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日本独自の進化を遂げつつある「ワーケーション」 ー関西大学・松下慶太教授

「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)」を足した「ワーケーション」という言葉が、いま再び脚光を浴びています。もとは2000年代のアメリカ、リゾートなどで休暇を兼ねてリモートワークを行う働き方としてデジタルノマドの間で発祥したものですが、近年の日本では、主にイノベーション創出やモチベーション・生産性向上を目指すという目的から「働き方改革」の一環として推進されています。いまの日本でワーケーションはどの程度理解されており、欧米と日本での実践においてはどのような違いがあるのか。著書『モバイルメディア時代の働き方』などでワーケーションについて積極的に情報発信をしている、関西大学教授の松下慶太さんに詳しいお話を伺いました。

「足す」と「重ねる」、「守り」と「攻め」……日本独自のワーケーション

WORK MILL:2000年代にアメリカで生まれた「ワーケーション」ですが、日本ではいつごろから導入されているのでしょうか。

松下慶太(以下、松下):はっきりと企業が取り入れだしたのは、2017年からだと思います。大きなところではJALが2017年夏、働き方改革の一環として採用しました。年次有給休暇の取得促進とともに、旅先での業務を認めることで仕事に対するモチベーションアップや心身のリフレッシュなどの効果を期待してのことです。

2018年には、三菱地所が和歌山県白浜町においてワーケーション事業に参画しています。和歌山県白浜町は2015 年に総務省が実施した「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に参加するなど、かなり早くからテレワークを利用しリゾート地で一定期間働くワーケーションを推進していました。

2019年11月には、「移住未満・観光以上」の受け入れ推進を目的とした「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」が設立されました。和歌山県と長野県が主導し、現在では100近い自治体が参加しています。

ー松下慶太(まつした・けいた)
1977年、兵庫県神戸市生まれ。京都大学文学部・文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員を経て、2008年に実践女子大学人間社会学部専任講師として着任。2012年より同准教授。2020年4月より関西大学教授。専門はメディア論、若者論、学習論、コミュニケーション・デザイン。近年はモバイルメディア・ソーシャルメディア時代におけるワークプレイス・ワークスタイル、渋谷における都市文化に関する調査・研究を進めている。また企業や地域との連携プロジェクト、産学連携PBL(Project Based Learning)などアクティブ・ラーニングも積極的に展開している。著書にワーケーションなどを取り上げた『モバイルメディア時代の働き方 拡散するオフィス、集うノマドワーカー』。

WORK MILL:まだたったの3年なんですね。

松下:そうなんです。ただ最初に確認しておきたいのは、ワーケーションと言ってもさまざまなタイプがあります。基本的にはワーケーションはワークとバケーションを「足す」、または「重ねる」の2つに分かれます。

「足す」場合は、出張の前乗りや後泊という形が主となります。こちらは「ブリージャー(Bleisure)」というビジネス+レジャーの合成語もあります。

「重ねる」場合は、さらに「守り」と「攻め」の2つに分けられます。「守りのワーケーション」は有給休暇の消化を行うことを主たる目的とし、仕事を一部持ち込むことで比較的長期の休暇を取るもの。例えばメールをチェックしたり、オンラインミーティングを数回行うことで1週間のバケーションを取るというような感じですね。「攻めのワーケーション」は、休暇的環境で集中して行う働き方。1週間地方に滞在し、日中は仕事、夕方からはビーチで遊ぶとかして、普段とは異なった場所で集中して新規事業の立案やサービスを開発したりチームビルディングを行ったりする感じです。

つまり、ワーケーションはオンオフや公私、ワークライフバランスなど「分ける」のではなく「重ねる」ことであり、働き方の一種でもあるし、休み方の一種でもあるんです。

2017年2月、調査のために訪れたバリ島ウブド

WORK MILL:松下先生はワーケーションが日本にもしっかり定着していくと期待されていますか。

松下:定着してほしいなとは思います。というのも、いまはまだリモートワークやテレワークをするときに「サボっているんじゃないか?」と思う上司がいたり、書類に印鑑が必要だったりするわけで、商習慣や業務プロセスと働く人々の意識がともに変化していかないと制度をつくるだけでは定着は難しいのではないかと思うんです。

