産。NYではここ5年ほどWeWorkのようなシェアオフィスが盛んですし、すでに完全リモートに移行している同業他社もある。家賃が月数百万円のオフィスをもつ必要性があるのかという本質的な問いに迫られました。ただ、弊社の場合、オフィスはクライアントとワークショップを行う場所も兼ねています。オフラインでは20~30人集めて1、2日でできていたことを、オンラインでは5~6人に分けて数日かけねばならず、工数がかかってかなりの負担増でした。 同時に、リアルに集まる場所は人間にとって精神的に不可欠だとも感じました。

―I&COでのオンラインミーティング。上段左から2人目がレイ・イナモト。デジタルツールにより常に「オン」の状態を強いられるからこそ、意識的に「オフ」を作り出すことが重要だとレイは語る。そして、この「オフ」の時間が、チームの一体感を生み、それはやがてチームの文化として定着する

前述のとおり、仕事は効率だけ上げればいいというわけではない。非効率的な行動は意外と仕事に役立ちますし、会社の理念や文化をしっかりと共有するのにオフィスは有効な場でもある。ですから、人が集まって行うワークショップや従業員がランチをするなど、「交流の場」としてオフィスをもつのはありかも、というのが現状の考えです。弊社のNYのオフィスは約20人が毎日いつでも集まれる広さですが、例えばそのスペースを3社で借り、I&COは月・金曜日、B社は水曜日、C社は火・木曜日に使うという方法もあるかもしれません。

激動の変化の時代に アフターコロナの世界に関しては、3つの変化を想定しています。 この新型コロナウイルス感染症に関連して非常に心配なのが、教育格差と貧困の連鎖です。アメリカでは新型コロナウイルス感染者や死者は、圧倒的に貧しい人や有色人種が非常に多い(日本ではそういう状態はいまのところ見受けられませんが……)。

また、アメリカではもともとオンライン化が進んでいた分、どこの学校も休校にして自宅での授業をスタートするのが速かった。日本はその点では後手に回っていますよね。そのうえ、貧困家庭の大学生がパソコンをもっていなかったり、アルバイトができなくて学費を捻出できなかったり、そもそもシングル世帯で育つ子どもの勉強に支障が出たりしていて、このような「コロナチルドレン」が社会人になったときに、現在とは違う意味のコロナショックが噴出すると思うのです。いまのうちに危機感をもって必死に対応すべきところですが、アメリカも日本も現政府はいささか頼りないと言わざるを得ません。

そこで思うのが、20世紀が「政府の時代」だったとしたら、今後はGAFAと言われるIT系大企業などのトップがリーダーシップを発揮する、つまり「企業の時代」になるのではないかということ。豊富な資金力と人材を企業が投資して、教育格差をなくし、貧困の連鎖を止めるビジネスなりサービスを提供すれば、世界が一段階、底上げされていくのではないかと期待しています。 求められるリーダシップについて鍵となるのは、前述の思いやりとコミュニケーション能力に尽きるでしょう。

これまでの政治経済は、戦争中の独裁者ではないが、絶対的なトップによる絶対的指示に市民や社員は従わねばなりませんでした。しかし今後は、「俺が言うのだからやれ」では人は動かなくなる。命令ではなく、コミュニケーションをしていかないと成り立たない。人間らしい思いやり、英語でいうところのempathy(共感)が、リーダーには必要なのだと思います。

それが顕著なのが、最近のアンドリュー・クオモNY州知事です。クオモ知事は科学的データに基づいて状況を見極め、柔軟で臨機応変な組織を編成し、そのうえで健全な判断を市民にお願いするというブリーフィングを連日、自ら行いました。その結果、支持率は80%を超え、次の大統領選の出馬を期待されるまでになっています。それはクオモ知事自身のNYという街や市民に対する愛の深さが画面から市民へと伝わった─つまりコミュニケーションが成功したということに他なりません。

余談ですが、弟のクリストファーはCNNのニュース番組のアンカーパーソンで、よく兄をゲストに招いてインタビューをするのですが、彼らの会話からは「兄弟愛の強さ」も垣間見ることができます。アメリカではこれも大きなポイントです。

世界で戦えるポテンシャルを信じて 2つ目の変化は、個人主義社会であるアメリカにあって、自分の行動が世の中にどう影響を与えるかということに対して非常に意識が高くなってきたことです。マスクを着けるか着けないか、レストランに行くか行かないかは個人の判断に任せるべきであり、国や地方政府が指図するものではないという考えを貫いていた結果、感染者数が非常に増加してしまい、反省に転じたわけです。

僕自身は、コロナは自然破壊が行きすぎた社会に対するしっぺ返しだと感じているので、個人主義から他者をおもんぱかる社会へと変わっていく中で自然環境保護に対する意識も変わればいいなと思います。