また、夫婦共働きの場合、同じタイミングでワーケーションできるのかどうか。子育て世代だとワーケーション中の子どもの世話や教育はどうするのか。介護の問題もあるかも知れません。国をまたぐデジタルノマドまで話を進めると、戸籍や住所はどうなるのか、納税はどこでするのか、怪我や病気の際に保険はどうするのかなど、近代社会システムの根幹に関わる部分が障壁になってきます。

そもそもバケーションに対する意識は、欧米と日本ではかなり違います。日数で言うと、欧米は1〜2週間、下手したら1カ月弱。日本は2、3日、長くても5日程度。日本人は2週間も休むと仕事に不安を覚える人の方が多いかもしれません。

WORK MILL:つまり、日本では国が「働き方改革」の一環であると表明し、日本テレワーク協会のような団体が推し進めないと定着しないということでしょうか。

松下:日本の場合はそうしたある種のお墨付きがないと広がらないでしょうね。まず、日本のワーケーションは欧米からの流れの「働き方」だけでなく、「観光」という側面、「関係人口・移住促進」の側面があって、国も自治体もそれぞれに応じた関係各所が指揮をとっています。縦割りなので互いに交わらないんですね。

その中の「働き方」だけに主眼をおいたとしても、会社が年次有給休暇の取得促進のために推進し、国や地方がしっかりと受け皿をつくっていくことで、ようやく理解され、制度を活用することで広がっていくのではないかと。

それこそいまは「健康経営」「プレゼンティーイズム(心身の不調によって思うようにパフォーマンスが取れなくなる状況のこと)」などが企業経営において議論されているので、ワーケーションを福利厚生の一環とすることで人材を確保する、というパターンも増えているように思います。ワーケーションというと、行った人たちの生産性や効果に注目しがちですが(しかもそれは比較実験ができないので実証が困難なのですが)、人材採用や確保のための機会損失の部分は結構大きいのではないでしょうか。

その土地のもつストーリーをいかに打ち出せるか

WORK MILL:WAJが設立された日の記事に、「テレワークを活用し普段の職場や居住地から離れ、リゾート地や温泉地、さらには全国の地域で仕事を継続しつつその地域ならではの活動を行う」とあります。「地域ならではの活動」というのは何を指しているのでしょうか。

松下:これは日本独自のワーケーションで、自分の仕事だけではなく、地域とのつながりや交流も重視されることが多いのが特徴だと言えますね。

例えば、和歌山県で行っていたのは、世界遺産である「熊野古道」の道の修繕といったアクティビティです。

熊野古道の道普請を行う様子(和歌山県提供)

WORK MILL:ボランティアとは違うのですか。

松下:少し違います。修繕して終わりなのではなく、修繕することで地域を理解し、自分たちのビジネスとの関係を発見する。またチームで取り組む場合、チームビルディングができるという何かしらの気付きや学びの要素があります。

自治体がワーケーションで人を呼び込む場合、「その土地ならでは」という一文が必要なんです。それがないと、単にサテライトオフィスで仕事のために軟禁状態にするという(笑)、小説家をホテルに缶詰にするみたいなことになってしまう。しかも、温泉があって食べ物が美味しいのは日本の地方ならどこでも当てはまってしまうので、そうではない魅力を掲げないといけません。

WORK MILL:熊野古道を修繕する体験があなたの豊かな人生経験になります、という意味も含まれますか。

松下:そういうストーリーを自治体が出すのか、企業なのか、第三者のコンサルなのか、それとも体験した本人が見出せばいいのか──そういう課題はありますね。ただ、実際にストーリーがうまく落とし込めるかどうかは、かなり大きなポイントになると思います。この場所で、この経験をすることが仕事を、ひいては人生を豊かにする、というストーリーが重要になります。