 3つ目は、これは賛否両論あるでしょうが、西洋が中心の世界から、東洋(アジア)がもっと主導権を握って世界を引っ張っていける時代になるのではないかと思います。見方によっては日本にとっても大きなチャンスではないでしょうか。 僕が東京にオフィスを構えた理由のひとつに、「世界で戦える日本のポテンシャルを日本の企業にもっと信じてもらいたい」という想いがありました。

きっかけは、東日本大震災の数カ月後に日本を訪れ、東大を含む一流大学の学生と話したときのこと。彼らが「海外にはまったく興味がない」「日本はすごく居心地がいい」と言ったんです。いったんぬるま湯に浸かってしまうと、出るのは億劫になってしまう。日本はこれから他国に頼らないと生き残れない、日本だけでは正直完結できない国なのに、若い子にそういう考えしかもたせられていないのはまずいなと思いました。

 加えて、10年後に柳井正さんや孫正義さんのような日本の大企業のオーナーたちが引退し、いまの40代が今後の日本を背負う立場になるとき、僕らみたいな人間や会社が日本企業をグローバルな舞台で成功させるサポートをしたいという気持ちもありました。

政府から企業の時代へ。個人からみんなの時代へ。そして西洋から東洋の時代へ─。ここまで大きな社会の変化に直面するのは、僕の人生において後にも先にもないでしょう。たしかに過酷ではある。しかし、志ある人にとっては挑戦のしがいもある。そんなふうに捉えています。「人>儲け」が一層大事にこれまでどおりの方法が通用しなくなる時代に、どのような心持ちでこの大変な危機に対応せねばならないか。僕はツイッターで「ビジネスがこの厳しい状況を乗り越えていくためには」というタイトルで 5つ気づいたことを書きました。

―レイ・イナモトが自らのツイッターアカウント(@reiinamoto)で綴った5つの気づき。選ぶ言葉は端的でわかりやすく、印象深いセンテンスを構成。①に見られる不等号を使った表現も、イメージを伝える際には効果的だ。②では韻を踏むことで、詩のように深く心に染み入る表現になっている。そして必要とあらば⑤のように言葉を尽くす。レイ・イナモト流の言葉を活用したチームの意思統一に役立つコミュニケーション術だ。

意識や考え方を大きく変えるということではなく、いままであまり気に留めていなかったことのなかに、今後重要になる視点があるということです。1つ目にあげたのが 、「儲けより人のほうが大切」ということ。この状況下では目先の儲けを追ってしまうとさらに厳しいことになるので、常に人のことを考えるべきです。 2番目は「無駄をなくす」。Lean(痩せる)とmean(意地悪)で韻を踏み、「削ることと、意地悪することとは違う」という意味になる。つまり、考えて削るのは悪ではないということです。

3つ目は、いままでよりもやることの選択肢がぐっと減ってしまうので 、「焦点を絞る」ということ。4つ目は、意外と長期戦になってきているので、「自分の行動に頼るべきであり、希望に頼るべきではない」。5つ目は、「計画よりも実行」です。世界の状況は目まぐるしく変化しています。いくら良い計画を立てていたとしても、数日で社会情勢ががらりと変わることはしばしば起こります。そんな状況の中では、まず「実行」に向けてスピーディーに動くことがより重要となってくるでしょう。

アメリカの4月の失業者数は約2,050万人でした。それ以前の最大の記録が1982年の約69万5,000人なので、どのくらいひどい状況かはこの数字だけでもわかります。日本も失業や早期退職、内定の延期や取り消しなどが増えていますが、経営者というのはまず削る、減らす、なくすことをやるわけです。しかし、マイナスな行為ばかりでは状況を好転することはできない。どういうかたちで顧客とつながり、どんなサービスを提供していかなければいけないのか、足す、増やすというプラスも手を打っていかねばなりません。

 そのときに思うのが、「未来の夢」を可視化してつくっていくことの重要性です。ここ数年は本当に必要なものでないと売れなくなっている。いまなら新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、アメリカでは治療費を不安視する声があります。そこで急速に注目が集まっている保険業界が活況でしょう。でも、AIやIoTなどデジタルの世界がどれだけ進歩しても、利便性の高さを謳うだけでは商品の差別化はできません。

最終的には世界中の人の幸せを願い、商品に未来の夢をこめて売っていかないと、広告として成り立たないし、企業としても成功しないと思うのです。コロナ禍は僕にとってこのような考えをまとめられた、信念を新たにできた時間となりました。

―レイ・イナモト(れい・いなもと)I&CO 創業パートナー  クリエイティブディレクター
Creativity誌「世界の最も影響力のある50人」に選ばれるなど、NYを拠点に世界で活躍するクリエイティブディレクター。これまでに、ナイキ、グーグル、ユニクロなどの戦略立案と実行をリード。2016年にI&COをNYでローンチ。2019年には東京オフィス開設

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取材月:2020年4月
更新日:2020年10月28日

テキスト:堀 香織
写真提供元:I&CO(オンラインミーティングの写真)