例えばバリ島は、イスラム教が主なインドネシアの中で「ヒンドゥー教の神秘の島」と言われ、かつては画家が制作のために移住したりするなど、「クリエイティビティを刺激する場所」というストーリーが非常にうまくいっており、いまやオーストラリアや中国からのスタートアップが大勢います。

2019年9月、調査のために訪れたバリ島チャングー

ヨーロッパだとベルリンが参考になりますね。家賃がロンドンやパリに比べて安いばかりでなく、数度の戦渦を乗り越えて東西ヨーロッパのさまざまなカルチャーが混ざっており、オーケストラやオペラハウスが世界に類を見ない規模で集積し、美術館や博物館が多数あり、クラブカルチャーも盛んで、「あなたのクリエイティブがここなら発揮できますよ」と人を惹きつけている。都市や地域などその土地がもつ魅力や価値を現代的な意味づけで再定義し、ストーリーとして訴えられるところが、ワーケーションには強くなるんです。

いわば、AppleのCMをつくるようなもの。機能がどうこうではなく、「ここに来たらこんな経験ができる」「あなたはこう変われる」という、そういうマーケティングが日本のワーケーションにも今後広がっていくのではないでしょうか。Wi-Fiが整っているのはもはや当然で、そこを打ち出しても仕方ないですからね。

ワーケーションは「修学旅行2.0」

WORK MILL:松下先生がメディア論やコミュニケーション・デザインを専門にするようになった経緯を教えてください。

松下:僕自身は特にモバイルメディアやインターネットメディアが専門なのですが、「メディアを使って何をするか」というよりも、「メディアを使ってできることとリアルに起こることが重なったとき、どういう経験が生まれるか」ということに関心があります。

「渋谷のハロウィン」を例にすると、彼らはコスプレがしたいだけではなく、渋谷という場所に行き、お互いに撮影しあってそれをオンライン上にアップすることが楽しいわけです。家でコスプレをして写真をアップする、または渋谷にコスプレで繰り出したのに写真を撮らない、ということはない。オンライン上の写真のアップと、オフライン上の渋谷に来るという状況が重なって、「渋谷のハロウィン」という現象が生まれているわけです。

そういう視点でワーケーションを捉えると、オンラインミーティングがどこでもできるという経験以上に、「温泉に浸かりながら仕事もやっているんだよね」という、そのこと自体が新しい経験になっているのではないでしょうか。オンラインとオフライン、メディアとリアルが重なったひとつの経験として、ワーケーションというのはすごく興味深いです。

WORK MILL:松下先生はサバティカル(使途に制限がない職務を離れた長期休暇)を取得して、ベルリン工科大学に1年行かれていますね。

松下:ええ、自分自身でワーケーション的な経験をしようと思ったんです。大学ってまだ「来てなんぼ」の世界なので(笑)、ワーケーションが取れたとしても1週間程度。1カ月単位で海外にいるにはサバティカルしか方法がありませんでした。

サバティカルは拠点を決めないといけないのでベルリン工科大学に籍を置きましたが、基本的に移動型ワーケーションにしようと思っていて、ベルリンには8カ月もいなかったです。残りの3、4カ月は取材や調査でスペインやイタリア、かつて留学していたフィンランドなど近隣の国に行きました。

2018年6月、サバティカル中にスペインのタリファへ

WORK MILL:移動型ワーケーションという目的で取得した1年のサバティカルで、研究結果以外は得られたものはありますか。

松下:大きく言えば、好奇心が満たされたかな。スペインの田舎町に1カ月住むというのは普通ならできない。そこで今後の「生き方」「働き方」を考えることができました。

あと、変な話ですが、自分がいなくても組織はちゃんと回るとわかりました(笑)。それなりの年齢になると「自分がこの組織にいないとダメなんだ」「この部署は自分が回しているんだ」と思いがちですが、別に自分がいなくても組織は回っていく。その呪縛から逃れられたのは大きいし、だからこそ大手を振って休んでいいと思うんです。

WORK MILL:ワーケーションが日本に浸透していったらいいとお考えなのは、やはりそういう経験がおありだからですか。

松下 そうですね。最近の学生は「働くのは嫌だ」と言う。そこは壮大なプレゼンティーイズムというか、日本人の生産性が低い原因、最大の課題なのではないかと感じているんです。

例えばサバティカルに行っている間も給与を出すというのは、企業からしたら大きなコストですが、結果的にそのコストは従業員のモチベーションという意味では回収されていくのではないかと。ワーケーションも、シフトに穴が開くなどのコストがかかりますが、それによって従業員のエンゲージメントなりモチベーションなりが上がるのであればコストはいずれ回収できる、と企業側が考えたら、もっと浸透するかもしれません。

最近よく「ワーケーションには生産性や効果がありますか?」と尋ねられるのですが、自分が快適な場所に行ったり、やりたいことをして過ごしながら普段会社で働いているときと生産性が同等であれば、それで十分ではないかなと思うんです。「ワーケーションに行ったらオフィスよりも生産性って上がるんだよね?」と言われて行くのは、ちょっと辛いなって……(笑)。

WORK MILL:確かに生産性を上げるためだけにワーケーションがある、となったら、モチベーションは上がらないかもしれません。

松下:特効薬というよりは漢方みたいな感じというか。もちろん、職種や業種によっても違うけれど、クリエイティブ系で無駄玉が打てないというのは辛い。成果が重要なのはもちろん理解できますが、「行って、何かを得て帰らなければいけない」というのはかなりのプレッシャーがあって、「何かを得られればいいな」くらいの気持ちで行って、そこから生じた偶発性こそが大きな発見や刺激につながるのではないでしょうか。

そういう意味では「修学旅行2.0」みたいな感じですね(笑)。

WORK MILL:(笑)大人の修学旅行。

松下:修学旅行も旅行という要素と学習という要素が入り混じっていますよね。行く場所について事前にチームで調べたり、しおりをつくったりするじゃないですか。それを、「わざわざみんなで京都に行かなくても学校で神社仏閣や文化について調べたり、Googleマップで見たりするほうが生産的じゃないですか」とか「なんで旅行に学びの要素が入ってるんだ」という話にはならないですよね。

こういう世界観が「修学旅行1.0」だとすると、もっとゆるく旅行と学習を重ねる、そして、もう少し偶発性に身を委ねてみるのが「修学旅行2.0」と言えるのかなと。そこで大事になってくるのが「楽しい」ではなく「楽しむ」というマインドだと思います。

しおりをつくったりしながら、現地に行ってみると、全然計画通りいかない、とかそこの人に聞いたらもっと面白そうなものを発見してそっちをやっちゃう。事前に計画された「楽しみ」ではなく、目の前で起こったことを「楽しむ」こと。それこそが旅行と学習を重ねる上で大事な要素だと思います。

学生にもよく「楽しいことがあるかではなくて、楽しめるかだよ」と言うのですが、学校側でも学生の好奇心を刺激するような、学び方と楽しみ方の両方を取り入れた修学旅行のような体験を増やしていったらどうかと。

ワーケーションも働き方でもなく休み方でもないから、オンオフの「切り替え」が難しいと言われがちです。しかし、むしろそれを活かして、「休む」と「働く」を重ねた新しい価値になっていくといいなと思うんです。

それが、若い頃から働き方の選択肢をもち、どのような人生を送るのかといったことまでを考えるきっかけになったらいいなと思いますし、ワーケーションの価値をさらに深く理解するのにつながるのではないかと考えます。

2020年9月1日更新
取材月:2020年2月

テキスト:堀 香織
写真:松下慶太(熊野古道写真をのぞく)